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楽園実験(後編)・3b

 コテージには広い庭があって、そこで煮炊きやバーベキューができる鉄製の焚火台が設置されている。近くには蛇口付きのシンクもある。


 呼び出しを受けた第十八小隊ブラボー・チームの男たちが、食材を満載したコンテナを持ってやって来た。「骨付きの牛肉の塊を買ってきて」と、沙織から厳命を受けた森崎和馬は、全身から汗を吹き出させながら、がんばってそれを運んできたのだった。和馬は着の身着のままで飛び出して来たらしく、寝間着の延長上みたいなTシャツに膝丈の短パン姿で、足元はサンダルだ。


「この辺に置いたらいいかい? 沙織ちゃん」

 和馬は、玄関前の石畳にどさりとコンテナを置いた。そして、その場にしゃがみ込んだ。

「和馬くんありがとう、そこで大丈夫だよ」

 沙織はスカートのフリルをひらめかせ、駆け足でコテージを飛び出してくると、和馬の前で膝をつき、持っていたタオルで彼の顔をごしごしと拭いてやった。「急に呼び出したりしてごめんね」


 和馬は、拒絶と誤解されないように優しく首を横に振った。

「ううん、平気さ。呼んでくれて嬉しかった」

「本当?」

「本当」

 ここでしばし、二人は見つめ合った。

 周りでみんなが取り囲んで注目していなかったなら、ここでキスの一つや二つくらい展開されてもしょうがないような状況だ。


 しかし、和馬は立ち上がった。

「肉が悪くなっちゃうから、早く始めようか」

「うん」と沙織も立ち上がった。

 離れたところから、晴香の「ちっ」という舌打ちが聞こえた。


 男たちはおのおの食材を持ち込んだ。救命医の足立(あだち)俊作しゅんさくは実家がレストランを経営しているので、幼い頃から鍛えられた彼の審美眼で厳選された肉や野菜たちが用意された。

 骨付きの牛肉はもちろん、豚バラ肉に鶏の手羽先、特大のソーセージに、玉ねぎやピーマンやナスやトウモロコシ、そして生で食べられるトマトやレタスまでもがある。味付けは塩とコショウとガーリックをすり込むだけのシンプルなものから、スパイスや果物をふんだんに使った様々なソースがいくつも取り揃えてある。


 パイロットの檜山(ひやま)拓也たくやは、この男たちの中では一番の長身だが、特に力が強いというわけではなかった。彼はその優男ぶりに似合わず、情けなくへたばりながらコンテナを抱えてきた。彼の真っ白なシャツは汗でびちゃびちゃだ。


 口数が少なく冷静沈着な宇宙船技師の桐野(きりの)十三じゅうぞうは、いつもと変わらず落ち着いたたたずまいで歩いてきた。しかし、彼も他の人々と同じく機嫌がとても良いらしく、その足取りは実に軽かった。「あのジュウザですらスキップするような気分」という言葉が、しばらくの間みんなの流行語になったのも、ごく自然の成り行きだ。


 通信士の落合(おちあい)茂雄しげおだけは事情が違っていた。彼が黒川スバルを好いていることは仲間たちの間では周知の事実となってしまっている。それをスバルももちろん知っているので、彼女はそのことをものすごく意識してしまって、それが二人の間に分厚い見えない壁を作り上げていた。よほどの緊急事態でない限り、どちらかがもう一方に話しかけるということそのものが不可能ですらあるような状態だ。今日は茂雄(ミスター)にとって正念場であることは間違いない。


 島の西側は大気との衝突面になっている。厚さ千メートルの金属の板が、音速で大気とぶつかることによって、空気の分子が圧縮され、熱を発する。その熱は、最高で百℃近くまで上昇し、強い熱風となって東に向かって吹きつけてくる。


 その熱と強風から住人たちを保護するために、緩衝地帯としての海が作られた。その幅はおよそ千二百メートルあり、もっとも端に近い二百メートル地点には金網が張られ、立ち入り禁止区域となっている。血気盛んな若者たちは、その立ち入り禁止区域にどれだけ近づけるかを競い合い、監視員に追い払われることを一種のゲームのように楽しんでいる。


 この海の周辺は他に比べて気温が高く、風も強い。南国のような暖かさを一年中保っている海辺は、住人たちが余暇を過ごすリゾートとして活用されている。


 今日はなぜだか、普段の三倍近い利用者がここを訪れていた。通信士の浅倉晴香はさきほど、やって来た住人たちへのインタビューを試みた。その数時間前にも、宿舎の近所のカフェなどを廻って、彼女はすでに情報収集を行っていた。

 街の人々が今、何を考えているのかを調べるために、晴香は誰よりも早く動き出していたのだ。


「すごいね、晴香」

 ジャーナリスト志望の翼も舌を巻いている。「私なんか、いろいろ考えをまとめるだけでいっぱいいっぱいだったのに」

「まあ、それが通信士の仕事だからね」

 晴香は謙遜することもなく、焚火台の前にしゃがみ込んで火吹き棒に息を吹き込んだ。彼女の怪しげなサングラスに、揺れる炎が映っている。「はい、もうちょっと薪ちょうだい」


 翼は、伸ばされたその手に薪を手渡した。

「それで、どんな話が聞けたの?」と翼。

「それが、妙につかみどころがなくてさ」

 晴香は振り返りもせず、火吹きに集中している。「なんだかみんな、やたらに上機嫌なことだけが共通しているんだ。せっかく外に出られるようになったんだから、家に閉じこもっているのはもったいない、それ以外に理由が必要? っていうノリなの」


機械細胞(マシン・セル)について、何か言ってた?」

「なんか、そういう話をするのは野暮だねっていう空気だったんだ。昨夜の花火はきれいだったねっていう話はあったんだけどさ」

「あんまり本気にしてない感じ?」

「そう、そんな感じ」


 翼は、自分たちの身体の中で機械細胞(マシン・セル)たちが核融合反応を始めているという、美穂の観察結果をここで打ち明けようかどうか迷った。それこそ、こんな楽しい場所でそんな話をするのは野暮だ、という気分に彼女自身も支配されてしまっている状況だった。


 しかし、そこはジャーナリスト志望であり、宇宙消防士の広報官という職業柄、避けて通るわけにはいかない。

「ねえ、晴香、もしかしたらびっくりさせちゃうかもしれないんだけど……」

「なんのこと?」

 と、晴香が振り返ったとき、それを遮るように、リーダーの沙織の声が響き渡った。


「ねえ、みんな、それぞれお肉を持って、焚火の前に集まってくれない?」

 暖かな海辺の風が、焚火から立ち昇る煙をたちまち吹き散らした。木が燃える甘い匂いが鼻をくすぐる。

 十一人の男女が焚火を囲んだ。いよいよここから本題に入ることになる。

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