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カプセルの熱狂  作者: SEKAI219


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1/2

一次面接

急成長企業には、独特の匂いがある。

人が足りない。

仕組みも足りない。

常に何かが壊れかけている。

それでも市場だけは前へ進み、

誰かが熱狂し、誰かが疲弊し、誰かが夢を見る。

この物語は、そんな“成長の熱”に再び触れてしまった男の話です。

かつて、急成長の現場で多くのものを失い、二度と近づかないと決めた男。

しかし人は時に、壊れると分かっている場所にさえ惹かれてしまう。

熱狂とは、希望なのか。中毒なのか。

それとも、ただの時流なのか。

色とりどりのカプセルが回り続けるその裏側で、

今日も誰かが笑い、誰かが壊れていく。


これは、未完成な会社と、未完成な人間たちの物語。

黒沢 恒一、42歳。

二度と急成長企業には近づかないと決めていた。


面接開始5分前。 私はノートPCの画面に映る自分を見ていた。

背景は白い壁。 休日のショッピングモールみたいに、 無機質で静かだった。

通知音。 接続。 画面が切り替わる。 「お待たせしました!」

最初に映ったのは、 中年だが精力にみなぎった男性。 他にも統括マネージャーや人事関係者の方々。

生活感より、パワフルな“市場”が映っていた。

「あ、聞こえてます?」 男はイヤホンを触りながら笑う。

背後で誰かが叫んでいる。

「再販きました!」 ミュート漏れ。 慌ただしい。

「いやー、今ほんとやばいんですよ」

男は開口一番そう言った。

「市場が伸びすぎちゃって」

画面共有。 出店マップ。 売上推移 右肩上がりのグラフ。 前年対比。 新規出店数。 “成長”。

その数字だけが、 画面いっぱいに並んでいた。

「来年には業界トップ見えてます」 男は笑う。 興奮していた。

会社にではない。 “時流に乗っている自分” に酔っているように見えた。


私は相槌を打ちながら、 別の場所を見ていた。

共有画面の端。 未読999件のチャット通知。 スプレッドシート。

「未対応」 「調整中」 「確認待ち」 大量のタスク。


「運営体制は、 これから整えていく感じですか?」 私が聞く。


男は少し笑う。

「そうですねー」

「そこは正直、まだまだこれからです」

「だからこそ、採用を強化しています!」

軽かった。 妙に軽い。

「今はもう、出店優先なんで」

「人、全然足りてないですけど」

「まあ、なんとか回ってるんで」


“回ってる”。 急成長企業が一番危ない時に使う言葉だ。


私は前職を思い出す。

深夜の電話。

快活さを失った店長。

崩れた売場。

誰も責任を持たない会議。

でも同時に、胸の奥が少し熱くなる。 この未完成さ。 混乱。 勢い。 市場の熱。


画面の向こうでは、 若い社員が筐体を運んでいた。

誰かが笑っている。誰かが怒鳴っている。

通信が少し途切れる。

男が言う。 「この業界、まだ全然ブルーオーシャンなんですよ」

私は、画面越しのその会社を見つめる。

熱狂。

拡大。

慢心。

未整備。

焦り。

希望

全部が同時に存在していた。

「どうですか?」 男が聞く。「面白そうじゃないですか?」


私は少し黙る。

モニターに映る、大量のカプセル。

色とりどりのプラスチック。 子供の夢。 大人の収集欲。 転売屋の利益。企業の成長。

全部、薄い透明な殻の中に入っていた。


「ええ」 私は答える。 「かなり面白そうです」

人は、危険だからこそ、 成長企業に惹かれる部分がある。


画面の向こうで、面接官が満足そうに笑った。通信が少し遅れて、その笑顔がわずかに歪む。

私はノートPCを開いたまま、そのまま部屋の天井を見上げた。

静かだった。 冷蔵庫の駆動音だけが聞こえる。

昔は、この“静けさ”が欲しかった。終電を逃し、 バックヤードでカップ麺を食べながら、

「もう辞めたい」と思っていた頃を思い出した。

数字。 会議。 催促。 未読通知。 深夜の電話。

「店長が飛びました」 「クレーム案件です」 「売上、落ちてます」

あの頃は、会社が巨大な生き物に見えた。

自分一人が止まっても、何も変わらない怪物。

毎日、誰かが壊れていった。なのに会社は伸びた。店は増えた。売上は更新された。

まるで、人間の代わりはいくらでもいるみたいに。


あの会社を辞めた時、二度と急成長企業には近づかないと決めていた。もう十分だと思っていた。

安定した場所で、静かに働ければいいと。

少なくとも、そう思い込もうとしていた。


しかし。 さっきの画面。 雑然としたオフィス。 未読だらけのチャット。 勢いだけで回っている組織。 市場の熱狂。 整っていない現場。

あの空気を見た瞬間、 胸の奥で何かが動いた。

