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綺麗な月と並ぶ影



「まったくいつもはこんな醜態みせないくせに、どうしてこういうときに限って……」


 すっかり酔いつぶれてしまったダンベルトに肩を貸して、詰所へと向かうイレウスとラルベル。

 とりあえず詰所まで送り届ければあとは部下たちがなんとかするだろうし、いざとなれば詰所の簡易ベッドに寝かせてもいい。


 ――なんでここぞという時に、こいつはいつも……。気持ちを打ち明けるには最高のシチュエーションだっていうのに!


 心の声がうっかり駄々洩れになりそうなくらい、親友のふがいなさにぎりぎりと焦れるイレウスである。

 

 ラルベルを下宿まで送るイレウスの隣を、一つに結んだリスのしっぽのような髪を揺らしながら歩くラルベル。

 ぐったりと体をもたせかかる熊のような巨体に、さすがのイレウスも重そうだ。


「イレウスさん。イレウスさんの曽祖父さんってどんな人だったんですか?」


 ラルベルは煌々と月が照らす夜道に伸びる影を見つめながら、今日一日を振り返っていた。


 ヴァンパイアの集落を離れて人間とともに生きることを決意したラルベルの、記念すべき一日だ。

 自分が何者であるかを隠さずに、素の自分を出して生きることはきっととても難しい。それは種の問題だけではなくて、ありのままの自分をごまかさずに生きるということだから。


 人間の世界でともに生きた過去のヴァンパイアたち。その人たちはどんな人生を送ったのだろう。人の中に交じって、時に受け入れられずに悲しい思いもしたのだろうか。苦しいこともあっただろうか。


「俺も昔の日記で読んだくらいだから、よく知らないんだけどね。いい人だったみたいだよ。穏やかで声を荒げることもないし、家族が喧嘩をしてもいつもその仲裁にまわるような人で。曾祖母がわりと気の強い人だったっていうから、ちょうどいい組み合わせだったんだろうね。二人の子宝と、孫が5人。幸せに生きたみたいだよ。ごくごく普通にね」

「そうですか。素敵な人生を送られたんですね」


 ラルベルは想像してみる。

 暖炉に燃えるあたたかそうな火と、その周りに集う子どもたち。その子供たちを優しく見つめる二人の姿。ヴァンパイアだとか、人間だとか、ハーフだとか、本当はそんなこと何の意味もないのかもしれない。

 相手がどこの誰でも、あたたかな優しい灯をともしてくれる、心から大切に思えるそんな人。そんな存在に出会えたなら、どこで生きるかなんて大した問題じゃないのかもしれない。


 ――私の人生か。私はどんな人とどんな人生を重ねていくんだろうな。人間よりはほんの少し長生きかもしれないけど、きっとあっという間かな。


 ありのままの私を大切に思ってくれる両親と集落のみんな。この町の人たち。

 私はここで生きていく。


 ここで私は見つけたから。

 心から笑える場所と、大切に思えるあたたかな人を。


 ラルベルは心と体の隅々にまでみずみずしくあたたかいものがいきわたるのを感じて、幸福感に満たされる。


 隣で引きずられていたダンベルトが、むにゃむにゃと何かをつぶやく。薄目を開けて、何かを言いたそうにこちらを見ている。


 ――薄目怖い。もう少し、この人自分がゴブリンだってこともうちょっと自覚してくれないかな。顔自体はいかつくて怖い系なんだから。


「何ですか?ダンベルトさん。お水ですか?」


 イレウスがもう無理とばかりにダンベルトを道の端に座らせると、「部下を何人か連れてくるから、ここで待っててね!」と走っていく。


 ラルベルはダンベルトの隣に座り込み、月を見上げる。

 ほの青く光る月はなんだか幻想的で、とても澄んだ気持ちにさせる。


「月が綺麗ですねぇ。ダンベルトさん」

「……ん、うん。すっかり酔っぱらってすまん」


 夜風に当たって少し酔いの冷めたダンベルトは、その巨体を小さく丸めて反省しているようだ。

 その様子にふふ、と笑ってそのがっしりとした肩にそっと頭をもたれかけるラルベル。


 静かな静かな夜だ。さっきまでの賑やかさが嘘のように、しん、と静まり返っている。


「ラルベル。今日は楽しかったか?」

「はい、とっても。色々あった一日だったけど。ダンベルトさんはどうですか?」


 耳元で優しく語り掛けるようなダンベルトの声に、胸の奥が少しむずがゆくなるラルベル。


「聞いてもいいですか?ダンベルトさん、私が怖くはないですか?人間じゃないから。いつか血を欲しがるようになるかもしれませんよ」


 あのヴァンパイア宣言のあと、結局町の人たちに囲まれてしまいダンベルトとちゃんと話す時間が持てずにいた。ダンベルトが自分がヴァンパイアであることをどう思っているか、まだ聞いていない。ラルベルは、勇気を出して問いかける。

