第40話 その日、生徒会長は…
俺と霞は学校を出た後もずっと腕を組んだままだった——
頭の中はさっきの事でいっぱい。心は後悔と恥ずかしさと今後の不安でいっぱい。
胸の奥に引っかかるものを抱えたまま打ち上げに行く気には正直なれない。
俺は後ろめたさを噛み締めながらも、楓にそっと優しい嘘を交えた断りのメッセージを送信した。本当にごめん楓……今度ご飯一緒に行こうな。
今回の一件は衝動的だったとはいえ、出た言葉は引っ込まない……
俺はなんて事を言っちまったんだ……
元々拳を使うつもりはなかった。人を傷つけるのは大嫌いだ。俺が学んだのは人を守る為の力だから。その結果こうなったワケだが…
色んな感情が交錯して言葉が出ない。霞も何も言わずただ隣で歩いている。
ただ、時おり絡めた腕をスリスリとさすったり肩に頭を預けてきたりとずっとべったり。
腕に当たり続ける彼女のおっきなおっぱいとふんわりと香る甘い匂い。
首筋に触れる柔らかくて細い髪の感触が俺の心拍をずっと高め続けていた。
俺はさすがに無言に耐えかねて、それを変えようと絞り出した言葉はこれだ。
「霞………今日久々に出前でも取るか?体育祭でお前も疲れてるだろうし、その……」
「ふふっ♡……それもいいわね」
会話終了………
うん、これはあれだ。無理に話さん方がいい……
俺は潔く諦めてただ家に向かって歩き出した——
————
家に帰った俺たちは言っていた通り出前でピザを注文。
届くまで時間もあるし、体育祭で流した汗を落とそうと霞と俺は順番にシャワーを浴びた。
その間も他愛ない会話はあったが、彼女の雰囲気はどこかよそよそしかった。
まああんなド派手に彼氏でもない男に好き勝手言われたら普通そうなる。
あのキスも丸山にとどめを刺す為の演出と考えれば納得がいく。やり過ぎだが…
ふたりがさっぱりした頃、丁度ピザも到着しまるでアメリカ映画のようなテーブルの光景が完成した。
「じゃあ、俺たちも打ち上げはじめるか!!」
俺はテーブルに着くとあえて元気よく声を出す。言うまでもなくいつもの空気に戻したかったからだ。
「ええ、いただきましょ」
「「いただきます」」
手を合わせて食事を始める。
彼女はまだ完全じゃないが久しぶりの出前に少しだけ表情がほぐれていた気がする。
その声もさっきまでとは違い少しだけ明るい。
時々会話に混ざるエロいワードに逆に安心する日が来るなんて思ってもみなかった。
こんな時間が一番幸せだ。
こんな幸せがずっと……
————
食事を終えて俺はいつも通りにコーヒーを淹れはじめる。俺はブラック。彼女はカフェラテ。
俺がコーヒーを淹れている間に彼女はテーブルを片付けてくれて、ソファーの方へ行くとちょこんと座り俺を待っててくれる。
いつもの日常。いつもと変わらない彼女。いつもと変わらない俺たちの関係……
カップを差し出すと彼女は両手でそっと包み込むように受け取り嬉しそうに微笑む。そして「ありがとう」と言って一口飲むと、口元からほっとした息が漏れる。
それを見てから俺も彼女の隣に腰掛けてコーヒーをすすり心を落ち着かせようとした。
学校を出てからずっと心の声が止まらない。
無視しようとしても俺の中の“俺”がずっと何かを言い続けていた。
『このままではダメだ。いつもと同じではダメだ。そうだろ?』
五月蠅い……聞きたくないのに耳の奥でずっと鳴り響いてる声。
無視しようとすればするほどその声は図々しくのしかかってくる。
『お前は彼女のなんなんだ?』
頭の中で響いていた雑音が霞の声ひとつでふっと遠のく。
「恭介……今日はありがとう。またあなたに助けられちゃったわね」
「あっ……ああ」
避けられない。俺にも彼女にも。これはそういう話なんだ。俺がしたことは…
「格好良かったな。王子様みたいで……」
俺を真っ直ぐに見てはにかむ彼女。
あの瞬間を思い出すだけで全身が熱くなって変な声が出そうになる。
俺は彼女のご主人様だって言い切った。俺は彼女を自分のモノだって……
確かに間違ってないかもしれない、でもそれは俺たちの関係を決定づける言葉でもある。
「ごめんな、盗み聞きみたいなことしちゃって。俺最低だよな。霞にもプライベートがあるのに。しかも変な事ばっかり言っちゃって………霞の悲鳴聞いたらつい……」
こみ上げる罪悪感に心が締め付けられる。俺は彼女を見ることが出来ず視線を落とす。
「そんな事ないわ。私、嬉しかったわよ。あなたが本気で嫉妬してくれてるってわかったし……なにより私を守ろうとしてくれてるってわかったから……」
「でも……」
彼女の言葉を聞いても罪悪感は拭えない。
そんな俺のもとへ彼女はゆっくりと歩み寄り、肩にそっと頭を預けてきた。
