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xross adventure!-ar- 01;06
「・・・」
「・・・」
「・・・」
マーベラス国立学院一階にある学食内のカフェにて、黙り込むようにして丸いテーブルを囲んで座っている三人の生徒がいた。
キツい目付きをした極悪オーラ満載のオールバックロン毛少年、周り二人がブレザーの中ただ一人真っ白な学ランを身につけた只ならぬ存在感の眼鏡の少年、その二人に加え、眼鏡の黒髪ポニーテールの少女がちょこんと座っている。
名前を言わずとも分かるだろう、沙村賢治と白城颯、そしてもう一人はーーーー
「申し遅れました、私はアヴァ=マラルという者です」
「間ァ空き過ぎだろおい」
丸いテーブルの上に置かれた三人のグラスは既に中身が氷ごと無くなっており、この席に着いて一分半で三人とも飲み干し、其処からかれこれ五分が経過しようとしていた頃に、ようやく第一声を放った。
五分間もの間、空のグラスのストローを持って、中に水滴の一粒も残っていない状態であるにも関わらず無理やりスウウウウウ、という音を出しながら吸っている眼鏡のポニーテール少女アヴァ=マラルを見て、賢治の受けた第一印象は"なんだコイツ"だった。まあ妥当である。
まあ沈黙を紛らわせる行為だと賢治は分かっていたが、だったらなぜとっとと名乗らないんだとツッコミを入れたい感情の方がどうも勝っていた。・・・・まあ妥当だろう。
後に、彼女が人見知りであることが判明するのだが。
・・・・・・・・・・まあ、妥当だろう。
なおカフェにも関わらず三人ともコーヒーを頼まずにオレンジジュースを頼むという異様な光景に関しては、三人ともコーヒーが苦手であることに過ぎない。
アヴァが、カフェの席に着いてから五分後に始めた自己紹介を続けた。
「風紀委員会会長である颯くんからは話は聞きました。鈴さんの行方について、だそうで」
アヴァは持参していた自身のスクールバッグから分厚い手帳を取り出し、滑らかな手のこなしでページをめくっていく。
ところで。
「なァアンタさァ・・・、自己紹介の仕方知ってンのかァ?」
不満そうに、今現在の状況に付いて来れていない賢治はアヴァに聞いた。
無理も無い。
そもそも、このカフェに入ったのは、「鈴ちゃんの行方不明についての情報を持った人物と接触した」ということで颯が賢治を誘ってのことだったのだが、颯はその情報の持ち主であるアヴァを紹介もせず、そのアヴァ本人も自己紹介をしようともせずに席に着いてから五分間もの間三人は沈黙フィールドを作り出していた。その気まずい雰囲気の中、なぜ俺はカフェの席に着いて五分間もの間紹介されるまでずっと待たなければならないのか、と賢治はイライラしていた。
「自己紹介・・・?しましたが」
「名乗りゃァ良いって思ってンなら大間違いだぞアンタ・・・」
何者なんだ、と賢治は具体的な説明を要求した。
「そうですね・・・、今現在の貴方達には驚かれるかもしれませんが」
こほん、と得意げに咳払いをして間を取るアヴァを見て、やっぱり何なんだコイツと賢治は思う。
「マーベラス国立学院生徒会書記担当、ランク4所属のアヴァ=マラルと申します」
ぶっ、と賢治は吹き出しそうになる。
驚きの意味で。
「・・・仕事が早ェンだな、颯」
「そりゃあまあ、俺は生徒会の変な計画に腹立ってるしなぁ」
と颯は当然のように言っているが、実際、颯が賢治に対して鈴の行方不明の件を話したのはつい昨日のことである。つまり、昨日の今日で早速、鈴の行方不明と何らかの関係があると疑える生徒会との接触をすることが出来たことになる。
・・・いや、早過ぎる。
いくら何でも、早過ぎる。
「・・・なァ颯、アンタまさか、一番怪しいからって生徒会メンバーんトコに直接行ってなんたら計画とやらの内容説明しろって交渉したのか?」
「いや違う。どうやら俺が委員会運営費カット計画について詳細を調べていることが広まっているらしく、それが彼女の耳にも入って、彼女からその計画について話すことがあると言い出してな」
