青の淑女の予想外(本編)
前編「王子の憂鬱」と併せてお楽しみください。
どっちから読んでも多分大丈夫です。
陽だまりに背を向けて、目の前の自分よりもか弱そうな、美少年というよりは美少女といった方が良さそうな彼に現実を突きつけた。
「姉が好きだというのなら、姉の幸せの為に諦めて下さい」
背にした陽だまりの中では、誰にも邪魔をされることなく、少し年上の少年少女がダンスを踊っています。それはそれは、幸せそうに。
陽だまりの少女は私と違ってふんわりとしたブロンドの髪をして、優しい碧色の瞳に相手の少年の顔を写して喜んでいました。
どこからどう見ても立ち入る隙間もない事が分かったのでしょう。幼い少年の淡い恋心を打ち砕くには都合のいい光景だったと思います。我ながら純朴な少年にひどい事をすると思いつつも、姉を諦めてくれるなら、と、姉と良い仲の少年の逢引を見せることにしたのです。計画通りです。
呆然としている美少j……いえ、美少年に多少の罪悪感を感じました。
それもこれも、元を辿れば私の勝手のせいなのですが。
ここで何故こんな事になったのか説明させてもらうと……。
私と姉はそれなりの貴族の家に生まれ、私は祖母似の地味な外見、姉は母似の派手な外見でした。
両親は分け隔てなく育ててくれましたが、……まあ、地味なので姉と比べられる事多数。嫌になって引きこもる事多く、けれど姉の事は好きなので、姉だけが私と外の世界を繋ぐ人で、それはそれはお姉ちゃんっ子でした。
そんなお姉さんがある日、どこの馬の骨かもわからない歳下の可愛い男の子から猛烈なアピールを受けていて、実はお姉さんにはもう好きな人がいて愛し合っているので、そのアピールがめちゃくちゃ迷惑しているという事をご本人から聞きました。
……私、シスコンだったので、ならば何とかしてやりましょうと奮起しました。アピールをやめさせるにはその恋心をベキっと折ってしまうのが1番と考えて、結果、この逢引現場を見せる事にしました。
案の定美少年は姉たちの姿を見てショックを受けたのか、呆然として私に視線をよこしてから動きません。もう固まってます。
その時私は罪悪感と共に、他人の純粋な初恋を壊しといてアレですが、何故か少しだけ気持ちが晴れた気がしました。
「道連れが欲しいなら私をお使いください。独りが寂しいと仰るなら、地獄の底までお供いたします」
……実を言うと、既にこの時美少年の正体を私は知っていましたし、彼が重度のブラコンで、王の愛妾の子供である第一王子を王位につけようとしていた事も知っていました。シスコンの私はそんな子に姉をやったら姉が苦労すると分かっていたので、この計画は断行したのです。
罪悪感から出た言葉ではありますが、そう言ったのは本心からだったし、約束を違えるつもりもなかったので、私のせいで多少捻くれた王子の我儘に付き合う事数年、どうやら婚約者の座を狙う令嬢たちとの茶会がもう面倒になったらしく、風除けとして私を婚約者に指名してきました。
謹んでお受けしましたとも。そもそも拒否権ありませんし。王子の気が変わらなければ結婚、そうでなければお飾り又は婚約破棄。政略結婚とはそういうものですよ。
その頃には王子に連れ回されたせいか、姉以外で外との繋がりが出来て、ある種の依存から抜け出し、別にシスコンではなくなりました。
貴族や一部の平民が通う学院に入学する頃の事。第一王子がどうやら婚約者を決めたようで、顔を合わせる機会が出来たのですが、何とびっくり、姉でした。
初恋の方は既に振って、商家の嫡男と良い仲だったのでは?あら、それは2つ前の男?1つ前は伯爵家の次男?……聞かなかった事にしました。
それにしても一体どこで第一王子と会ったんですか?え?仮面舞踏会?………………いえ。お気になさらず。
