第28話 暗躍する者
──時は少し遡る。
これより10万の魔物と、かの英雄達との戦火となる場所に位置する小さな森。
その中、木々が不自然に切り倒され、広さを保った空間に三人の人影があった。
ブロンドの髪を腰辺りまで伸ばした青目の女性の名は、ソフィアという。彼女は『魔族』という種族であり、10万の魔物を用意した『魔王』その人だ。
そんな彼女の側に控え、同じブロンド髪を後ろに大きく一つに纏め、漆黒の魔剣を握った女騎士ロザリアもまた、ソフィアと同じ魔族であった。
今まさに人類と相対している二人の視線は、倒木に腰掛けるフードの人物に注がれている。
「本当に、よろしいのですか?」
そんな中、ソフィアは倒木に腰掛ける人物に声を掛けた。
おっとりとした彼女の目元は、心配そうに細められている。
フードの人物はゆっくりと顔を上げ、獰猛な笑みをソフィアに向けた。
「それはどういうことだ?」
「言葉のままです。本当に大丈夫なのですか?」
「ハッ! こっちを心配する余裕がお前にあるのか? ……それとも今更怖気付いたか?」
「貴様っ!」
ロザリアは主人に対して無礼を働くその者に我慢ならず、漆黒の剣を振り抜いた。
だがそれよりも早く、数百の剣が虚空から出現し、彼女を囲むように宙を舞う。
これらは魔法で作り出されたものだ。しかしロザリアの目には、フードの人物が何かを詠唱したようには見えなかった。
「それ以上動くと死ぬぞ?」
「──っ、くっ!」
ロザリアは、自分とその者の間に圧倒的な差があることを理解し、剣を収めた。
「賢明な判断だ」
それは口元を三日月状に、くつくつと笑った。
ロザリアにはそれが歪に映り、その顔に渋面を作る。
「この、化け物が……!」
嫌悪感を隠さず、吐き捨てるようにそう言い、殺気を含めた瞳で憎々しげに睨みつける。
だがその者は、それを一身に受けてもなお、愉快に笑うだけだった。
「……ロザリア。あなたが何を言おうと、無駄です。下がっていなさい」
「ですがソフィア様──」
「良いから。この方は昔からこうなのです。諦めなさい」
ロザリアを下がらせ、ソフィアは再び口を開く。
「……それで、さっきの質問ですが……」
「本当にこれで良いのか? だったか?」
「ええ、ここで引き返すことも可能です」
むしろこれ以上は、どうあっても引き返せない。
口に出さずともそれが事実であることを、この場にいる者全てが理解していた。
「ハッ! それこそ愚問だな。こうなることを望んでいるから、ここに居る。引き返すなんて今更だろう?」
ソフィアは沈痛な顔つきになり、静かに瞠目した。
そして絞り出すように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「後悔は、しないのですね?」
「なぁ、ソフィー」
「…………はい」
「お前、綺麗になったな」
「──っ?!」
予想だにしない言葉を言われ、ソフィアは目を丸くさせた。
冷静を保っていた表情は途端に赤く染まり、手をぎゅっと強く握りしめる。
「昔のやんちゃしていた頃より、今の方が好きだぜ」
「……ありがとう、ございます……っ……私も、あなた様のことを好いておりました……!」
涙を堪え、それでも己の本心を伝えたソフィア。
フードの人物は何も言わず、ただ満足そうに頷き、その重い腰を上げた。
「別れ話はこれで終いだ。──始めてくれ」
ソフィアは目元に溜まった雫を、ゴシゴシと乱暴に拭った。
鮮やかな真紅の瞳は覚悟の炎を宿し、その身に絶対強者の風格を纏わせる。
「これより我が軍は進行を開始します、っ」
躊躇ったのは一瞬。
フードの、ソフィアが初めて恋に落ちた人は腕を組んで目を瞑り、静かにその時を待ち侘びていた。
──彼女のため、私も全てを始め、そして全てを終わらせましょう。
決意を新たに、ソフィアは言葉を発した。
「我らが悲願のため、死になさい!」
それを合図に10万の軍勢は動き出す。
「──っ、ぐっ──ァアアアアアッ!!」
戦いの火蓋が切って落とされた次の瞬間、突如として天から光が降り注ぎ、断末魔の叫びが森中に響き渡った。
◆◇◆
私はクロの背に乗り、戦場を駆け回っていた。
目的は漏れ出た魔物の殲滅。
これが思っていたよりも忙しかった。
最前線で繰り広げられる戦闘は圧巻の一言だった……のだけれど。
「適当、過ぎる……!」
マギサ様は特大魔法で魔物を吹き飛ばし、リーフィア様は数十の竜種を操って縦横無尽に戦場を荒し、骸は眼に映る敵全てを斬り殺していた。
それは一騎当千の英雄に相応しい勢いで、魔物達は急激に数を減らしていた。
でも、マギサ様と骸の二人はめちゃくちゃ適当だった。
吹き飛んだ魔物の中にはタフな生き残りがいる。なのにマギサ様は一回撃てば死んでいると思っているのか、背後で動く魔物に全く気付かない。
骸は目に映る敵にしか興味が無いから、敵がめちゃくちゃ後ろに漏れている。しかも身勝手に動き回るせいで、巻き込まないようにと竜種が攻めあぐねていた。
本当にこの人達は戦争をしているの? と疑問に思うほど、彼女達は自由だった。
リーフィア様はどうにかしてカバーに回ろうとしてくれているけれど、それ以上に身勝手に動くものだから既に涙目になっていた。
時折空から「あぁもうっ! 止まってって言っているでしょ! もうやだ助けてルーちゃーーーーん!」と情けない弱音が戦場に響き渡り、それを聞くたびに悲しい気持ちになった。
「はぁ!」
また一体、生き残りの魔物を斬り殺した。
その勢いを残したままクロは次の標的目掛けて走り、すれ違いざまに刀で斬る。
「斬っても斬ってもキリがない!」
『全くだ……!』
流石のクロも疲れてきているのか、呼吸が荒くなっていた。
少し休憩したいところだけど、それは出来ない。
ここは戦場だ。
少しでも気を抜けば死ぬ…………主に、味方の攻撃で。
だから、動き回っていなければ危険だ。
──死にたくないのなら死ぬ気で動け。
まるで師匠の稽古みたいだなと、現実逃避のようなことを考えてしまう。
「──っ、クロ!」
そんな時、不意に感じた気配に、私は意識を持っていかれる。
『どうした?』
「師匠……」
『……なんだと……?』
「……あの森からだ」
クロの背から飛び出し、私は駆け出した。
『おいっ、コノハ!』
「クロはメティス様に報告して! 私は先に行く!」
森から感じた気配は、師匠のものに似ていた。
どうしてこんなところに?
どうして急に?
疑問は尽きない。
でも確かに、一瞬だけ師匠を感じた。
もしかしたら間違いかもしれない。
それに今は戦争中だ。勝手な行動は許されないだろう。
──それでも私は、師匠を求めて走った。