「はァん?」
情報を持つ者とのコンタクトがすぐに取ることが出来た理由も、これなら確かに有り得る。
賢治も今現在の状況に納得したと見て、颯は早速アヴァに説明を促した。
首を軽く縦に振って、アヴァは口を開いた。
「単刀直入に言います。生徒会が現在計画している委員会運営費カット計画に関しては、カットされて余った費用を’生徒会の現在進行中の別の計画’に回す、というものです」
一見、なぁんだ大したことねぇや、と思ってしまいそうな情報だが、実はこれは結構な問題事である。
そもそも、マーベラス国立学院には生徒会が賄いきれない仕事をサポートする為の”委員会”がいくつかあり、それぞれに別の仕事が分けられる。当然、その間に委員会の運営費が必要になってくる訳で、その運営費に関しては毎月生徒会より仕分けられる仕組みになっている。
だが、その委員会運営費をカットすることに関しては、まず委員会長や全校生徒に知らせる為に校内放送や集会、掲示板に書くなどして広く伝え、生徒達に納得してもらうようにしなければならないのだが、委員会長である颯が把握すら出来なかったように、今回に限っては生徒達に情報を伝えることさえせずに生徒会のみで計画を進行していた。
つまり、生徒会独断の委員会運営費カット計画であった訳である。
’今回に関しては、生徒会の行動が怪し過ぎる’。
だが、颯はこの際そのことはそうでも良かった。
問題なのは、その計画によって削減された’費用の使い道’にあった。
「颯さん、賢治さん。この計画によって削減された運営費が使われる、また別の’ある計画’について、お話していきましょうか」
『こちら生徒会本部だ。彼女の様子はどうだ?』
「はい。どうやら、いよいよ始めるみたいですが」
『・・・やはり、そうなってしまうのか』
「どうしますか?」
『・・・私は』
「・・・すみません、よく聞こえなかったのでもう一度言ってもらってもいいですか?」
『・・・私は、君達から見て汚い人間に見えるか?』
「はい?・・・いえ、その様には決して」
『遠慮はしなくていい。本音を言ってくれ』
「・・・・・確かに、手段は汚いとは思います」
『やはり、か。学校を治める身を退かなければ、いや、この学校にすら身を置く権利も無いのだろうな』
「・・・汚い、とは言いましたが、俺は決してそうは思いませんよ」
『・・・ほう?』
「確かに、身寄りのいない生徒のみ選んで人体実験する行為については悪質極まりないことでしょう。ですが、生徒会長がなぜそのようなことを事務会長から引き受けたのかという理由を聞いた後では、止むを得ない選択であったと俺は思いました」
『・・・』
「・・・妹さんを人質に取られているんです、身内を守ろうと必死になるのは誰だって同じじゃないですか」
『・・・』
「それに、金が無くてこの学校に入れなかった俺達を、全学費免除で入れてくださった生徒会長には感謝しきれない程のご恩がありますし」
『・・・やめてくれ。それを許可したのは私では無く事務会長なのだから』
「いいえ。生徒会長が俺達を選んでくださったのですから。それに、あなたのいる生徒会の御側に仕えることの出来る近衛部隊に所属させていただけたのですから、もはやこれは天恵に値する程のご恩です」
『・・・』
「何が何でもこの計画を成功させなくてはならないでしょう、生徒会長。妹さんを助ける為にも、アルヴヘンテ事務会長に復讐する為にも」
『・・・』
「さあ会長、最後のご決断を」
『・・・情報漏洩の危険を感知したら、生徒会書記のアヴァ=マラルを速やかに殺害せよ』
「了解しました」
「颯さん、賢治さん。この計画によって削減された運営費が使われる、また別の’ある計画’について、お話していきましょうか」
ここで、賢治はふと疑問に思ったことを聞いた。
「なァ待てよ。鈴がいなくなったことの情報を持ってるって聞いたンだが?確かに颯が知りてェことかもしんねェけどさァ、俺は別にその話聞きに来た訳じゃねェし鈴の話が聞けたンならとっとと帰りてェんだけど」
