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赤く光る目

  


 ダンベルトが調査に出てから、一週間――。

 ようやくダンベルトたち第二師団が町に戻ってきた。


 その知らせを耳にした町の者たちが、町の入り口に集まって出迎える。

 先頭を切って町へと向かってくる、馬上のダンベルトの姿。

 その右腕には痛々しく包帯が巻き付けられ、わずかに血が染み出している。


「ダンベルトさんが怪我したってよ!」


 その一報は、ちょうど昼の混雑がひと段落したラルベルのもとにも届いた。

 持っていた皿をガチャン、と大きな音をたてて取り落とすラルベル。


「怪我の状態は?ひどいのかい?」

「いや、腕をちょっと切ったかなんかで命の危険はないらしいんだが、あのダンベルトさんが怪我なんて。擦り傷だってめったに作らないのに。いったい何があったんだか……」


 客たちや料理人たちの言葉で、ざわつく店内。


「ラルベルちゃん、とにかくお前さんはすぐだんなのところにいっておいで!仕事はもういいから。行ってやんな」


 ラルベルは肩をたたかれ促されるも、足が動かない。

 無理やり押し出されるようにして店を出たラルベルは、次第に駆け足で詰所へと向かう。


 ダンベルトが怪我をした。


 ――何があったの?大丈夫なの?


 ラルベルは夢中で町の中をかける。

 時折すれ違う町の人たちがラルベルに気づいて、心配そうな顔で何か声をかけていたけれど、ラルベルには届かない。とにかく早くダンベルトの顔をみなければ……。

 その気持ちだけでかけていくラルベル。


 詰所の前には人だかりができていて、知り合いの部下がラルベルに気づいて声をかける。


「あぁ!こっちだよ、ラルベルちゃん。おいで」


 息を切らせて詰所へ入るラルベルの視界に、ちょうど治療のために包帯をとって手当しているダンベルトが見えた。


 中に入った瞬間、ラルベルはその足をぴたりと止める。


 ――匂いがする。これは、血……?


 急に鼓動が激しくなり、全身の血が逆流するように体がカーッと熱くなる。


 ――これは、何?なんだか体が熱い。体中の血が沸騰しているみたい。


 突然の自身の体の変化に動揺するラルベル。次第に視界も霞んでいき、ダンベルトの姿が歪む。それでもなんとかその大きな姿をとらえようと、ダンベルトの匂いを辿るラルベル。


 ――ダンベルトさんの、血の匂い……。


 近づくたびにその匂いは強くなり、以前に赤ワイン入りのボンボンを口にした時のような陶酔感にも似ためまいを感じて、思わずその場に崩れ落ちる。

 意識の向こうで誰かがラルベルを抱きかかえて何かを叫んでいたが、そのままラルベルの意識は遠ざかっていく。


 ――これは、一体なに?私、どうしちゃったの?すごく気分が悪いような、気持ちいいような、変な気分。助けて、なんだか怖い……。


 ラルベルはゆらゆらと意識の空間を漂いながら、深く深くその底に沈んでいった。



 詰所で怪我の手当てを受けていたダンベルトは、目の前でいきなり意識を失い崩れ落ちたラルベルに激しく動揺していた。ダンベルトの傷に驚いたのだろうか。確かに年頃の少女にみせるようなものではないが、しかしなんだか様子が……。


 とにかくちょうどその場に医師がいたことも幸いして、おそらくはただの疲れかショックによるものだろうということで、詰所の簡易ベッドでしばらく休ませることになった。


 ダンベルトの傷は大したことはない。ただ満足な治療をしないままここまで来てしまったために、ひどく見えるだけだ。

 むしろ、心配なのはラルベルだ。

 ほんの一週間町を離れただけなのだが、気のせいか少しやつれたように見える。目の下にも疲れがみえて、あまり眠れていないのではないかとダンベルトは思った。


 ――何があった?ラルベル。何かの病気なのか?それとも。


 ベッドに横たわるラルベルを心配そうに見下ろしながら、起こしてしまわないようそっと指先で額にかかる髪をよせる。

 わずかに瞼がぴくり、と動く。

 ダンベルトは慌てて手を引っ込めて、ラルベルに背を向ける。


 ――起こしてしまったか?


