二十話 幸せな日
健やかなる晴れの日のことだ。
ある栄えた港町に三家の貴族が集まっていた。
「お、お前の持ってるそれ美味そうだな。どこで買ったんだ?」
「いいだろ。安かったぜ?」
聞かれた男が手にしていたのは焼き串。
港町であるグランツァでは海魚の方が安いこともあってなかなか売られていない珍しいものだった。
「安いって...いくらよ?」
いくらお祭り価格で安いと言ったって焼き魚も安くなっている。
腹を満たせるうまいものならわざわざ高い方を選ばなくてもいい。
しかし男は余裕綽々に指を振る。
「チッチッチ、聞いて驚くなよ?」
「んだよ、めんどくせえな。」
人通りの多い大通りを歩く二人の両側には二人と同じようにこの祭を楽しむ人が歩いている。
思い思いに出店で売られているものを持っているが、確かに男の持っているものと同じ焼き串を買った人間は多そうだ。
一時はここもどうなることかと思ったものだが流石はうちの領主様だと、どこか誇らしげな気分でいる。
「お前んのとこの魚の値段でこれが二本買えちまう。」
「はあ!?んなわきゃねーだろ。」
別に高級志向というわけじゃない。
むしろ質の悪い魚でも安めの値段で卸すほど庶民に優しい店を自負しているんだ。
その値段で二本買えるとなるとまともに利益が出せるわけがない。
「ところがほんとなんだよ。お前も買いに行くだろ?」
「もって...また買う気なのかよ。」
「へへ。」
剝き身の串だけが残る男の手を目ざとく見つけた相方が呆れる。
だが内心ではそんなに安いんなら自分も二本買ってしまおうかと思っていた。
「で、結局誰なんだよ。その串売ってる奴は。」
「あれだよあれ。」
指差した先は今日この街に飾られた三つの紋章のうちの一つ。
「ありゃ王都のなんとかって貴族...」
「バーカ、商売敵になるんだから名前ぐらい覚えとけよ。」
一つは誰しもが知るここの主人であるグランツァ侯爵。
時たま紋章付きの馬車なんかも通るので流石に覚えている。
もう一つはグランツァに生まれた英雄の生家、ロンハイム家だ。
これまでは誰もその名前を知りやしなかったがここ最近で一気に知名度を上げた。
「アグリ商会だよ、アグリ子爵家のやってるな。」
最後は王都で勢いのあるアグリ商会とやら。
いよいよグランツァに出店して事業拡大を図るつもりなんだろう。
「しかしよく侯爵様も認めたよな。今更王都の商会なんてよ。」
グランツァにはグランツァの経済圏が出来上がっている。
グランツァから王都に店を出すことは認めても、王都の商会がこちらに店を出すことなんてここ何年も認めていなかったというのに。
「お前、ほんとに何も知らないんだな。」
無知な相方にやれやれと首を振って教えてやる。
「英雄様がこの戦いの褒美にアグリ家の娘が欲しいって言ったんだと。それで侯爵が口を利いてやったって噂だぞ。」
「なんでえ、偉そうにしといて噂じゃねーか。」
偉そうにしていた割にはその情報源はあやふやだったが、男たちの会話にはそれだけで十分だった。
どうせ食べて飲んだら忘れてしまうのだから。
***
「にゃあ、ミーも外に出てこようかにゃ。」
窓から眺めた街道は王都でも類を見ないほどの賑わいを見せている。
あそこで売っているあれも、あっちで売っているあれそれも、美味しそうだにゃと涎が垂れてくる。
うずうずと脱走の準備を仕掛けたところで部屋に入ってきた女性に機先を制される。
「ダメだ。」
「うっ。...戻ってくるのが早いのにゃ、アカネ。」
見つかってしまった以上これからはアカネの気が逸れている隙でしか逃げ出せない。
「それよりどうだ?」
くるりと回ったアカネはミーに感想を求める。
「ばっちぐーにゃ。」
「ありがとう。ミーも似合っているぞ。」
普段は着ないロングスカートのドレスは凛々しいアカネの印象ともよく似合っていた。
窓辺に腰掛けるミーも既に着替えを済ませている。