「懐かしかった。」 いや、本当はずっと、 またあの場所へ戻りたかったのかもしれない。

完成された会社ではなく、 まだ誰も正解を知らない場所。

綺麗に整理された組織ではなく、 熱と混乱が渦巻く現場。

人が足りない。 仕組みも足りない。

なのに、市場だけが前へ進んでいく。あの感じ。

若い頃の自分は、ああいう場所で、 世界を変えられると本気で思っていた。馬鹿みたいに。

でも、あの馬鹿さ加減が、嫌いじゃなかった。


私は椅子に深く座り直す。

窓の外では、夜の道路をトラックが走っている。どこかの店へ、明日の商品を運んでいる。誰かの生活は、今日も名前も知らない誰かに支えられている。

ふと笑う。

「まだ、やれるかもしれないな」

誰に聞かせるでもなく呟く。

ノートPCにうっすら移る画面は映る自分は、若くはなかった。

だが、あの頃より少しだけ、壊れ方を知っていた。


画面の向こうで、面接官たちが何か話している。

ミュートにしているつもりなのだろう。音が漏れていた。

「この人、かなり使えそうですね」「ですね。現場知ってるの大きいっす」「でも前職、相当ハードだったみたいですよ」「まあ逆に、うちくらいのカオスの方が合うでしょ」 笑い声。 軽い。

悪気はない。ただ、伸びている会社特有の、 “自分たちはまだ失敗しない” という空気がそこにあった。


私は、その会話を聞きながら、 なぜか少し安心していた。

完璧じゃない。むしろ危うい。

だからこそ、まだ変えられる余地がある。

完成された会社には、もう入りたくなかった。

あらゆるものが決まり切った場所で、歯車になる気もなかった。


画面の向こうで、誰かが段ボールを運んでいた。

山積みのカプセル。 補充待ちの商品。 売れ筋。 死に筋。 一時的なブーム。数ヶ月後には忘れられるキャラクター。

それでも今、誰かが熱狂している。

その熱狂を、会社は必死に追いかけている。

ふと、前職の上司の言葉を思い出す。

「お前、わかってんのか。伸びてる会社ってのはな、崩れる時も一瞬だぞ」

当時は、脅し文句にしか聞こえなかった。でも今なら分かる。

急成長とは、常に崖際を走ることなのだ。人も、組織も。


「失礼しました!」 突然、若い社員が画面に映り込む。

大量のカプセルを抱え、慌てて頭を下げる。

背後で、誰かが叫んでいる。

「池袋、補充間に合ってない!」 「新弾、もう空です!」 「転売えぐいっす!」「300人、並んでいます!」

現場は戦場だった。


面接官の男が苦笑する。

「すみません、今ほんとこんな感じで」私は、その雑音を聞きながら思う。


「ああ、この会社はまだ若い。 若くて、 荒くて、 馬鹿みたいに前へ進んでいる。 だから危ない。 でも、だから面白い。」


「本日はありがとうございました」 私は頭を下げる。面接官も笑顔で頭を下げた。 通信が切れる。


静寂。 部屋には、自分の呼吸音だけが残った。 私はゆっくり立ち上がり、 冷えたコーヒーを飲む。

苦かった。だが不思議と、嫌な苦さではなかった。


スマホが震える。エージェントからのメッセージ。『かなり高評価です。先方、ぜひ次に進めたいとのことでした』 主人公は、しばらくその文章を見つめる。


窓の外では、街の灯りが滲んでいた。 完成された世界は、どこにもない。

「人が集まり、熱狂し、間違え、壊し、それでもまた作ろうとする。」 会社も同じだ。


私はスマホを伏せる。 そして小さく笑った。

「さて」 その声は、どこか昔の自分に似ていた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

この物語を書きながら、ずっと考えていたことがあります。

なぜ人は、危険だと分かっている場所に惹かれるのか。

急成長企業。

未整備な組織。

人不足。

終わらない業務。

崩れかけた現場。

本来なら、避けるべき環境なのかもしれません。

それでも、そういう場所には独特の熱があります。

昨日まで存在感のなかった会社が、突然市場を飲み込み始める瞬間。

誰も正解を知らないまま、全員が走り続ける空気。

未完成だからこそ、自分の存在が組織に影響を与えている感覚。

そこには確かに、“生きている実感”があります。


もちろん、その熱は人を壊します。

実際、多くの人が疲弊し、去っていきます。

けれど同時に、人は完全に整った世界だけでは、息苦しくなる生き物なのかもしれません。

主人公の黒沢もまた、安定を求めながら、結局は熱狂の匂いを忘れられなかった人間です。

カプセルの中には、夢も、欲望も、期待も、失望も入っています。

そして企業もまた、透明な殻の中で回り続けています。

この作品が、私をはじめ、誰かにとって、過去の自分を思い出す物語になれば幸いです。


ありがとうございました。

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