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EPISODE 1 「メリル・ウェラー」


 メリル・ウェラーは英雄・テイラード・ウェラーの娘だ。

 二〇年前の戦争で、二五歳という若さで敵国最強を名乗るウィザードを倒し、終戦へのきっかけを作った英雄だった。

 その後も一〇年前まで戦争が続いていたイスタリオ王国のために尽くし、そして死んだ。

 メリルにとって、父であるテイラードの顔は良く覚えていない。姉は覚えているみたいだが、父が死んだとき自分は四歳だった。

 顔は覚えていなくても、父の名は鬱陶しいくらいに付き纏ってきた。二言目には「英雄の娘」と言われ、まるで自分のことを見てもらっていない気分だった。いや、事実見てもらえていなかっただろう。

 姉もこんな気持ちだったのかな、と思ったが、姉と自分の出来の良さを思い出して溜息を吐く。

 姉は英雄の娘に相応しい才能の持ち主だった。父とは得意な魔法は違うが、風の中位魔法使いであり、努力次第では後十数年で魔法使いの高みである『ウィザード』になれる可能性もあるとまで言われている。

 それに比べて自分は……


「魔法使い見習い……か」


 呟いて悲しくなってしまう。

 さらに腹違いであり、二歳年下の義弟も優秀であり義母と数名の家庭教師によって「英雄の後継者」となるべく育てられている。まさに英才教育だ。

 メリルは義母と義弟が嫌いだった。

 義母は父に恋した貴族の娘であったが、どんな手を使っても結婚することができず、メリルの母が亡くなった際に、親身に父に接して後妻に納まった。

 そして、その翌年に義弟を生んだ。というのを、お手伝いさんからメリルは聞いていた。

 嫌な女だと思う。多分、母の死などに何も感じてはいなかっただろう。

 しかし、そんな女の息子は一二歳という若さで中級魔法使いとなっている。これは異例の早さだった。

 なによりも気に入らないのは、義弟が英雄の息子として生きることに何の抵抗も持っていないことだった。周囲に言われるまま、望まれるまま、要望どおりに英雄の息子らしく振舞うようになっていく。

 ――まるで操り人形だ。

 もっとも、本人も英雄になりたいと思っているだけにたちが悪いと思える。


「もう、戦争なんてないのに……」


 どうやって英雄になるのだろうか?

 世界全体規模で戦争がないわけではない。しかし、このイスタリオ王国では一〇年前に腐っていた王を、貴族を当時の王の娘であるファニール王女が全て粛清し女王となり、平和な国へ変わっていった。

 それまで敵対していた国と同盟とまではいかないが、友好的な関係を築きイスタリオ王国に平和を与えてくれたのだ。

 だからこそ、改めて思う。どうやって英雄になるのだろうかと。平和の中で英雄は生まれない。

 メリルはそんな義母と、そんな義弟に負けたくないと、父の友人であるサイザリスに魔法を教えてくれないかと頼んだ。

 結果としてメリルの願いは断られた。無理もないと思う。彼はイスタリオ王国魔法騎士団団長だ。自分がそう簡単に教えを請うなどわがままだったと思う。

 しかし、サイザリスは一人の人物を紹介してくれた。

 サミュエル・ルード。

 この名前を聞いたとき、メリルは驚きを隠せなかった。

 ウィザードという魔法使いの頂点に最年少で到達し、ウィザードの中でも上から数えたほうが早い実力者。師であり、同じウィザードであったシェイナの二つ名「海の魔女」を受け継いだサミュエル・ルード。

 自分より、たった三歳しか変わらない少年のことは良く知っていた。というよりも、知らないほうがおかしい。それほどの実力者なのだ。


「……サミュエル・ルード」


 声に出してみた……どんな人だろうと心躍らせる。

 早く会ってみたいという気持ちがメリルの気持ちを高ぶらせた。

 魔法使いと一言で言っても種類は意外と多くある。例えば、魔法戦闘士、その名の通り魔法戦闘を専門とする魔法使いだ。

 次に、魔法医療士。治癒などを得意とし、医術に関わる魔法使い。

 魔法講師、これは魔法を教える先生である。似たようなのに魔法学者があるが、魔法を研究することを仕事とし、知識があれば魔法使いでなくともなれる。

 そして、メリルのようにどの道に進むか決めていない基礎を学んでいる者を魔法使い見習いと呼び、その上に、下位魔法使い、中位魔法使い、高位魔法使いが存在する。下位魔法使いで自分がどのような道に進みたいのか決めていくのが定番だ。

