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ヴァンパイアの主張

 



「ちょっと待って!ちょっと!!話を聞け~っ!」


 突然に始まったラルベルの大食い暴露に、慌てて止めに入る。

 なぜこんな流れに、と戸惑いつつもなんとか話の本筋に戻そうと試みる。


「どうした?ラルベル」

「今お前の子どもの時の話をな」

「いや~、お前どんだけ食うんだよ。熊だってもうちょっと小食だろう」


いっせいに繰り出される口撃に、たじたじのラルベルである。


「そうじゃなくて、みんないるんだよ。町の人たちが集まってるの。だからね、私がなんでここに戻ってきたかをね……」


 ロルもようやく本来の目的を思い出す。予想とはかなり違う展開になってしまった。

 ぐるりと取り囲むようにラルベルたちを眺めている輪の中には、知った顔もたくさんいるようだ。その顔に恐怖は見て取れない。


 ――話があの辺までは聞こえていないのか?


「もうこの際だから、大声で宣言しちゃえば?もしかしたら向こうまでは聞こえてないかもしれないし」

「本当に人間たちに公表しちゃうんだぁ。まぁもし追い出されたら俺が一緒にどっかに連れていってあげるから心配はいら……いてぇな!何するんだよ、お前」

「うるさい!お前は部外者なんだからすっこんでろ。突然入ってきて勝手なことをいうな」


 いつのまにかダンベルトと男は、どつきあいつつもなんだか仲良さげな様子である。

 ラルベルは予想の斜め上を行く展開に、もはやじりじりと焦れていた。


 ――ん~~~~~~!!なんかもう。


 ラルベルはまだぎゃあぎゃあ騒ぐ男たちを横目に、すぅ……と大きく息を吸い込むと口を開く。


「この町の皆さ~ん!私は海猫亭で働いているラルベル・モンテールです。実は私、皆さんに黙っていたことがありま~す!」


 瞬間しん、と静まり返る聴衆。


「……私、私は。実は私、人間じゃありません。ヴァンパイアなんです!あ、いや。正確に言うと、ヴァンパイアと人間の間に生まれたハーフです!」


 場の空気ががらりと変わって、水を打ったような静けさにラルベルは息をのむ。


 ――やっぱりみんな、驚くよね?こわい、よね?


 おそるおそる聴衆に目を向けると、マルタやノール、海猫亭の厨房のみんなや客たちの顔が見える。いつもお菓子を買いに行くお店の主人も、パン屋のおかみもいる。みんなラルベルの告白に、目を丸くしてこちらを見つめている。


 ――どうしよう。この後は一体どうしたら……?


 告白はしたものの、その後をどうするかは何も考えていなかったラルベルである。


「あの……それでですね。ヴァンパイアとはいってもほぼ人間なので、血は一滴も飲めませんし、飲みたいとも思いませんし。むしろ好きなのは甘いものとか、魚介類とか。特に海猫亭のハーブフライとこの間まかないで作ってもらったタコのガーリックライスとかが好きですね。あとは……」


 なぜか好きな食べ物を告白し始めたラルベルである。話始めるとなぜか止まらず、好きな食べ物について延々と語り続けてしまう。そんなラルベルを、周囲はだんだんと残念なものを見るような目つきで眺めていることに、本人だけが気が付いていない。

 まだラルベルの食べ物談義は続く。


「で、何の話でしたっけ?」


 はっと我に返ったラルベルが気が付いた時には、すでにロルとダンベルト、銀髪の男は三人寄って離れたところからラルベルを遠巻きに見つめている。


「……」


 自分の失態にようやく気が付くラルベルだったが、時すでに遅しである。完全に聴衆は引いている。


「あのですね。だから、その~。ヴァンパイアとはいっても決して恐ろしい存在でも人間を襲うわけでもなくてですね。同意がなければ動物からだって生き血はもらいませんし、物々交換したりしてちゃんとお礼もするしですね。決して悪い生き物ではないんですよ。なので、もしご迷惑でなければ私、この町でこれからもご厄介になりたいな、なんて思っているわけですが」


 そこで言葉を切り、えいっと顔を聴衆に向ける。


「私、この町が好きなんです!町の皆さんも好きなんです。もしかしたら私を怖いとか襲われるんじゃないかとか心配される方もいると思うんですが、決して襲いませんし、他のヴァンパイアだってみんな友好的で、むしろ省エネなんで滅多に血も飲みませんし。だから、少しずつでもいいので私のことを知ってもらえたらと思うんです。この町で一緒に生活してても安全だって。一緒に生きていけるって。だから……。私をこれからもこの町にいさせてくださいっ!!ここで生きていきたいんです。大好きな町の皆さんに囲まれて、おいしいものいっぱい食べて、毎日楽しく働いて、そうやって生きていきたいんです!!」