「もうじき時間だ。先に行って待っていよう。」
「了解にゃ。」
グランツァ侯爵の屋敷は大人数を招いてのパーティーに使うために十分な広さがある。
しかし今日はパーティーはパーティーでも主役はグランツァ侯爵ではない。
ある二人のためのパーティーが準備されていた。
顔パスで式場に通された二人は無数に用意されたテーブルの一つに座る。
「美味しそうだったにゃ。」
「式の後でだ。」
まずはメインイベントを行ってからでないと、お腹いっぱいになったミーがいびきをかいて寝たりなんかしたらせっかくの式が台無しになってしまう。
「無くなっちゃうのにゃ!」
「無くなるもんか。余るほど用意しているだろうよ。」
グランツァ侯爵もアグリ子爵も、この日のために相当な準備をしているはずだ。
ミーのような大食いの一人や二人、余裕を持って賄いきれる量を用意している。
「これはこれはお二人とも、お早いお揃いですな。」
「アドラ、久しぶりにゃ!」
礼服に身を包んだアドラは流石に貫禄があった。
「招待感謝する。」
「いえいえ、この婚姻の立役者ですからな。」
朗らかに笑うアドラだがその目元には濃い隈を化粧で隠した跡がある。
「侯爵は?」
「他の方のご挨拶に向かっております。お二方にも、ぜひ式を楽しんでいただきたいと。」
ちらりと向こうで談笑するグランツァ侯爵の方を見てそう伝える。
「では邪魔はしないでおこう。」
「ありがとうございます。それではごゆっくり。」
それだけを述べて腰を折って礼をすると、足早に立ち去る。
近くを彷徨く給仕を捕まえ何やら会話を交わし仕事に戻って行った。
「出席者のくせして忙しいにゃんね。」
「こういう時にしか集まらない人間に挨拶してるんだろう。」
王都への道のりでは一緒に向かったとはいえ、普通ならそう易々とスケジュールを作れる立場ではない。
普段は時間を作れない人間と挨拶を交わして人脈を保つのも彼の仕事であり、それを怠らないからこそグランツァ侯爵の信頼を買っているとも言える。
「人が集まるまでは私たちも適当に過ごそうか。」
「暇にゃ。」
ただでさえ忙しい人間の多い貴族たちが暇であるわけもなく、早くから集まった二人と違って時間ギリギリにくることさえある。
ミーはアカネにご飯を食べることを止められているために、指を咥えて眺めながらも溢れ出る涎を鋼の意志で抑えていた。
「皆様、長らくお待たせいたしました!」
ぱっと暗くなった会場内で、ステージ横の司会だけに光が当てられる。
「本当に長かったのにゃあ。」
「ミー。」
思わずぼやくとアカネに睨まれる。
「これは失敬にゃ。」
でも長く待ったのだから、これぐらいは言わせてほしいのにゃ。
司会に当てられていたライトが会場の入り口へと切り替わる。
「それでは新郎新婦のご入場です!」
ばばばーんと高名な楽団による演奏と共に大きな扉が開かれるとそこには純白の衣装に身を包んだ一組の男女が待っていた。
逸る鼓動を落ち着けるように一呼吸置いてから歩き始める。
「うんうん、二人とも似合ってるにゃんね。」
「そうだな。」
ミーが育てたと、満足そうに素晴らしい衣装に身を包んだ二人を見守る。
風の噂では最高の式を用意してその権勢を知らしめるために子爵が方々を駆け回ったとか。
その子爵は向こうで二人を見つめているがその目には涙が浮かんでいる。
「それでは、ケーキ入刀をお願いします!」
二人は幸せの頂点にいた。
幸福に包まれた表情で寄り添い、ケーキに刃を入れる。
「全く、これから大変な毎日になることをわかってないにゃんね?」
「やれるさ、二人ならな。」
レオは英雄として過酷な環境に身を置かねばならない。
エレンもまた、英雄の妻としての働きを期待されるだろう。
しかし、一度試練を乗り越えた二人なのだからもう一度乗り越えるぐらい問題ない。
二人の未来に幸あれ。