 高位魔法使いの中でも二つ名を持つレベルになるとその実力は計り知れなくなるという。だが、それ以上の存在がある。

 それが『ウィザード』だ。古い言葉で魔法使いを指すその言葉は、高位魔法使いをも超える魔法使いに与えられる。

 イスタリオ王国では十数人しかいないと言われている。

 メリルがこれから魔法を教わるサミュエル・ルードはその十数人の一人だった。






 『魔法事務所』というシンプルすぎてどう反応をしていいのか解らない看板を掲げた建物の前に一人の青年が立っていた。

 イスタリオ王国では珍しい、黒髪に黒い瞳を持つ青年だった。

 黒髪を軽く伸ばし、やや中性的な印象を与える背の高い青年はニコニコと笑顔を浮かべていた。


「はじめまして、サミュエル・ルードです。サイザリスさんから連絡は受けています。メリル・ウェラーさんですね?」


 魔法使い、というよりも町のパン屋などで働いていそうな優しい笑みを浮かべた青年だった。

 メリルは一瞬戸惑ったが、本人が名乗ってくれたので目の前のニコニコした青年が最年少ウィザードなのだと自分に言い聞かせ、姿勢を正すと頭を下げる。


「はい、メリル・ウェラーです! 私のような魔法使い見習いがウィザードであるサミュエル様に教えて頂けるとは本当に光栄です! どうかよろしくお願いします!」


 当たり前といえば当たり前なのだが、ウィザードが魔法使い見習いに何かを教えるということはありえない。

 ウィザードの義務として弟子を取り、後継を育てるというものもあるが、それでも中位魔法使いなどから選ばれることが多いと聞く。

 だからこそ、メリルはハッキリと通る声を迷惑にならない程度の大きな声で、自分なりの感謝を込めて礼をしたのだった。


「そんな畏まらなくて良いですよ。最年少ウィザードと色々噂されていますが、魔法協会へ登録していないだけで意外と僕より年下で優れた魔法使いはいると思います」


 そんなはずはないだろう、と思ったが可能性が皆無ではないのでメリルは言葉に困った。

 見習いから始まり、ウィザードまであるランクだが、それを決めるのが『魔法協会』という組織だった。古い時代から、魔法使いをまとめ、魔法使いの質を上げることを目的とした組織である。

 だが、魔法協会へ所属しなければいけないという規則はない。魔法が使えても魔法協会へ所属せずにギルドに所属し活躍する魔法使いも多いのは確かだった。

 とはいえ魔法協会は世界中にあるほとんどの国と契約を結んでいて、魔法使いの数、質を把握しようとしているとのことである。また、戦争が起きた際は中立を貫き通すことでも有名である。

 魔法協会に所属するメリットは魔法学校に通えることや、魔法使い同士の交友関係を築くことができること。そして、自分がどのくらいの実力を持つのかがわかり、そしてそれに見合うだけのランクと仕事を与えてくれることだろう。


「それで、どうしましょうか? さっそく魔法の勉強を始めますか? それとも、今日は自己紹介ですませて後日にしましょうか?」


 考えに浸っていたメリルはサミュエルの言葉にはっとして、勢い良く答えた。


「さっそく始めてください! よろしくお願いします!」


 その言葉に満足したのか、笑顔で頷いたサミュエルはこっちに、とメリルを『魔法事務所』の中へと案内した。

 事務所の中は整理整頓されていて、香を焚いているのか良い香りが漂っている。三階建ての事務所を通り抜けると、裏手には広く何もない土地があった。


「ここにしましょう。街の外れですし、少しぐらい無茶をしても構わないですよ」


 はい、としか返事ができないメリル。

 これからどんなことを学ぶのか、まったく想像も出来ないので緊張のしっぱなしだった。

 メリル自身、魔法学校に通っている身であるが、どうも魔法学校とは愛称は悪かった。メリルのことを英雄の娘としてみてくるクラスメイトや教師にうんざりしていたというのももちろんあるが。


「最初に聞いておきますが……君は僕に魔法を教えて欲しい。それで良いですね?」

「あ、はい!」

「では、君はどのような魔法使いになりたいですか?」

「……え?」


 ――どのような魔法使いになりたいですか?


