表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『学校では誰にも知られずに卒業したい 〜うちのクラス、隠し事が多すぎる〜』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
53/75

第53話 トップ声優疑惑の子、学校ではまずプリントを取りに来る

すごい人の登場というものは、もっと劇的であるべきだと真白は思う。


 たとえば廊下のざわめきが一気に広がるとか。

 誰かが「あっ」と息をのむとか。

 漫画みたいに空気が切り替わるとか。


 だが現実は、たいていそうはならない。


 特に学校では、すごい人もまずプリントを取りに来る。


 その日の三時間目のあと、2年A組で起きたことは、まさにそれだった。


     ◇


 休み時間。

 教室は、いつものように静かなのに情報量が多い感じで回っていた。


 ひかりは文化祭ポスターの色味をまた悩んでいる。

 絵麻はノートの端に、今度は横顔ばかり描いている。

 木乃葉は机に伏しながらも、今日は“概念四割”くらいで会話へ参加できる日らしい。

 音々は窓際。

 澪は次の授業の教科書を出している。

 さやかは配布物の束を整えている。

 真白は、その配布物の束が妙に斜めなのを見て、少しだけ直したくなっている。


 そのとき、ドアが小さくノックされた。


「はい?」

 と、さやか。


 ドアの隙間から、女子が一人だけ顔を出した。


「すみません、B組の……」

 そこで一瞬、言葉を切る。

「朝の配布プリント、うちのクラス一枚足りなかったみたいで」


 その声を聞いた瞬間、音々がほんの少しだけ顔を上げた。

 ひかりの手も、スマホの上で一瞬止まる。

 絵麻のペン先が一拍だけ止まり、木乃葉でさえ伏せたまま少しだけ目を開けた気配があった。


 たぶん、全員同じことを思っている。


 あ、この子だ。


 顔だけなら、廊下ですれ違ったことがある気がする。

 でも声が乗った瞬間に、一段解像度が上がる。


 静かで、きれいで、よく通るのに、学校用にかなり抑えている声。


 たぶんこの子が、B組の“隠しているトップ声優”だ。


 ただし、今の時点では、

 プリントを取りに来た隣のクラスの子

 でもある。


 それが大事だった。


「ありますよ」

 さやかがすぐに立ち上がる。

「えっと、どのプリントですか」

「現代文の補助資料です」

「あ、それなら一枚余ってる」

 さやかは束の間から探し出して、彼女へ差し出した。

「どうぞ」

「ありがとうございます」


 ここまで、完璧にただの学校のやりとりである。


 それなのに、教室の空気だけが少しだけ濃い。

 真白は内心で思った。


 うわ。

 来た。

 でも登場の仕方が地味すぎる。

 だいぶ学校。


     ◇


「助かりました」

 彼女はそう言って会釈する。


 長い黒髪。

 派手ではない。

 むしろ目立たないようにしている感じが強い。

 制服の着方もきちんとしていて、メイクもほとんど感じない。


 でも、“見られることそのもの”には慣れている人の重心がある。

 真白には、その違いが少しわかる。


「……」

「……」

「……」


 A組の数人が、わりと綺麗に“見ているけど見ていないふり”の技術を発動していた。


 すると、彼女の方が少しだけ困ったように笑った。


「何か……」

「何?」

 とひかりが、ごく自然な声で返す。

「いや」

 彼女はほんの少し視線を泳がせる。

「A組って、長谷川さんから聞いてた通りだなって」

「何を」

 とさやか。

「静かなのに、たぶんみんなちょっと見てる」


 そこで、教室に小さな沈黙が落ちた。


 見抜かれた。

 でも、嫌な感じではない。


「……」

「……」

「それは」