その場を何とかやり切り、急いで実家と連絡を取り、両親や祖父母と情報共有、一先ず姉の事は買い物でも観劇でも何でも構わないから、家が倒れない程度にお金を使わせて第一王子以外に近付かせないようにする事にしました。
ですが姉に好き勝手させると、家が傾くことが必至でしたので、友人の婚約者である侯爵家嫡男に友人と共に交易の際の心得を学んだり、辺境伯の子息女と共に私でも比較的安全に採集できる薬草を教わり、それで薬の研究を進めたりしてなんとか販売にこぎつけお金を稼ぎました。いざとなったらこの技術で、身を立てて生きればいいとまで思いましたね。
さて、そのてんやわんやの様子を悟られないよう、外では完璧な淑女を目指し邁進した結果、いつの間にやら私には『公正の青の淑女』という通り名までつけられていました。
それに気づいたのが卒業年度開始の半年前のことでした。
そして特待生が入学してきて、一応私の婚約者である王子に付き纏い始めたのです。
王子も私の反応を伺いながら、特に彼女を邪険にする事はなく、寧ろ仲良くされていました。
……まあ、私、風除けですし?……王子が気になった相手ができた時に、その方に不都合がないようにするのが私の役割ですし?……別に、辛くなんてないわ。……多分。
その時閃きました。
この称号、この私の存在自体って、物凄く使えるのではないかしら?って。
計画は簡単。
特待生に教育を施し、完璧な淑女へと昇華させ、卒業までに王子を射止めてもらう。
王子は婚約を破棄して、特待生を嫁にもらう。特待生は大満足でしょう。
それによって、このフェアブルーを失った王子は、国王と正妃の息子だけど『公正の青の淑女』と別れるくらいだから王位には相応しくないのではとされて、あと一歩話が進まない第一王子の戴冠が確定するはず。
あのブラコン王子は、第一王子を王にしたいという願望が叶う。
王子も自分の願望が叶った上に、意中の女性と結婚できるのだから願ったり叶ったりですね。私の事は特に気にしている様子はないですが、自分の不貞が原因で私と別れたら外聞が悪いですから、特待生の教育を少し厳しめにして、周りが私が虐めていると噂を立てるくらいにしましょう。そうすれば私が特待生をいじめている上に、特待生は健気にもそれに耐えて、そのいじらしさに惚れたとか何とかにすれば、私が全ての叱責を負って国外追放くらいで済むでしょう。家は大丈夫。王妃になる人間の生家を潰したりしないもの。
……という完璧な計画通でしたのに。
創立祭の次の日の昼休み。
人気のないちょっとした息抜きスペースで、私は指導時に携帯しているマナーの本の表紙をを手慰みに弾いています。良い子の皆さま。御行儀がよろしくないのでやらないでくださいね。
憮然とした私と対面するように腰掛けているのは特待生のシュリィさん。心なしか顔色は悪く涙目ですが、別に私、今日は呼んでいませんし、まだ何も言ってないのですが。
「私が貴女を指導と称して虐めている、という噂を流したはずが、何故か出来の悪すぎる特待生がフェアブルーの手をかなり煩わせているのに見捨てずに根気よく淑女がなんたるかを教えているなんて流石ですわねと昨晩のパーティーで貴族婦人の方々から言われましたわ」
独り言です。ええ。だって彼女は相槌もしないもの。
「エスコートをしてもらえないなんて、婚約者として失格ですわね、婚約破棄まであと少しかしら?と、嫌味ったらしく言ってくれるはずの貴女のいう悪役令嬢には、
婚約者をしかもフェアブルーを蔑ろにする男などクズです。気高い貴女には相応しくない。歳上ですが現在騎士団副隊長で次期侯爵の兄に嫁ぎませんかと真剣にお勧めされました」
チラッと彼女を見ると小刻みに震えています。どう考えても令嬢が特待生を虐めている描写のはずですがこれが何故か側からは出来の悪い子と、それを見捨てない慈愛に満ちたご令嬢に見えるらしいです。無礼は承知ですが、皆さま目が腐ってらっしゃいますの?