 ラルベルのありったけの思いを込めた宣言は、静まり返った聴衆の前で響き渡った。

 それをロルとダンベルトが固唾をのんで見つめている。その隣で銀髪の男は、聴衆を鋭い目で見つめている。


 おそるおそる下げていた頭を上げて、そろそろと聴衆に目を向ける。

 みんなはこちらをじっと見つめたまま、身じろぎ一つしない。やっぱり無理なんだろうか。やっぱりヴァンパイアと人間が同じ場所で一緒に生きることは無理なんだろうか。そう思い、ぐっと手を握り締めるラルベル。


 ラルベルの告白を少し離れた場所で聞いていたイレウスは、いまだ静まり返ったままの聴衆の輪から一人離れてスタスタとラルベルのもとへと歩み寄る。


「やっぱりラルベルちゃん、ヴァンパイアだったんだねぇ。まさかハーフだとは思わなかったけど」

「イレウスさん、もしかして知っていたんですか?」


 驚いたラルベルがイレウスを見上げる。

 イレウスは聴衆には聞こえないように「貴族連中に広まると面倒だから、これは秘密にしてほしいんだけど」と前置きして、ラルベルにこそっと耳打ちする。


「実は俺の曽祖父がヴァンパイアなんだ。つまり、俺にもほんの少しヴァンパイアの血が流れてるんだよね。赤い目って聞いて、もしかしてとは思ってたんだけど」


 思わす目をまん丸にして、イレウスを見つめる。ということは、ラルベルと銀髪男とイレウスは仲間といっていいじゃないか。純血ではないにしろ、その体にはヴァンパイアと人間の血の両方が流れているのだ。


「じゃあヴァンパイアと人間って実は今までも一緒に暮らしてきてたってことですか?私聞いたことないんですが!」

「まぁ、騒ぐ連中ももちろんいるからねぇ。異端だとかなんとかね。でもむしろヴァンパイアのほうが人間より温厚だし、友好的だし。だから心配いらないと思うよ。特に君の場合はね」


 そう言ってラルベルたちをぐるりと取り囲む輪の一点を指さす。

 その先にはノールがいて、常連の客たちがいる。マルタも、顔馴染みの菓子店の店主も。


「ラルベルちゃん、お前さんヴァンパイアだったのかい。ヴァンパイアってもうちょっと妖艶な美女みたいなのを想像してたんだが、大分イメージ違うねぇ」

「血が飲めないヴァンパイアなんてねぇ。しかも大食いときてる」

「本当よねぇ。こんなにたくさん食べる子私初めて会ったわよ」

「この前はうちのケーキ全種類ぺろりと制覇してたぞ。よく胸やけしないもんだと感心したよ」

「うちなんか、新作の味見はいつもラルベルちゃんにお願いしてるんだよ。どれだけ試作しても全部きちんと味わって感想くれるから、大助かりだ」

「いつも残さずおいしそうに食べてくれるから、作り甲斐があるんだよなぁ。ラルベルちゃんのおかげで、食欲なかった家のじいさんまでしっかり食べるようになったよ」


 口々に日頃のラルベルの大食い歴を披露していく町の人たち。どうやらまたおかしな方向に話が進んでいる気がする。微妙な顔でそれを聞きながら、ラルベルの周りに人が集まっていく。


「あの様子なら大丈夫、かな?」


 ロルがつぶやく。

 ここには怒号も涙も悲鳴もない。あるのは楽しげな空気だけだ。

 ロルもまたヴァンパイアの過去の歴史を仲間たちに聞かされていた。もしかしたら、この町から出ていくことになるかもしれないと考えていた。もしそうなった時のために、次はラルベルを連れてどこに行こうかと本気で考えていたのだ。


 ――だけど、その必要はないみたいだな。きっとラルベルは、これからもここでうまくやっていけるだろう。さすが人たらし、だな。


 ふぅ、と安堵の息をもらすと、その肩にダンベルトの大きな手が置かれる。


「心配してたんだろ。あいつが町に受け入れてもらえないんじゃないかって。でもきっと大丈夫だ、あいつなら。うまくやっていくよ。町の者はみんなあいつが好きだからな。ヴァンパイアだろうがなんだろうが、関係ないさ」

「あんたは?怖くないのか?そのうち血を抜かれるかもしれないぞ」


 半分冗談、半分本気で問いかける。何しろこいつはラルベルにとっては特別な存在だ。またこの前みたいに飢えるかもしれないからな。ロルはダンベルトの反応をじっと見る。


「まぁ、倒れない程度ならやってもいいさ。それよりも食い物の方が喜びそうだが。それに、あいつがあんな風に楽しそうに笑っててくれればそれでいいさ。……それだけでいい」


 そのラルベルに向けられたダンベルトの目。それをみたロルは無用の心配か、と笑いをこぼす。その目はどこまでも優しく穏やかだ。


 ――お守りも兄代わりもお役御免かな。もうあいつには俺がいなくても大丈夫そうだ。


 ロルのその目もまた、ダンベルトと同様とても優しく穏やかだ。


 二人のそんな表情を横で見つめる銀髪の男だけが、いまだその表情を曇らせていた。




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