 最初に口を開いたのは真白だった。

「褒めてる?」

 自分でも少し意外なくらい自然に、その言葉が出た。


 彼女は一瞬だけ目を丸くして、それから少しだけ笑う。


「かなり」

「うわ」

 ひかりが言う。

「もう流れ知ってる」

「長谷川さんが教えてくれたので」

「何を」

 と絵麻が聞く。

「“A組は、褒めてる?って聞くとだいたい乗ってくれる”って」

「長谷川さん、変なところだけ覚えさせてる」

 さやかが額を押さえる。

「そこを教えるの」

「でも間違ってない」

 木乃葉が机に伏せたまま言う。

「事実ではある」

 と澪も頷いた。


 また教室が少し笑う。


 よかった。

 空気が変に固まらない。

 この学校の、このクラスのこういうところは本当に助かる。


     ◇


「えっと……」

 彼女はプリントを持ったまま少しだけ迷ってから言った。

「自己紹介、した方がいいですか」

「それは」

 さやかが一瞬言葉を選ぶ。

「したければ、でいいんじゃないかな」

「無理にしなくても」

 と絵麻。

「そう」

 真白も頷く。

「そこは本人の自由」


 その返しを聞いて、彼女はほんの少しだけ肩の力を抜いたみたいだった。


「じゃあ」

 と彼女。

「B組の、鳴海詩音です」

「……」

「……」

「……」


 今度は、少しだけ別の意味の沈黙が落ちる。


 名前が出た。

 本人の口から。


 たったそれだけなのに、空気の濃度が一段上がる。


「何その顔」

 鳴海詩音が少しだけ笑う。

「いや」

 ひかりが言う。

「名前まで出ると思ってなかった」

「私も」

 真白が正直に言った。

「でも、出してよさそうだったから」

「その判断、ありがたい」

 さやかが言う。

「うちは基本、本人が出す情報を超えないので」

「うわ」

 鳴海が少しだけ目を細める。

「それ、やっぱり聞いてた通り」

「何を聞いてたの」

 澪が聞くと、

「“A組は壊さない”って」

 鳴海は素直に答えた。


 その言葉に、真白は少しだけ胸の奥が動いた。


 壊さない。

 外から見ると、やっぱりそう見えるのか。

 自分たちにとってはもうわりと自然になっている空気だけれど、外から言われると少しだけ照れる。


「壊さない、はちょっとかっこよすぎる」

 ひかりが笑う。

「実態は“見えても決定しない”」

「それはかなり正確」

 木乃葉。

「褒めてる?」

 鳴海が聞くと、

「かなり」

 と真白が返した。


 もうだいぶ、この流れは新しい人にも馴染んできている。


     ◇


 そこへ、長谷川琴葉までやって来た。


「詩音、いた」

「うわ」

 鳴海が振り返る。

「ごめん、プリント足りなくて」

「知ってる。先生に“B組は二人とも近くにいるならついでに次の配布も持ってって”って言われた」

「学校だ」

 真白が思わず言う。

「何それ」

 鳴海が見る。

「いや」

 真白は少しだけ笑った。

「トップ声優疑惑の子の初登場イベントが“プリント足りない”と“ついでに配布物持ってって”なの、すごく学校だなって」

「疑惑って言ってる」

 と長谷川が笑う。

「まだ疑惑のままでしょ」

 と真白。

「そのへん、ちゃんとしてる」

 と鳴海。

「褒めてる?」

「かなり」


 ひかりが机に頬杖をついて言う。


「B組、二人そろうとだいぶ芸能濃度高いね」

「その言い方ひどい」

 長谷川。

「でもわかる」

 鳴海。

「私たちも、A組かなり濃いと思ってる」

「うわ」

 さやかが言う。

「外から見てもそうなんだ」

「静かだけど、何か持ってる感じ」

 鳴海が言う。

「しかもたぶん全員ジャンル違う」

「だいぶ見抜かれてる」

 絵麻が言う。

「でも、そこで止まるあたりやっぱりこっち側」

 木乃葉が伏せたまま言った。


 それはたしかにそうだった。