 そんなことを聞かれたのは初めてだった。


「医療関係だったら、専門外なので知り合いを紹介します。歴史関係は、得意ではないですがまぁ教えてあげることもできます。戦闘系であれば私で大丈夫だと思います」

「えっと……私は……」


 とりあえず、強くなりたかった。

 英雄の娘と呼ばれるのが嫌で、本当の自分を見て欲しくて、だから強くなりたかった。


「答えてください。医療関係を希望する見習いに戦闘を教えても、役に立たないとは言いませんが……まぁ時間の無駄かもしれません。せめて、医療関係の基礎を習得してからでも十分に遅くありません」

「私は、私は……」


 どう言葉を続ければ良いのかわからない、メリルが必死になって出した言葉……それは。


「英雄の娘になりたくありません」


 いや、本心だけど、この場面でこの答えはどうだろう? 言ってしまってからそう思った。

 すごい失敗をした気がするけど、多分間違ってない。

 現に、サミュエル・ルードは怒りでプルプルと震えて……ん?


「ははッ、ハハハハハハハハハハ!」


 怒りではなく、爆笑するのを我慢していたようだった。

 羞恥とちょっとの怒りで顔が真っ赤になるメリルだったが、そんなことはお構いなくサミュエルは笑い続けた。






 五分くらいだろうか、爆笑し過ぎて腹の筋肉が限界に達しそうになったサミュエルはようやく笑いも収まり、微妙に苦しげにぜーはーしながらメリルを見た。

 そして。


「おもしろいよ、君は」


 そう言って、ニヤリと笑った。


「……あれ?」


 何か雰囲気が違う。


「正直、サイザリスのおっさんから俺のところに連絡が来た時には、英雄の娘がなにを我がままでも言い出したのかくらいにしか思ってもいなかったんだけど。そうか、英雄の娘になりたくないか、最高だよ、それは君の決め台詞に決定だ!」

「あれー?」


 優しい笑顔の町のパン屋さん風の青年が、爆笑したせいでチンピラに変わってしまった。


「まさか、そっちが地?」

「正解。いや、英雄の娘が来るから取り繕っていたんだよ。下手な態度とって、後で文句言われても嫌だしね。でも、君はそういうつまらないことは言わないし、しない。そうだろ?」

「ええ、まぁ」

「だったら始めからこうしておけばよかった。前に君の母親が来た時に、滅茶苦茶に文句言われてさ」

「え?」


 母親が来た?

 まさか――


「母親って……?」

「だから君の母親だよ。弟だろ、トール・ウェラーを連れていきなりやって来たと思ったら、英雄の息子であるトールの専属の家庭教師になっていただきます、とか言い切ってさ、さすがにびっくりしたな。お願いじゃなくて、これは光栄なことですよ的な言い方だったぜ」

「そ、それはすみません……それでどうしたんですか?」

「セールスお断り、て思い切り扉を閉めたら外でキレてたよ」


 あの人じゃキレるだろうな……。

 そんな感想を思いつつ、一つの疑問をメリルはサミュエルにぶつける。


「どうして、トールは断られたのに私は良いんですか?」

「だって、俺はトールと挨拶以外の話すらしてないぜ? 勝手に母親が言いたいこと言って、まぁ外でキレたから改めて話は聞いてやったけど、結局トールは一言も話さなかったな。それが気に入らなかった。でも君は自分の足でここまで来て、必死で自分の意見をしかも面白いことを言った。だから気に入ったんだよ。理由なんてそれだけさ」


 ケラケラと笑っていたサミュエルはそこまで言うと、ピタリと笑うのをやめてメリルを見た。


「英雄の娘、そう言われ続けて誰もが個人を見てくれない。しかし、君は見習い魔法使い、周囲は勝手に期待して勝手に落胆する。君はそれが嫌で、英雄の娘ではなく、メリル・ウェラー個人を認めさせたくて……強くなりたいんだろ?」

「……どうして、わかるんですか?」

「気づいてなかったとは思うけど、君がここ来たとき結構切羽詰った顔をしてた。内心ではどんなことを考えてたかはわからないけど、君のような境遇に生まれると、上手く立ち回るか、周囲の期待通りに生きるか、反発するかのどれかしかないだろ? 諦める、という選択肢もあるけど、そんな奴はここまで来ない。だから、適当に予想しただけだよ」


 そこまで言って、サミュエルはまるで妹でも見るようにメリルを見てから、ポンと頭に手を置く。


「とりあえず、強くなってみせな。手伝ってやるから。その代わり、キツイぜ?」

「……望むところです!」

「ハハハッ、やっぱり君はおもしろいや」


 こうして、最年少ウィザードと英雄の娘は出会った。



サミュエル、メリルの登場です。

説明文が多いですが、ある程度の世界観を含めながら進めていきたいと思っています。

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