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『学校では誰にも知られずに卒業したい 〜うちのクラス、隠し事が多すぎる〜』  作者: 御上常陸介寛浩


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第49話 賞のあとでも、教室は次のざわつきを用意している

大きな出来事のあとには、少しだけ静かな日が来るものだと真白は思っていた。


 たとえば、日本アカデミー賞みたいな夜のあと。

 会場の空気。

 拍手。

 特別ステージ。

 原案者として関係者席にいた絵麻。

 主題歌を歌った澪。

 ピアノを弾いた自分。


 そういうものを一度経験したあとなら、数日は教室も“余韻”で静かになるのではないかと思う。


 だが、2年A組はそんなに甘くなかった。


 朝、教室へ入った瞬間、真白は思った。


 また何か始まるな。


 それはもう、かなり勘に近い。

 でもこのクラスで生活していると、その勘は案外当たる。


 別に誰かが騒いでいるわけではない。

 ひかりはいつものように明るい。

 さやかは日誌と提出物に囲まれている。

 木乃葉は概念寄り。

 絵麻はノートの端に何か描いている。

 音々は窓際。

 澪は席で普通の顔をしている。


 いつも通り。

 なのに、空気の端にだけ、一ミリくらい“新しいざわつき”が混じっている。


「……」

「何その顔」

 ひかりが早速気づいた。

「何が」

 真白が言う。

「“また何かありそう”って思ってる顔」

「顔に出てる?」

「今日は二ミリくらい」

「最近その測り方ほんと適当」

 真白が言うと、

「でもわかる」

 と絵麻。

「今日、ちょっとだけ空気違う」

「うわ」

 さやかが言う。

「その感想を桃園さんまで言い出すと、だいぶ嫌な予感がする」

「嫌なの?」

 と絵麻。

「嫌というか、たぶん当たるから」

「委員長の勘も最近精度高い」

 澪が言う。

「上がりたくて上がってるわけじゃないのよ」

 さやかが本気で返した。


 教室が少し笑う。


 その笑いの中で、真白は少しだけ息を抜く。

 こういうどうでもいい入り方があるから、このクラスのざわつきはまだ平和で済んでいる。


     ◇


 一時間目が始まる前、原因はわりとあっさり判明した。


 いや、正確には“原因の気配”が教室へ流れてきたのだ。


 廊下の向こうが、少しだけ騒がしい。


「……何かあった?」

 とさやか。

「二年B組の前、人だかり」

 ひかりが廊下側を見ながら言う。

「また?」

 木乃葉が机に伏せたままぼそっと言う。

「“また”なんだ」

 真白が聞く。

「最近、B組はたまにざわつく」

 澪が答えた。

「何で?」

「……」

「何その間」

 真白が言うと、

「いや」

 澪は少しだけ肩をすくめた。

「たぶん、知ってる人は知ってるから」

「それ、だいぶこのクラスっぽい言い方」

 ひかりが笑う。


 すると、ちょうどA組のドアの前を、何人かの女子が通り過ぎた。


「やっぱり来てるんだって」

「え、今日?」

「朝ちょっと見た」

「ほんとに?」

「マネージャーさんっぽい人もいた」


 その会話だけで、教室の空気が一段だけ濃くなる。


 マネージャー。

 そういう単語は、この学校ではわりと反応を呼ぶ。


「……B組の人?」

 真白が小さく言う。

「たぶん」

 ひかりが頷く。

「前にちょっと話したでしょ」

「何を」

「学校では活動公表してるけど、まだそんなに売れてないアイドルの子」

「……」

 真白は少しだけ記憶をたぐる。

「ああ」

「反応遅い」

 とひかり。

「いや、最近情報量多すぎて」

「それはわかる」

 さやかも頷く。

「うちのクラスだけでも処理が大変なのに、隣のクラスまで芸能濃度を上げないでほしい」


 その言い方が少しおかしくて、真白は小さく笑ってしまう。


 そうだ。

 最近の2年A組は、教室の外側だけでかなり情報量が多い。

 そこへ二年B組までざわつき始めると、だいぶ処理が大変だ。


「ねえ」

 絵麻がふわっと言う。

「何?」

 とひかり。

「その子、ちょっと見たことあるかも」

「どこで?」

 真白が聞く。

「たしか、駅前のイベントポスター」

「うわ、地味に現実感ある」

 澪が言う。

「学校公認でアイドルやってて、でもまだ売れ切ってない感じ」

「解像度高いなあ」

 真白が言うと、

「見せ方がね」

 ひかりが口を挟む。

「ポスターが“頑張ってる途中”の作りだった」

「その評価もだいぶ作る側なんだよなあ」

 さやかが言う。

「褒めてる?」

「今のは半分くらい」


 また、教室が少し笑う。


     ◇


 ホームルームに風間が入ってくる。


「おはようございます」

「おはようございまーす」


 そのあと、風間はいつもより一秒だけ間を置いてから言った。


「本日は他クラス周辺が少し騒がしいかもしれませんが、通常通りでお願いします」

「うわ」

 ひかりが小さく言う。

「先生、その言い方だと絶対何か知ってる」

「一般的な注意喚起です」

「一般的の精度が高いんですよ」

 さやかが言う。

「担任ですので」

「万能だなあ、その返し」

 真白が思わず言う。


 風間はほんの少しだけ視線を真白へ向けた。


「最近、一ノ瀬はよく話しますね」

「……」

「うわ」

 ひかりが言う。

「先生、そこ拾うんだ」

「事実ですので」

「褒めてる?」

 と真白が聞くと、

「かなり」

 と風間は真顔で言った。


 教室に笑いが落ちる。


 だめだ。

