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宴のあとで




 ここは海猫亭である。

 厨房にはうず高く店にあるだけの食材が積み上げられている。その山を切り崩すように次々と料理が作られ、ラルベルと客たちがどんどんテーブルに並べていく。


「はい!タコのカルパッチョとアヌ鯛の煮込みあがったよ~。すぐにハーブマリネとフライも出来るからじゃんじゃん持って行っておくれ~」


 ノールさんの元気な声が厨房に響く。


「はぁい!あ、スープルさん、取り皿そこに並べてくださいね。マルタさんはエールをどんどん配っちゃってください」


 両手に重そうな大皿を持って店内を走り回るラルベルと、その指示のもとばたばたと準備に追われるお客たち。

 なぜ海猫亭が店員と客が入り混じってこんなにてんやわんやの状態かというと――。



「さぁて!みんな飲み物は持ったかい?では、ラルベルちゃんの帰還と事件の解決を祝して~!乾杯~!!」


 歓声とグラスがぶつかる音、そして食器の音とともに、いっせいにがやがやと騒がしくなる店内。


「じゃんじゃん食べておくれよ!今日はこの町、いやこの国あげてのお祝いだ。腹がはちきれるほど食べていっておくれ。ラルベルちゃんもダンベルトのだんなも、どんどんやっとくれね」


 もはや大好物となったタコのガーリックライスを頬張るラルベルと、熱々の白身魚のフライにはふはふしているダンベルトは、声にならない声で返事をする。



 詰所前でのラルベルの一世一代の告白は、結論から言えば大成功に終わった。


 本当は一番最初にダンベルトに話してから、身近な人たちに順に説明するはずだったのだが、まさかの町のほぼ全員がいる町の真ん中で大告白会をすることになるとは思ってもいなかった。

 誰もラルベルやロルを怖がったりしなかったし、むしろ興味津々といった感じでどんな風に血を飲むのかとか、生活の様子とか寿命とかについて質問責めにあった。あとラルベルの子ども時代の大食いエピソードとか。



「ラルベルちゃん、もしかしてあんたのお母さん、以前隣町に来たことがなかったかね?」


 エールジョッキ片手に赤い顔をしてにこにこと話しかけてきたのは、常連客のゼルバである。


「母を知ってるんですか?母は父と一緒に四年近く色んなところに旅に出るっていったきり私も会ってないんですが……」


 母がこのあたりの町に来たことがあるなんて、ラルベルは聞いたことがない。ひょっとして最近このあたりに来たんだろうか?


「いやぁ、といっても随分前のことだけどね。ラルベルちゃんを初めて見た時、誰かに似てるなぁ~と思ったんだよねぇ。隣町で一時期酒屋の手伝いを夫婦でやってた人に似てるなと思ってね。名前は確かキィナさんとかいったかな?」

「それ、母です!いつ?いつ会ったんですか?」


 ぐいぐいと迫る勢いに押されつつ、ゼルバは記憶を辿るように話す。


「確か一年前か、それよりもうちょっと前くらいかなぁ?だんなのほうは、なんていうかこうちょっと頼りない感じで、でも気のよさそうな男でね。一度お酒を一緒に飲んだことがあるんだよ。いや~、楽しかったな」


 その時のことを思い出しているのか、にこにこと嬉しそうにジョッキを傾けている。ラルベルは最近のことではないと知ってがっくりと肩を落とす。


 ――そろそろ帰ってきてくれてもいいんだけどなぁ。私はあの集落を出ちゃったし、ここで頑張ってるって話したいのに。薄情なんだから!


 腹いせとばかりに目の前のマリネをパクパクと口に放り込むラルベル。その様子を離れていたところからみていたマルタがラルベルに声をかける。


「ところであんたはいつまであの部屋にいられるんだい?まぁ誰かさん次第なんだろうけど。あたしはいつまでだって、あの部屋にいてくれたっていいんだよ?もうあんたは娘みたいなもんだからね」


 ちらりとラルベルの横に立つダンベルトを見やって、意味ありげににやりと笑うマルタ。

 ダンベルトはその視線にごほごほと咳き込んで、慌ててて手近なグラスを手に取るとぐいっと飲み干す。色からいって多分、ラルベルが大好きな黒イチゴのジュースだと思うが、甘いものが得意ではないダンベルトには少し甘すぎるのでは?と心配になるラルベルである。