頭をボリボリ掻きながら、賢治はまず鈴についての情報を要求した。
なぜなら、颯が言っていたから。
「鈴ちゃんの行方不明についての情報を持った人物と接触した」と。
鈴が、一体どこで、何を、どうしているのか全く分からない賢治達の前に、それについて知っているという人物が現れたから話を聞こうと思った。
賢治は、今すぐにでもその話が聞きたかった。
つまり、賢治は心の中で焦っていた。
フルフルと後ろのポニーテールを揺らしながら、アヴァは首を横に振る。
そして、対するアヴァの口から出た返答は、賢治の予想だにしないようなものだった。
「今から話すその’ある計画’こそが、鈴さんと大きく関係してくるんです」
途端、賢治はギクリとした。
なぜ、ギクリとしたか。
颯が疑っていたある可能性が、現実のものであったからだ。
颯が疑っていた可能性、それは、’鈴の行方不明と生徒会の委員会運営費カット計画の関連’についてのものだった。
颯の読みは合ってはいたものの、賢治は複雑な気分だった。
やはりという予想的中の裏に、再び沸き起こる焦燥感。
ガタンと大きな音をカフェおろか学食内全体にまで響かせて、賢治は座っていた椅子を蹴って立ち上がる。
「・・・鈴は今!どこで!何してンだッ!」
「お、落ち着いて賢治君っ」
感情が乱れる賢治の行動に驚いたのか、アヴァは後ろに仰け反るような体制で
「いた場所は分かるんだけど、今もそこにいるかと聞かれると分からないの・・・」
結局、居場所まではアヴァも分からないと言った。
今、鈴がどこで何をしているのか。
今誰が何をしているのか見通すことの出来る能力でも持っていれば、と賢治は途方に暮れたように理想を思うが、それ以前に当たり前である筈の能力さえ持っていない彼自身を強く恨んだ。
無力な自分が悔しく、気持ち悪く、憎たらしかった。
「・・・クソがッ」
それら全てを消し去って忘れようとするが如く、賢治は強く吐き捨てた。
でもさ、と颯がアヴァに質問する。
「いた場所は分かるけど、今もそこにいるかは分からないって言ったよな?それってつまり、鈴さんが移動してるってことか?」
「一応、今日が正にその日だから・・・」
「その日?」
颯の頭の中で突っ掛かったのは、アヴァの”その日”という単語だった。
’今日が正にその日’。
颯は、その意味深な単語がキーワードであると解釈していた。
人一倍に頭を使って考えることが出来ない賢治でさえ、”その日”、つまり今日という日が何か特別な日であることは分かった。
アヴァはコクリと小さく頷く。
「ええ。その日、つまり今日は・・・」
と、賢治と颯が耳を傾けていたその瞬間だった。
「アヴァ=マラルを抹殺せよ!!!」
学食全体を震わせるかのような、賢治達を包むその場の空気を粉々に砕くような勢いの怒声が学食内を駆け抜けた。
その怒声と同時に、’賢治達三人以外の学食内にいる生徒全員’が一斉に両手を開いて顔の前に構える格好になる。
賢治達三人の会話を嫌悪するかのように。
阻止するかのように。
そう言いたいかのように、その掌達は賢治達に向いている。
「なんだ!?」
「ーーー!!」
今現在の状況が理解出来ていない颯とアヴァを他所に、賢治はいち早くその場の殺気を感じ取る。
賢治達三人が使っていたものと周りにあった丸テーブルを即座に倒し始め、その場に立ち竦んでいた颯とアヴァをテーブルに隠れるよう促す。
とりあえず、二人は即座にしゃがみこんでテーブルに隠れる体制になった。
賢治達三人がいるカフェは学食の入り口のすぐ側であり、そこは学食の角である為、後方以外は全て囲まれた状態になっていた。
この地点でこの状況が不味いものであることに、颯とアヴァはようやく気付いた。
具体的にどう不味いのかは賢治達三人には分からなかったが、とりあえず周囲にいる生徒達全員の殺気が自分達に向いていることだけは直感で理解出来ていた。
彼らは、自分達を殺す気でいる、と。
そんな賢治達を囲むようにして立つ生徒達の中、先程の怒声の持ち主と思われる人物がフンと鼻を鳴らしブツブツと呟き始める。