 そっと振り向くと、ラルベルはほんの少し目を開けてぼんやり天井を見つめている。


「ラルベル?気が付いたか?その、体はどうだ?」


 その問いかけに、反応はない。

 近くに寄り、顔を覗き込むダンベルト。


 ラルベルはその瞬間、目を見開いてダンベルトを見つめる。


 目覚めたラルベルの身体は、いまだ激流の中にあった。

 血が沸騰したようにどくどくと脈打って、熱い。何かが底から湧き上がってくるような、じりじりとした気持ち。制御しきれないその暴走に、ラルベルは体を震わせる。


 ただならぬ様子に驚いてラルベルの両腕をつかんで、その顔を覗き込むダンベルト。

 瞬間、ラルベルの目をみて固まる。


 ――赤い……。目が赤い。これはなんだ?


 茶色だったはずのラルベルの目が、赤く燃え上がるようにゆらゆらときらめいている。まるでこれは、炎だ。こんな目を、ダンベルトはかつて一度も見たことがない。色というよりは、光。

 思わずその目に驚いて、ダンベルトはさっと体を引く。


 ラルベルは熱に浮かされているように息を荒く吐き出している。

 熱病か何かにかかっているのか?しかし目の色がこんな風にかわる病など聞いたことがない。

 ダンベルトは激しく戸惑いながらも、とりあえず医者に見せようとラルベルのそばを離れようとしたのだが。


「ダン、ベルトさ……ん。私……」

「ラルベル?大丈夫か、しっかりしろ。今医者を……」


 ダンベルトの腕にしがみつくラルベル。


「ラルベル、医者を呼ばないと。すぐに戻るから待っ……」


 待っていてくれといおうとしたその時、ラルベルはこともあろうにダンベルトの傷口に顔を近づけようとしていた。


「おい、何をしてる!ラルベル、そこには薬が塗って」


 ラルベルの肩を強くつかんで揺さぶるダンベルト。

 その強さにふと正気に戻ったように、すぅっと目の光が消えていく。


 ――目の色が、戻った?


「あれ?ダンベルトさん……?ここで何して。私どうしてこんなとこで寝てるんですか?!」


 目の前にはいつも通りの茶色い目をしたラルベルがいた。

 先ほどのおかしな様子ももうさっぱりと消えてしまっている。

 ダンベルトは何か悪い夢でも見たように頭を振る。


 ――今のは、いったい何だ?ラルベルは何も覚えてないのか?寝ぼけていただけなのか?


 でも確かにラルベルの様子はおかしかった。目の色も――。

 動揺するダンベルトだったが、いつも通りのラルベルがきょとんとした顔でこちらを見ている様子に、尋ねることもためらわれて言葉が出てこない。


「詰所に来たと思ったら、お前が急に倒れてな。医者が言うには疲れじゃないかってことなんだが、あまり眠れなかったのか?顔色は多少良くなったようだが……」

「それより怪我!怪我は?大丈夫なんですか?」


 ようやく自分がここに来た理由を思い出したのか、慌ててダンベルトの腕をみるラルベル。


「あぁ、深くはないし、たいしたことはない。ちょっと調査していて木に腕をひっかけただけなんだ」


 そういって腕を動かして見せると、安心したように笑う。

 その姿をみていると、まるで先ほどの熱に浮かされたように苦し気な赤い目のラルベルとは別人のようだ。 自分の気のせいだろうか。調査で疲れたせいでみた幻覚だとか……。


「家まで送る。動けそうか?」


 まだ少し足元がふらついていたラルベルだったが、出されたミルクとビスケットを食べて少し落ち着いたようだ。

 詰所をでる二人。もうすっかり夜は更けた町を並んで歩く二人の影は短い。満月が近いせいか、夜更けだというのに町は明るい。


「ダンベルトさんの怪我が大したことなくて、良かった。おかえりなさい。むしろ私のほうが心配かけちゃったみたいで」


 申し訳なさそうに謝るラルベルの頭に、ダンベルトは怪我をしていないほうの大きな手を乗せて優しく撫でる。


「もしまた体調が悪くなったら、店も無理するなよ。しっかり休め。何かあったら俺のところにこい」


 そう言うと、ラルベルは嬉しそうに笑って部屋へと上がっていった。


 今日ダンベルトが見たものは、疲れがみせた幻覚か、それとも――。

 あのゆらめくような赤い燃える目を思い出しながら、ダンベルトはラルベルの部屋の窓を見上げていた。





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