 担任まで最近、こういう流れがうまくなっている。

 それもたぶん、このクラスに順応した結果なのだろう。


「で」

 ひかりが小声で言う。

「結局、B組の何なんですか」

「必要以上に覗きに行かないように」

 風間が静かに返した。

「その言い方がもう答えなんだよなあ」

 さやかがため息をつく。


 でも、それ以上は言わない。

 この先生も、やはり必要以上には扉を開けない。


     ◇


 二時間目の休み時間、ついにB組のざわつきがA組の廊下側まで波及した。


 何人かが廊下を気にしている。

 でも2年A組の面々は、案外動かなかった。


「見に行かないんだ」

 真白がぽつりと言うと、

「行きたい?」

 と澪。

「……ちょっとだけ」

「素直」

 とひかりが笑う。

「でも行かない」

 木乃葉が机に伏せたまま言う。

「何で」

 真白が聞く。

「だって、見たいだけで見に行くと、見られたくない側の気持ち知ってる人としてはちょっと微妙」

「……」

「うわ」

 絵麻が言う。

「今の、かなり木乃葉さん」

「何その感想」

 木乃葉が少しだけ顔を上げる。

「褒めてる」

 と絵麻。

「ちゃんと」


 真白はそこで少しだけ納得した。


 そうか。

 行かないのは、単なる興味の薄さではない。

 この教室の人たちは、自分も“見られる側”だからこそ、そこへ雑に見物へ行けないのだ。


「……優しいね」

 真白が小さく言う。

「遅い」

 と木乃葉。

「でも、それはある」

 と音々。

「見えるけど、近づかない方がいいときもある」

「音の人が言うと重い」

 ひかりが笑う。

「褒めてる?」

「かなり」


 また同じ流れだ。

 でも、それが今の教室には合っている。


「私はちょっと気になるけど」

 さやかが言う。

「委員長としては、他クラスのざわつきまで管理対象に入れたくない」

「それはわかる」

 澪が頷く。

「キャパオーバー」

「ほんとにそう」

 さやかが真顔で言う。

「うちのクラスだけで十分情報量多いのよ」


 その言葉に、真白は少しだけ笑ってしまう。


 たしかにそうだ。

 2年A組だけでも十分に濃い。

 そこへB組の芸能系ざわつきまで混ざると、委員長の胃が死ぬ。


     ◇


 昼休み、絵麻がぽつりと言った。


「B組って、もう一人いるよね」

「何が?」

 とひかり。

「隠してる方」

「……」

 空気が一瞬だけ止まる。


 真白は絵麻を見る。

 絵麻はいつものふわっとした顔のままだ。

 でも今の一言は、明らかに“知っている人の言い方”だった。


「隠してる方?」

 と真白。

「うん」

 絵麻は少しだけ頷く。

「たぶん、トップ声優の子」

「……」

「え」

 さやかが小さく言う。

「そこまで行くの?」

「たぶん」

 絵麻。

「何でわかるの」

「声」

 と音々が即答した。


 今度は全員が音々を見る。


「え」

 ひかりが言う。

「そこ音で行くの?」

「たぶん」

 音々は静かに言う。

「校内放送のとき、一回だけ少し似てた」

「こわ」

 真白が思わず言う。

「褒めてる?」

「違う」

「でもわかる」

 木乃葉が言う。

「トップ声優を隠してる子が学校にいるって、だいぶうちの学校どうかしてる」

「そこはほんとにそう」

 澪が笑った。

「もう、A組だけじゃなくて学校全体が濃い」

「やめて」

 さやかが額に手を当てる。

「委員長として処理する範囲を超えてる」


 教室がまた少し笑う。


 真白は思う。


 第四章は、たぶんここから始まるのだ。

 A組だけで完結していた“外の顔”が、少しずつ他クラスとも交差し始める。


 それは少し面倒そうで、少し騒がしそうで、でもたぶん、今の自分は前ほどそれを嫌ではない。


     ◇


 放課後、教室に少しだけ人が残った。


 廊下の向こう、B組周辺のざわつきは、もう昼ほどではない。

 それでも完全には消えていない。


「始まりそうだね」

 ひかりが言う。

「何が」

 真白が聞く。

「次の章」

「そういう言い方やめて」

 真白はすぐに返した。

「学校生活でしょ」

「でもだいぶ“何か来る”空気」

 絵麻が笑う。

「それは、たしかに」

 澪も頷く。

「B組が近づいてくる感じある」

「B組が近づいてくるって、台風みたいに言うな」

 さやかが言う。

「でも委員長、ちょっと思ってるでしょ」

 ひかり。

「……思ってる」

 さやかは観念したように言う。

「また情報量が増えるなって」

「褒めてる?」

 真白が言うと、

「今のは全然褒めてない」

 さやかが真顔で返した。


 そこが少しおかしくて、真白は笑った。


 第四章の入口。

 たぶん本当に、また何かが始まる。


 でも、今の2年A組なら、それもたぶん乗り切れる気がした。

 秘密を持っている人たちが、秘密を壊さないまま笑える教室だから。


「……まあ」

 真白は小さく言う。

「何?」

 絵麻が聞く。

「また朝になれば、同じ教室だし」

「うん」

 と澪。

「それは変わらない」

「そこが一番大事かも」

 絵麻も頷く。

「B組がどう近づいてきても?」

 ひかりが笑う。

「近づいてきても」

 真白が言う。

「学校では、たぶんまた普通に“おはよう”から始まる」

「……」

「何その顔」

「いや」

 絵麻が少しだけ目を細めた。

「今の、第四章の入口っぽい」

「だからその言い方やめて」

「褒めてる」

「それで何でも許されると思わないで」


 最後にまた、教室へ小さな笑いが落ちた。

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