「バリケードか・・・。話に聞いた通り、軍人みたいな動き方をする生徒がいるもんだなぁ」
そう言って前に出て来たのは、頭髪の所々に黒色を残した金色染めの、初めて会った人でも三秒程で不良だと認識出来るような、つまり不良のテンプレートのようなガタイの良い不良少年だった。
不良少年は何やら楽しげにニッと笑うと、まるでその状況を弄ぶかのような口調で、何に対してでもなく呟き始めた。
「お前達は今の状況に驚き、困惑してるだろう。だが、まぁ気を楽にしてくれ」
そういうと不良少年は突然、賢治達を取り囲む生徒達に「手を下ろせ」と命令した。途端に、賢治達に向けられていた手のひらが下げられていく。
だが、向けられた殺意だけはどうも残り続けているような、そんな重い空気のままだった。
カフェにあった丸テーブルを倒して並べただけの簡易バリケードの隙間から、賢治達三人はその光景をじっと見ていた。そしてゆっくりと、賢治と颯は戦闘体勢に移る。
賢治は腰のホルダーから愛銃のデザートイーグルを、颯は背中に背負っていた背丈以上の巨大ハンマーを握りしめた。
不良少年は、賢治達三人のバリケードに近づいて来ようともせず、間を取った位置で立ったままだった。
賢治がバリケード越しに不良少年に聞いた。
「アンタよォ、さっき『アヴァ=マラルを抹殺せよ』とかなんとか物騒なこと叫んでたように聞こえたんだけど、だったらなァんでさっさと殺しに来ないのかなァ?」
「フハハ、まぁ確かにそう言ったんだがな」
賢治は挑発するように不良少年に話しかける。だが不良少年は笑うだけだった。
「気が変わったんだよ、分かるかな?そこにいる二人は特に関係の無い一般人なんだから巻き込みたく無いんだよなぁ」
ポリポリと金髪を掻きながら困ったように説明する不良少年は、やはり賢治達のバリケードとは間を取ったままだった。
賢治は不審に感じた。どのような理由があるかは知れないが、とりあえず賢治達に向けられているものが殺意であることは嫌でも分かってしまう程のものだった。だがしかし、今にも襲って来そうな剣幕の生徒達と不良少年は、賢治達を囲んだ時点から一歩たりとも近づいて来ようとしない。それどころか、囲んでいる生徒達はやけに神経質そうに一定の間合いを取ろうとしているようにも見える。
賢治の考えとしては、先程の煽りでリーダー格と思われる不良少年を誘き出し、バリケードを挟んだすぐ向こうにまで来た瞬間を見計らってデザートイーグルのトリガーを引くつもりだったのだが、頭の固い賢治が考えた単純な作戦など不良少年には見破られていた。賢治は軽く舌打ちをした。
バリケードの向こう側で何やら話している不良少年を他所に、賢治は、両手にそれぞれ一丁ずつあるデザートイーグルを見つめる。こんな状況ながらも、賢治はデザートイーグルに浪漫を感じていた。
賢治の持っているデザートイーグルという銃は、引き金を引く度に1発ずつ弾丸を発射、排莢、再装填を行う半自動式の拳銃だ。銃自身の重量が他の拳銃に比べ圧倒的に重いというデメリットがあるが、一般発売されている拳銃用弾薬の中でも最強の威力を持つとされる.50AEマグナム弾を使用する為、自動拳銃の中でも最大威力で弾を発射出来るというメリットを持つ。その分、撃った時の反動は照準を大きくずらす為、扱い辛い銃だ。
賢治はハッとして、なぜこのような状況でデザートイーグルに見蕩れていたのかとても不思議だった。賢治は今まさに殺意を向けられているというのに、賢治の頭はおかしい程に落ち着いていた。
ふと、デザートイーグルの銃身に、何やら見たことの無いような青い光が映っているのが見えた。賢治はLED電球の光かと思ったが、その光源がすぐ目の前の颯が持っているものだと理解した時には驚きの表情になった。
賢治は未知の生命体でも見たかのような魂消た顔で颯の持っているものを眺めた。
いや、賢治は見覚えがあった。
しかし、本当に’それ’と認めてしまって良いものなのか。ここにはある筈も、学生である颯が手に入れることさえも出来ない筈の大物だというのに。
