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海猫亭へいらっしゃい!!

最終話です……!

 


 

「ダンベルトさん!早く。こっちですよ」

「う、あぁ。ちょっと待て。そんなに引っ張ると……」


 バシャ―ン。


 大きな水しぶきとともに波をかぶるダンベルトの姿。髪から水を滴らせて呆然と座り込むダンベルトに、腹を抱えて笑うラルベルである。


 今日はダンベルトと二人で海にきている。


 あの後しばらくは事件の処理で忙しく休みがなかなか取れなかったダンベルトと、かたやロルのショップ開店準備の手伝いと海猫亭の二足のわらじで大忙しだったラルベルは。せっかく町に戻ってきたのに、としょんぼりする暇もないくらい互いに多忙で会えずじまいだったのだ。

 今日はやっとお互いの休みが合って、こうして約束を果たしに来ていた。


「ふふふ。すっかりびしょ濡れですね。覚えてますか?初めて私にあった時ダンベルトさん水かけたでしょ。しかも滅茶苦茶勢いよく」

「そういえばそうだったな。死んでるかとも思ったからな。フードかぶってたし、まさか女とも子どもとも思わなくてな。悪かった」


 最初の出会いを思い出して、二人顔を見合わせて笑う。

 思えばあの時はダンベルトの顔が逆光で見えなくて、ゴブリンサイズのシルエットだけが視界に入ってきてとても怖かった記憶がある。もし顔が見えていたら、多分あそこまで怖がらなかったと思うんだけど。うん、多分ね。

 ダンベルトはダンベルトで、薄汚れたフードを目深にかぶった怪しい風体の人間が倒れていたものだから、危うく乱暴に引っ立てるところだった。よく見ればまだ子ども、しかも少女と知って動揺したのだが。


「そういえばまだ見つかってないんですか?」


 それが誰を指しての話なのかをすぐに理解したダンベルト。


「あぁ。結局見つからずじまいだ」


 エディオン侯爵はあの後、デルベへと船で送還された。

 その船が何らかの問題で沈没し、侯爵は行方不明との知らせが入ったのだ。他の乗組員はなんとか通りがかった船に救助されたものの、手足に枷を付けられた状態の侯爵だけが安否不明となった。


「そうですか……。じゃあそのリリアさんって人、お父さんまでいなくなって一人きりになっちゃったんですね」


 ラルベルは、やりきれない思いで小さく息を吐く。


 助かった乗組員の話では、唯一持ち出しを許された懐中時計をずっと握り締めていたらしい。デルベに残してきた娘の写真が貼ってあるのを、ずっと大事そうに見つめていたそうだ。

 実際のところ、事故だったのかどうかは疑わしい。もともとデルベでは闇を知りすぎた者として疎ましがられていた侯爵を、これ幸いとばかりに消そうとした可能性は十分に考えられる。しかし、あくまでこれは憶測だ。他国の政治に干渉するわけにもいかない。もう侯爵の身柄をデルベに引き渡した以上、この国が口を出していい問題ではないのだから。

 ダンベルトの胸にはやり切れない思いばかりが残る事件だった。


 唯一救いがあるとすれば――。

 侯爵の娘、リリアは侯爵家の屋敷から行方をくらました。監視下に置かれていたため外部との連絡も絶たれていたという話だが、忽然とその姿は消えて、今も所在が分かっていない。

 

 噂では、実は国を出る前に侯爵が手にかけたんじゃないかとか、デルベによって消されたのではとか色々言われているらしい。

 ただひとつ、侯爵家の領地の外れに以前別荘として使われていた小さな屋敷がある。そこは近くに美しい白百合の群生地があり、まだ幸せだった頃家族でよく訪れていたらしい。

 その一室のテーブルの上には、何かを飲んだ形跡のある二つのカップが並んで残されていたという。


「人生をつなぎ止めるもの、見つけたのかもな。あの男も」

「え?なぁに?それ」


 次々と砂浜に押し寄せる波の音が、ダンベルトの小さなつぶやきを消す。

 微笑んで首を振るダンベルトの顔はとても穏やかだ。


 ここのところめまぐるしくたくさんのことが起きたせいか、随分時間がたって気がする。でも実際はラルベルがあの町で暮らすようになってまだ一年もたっていない。ラルベルはあと少しで十八歳になる。

 海猫亭は以前にも増して繁盛しているし、ロルの男性向けに考案した甘さ控えめなスイーツは、なぜか今や女性たちの間でローカロリースイーツとして大人気だ。おかげで、昼も夜も男女問わずお客が途切れることがない。


 教会にいたジーニーはマルタが引き取ることが正式に決まった。だが他の子たちの生活が落ち着くまではとのジーニーの希望で、今は王都の教会から通いでロルの店を手伝っている。

 ロルとジーニーの兄弟のような微笑ましいやりとりがなぜか密かに話題を呼んでいるらしく、ファンクラブなるものまで出来ているという噂があるくらい。

 ラルベルの目下の悩みは、家問題である。ジーニーがマルタのところで暮らすことになれば、あの下宿を出て他に部屋を借りることになる。海猫亭の近くに部屋を借りるか、詰所の近くにするか、悩ましいところである。


「ダンベルトさん、今度一緒にお部屋探しに付き合ってくれませんか?ダンベルトさんが一緒だったらいい部屋紹介してくれそうだし、もしかしたら賃料安くしてくれるかもしれないし」


