ヴァンパイアたらしめるものは
ダンベルトは混乱していた。
――ラルベルがヴァンパイア。この銀髪の男、名をギリアムというらしいが――もヴァンパイア。いや、二人とも人間とのハーフか。そしてロルは純血のヴァンパイアだと言っていた。そうか、ヴァンパイアは実在したのか。いや、しかし。
ダンベルトは目の前の三人を見比べながら、これまでの記憶を辿る。
「あの噂は?ヴァンパイアが人を襲ってるっていう。あれは侯爵が人を近づかせない為に流した噂だと思ったんだが、もしや事実なのか?」
ヴァンパイアといえば人間の生き血を糧としているために人を襲い、心臓に杭を打ち込まないと死なないくらいに人間離れした、というか明らかに人外の化け物というイメージなんだが。
ダンベルトの目の前にいるのは、小柄ながら人一倍大食いな能天気少女ラルベルと、若干身軽さが動物めいてはいるが、どこからみても普通の少年のロルである。この私兵の男にしたって、見た目は銀髪で年齢不詳ではあるが、どこからみても人間にしか見えない。
――ヴァンパイアとは……?牙もないようだし、そもそもラルベルもロルも血を飲んでいるところなど想像もできないが。
「あぁ、その噂なら侯爵が流したんだ。その方がおもしろいって。ヴァンパイアとはいっても、人間の血を飲みたがる奴はごく一部だけどな。人を襲うとあとあと面倒だし。それに、そもそもヴァンパイアが人間に近づかないだろ」
男の説明に首を傾げるダンベルト。
ヴァンパイアが人の生き血を糧としているというのは、ダンベルトも聞いた覚えがある。動物の血でもいいのか?でも人間に近づかないというのはどういう意味だ?人間を恐れているからか?人間がヴァンパイアを恐れているんじゃなくて?
ダンベルトの目には、ラルベルはどこにでもいる普通の少女にしか見えない。見た目はまだ子どものような幼さを残しつつ、本当はしっかり者で明るくて頑張り屋で、大食いで――。
ロルもそうだ。飄々としているようで実際は幼馴染み思いで、ダンベルトやこの町のために本当によくやってくれた。教会の子どもたちだってあっという間にロルに馴染んで、今ではいい兄貴分だ。
ヴァンパイアと人間の違いとは何なのか、考えるダンベルトに男が言う。
「あんたほどの男でも、ヴァンパイアが怖いか?」
――怖い?
男の問いにしばし考えこむが、首を振る。
「怖いというよりよく分からんな。ヴァンパイアと人間じゃ何が違うんだ?」
「他には寿命が人間よりはるかに長い、とか若干人間より身体能力が高いくらいかな。嗅覚とか勘とかな。俺やこの子は人間の血で能力が薄まってるかもしれないけど。まぁ、たいして違いはないよ」
「ヴァンパイアはどこで生きてるんだ?正体を隠してるだけで、実は人間に交じって暮らしているのか?」
その問いに、ラルベルは困ったようにロルと顔を見合わせる。さすがにいくらダンベルトとはいえ、仲間たちの安全を思えば、集落のことを話すわけにはいかないのだ。
「それは……。ちょっと人里離れた所で暮らしてるとしか。でも本当に人は襲わないし、むしろ人間が怖いっていうか……。過去には色々人間にひどいこともされてるし、追い出されたりもするし。だからあの噂みたいなことは絶対にないの!」
思わず力説するラルベル。
ヴァンパイアへの偏見をなんとかなくしたい一心で、恐怖にかられた人間たちによってヴァンパイアがどんな迫害を受けてきたか、その中でヴァンパイアがどんな思いで生きてきたかを説明する。
ダンベルトはラルベルの話にじっと耳を傾けていた。ヴァンパイアが歴史の中で畏怖され、排除されてきたこと。人間との摩擦を恐れたヴァンパイアたちは、隠れるように生きてきたこと。だが決して、人間を襲うような恐ろしい危険な存在ではないこと。
「でも、ヴァンパイアって生き血を飲むんだよな?それとも血じゃなくてもいいのか?だってラルベルは……」
ダンベルトの顔におびえや恐怖といった感情は読み取れないことに少しほっとしながら、ラルベルはぽりぽりと鼻の頭をかきながら答える。
「私、血が飲めないんです……。匂いも味も感触も、どうにもだめで」
その告白に反応したのは、ダンベルトだけではなかった。男もまた、「えっ!?」と大きな声を上げる。
「は?血が飲めないヴァンパイアってお前それ、あくじ……」
「悪食じゃないから!偏食でもない!半分は人間なんだからっ」
なんだか懐かしいやり取りである。
そこで、あることに思い当たるダンベルト。いつかゴーダで子どもたちがいっていた魔女の噂。特徴がラルベルに重なるとは思ったが、もしやあれは。
「もしかして、フードをかぶった魔女ってのはお前か!血が飲めないから、食料を買い出しに行ってたのか。ということは……」
ラルベルが頷くのをみて、ダンベルトは今度は男に目を向ける。
「じゃあ、お前も人間の食べ物を食べるのか?ロルは生き血だけ?」
頷くロルの向かいに立っていた男は「いや、俺は人間の血も流れてるからどっちもいける。基本的には栄養さえ取れればどっちでもいい」と答えると、ダンベルトはすかさず次の質問を繰り出す。
「量は?やっぱり大人の三倍くらい食べるのか?人間の食べ物だと」
ラルベルは首をかしげる。
――ん、量?今ってそういう話してたっけ?いや、食べ物の量とか関係なくない?
「いや、そんなわけないだろ。むしろ人間より少ないくらいだよ。基本的にヴァンパイアは身体が省エネに作られてるからな。だから長命なんだよ。細く長く、な」
質問の意図を読み取った男は、ぱっとラルベルを振り向くと「まさかお前、その小さな体で人間の三倍も食うのかよ!?」
――なんだ!この流れは。なんで私の大食いが話の中心になってるの?
そう憤慨したラルベルであったが、ふと気づく。
「え……?えぇ……?もしかして、ハーフは生き血の代わりに栄養がたくさん必要だから、いっぱい食べないと体がもたないんじゃないの!?」
大きな声で驚愕するラルベル。
生まれてこのかた、ずっと高濃度かつ高栄養の生き血のかわりに大量の食べ物が必要になるからこそ、自分はこんなにも食べるのだと思っていた。
「そんわけないだろう。現に俺は人間よりもはるかに少ない量で事足りるぞ。お前その小さい体で、なんでそんなに食い物が必要なんだよ。何に消費してるんだ?そのエネルギー……」
あんぐりと口を開いたまま言葉が出てこないラルベルである。
周りにハーフなんていなかったから、てっきり人間補正が入ったことで多量のエネルギーを必要としていると思い込んでいたのに、まさかそれがただの大食い特性だったとは!
いつしか深刻なヴァンパイア告白話は、ラルベルがいかに食べるかについての話に変わっていた。三人の男たちは先ほどまでの警戒心はどこへやら、すっかり和気あいあいと大食いトークで盛り上がっている。
そして気が付けば男三人とラルベルの会話を、何の騒ぎかと一人、二人と町の者たちが集まり始め、遠巻きに取り囲んでいた。
その中にはようやく王宮でのくだらない議論から解放されたイレウスもいた。ラルベルが詰所の前で知らない男に絡まれているようだと知らせをうけて、心配してやってきたマルタの姿もある。その隣には定休日だった海猫亭の面々も。
いつのまにか、全員集合である。
ようやくそれに気が付いたラルベルたちは、目を見合わせて立ち尽くすのだった。