「おい、よくよく見て気付いたんだけどよォ・・・、お前それって・・・」
「ん?ああ、これか」
颯は手に握っていたハンマーを賢治に少し近づける。
それは、垂直に立てたとすると、身長163cmある颯よりも少し高い大きなハンマーだった。本来ならば巨大な石塊が柄の先に付いているのだが、颯のハンマーは違った。柄の先に付いているのは巨大な石塊では無く、透き通ったような青色の石塊が付いている。さらにその石塊には解読出来ないような、昔の時代に使われていたような文字が呪文式のようにズラリと刻印されていた。
賢治は颯のハンマーを見て、自分が見たことのあるものと同一のものであるかを確かめようと口を開きかけた。
だがそれよりも先に、颯がそのハンマーの名をボソッと呟いた。
「ーーーーーミョルニル、だな」
賢治はこの名を聞いた途端にハッとした。
あの神器の名前を知っているということは、今目の前の颯が握っているハンマーが正に’それ’であることへの証明に果てしなく近い。
「なんでだ、なんでお前が神話の神の遺産を・・・」
賢治は驚愕の表情を浮かべたまま、少しの間固まっていた。
颯もまた、賢治に対し驚きの表情を向けながらも少し笑みを浮かべた。
「・・・ミョルニルを知ってるのか?だとしたら、初めて会ったな。ミョルニルの存在を知っている人間に」
まるで、自分のたった一人の味方を見つけたかの様に喜んだ瞳をしながら、しかし未だに驚きの表情が消えないまま颯は賢治にそっと言った。
賢治は今までに無いくらいに驚愕し、意識でも吹っ飛んだかのようにその場に凍り付いた。
’ミョルニルなんて、マヤでさえ知らなかったのに’。
’知ってるヤツは一人もいなかったのに’。
’なんで俺と颯は知ってるんだ?’。
’そもそも、どうしてそのハンマーをミョルニルだと認識出来る?’。
賢治は複雑な表情で颯の話に聞き入っていたが、直後「この状況・・・、どうしますか?」というアヴァの言葉ですっかり現状を忘れていることを思い出した。丸テーブルを倒して並べただけの簡易バリケードの向こうから、まだ不良少年がベラベラと何かを喋っているが今はそれどころではない。
「・・・曖昧だが、とりあえず鈴のいた場所は分かるってンだな?」
賢治からそう聞かれると、何もと言えないような表情でアヴァはえーと、と他所を見ながら呟く。メガネの向こう側にある、自信無さげな、まるで小動物のような丸く大きく透き通った瞳で他所を向いているアヴァに、賢治は少し見蕩れてしまう。
「’いた場所’、ならね・・・。生徒会の目論んでる計画通りだと、今日に鈴ちゃんのいる場所を移す予定なの」
「移す・・・だァ?」
アヴァはコクリと頷く。
「ええ、今生徒会が、鈴ちゃんを利用して成し遂げようとしているある実験があるんだけど・・・」
「・・・さっきからコソコソと何を言ってるのかと思えば」
賢治達は、バリケードのすぐ向こう側から聞こえて来た声にハッとした。バリケードを挟んだすぐ隣にまで、不良少年は近づいていたのだった。しゃがんだ体勢だった賢治達の真上、バリケードを超して顔を覗かせようとしている気配。先程から放ったらかしにされている不良少年だろう。
賢治達が自分の話を無視していたことには不満を覚えているが、無視して会話している隙を狙って奇襲を掛けるチャンスが出来ていた為、不良少年はつかつかとバリケードに近づいていった。
ターゲットの人物は一人のみで、他の二人は極力今回の件には関わらせたくない。
不良少年のターゲットは一人ーーーーーーー、生徒会書記・アヴァ=マラル。彼女さえ回収し、生徒会のとある人物のもとへと送り届るだけで不良少年の仕事は終わる。
さて、と不良少年は、バリケードの向こう側でしゃがんで会話しておそらく油断している賢治達を勝ち誇ったかのような表情で覗いた。
ーーーーーようこそとでも言わんばかりに待ち構えていた、ギラギラと銀色の光を放つデザートイーグルの真っ黒闇な銃口が向けられていた。
「ようこそォ!!!」
「ッ!!!」
不良少年と賢治のデザートイーグルのトリガーが引かれるタイミングはほぼ同時だった。