「……うっ!」


 予想通り、今度はその甘さにむせている。思わずその姿に吹き出すラルベル。


 ――本当にダンベルトさんって、どうしてこんなに残念なんだろ。見た目はいいのに、中身がなんとも。


 失礼なことを心の中で考えつつ、目じりに浮かんだ涙をぬぐいながら笑い続けるラルベル。


「これじゃあ、しばらくはあの部屋にいることになりそうだねぇ。さっさと申し込まないと他の奴にかっさわれちまうよ?たとえばロルとかねぇ。あの子もなかなかいい子だからね、油断ならないよ?」


 わっはっはと快活な笑い声を残してマルタは去っていく。



 少し離れた所で町の人たちに囲まれ楽しそうに話しているロルを見ながら、ラルベルはにこにこと笑っている。

 その様子を隣で固い表情で見つめているダンベルト。その体からは、この賑やかな場には似つかわしくない緊張感がみなぎっている。


 ――やはり急ぐべきだろうか。でもまだ帰ってきたばかりなんだし、それにまだラルベルは十七歳だし。まぁでも約束を取り付けておくくらいはしておいた方が……。


 ぐるぐると頭の中を色んな思いが駆け巡ってショートしそうなダンベルト。

 それに気づいたラルベルが心配そうに声をかける。


「大丈夫ですか、ダンベルトさん。なんだかちょっと顔色が……」

「あのだな!ラルベル。お前に大事な話があって……だからその、いずれの話なんだが。こういうことはやはり前もってだな」


 ――何をいいたいのかさっぱり分からない。


 その後ももじもじと前置きばかりのダンベルトに、周囲はいつのまにか皆耳をそばだてている。


「だからだな、その~。あれだ。だから……俺とだな。そのうちでいいんだが、一緒にな。え~と」

「ダンベルトさんと一緒に、なんですか?どっか行こうとかそういう話ですか?海ならもう約束しましたよ」


「あぁ!海。海に行こうな、うん。でも今言いたいのはそのことじゃなくて、その……け、け、けっこ」


 け、け、け、と繰り返すばかりで何を言いたいんだと次第に焦れてくるラルベル。ラルベルが怪訝そうな顔で覗き込めば覗き込むほど焦るダンベルト。

 固唾をのんで見守る周囲の者たちも、じれったくてもやもやとしている。


「だから、その。俺と、け、けっこ!」


 ようやくダンベルトが意を決したように何かの単語を言いかけたその時である。

 席を外していたロルが、意気揚々と海猫亭のドアを勢いよく開いて登場した。


 その手には大きな――。


「……け、け、け、ケーキ~ッ!!!!!!ロルの手作りケーキ!食べた~いっ」


 勢いよく瞳を輝かせてロルめがけて走り去るラルベル。もはやその目にはケーキ以外は写っていない。

 もちろんその作り主であるロルさえも。


 店内の女性たちもわらわらとダンベルトのことなど忘れたように、ケーキを掲げるようにして歩くロルのあとを付いていく。


 ――昔の童話にこんなのあったな。ぞろぞろみんなついていっちゃうんだよな、うん。


 一人取り残されたダンベルトのもとを、ある者はため息をつき、ある者は首を切なそうに振りながら、そしてある者は残念な目で見送りながら離れていく。

 最後に残ったのは海猫亭の店主、ノールである。


 ぽんぽんとその肩を叩きながら、無言で琥珀色の液体がなみなみと注がれたエールジョッキを差し出す。

 それを手に取り、やはり無言で勢いよく飲み干すダンベルト。


「いきなり結婚とか、自分でハードル上げてどうする、まったく。デートに誘うとか、好きだとか他にあるだろう、普通。まぁ、あいつにはもう少し鍛錬が必要だろうなぁ……」


 遅れて店に到着したイレウスは、け、けけ、のあたりから友の姿を見守っていたのだが、やっぱりかと苦笑いしつつ友へと近づいていく。


 ――今日はとことん付き合ってやるか。親友の初恋成就のためにな。



 海猫亭の夜は更けてく。

 いつまでもその明かりは消えることなく、深夜まで酒盛りは続いた。






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