 ほんの少しの間をおいて、月を見上げながらダンベルトが答える。


「出会った時から、お前はお前だ。ヴァンパイアでも、人間でも。もし血が欲しくなったら俺のを分けてやるから心配するな。それくらいくれてやる。腹がすいたらいくらでもうまいものを食べさせてやるし、何かあっても俺がいる」

「ダンベルトさん……」


 優しく甘いその声に、ラルベルは目頭が熱くなる。


「それにな、ヴァンパイアかどうなんて大した問題じゃないだろ。お前は誰に対しても変わらず明るくて、何にでも一生懸命だ。素直というか、無防備すぎてまわりはハラハラするけどな。お前を見ていると何か落ち込んでいても嫌なことがあっても、なんでかまぁいいかって気にさせられる。お前が笑ってくれるだけで、みんな元気をもらえるんだよ。だからこの町の者はみんなお前を気に入っているし、つい餌付けもしたくなるんだよな」


 ――餌付けって……。私、動物じゃないし。


 照れ隠しに、心の中で思わず突っ込みをいれてしまうラルベルだ。


「そう思ってくれているなら、とても嬉しいです。私は好きにやってるだけなんですけどね。この町の生活は本当に楽しいし、町の人たちも皆さん大好きなので。むしろ私を元気にしてくれるのは、この町なんです。だからこそ、ヴァンパイアだって隠しているのが騙しているようで苦しかったんですけど。それに、こそこそしている自分がどんどん嫌いになりそうで」


 私は私。そう思うことはごく当たり前のようでいて、とても難しい。自分の姿は誰にも見えないから。鏡のように自分を映し出すものがなければ、いつだって簡単に見失う。その鏡だって、いつも正しく映し出してくれるとは限らない。歪んだ鏡なら歪んで映る。

 私をありのままに映し出してくれる鏡のような人。それはダンベルトだ。


 ラルベルは、このどう表現したらいいのかわからない沸き上がるあたたかな思いがどうか伝わりますようにと願う。


「私、本当はよく分からなかったんです。ヴァンパイアとして生きていけばいいのか、人間として生きていけばいいのか。でもどちらにもなれなくて。ならどこで生きればいいの?って。私のままでいられる場所を、ずっと探していたんです」


 ぽつりぽつりと話すラルベルの言葉に、じっと耳を傾けるダンベルト。肩から伝わる体温に励まされるようにラルベルは話し続ける。


「でもあの時ダンベルトさんが私を拾ってくれて、きっかけをくれたの。おかげでこの町でたくさんの人に出会えて、おいしいものもいっぱい食べることができて、生きるってこんなに楽しいんだって知ったの。ヴァンパイアだってことを隠していたから不安もあったけど、ダンベルトさんがいてくれると思うとすごく安心できた。ありがとう、ダンベルトさん。私を拾ってくれて」


ダンベルトのラルベルを見る目はどこまでも優しくて、泣きたいほどにあたたかい。


「ダンベルトさんのおかげだよ。ダンベルトさんがいつも私を見ていてくれたから、守ってくれたから」


 途中で放り出すこともできたのに、家や仕事も探してくれた。困ったことや大変なことはないか、いつも気にかけてくれた。いつもそばにいてくれるから、ダンベルトに数日会えないだけで途端に何もおいしくなくなるし、心細くなる。

 初めて知ったこの気持ちは、寂しさといつも背中合わせだ。


「お前が戻ってきてくれてよかった。もし、もしな。何かあっても、いつでも俺がいるからな。ずっといるからな。だから、俺のそばでいつまでも安心して……」


 途中でむにゃむにゃと何かを言いかけて、また寝入ってしまったようだ。ゴブリン、もしくは大きな熊が冬眠している時はきっとこんなふうに無防備なんだろうなぁ、とほほ笑むラルベル。


「私もです。またこんなふうに普通にダンベルトさんと話ができて、良かった。ダンベルトさんにもし何かあっても、私がいます。ずっと一緒に」


 完全に安心した顔で眠るダンベルトと、その顔を愛おしそうに見つめるラルベル。

 そっとその肩に頭を乗せて、ぬくもりを分け合う二人。



 寄りそう二つの影は、綺麗な月に照らされて夜は更けていく。


 出会った頃よりも少し距離の近くなった二人の姿を、離れた所でイレウスと連れてこられた部下たちが困惑しながらいつ出て行くべきかと思案しているとは、露にも思わず――。






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