「頼んでもいないのに噂を流してくれた姉や、貴女の努力も虚しく、昨日のパーティーで国の上から下にまで、私が、とても慈悲深い淑女と認識されてしまいました。
私自身、『公正な青の淑女』の評価を甘くみていましたわ。
……はあ。
こうなれば仕方がありません。シュリィさん。最後の手段です。殿下の寝込みを襲って既成事実を作ってしまいなさいな」
「は!?」
「別に致さなくても良いのです。朝方部屋を訪ねてきた従者の方に同室にいたところを目撃されてくれれば。
これで貴女は王子の妃に。私は婚約破棄。
王子は得たいものを手に入れる。
めでたしめでたし」
ね?と笑いかければ、彼女は泣きながらごめんなさいと叫び、脱兎の如くこの場から逃げ出して行きました。あらあら。あれ程スカートを翻す速さで走らないようにと教えたのに。また忘れたのね。教育って難しいこと。
仕方がない、次の手を考えないと、と視線を落とすのと同時に、温もりが手に触れた。
ドキドキするから、離して欲しいのに、安心してしまって離して欲しくないとも思う。
「……王子殿下、ご機嫌麗しゅう」
「麗しくない。全部彼女から聞いた。その上で言うけど婚約破棄なんて絶対しない」
「殿下、貴方は兄君を王にしたいのでしょう?」
何故自分でそのチャンスを壊そうとするのか。私の努力を無駄にしようとするのか。訳がわからない。
「っ、殿「君を愛してる」……は……?」
何を言われたのか分かりませんでしたわ。ええ。王子は苦笑して私の隣に座りました。
「僕はずっと、君を愛してるんだ。
だから連れ回したの。遊びに行ったし、手紙も送った。婚約だってそう」
そこから王子が語った事いわく、
姉への恋心を粉々にした時に私に惚れ、
今まで未練で姉に贈ってきていたと思われる装飾品や花々は私に宛てていたもので、
婚約者にしたのは勿論私が好きだからで、
特待生を気に入った様子だったのは私が気にしてくれるかもしれないと思ったから。
その他知りもしない事実が続々と判明。
彼が私の婚約者になってから王子だと気付いた姉が彼にも擦り寄っていた事も判明。彼からの名前入りで贈られたものは全て自分宛だと言い張って私に届かなくしていた?……これ家族会議モノだわ。
王位の事はどうなのかと聞くと、私と婚約できた時点で既にブラコン卒業した?更に私の姉に兄君が引っかかった時点で完全にどうでも良くなった?ああ、そうですか。
「さっきの話も聞いてたよ?僕の得たいものが手に入るって?」
「……特待生がお気に入りなのかと思いまして。それから、王位の事も」
「ふぅん……。でもさ、今の話を聞いてみてどうかな?
僕の望みは君と婚約破棄して叶うのかな?」
握られた手に力が加わった。
「……道連れにして良いって言ったよね。
でも僕は、君の心が欲しいんだ」
私の薬指の付け根を彼の指先がなぞる。擽ったい。ドキドキする。心なしか頬も熱を持ってる気がする。……流石心臓につながってると言われるだけあるわ。命を握られるってこんな気分なのかしら。
「僕の気持ちが全然伝わってない事は分かった。これから努力するから……覚悟してね。
私の愛しいレディー・フェアブルー」
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後日、王子の執務室で私は本を読みながら、王子が来るのを待っていました。
「レディ」
「あら、マルク様。ご機嫌よう」
「どうです?王子の熱烈な求婚が世間でも話題になっていますけど」
……なんだか刺々しいですわねぇ。恐らく王子が執務室を抜け出す時間が増えたせいでシワ寄せがこの人に来てるからでしょうけど。
私があまりにいつも通りなので、王子との温度差が激しく、周りから見ると氷と炎、水と油?らしいです。
ついこの間、フェアブルー以外に『氷の薔薇』という通り名をいただきました。
あの宣言の後、王子は呼んでも呼んでなくても近くにいるようになりました。
贈り物は自分で届けに来てご丁寧にも私に付けてから帰り、休日になれば私を連れ出し、……なんだか婚約前に戻った気分です。恐らく疎遠になった分を取り戻そうとしているのでしょうが……。
マルク様や周りの皆様のご様子からするに、王子は一つ気付いていないようです。
「どうでもよい人のために、自分が国外追放になるまでの計画を立てる女がどこにいますか?」
その言葉に側近のマルク様は驚いた後、気の抜けたように、すみませんと笑っていました。
読了ありがとうございます。