「恭介は私のご主人様、私は恭介のモノ……やっと認めたわね♡」
「霞……………」
自分で言ったはずのその言葉が胸を鋭く貫く。
何も変わってない俺たちの関係。俺が彼女の一年を買って作り上げた関係。
丸山は嫌いだ、今でも胸くそ悪い。それでもあいつから学んだこともある。
恐れず動く事の大切さ、自分の本当の気持ち…
『どうしたい?お前はどうなりたい?今のままでいいのか?お前は彼女と1年間だけ一緒にいれれば満足か?』
心がまた暴れ出す。まるで俺を追いつめるように容赦なく。
鼓動は速まり背中に冷や汗が伝った。
「恭介?どうしたの?」
気づけば黙り込んでいて、たぶん険しい顔をしていたんだと思う。
霞がそっと顔を近づけて心配そうに俺を見つめてきた。
『今の居心地の良い虚像にしがみつくのか?昔のお前のように……変わるんじゃなかったのか?逃げるのか?臆病者……』
心の奥に追いやっているこの気持ちを言葉にしたら……その瞬間に俺たちの関係は変わってしまう。予想も出来ない方向に。
怖い………でも……
俺は…………………………俺は彼女の………
「………………霞」
彼女の両肩にそっと手を置き真っ直ぐ向き合わせるようにすると、真剣にその瞳を見つめた。
それに気づいた彼女は目を丸くして、驚きと戸惑いが混ざった表情で俺を見つめ返してくる。
「俺はお前のご主人様じゃない………」
もう後戻りは出来ない。どうなろうとも。俺は変わらなきゃいけないんだ!
「霞……お前が嫌ならそう言ってくれ。俺に買われたから従うとか、ご主人様だから従うとか……そんな悲しい事はしなくていい。俺は十分すぎるほどお前から色々貰った。だから……もしこの先、俺たちの関係が変わっても後悔なんかしない。だからお前の本当の気持ちを教えてくれ」
「きょう……すけ…………?」
張りつめたような静けさがふたりの間に流れる。
彼女の瞳は戸惑いを浮かべながら小さく揺れていた。
俺はその揺れが収まるのを待つように視線を外さなかった。
ようやく視線が交わったその瞬間、俺は静かに息を吸って本当の気持ちを口にした。
「霞………俺、お前の事が好きだ。今日それが痛いほどわかった。お前を誰にも渡したくないって……一年の頃からずっと好きだった……」
「きょ…………恭介……」
彼女の肩が小さく揺れる。
その瞳はこらえきれない想いを映すように、ゆっくりと潤んでいった。
「俺はお前のご主人様なんかになりたくない……俺は………」
「俺はお前の彼氏になりたいんだ!こんなくだらない関係なんかどうでもいい!……柴乃宮霞、俺と付き合ってくれ!!!」
俺の言葉が部屋に残響のように広がったあと、時の流れが途切れた。
どれだけの間が空いたか分からない。
沈黙を割いたのは霞の微かに震える声だった。
「恭介…………あなたはそれでいいの?…………本当にそれでいいの?」
彼女は声もなく泣いていた。あふれ出した涙が頬を何筋も伝って止まらなかった。
「この関係を変えたら……そんなことしたら……私は私を抑えられなくなっちゃう……」
「霞………」
「私は………私は臆病で、意地っ張りで……嫉妬深くて……甘えん坊で……」
かすれるような声に時折えずきが混ざる。
絞り出すように言葉を重ねながら、彼女は膝の上に涙の痕を広げていく。
「私でいいの?………私なんかで………」
……馬鹿野郎………
「なに言ってんだよ霞……お前じゃなきゃダメなんだよ!お前がいいんだ!!誰より優しくて、誰より美人で、誰より笑顔が可愛くて……そんなお前が俺は大好きなんだよ!!」
思わず口をついて出た言葉に彼女の瞳からはより多くの涙が溢れ出す。
彼女がそっと両手で俺の頬を包み込む……そして笑った。
彼女の一年を買ったあの日と同じ、あの笑顔で。
そんな表情に俺は息を呑むしかなかった。
「恭介……私……あなたの事が……あなたのことがずっと好きでした……ずっとその言葉を待ってた…………私はあなたの彼女になりたい……ううん……私を……私をあなたの彼女にしてください!!」
色のなかった世界が一瞬で鮮やかに染まったようだった。
涙が頬をつたうのも気づかないまま、俺の視界は彼女の顔で満たされていた。
言葉の代わりに唇が重なる。優しく、深く…
やがて、彼女は名残惜しそうに唇を離しこれまで見たことのないような笑顔を見せた。可憐で、優しくて、胸がきゅっとなるほど美しい笑顔で。
そして照れくさそうに小さく囁いた。
「恭介………大好きよ♡これからもよろしくね」
その日、俺は生徒会長の彼氏になった——
次回:私の大好きな人との「今」と「これから」 霞SIDE——
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