自分が油断していたことを悟った不良少年は、すぐに後ろに逃げることが出来ず一瞬怯むが、たじろぐ形になりながらも、かろうじてデザートイーグルから弾丸が発射される直前に後ろに避けることが出来た。
「くっ・・・!捕まえろ!」
そんな不良少年の一声と共に、先程まで落ち着いていた周囲の生徒達が再び掌を賢治達に向ける。そんな宗教じみた生徒達の行為が、賢治達三人の脳内に間接的な警告を与えていた。
バリケードの隙間からその様子を覗いていた賢治は気味の悪い感覚の襲われる。
「なんだありゃァ・・・オカルト集団か何かか?」
「・・・ううん、違う。分かる。あの生徒達の顔には、一応全員覚えがあるから」
「一体誰なんだアイツら?」
「彼らは・・・ってきゃあああ!?」
その瞬間、賢治達の前に立ちはだかっていたテーブルバリケードのうち一つがもの凄い勢いで吹っ飛び、賢治達の上空で綺麗なな弧を描きながらカフェの後ろの壁に激突し停止した。
シュウウウという発煙音を上げながら壁にめり込んだそれは、もはや丸テーブルの原型すら留めておらず、大きめな丸いボール状の何かへと変貌していた。
驚きのあまり、賢治の横でアヴァが悲鳴すら出ずにあわあわと顎を動かしながら完全に腰を抜かしていた。先程まで冷静な態度でバリケード外を観察していた颯も、これには驚愕の表情を隠せない。
バリケード外の不良少年がニタリと笑って、得意気な表情になる。
「ハッ!驚いたか?まぁそりゃそうだよな。自分達が盾として構えていたテーブルバリケードがゴミみたいに吹っ飛んだんだもんなぁ?」
そして得意気に笑う不良少年を見て、アヴァは顔をしかめた。
アヴァの表情を伺いながら、颯が代わりに説明する。
「・・・あの得意気に浮かれて笑ってる不良っぽいのがディゴンという男だ。恐らくこの生徒達のリーダー役だろう。なんたってアイツは・・・」
一瞬言葉を詰まらせて、颯はアヴァに視線を送った。アヴァがそれに気付き、首を縦に振って頷き、説明がアヴァへとバトンタッチされた。
「”生徒会直属近衛部隊”所属、ディゴン。年齢はたしか15だった筈」
「はァ!?あのガタイで15なのか?それと”生徒会直属近衛部隊”って何なんだ?何する連中なんだよおい?」
アヴァに対する賢治の質問ラッシュを遮るかのように、再びバリケードの一部が吹き飛ばされた。
そこで、賢治はふと気付いた。
「・・・おい、颯」
「何だ?」
「’・・・あのバリケード、二回も吹っ飛ばしたの、一体誰だ?’」
その質問に特にはっとする様子も無く、颯は説明した。
「ディゴン。ヤツが吹き飛ばした」
「はァ?いくらガタイが良いからってテーブル一個壁にめり込ませれねェだろ。そもそもこっちにすら近付いてねェぞアイツ」
「違う、殴ったり蹴ったりして吹き飛ばした訳じゃない。そんなの誰だって考えれば分かるだろう。ディゴンは風圧の能力を持った能力者で、文字通り、風圧を作ることが出来る。委員長をやっていれば生徒会関連で付き合いも増えるから知っていた。さっきバリケードを吹き飛ばしたのも、恐らくもの凄い風圧をぶつけたことによるものだろう」
そう説明しながら、颯はミョルニルを構える。
「多分、ヤツらが俺たちを襲って来たのは、生徒会に所属しているアヴァから計画の内容を口止めさせる為のものだ。今の状況との辻褄が合うからな。そうなると、近衛部隊が動いたのはきっと、生徒会の上の連中からの指示に違いない」
賢治は顔をしかめた。
「で?何が言いてェんだ?」
眼鏡の奥の瞳が、賢治に向く。
飾らない、冷静で澄んだ瞳だった。
「俺がヤツらの相手をするから、お前はアヴァを連れて外へ脱出してくれ。そしてアヴァから計画の内容を聞いてくれ」
「・・・なァ、お前一人で大丈夫なのか?」
颯は一瞬、自分を心配してくれた賢治にたいして驚きの表情をしたが、やがてふっと微笑んだ。
「・・・まぁ、ランク2なりに頑張るさ」
颯が巨大ハンマー・ミョルニルを振りかぶったと同時に、賢治とアヴァはしゃがみながらバリケード沿いに学食出口を目指して走った。