 ちゃっかりと団長であるダンベルトの顔を利用する気満々なラルベルである。

 食事の次は下宿と仕事、その次は新しい部屋の紹介と、もはや何でも屋と化しているダンベルトだ。


 ラルベルのお願いに、例の八の字眉毛で困った表情を見せるダンベルトである。その困り顔がおかしくて思わず笑いだすラルベルに、もごもごと何かを話し出す。


「それは、その……多分必要ないと思うんだが。つまり住むところがあればいいんだろう?なら家の一軒や二軒建てられるくらいの蓄えも一応あるし、だからその、な」

「ダンベルトさんも引っ越すんですか?」


 確か今は詰所近くの部屋を借りているはずだ。洗濯や食事なんかは通いの家政婦さんを雇っているらしく、基本的に寝に帰るだけの部屋と化しているらしいが。


「お互いにいい部屋が見つかるといいですね。やっぱり詰所の近くに借りるつもりですか?」

「いや、そうじゃなくてだな。まぁ、そうなるとは思うんだが。じゃなくてだな、その。一緒に暮らさないか?つまり俺と、そのけ、け、け……」


 ちょっと前にもこんなやりとりがあった気がする。同時になんだか甘いものが食べたくなるラルベルである。ダンベルトはもはやこれ以上下がらないというくらい眉が下がってしまっているし、顔も赤い。


「ラルベル!俺と結婚して一緒に暮らそう。いや、今すぐにとは言わないが。いや、でももし嫌じゃなければすぐにでも。家を建てよう、二人で暮らす家を」


 ものすごい勢いでラルベルの肩をがっしりと掴むと、ラルベルはその迫力に押されて思わずのけぞる。


 ――目が、怖い。ゴブリン登場……。だからこの人はどうして真顔がこんなに怖いのかと。今、家を建てるっていった?二人で暮らす家って。いや、その前に何か言っていたような。


「……けっこん?血痕?……結婚?」


 真顔でつかみかかるダンベルトと、まん丸に目を見開いてのけぞるラルベル。

 遠目から見たら、今にもゴブリンに頭から食べられそうな子リスといった様相である。が。


「ダンベルトさんと私が結婚……。私が結婚……」


 ヴァンパイアはもともと結婚という制度に特にこだわらない種族で、というよりはあまり色恋に興味がない。寿命が長いせいか、種を残そうという欲求があまり強くないのだ。だから子をなすことも少ないし、仲間同士寄り添って暮らすからわざわざ結婚という形をとる必要にかられない。

 でも、そういえばラルベルの両親は珍しく結婚組である。父親が人間であるためだろうか。


 自分が結婚する、その絵を思い描いてみるラルベルである。


 一軒の家に自分がいる。ただいま、と仕事から戻ってきたダンベルトと囲む食卓。ほかほかと湯気を立てる料理に、部屋中に漂ういい香り。二人で向き合って他愛のないおしゃべりをしながら食事をする。

 それは、思った以上になんというかあたたかそうで、幸せそうで、そして――おいしそうで。


 ダンベルトは返事のないラルベルに、肩をつかむ力をどんどん弱めていく。しょんぼりと尻尾を下げた犬のようだ。


「食費、かかりますよ。きっとたくさん。何せ大人の3倍食べますからね。働いた分全部食べちゃいますよ?」

「ん?食費?うん、知ってる。それくらい稼いでくるから心配するな」

「スイーツも忘れないでくださいね。あと海猫亭のお仕事はまだまだ頑張りますよ?私、看板娘だから」

「分かった。お前の好きに生きればいい」


 優しい眼差しのダンベルトと見つめ合い、自然とつないだ指先から互いの体温が伝わって、じんわりと熱くなる。


「大事にしてくださいね、絶対」

「……もちろん。何があっても俺がそばにいて守るし、大切にする」


 ラルベルは思う。


 ――そうか。私はずっとダンベルトさんが欲しかったんだ。血を、とかじゃなくてこの体温を。


 一度そう感じると、その思いはすぅっと胸に溶け込んでまるでそれが当たり前のことのようで今まで気付かなかったのが不思議なくらいだ。


 ――これは、恋だ。これが恋なんだ。ダンベルトさんは私に生きる場所と恋をくれたんだ。


「私も大事にします。ダンベルトさんのこと。私の方がずっと長生きすると思うけど、できるだけダンベルトさんも長く生きてくださいね」


 実際にどれくらい生きるのかは、ハーフであるからして分からないのだが年齢差を考えてもきっとラルベルの方が長く生きそうではある。


「……わかった。今のうちに健康に気を付けて、鍛えておく」


犬の眉が上がっていく。きらきらと目を輝かせて尻尾をぶんぶん振っているのが見える。


 二人で生きていくその想像は、当たり前のようにすんなりとラルベルの心に落ち着いて心を満たしていく。

 世界で一番、あたたかく安心できる場所。合わせ鏡のように、ありのままの私を映し出してくれる人。


「さぁ!ごはん食べに行きましょう、ダンベルトさん。お腹すきました。今日は絶対にタコのパスタ、食べますよ。いっぱい食べていいって約束ですからね」


 ラルベルは、弾けるように笑いながらダンベルトの大きな手を引っ張り上げて、砂浜を大股で元気よく歩いていく。


 繰り返す波の音と、日の光を反射してきらめく青い海。

 隣にはゴブリン。

 その隣には偏食ヴァンパイア。




 おいしいものをいっぱい食べよう。

 大好きな町で、大好きな人と。

 おなかも心も満たして、いっぱい食べよう。



 今日もラルベルは、この町で明るい声を上げる。


 「海猫亭へいらっしゃい!」







ついに完結いたしました。

お読みくださった皆様、誠にありがとうございました。スピンオフなどももし余裕があれば書いてみたい気がしますが、それはまた後程。


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