第27話 開戦の時
「はぁ〜〜〜〜ぁ……」
私は重く長い溜め息を吐き出した。
頬を摘む。
痛い。
「…………夢、じゃない……はぁ……」
私はもう一度、溜め息を吐いた。
「そんなに溜め息ついていたら幸せが逃げちゃうよ?」
「…………リーフィア様」
空から降ってきた明るい声。
リーフィア様は使役している竜の背中に乗っていた。
「だって、あれを見たら溜め息が出る」
そう言って、私は前を指差す。
ちょっと遠くの方に広がっているのは、10万の魔物の大群だ。
魔物は基本的に黒い個体が多い。
それが集まると、闇の濃霧があるようにしか見えなかった。
私はそれを確認して、もう一度溜め息を吐いた。
「あはは……」
リーフィア様は頬をぽりぽりと掻き、困り顔だ。
「でも、コノハちゃんはあまり気負いしなくていいよ。大部隊は私を含めた三人に任せれば問題なし!」
リーフィア様は親指を立て、元気付けてくれる。
10万の魔物と真正面から対峙するのは、マギサ様とリーフィア様、そして骸の三人だ。
私に割り当てられた仕事は、そこから漏れ出た魔物の殲滅。その三人よりは遥かにマシだけど、それでも初めての戦争だ。緊張するのは当然のことで、自然と刀を握る力が強くなってしまう。
「今回はシューくんもサポートに回ってくれるし、何かあれば私がすぐに駆けつけるから心配しないで、ね?」
「……うん、わかった」
私は覚悟を決めて頷いた。
それを見て満足そうに笑ったリーフィア様は「それじゃあまたね!」と、まるで散歩に行くような気軽さで竜と共に飛び去っていく。
その先には、数十匹の竜種が空に並んでいた。あれがリーフィア様の従える竜種達なのだろう。空中戦は任せろと言わんばかりに、竜達は揃って野太く猛るような雄叫びを上げている。
「私も、戦いに慣れたら良いのに……」
「それはやめた方が良いんじゃないかな?」
ポツリと呟いた言葉に、答えが返ってくる。
振り向くと、メティス様がこちらに手を振って歩いてくるのが見えた。
「やぁ、緊張しているようだね。大丈夫?」
「メティス様……さっきのは、どういう意味?」
「中途半端な状態で戦いに慣れると油断を生む。だから戦いに慣れることはおすすめしないよ。って意味。賢いコノハくんなら理解出来るだろう?」
どんな戦いだろうと油断してはいけない。
それは師匠も言っていたことだ。
「でも、戦争の度に、緊張したくない……」
「それはそうだ。……でもね、それは羨ましいと思うよ」
「……? ……どういうこと?」
「戦争で緊張するということは、死にたくないと思える心があるということだ」
「英雄のみんなは、それが無いの?」
「そうだよ。僕達はその感情を失っている。だから、より羨ましいと思うんだ」
──コノハちゃんには僕達のようになってほしくない。
メティス様はそう残し、元の場所に戻って行った。
もしかしたらみんなも、師匠と同じことを思っているのかな…………。
そう考えると、『六英雄』が可哀想に思えてくる。
神に与えられた不老不死の力によって、自分では死ねない体となってしまった。
それはやっぱり、彼らには辛いことなのだろう。
「師匠……」
私は何を導き出せば良いのだろう。
答えがわからない。
わからないから、余計に混乱して、余計に緊張してしまう。
最も守りたい大切な人を思い浮かべ、天を仰ぐ。
私の内心とは裏腹に、空は今日も青く澄んでいた。
「…………クロ」
『ここに居るぞ。コノハよ』
私の影が、蠢く。
そこからクロが姿を現し、寄り添うように肌に触れてきた。
私はその頭を撫で、口を開く。
「私はまだ、答えが決まっていない」
『ああ』
「何が正しいのか、私にはわからない」
『ああ』
「それでも、戦いは始まるんだよね」
『……ああ』
「だったら……」
私は、刀を引き抜く。
「だったら私は、戦う」
何が正しいのかわからない。
何を選択すれば良いのかもわからない。
でも、一つだけ確かなことがある。
師匠が居ない間、師匠の帰ってくる場所を守る。
いっぱい頑張って、師匠にいっぱい褒めてもらって、そして無事で良かったと笑いあう。
あの家は『私の宝物』だ。
それを守れるのなら恐怖に立ち向かえる。
それだけのために戦うと決めた。
「クロ、力を貸して」
『ああ、勿論だ!』
ブオォオオ、と太い笛の音が平原に響いた。
それを合図に10万の闇が動き出す。
遠くの方から雄叫びが聞こえる。
──戦争が、始まった。