 鳴海詩音も長谷川琴葉も、A組を“見ている”。

 でも、見たものをそのまま暴こうとはしない。

 その感覚が、やっぱり近い。


     ◇


「そういえば」

 ひかりが鳴海を見る。

「何?」

「校内放送の声、やっぱり詩音ちゃんだった?」

「……」

 空気が一瞬だけ止まる。


 またストレートだ。

 だが、前より少しだけ加減を覚えている。

 “やっぱり”という曖昧さがついているぶんだけ、逃げ道がある。


 鳴海は、少しだけ考える顔をしてから答えた。


「半分くらい」

「便利だね」

 真白が言う。

「便利だから」

 鳴海が返す。


 教室にまた笑いが落ちる。


 でも真白は、その“半分くらい”に少しだけ納得する。


 本人も全部を開示する気はない。

 でもゼロにもしたくない。

 その距離感が、今のこの場にはちょうどいいのだろう。


「声を学校では“ただの声”にしたいって、長谷川さんから少し聞いた」

 音々が静かに言った。

 鳴海は少し驚いたように音々を見る。

「……」

「何その顔」

 音々。

「いや」

 鳴海は小さく息を吐いた。

「そこ、わかる人いるんだなって」

「うん」

 音々は頷く。

「声って、拾われるから」

「……」

「今の瀬川さん、だいぶ本質」

 真白が言う。

「褒めてる?」

「かなり」


 鳴海はそこで、少しだけ本気で安心したように笑った。


「A組、やっぱり怖くない」

「それ、うれしいな」

 絵麻が言う。

「褒めてる?」

 鳴海。

「かなり」

「じゃあ受け取る」


 これだけで、だいぶ距離は縮んだ気がした。


     ◇


 結局、B組の二人は配布プリントを持って戻っていった。


 去り際、長谷川が振り返る。


「また来るかも」

「書式なら歓迎」

 ひかりが言う。

「だから書式限定みたいに言うのやめて」

 長谷川が笑う。

「でも、今日はそれなりに歓迎してるよ」

 さやかが言う。

「褒めてる?」

「かなり」

「やった」

 長谷川。


 鳴海はその横で、少しだけ目を細めて会釈した。


「また」

「うん」

 真白が返す。

「また、おはようから」

「……」

 鳴海は少しだけ驚いて、それから笑った。

「うん。たぶん、それが一番いい」


 ドアが閉まる。


 教室に、少しだけ余韻が残る。


     ◇


「……来たね」

 ひかりが言う。

「来たね」

 絵麻も頷く。

「何が」

 真白が聞く。

「B組のもう一人」

「いや、それはそうだけど」

「ちゃんと人だった」

 木乃葉が言う。

「何その言い方」

「もっと遠い感じかと思ってた」

「それはわかる」

 澪が言う。

「でも、普通にプリント取りに来る人だった」

「学校ではまずプリント」

 真白が言う。

「そこは大事」

「褒めてる?」

 ひかり。

「かなり」

 真白が答えると、また少し笑いが起きた。


 そして真白は、少しだけ思う。


 トップ声優疑惑の子も、結局学校では“プリントを取りに来る隣のクラスの子”から始まった。

 そのことが、妙にうれしい。


 外でどれだけすごくても、学校ではまずおはようとプリント。

 その順番があるから、たぶんみんな同級生でいられるのだ。


「……やっぱり、学校って強いな」

 真白がぽつりと言うと、

「そこに戻るんだ」

 澪が笑った。

「でも、かなり正しい」

 さやか。

「褒めてる?」

 真白が聞く。

「かなり」

 と絵麻。


 また教室に、小さな笑いが落ちた。


 トップ声優はまだ“疑惑”のまま。

 でもその子は、ちゃんと教室の前まで来た。

 名前を出して、プリントを受け取って、また戻っていった。


 それだけで十分だ。

 たぶん、今はまだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