第41話 私の大好きな人との「今」と「これから」 霞SIDE——
霞SIDE——
私は今、ソファーの上で寝転ぶ大好きな人の上に覆い被さるように身体を重ねて甘えている。
その人は鷹村恭介。
彼の声、香り、温もり、なんて幸せなんだろう。
たった数分前に私は彼と結ばれた。
いまだに私の胸は高鳴り続けている。
彼がかけてくれた嬉しい言葉の数々が、頭の中を埋め尽くして離れない。
思い返せばこの体育祭の期間中、私の心はずっと黒い霧に包まれていた気がする。
それは………嫉妬と不安——
————
始まりは男女混合二人三脚に恭介が選ばれたあの時。
生徒会長なんかじゃなければ私は迷わず恭介を誘っていたと思う。
けど、その肩書きひとつが私の想いを縛っていた。
しかもパートナーはまさかの楓。
彼女は私が生徒会に入るときに推薦してくれた人で、親友と言っても差し支えないほど仲が良い。だからこそ私は余計に困惑してしまった。
お茶目で美人でスラッとした格好いいスタイル。話しやすくて明るい性格。
そんな彼女はいつも男子の注目も的だった。
彼女はそんな男子の好意に気づいていないみたいだったけど……
彼女と言葉を交わす恭介を見て、私は急に不安になったのを覚えている。
彼の気持ちは経験不足の私には全く読めなかった。
だって私は恭介と出会うまで誰かを好きになったことがなかったから……
恭介には私を好きになってほしい。だけどもし彼の目が楓に向いたら?
そう思った瞬間、胸の奥がギュッと痛んで息が苦しくなってしまう。
それから放課後に彼女と肩を並べて練習に励む恭介の姿を見かけると、私はあえて見ないように目を逸らしていた。
家では彼を独占したくて、怒ったフリをして布団を一つにしたり、一緒にお風呂入ったり、彼にキスマークを付けたり……
もう自分の気持ちなんてわかりきっていた。
恭介の事が好き。彼を私だけのモノにしたい。私は欲張りだ。
なのに彼に買われたという事実が私を邪魔をする。それは今も……
不安な気持ちに揺れているところへ、私たちの間に土足で踏み込んでくるヤツも現れた。丸山だ。誰が君なんて付けるか、あんなクズ……
丸山は最初から下心ありきのヤツだった。当初は書記の子目当てで生徒会に入り、今度は内申点のために好青年を演じて副会長にまでのし上がった。
丸山の噂は一部の女子の間では有名で、女癖の悪さやその後の扱いまで最悪らしい。
彼が私に言い寄ってくるようになったのはごく最近のことだ。
サッカー部のマネージャーを捨てたという噂を耳にしてから突然態度が変わった。
それまでは特別な接点なんてなかったのに、それからことあるごとに仕事を口実に私を誘ってきた。
そんな中、楓が怪我をしたあの事件が起きた——
恭介から電話が来た瞬間、胸の奥がざわついた。
つい声を張って彼の名前を呼んでしまって、気づけば「心配してる」って言葉が口からこぼれていた。それも丸山と一緒にいる場所で……彼はそれを聞いていたんだろう。
電話口の恭介に嫉妬心を燃やしたのか、丸山が後を追ってきて強引に私を生徒会室に連れ戻した後、何食わぬ顔でまた生徒会室を出て恭介を罵りに行ったのだ。
その日の帰り道——
楓から連絡を貰わなければ私も恭介に丸山がした最低な行為に気づけなかったかもしれない。でもそのメッセージのやりとりの最後にはこんな文章が綴られていた。
【楓:話聞いてくれてありがと!でもあたしがこの事を柴乃宮さんに連絡した事は鷹村には内緒にしててほしい】
【霞:どうして?】
【楓:実はこの事は鷹村に内緒にしてって言われてて、あたし約束破ったことになっちゃうから……】
【霞:じゃあ私は何も知らないフリをしてればいい?】
【楓:うん、ごめんね。柴乃宮さん鷹村と仲よさそうだから知っててほしくて。何かあったら鷹村にあたしは味方するし、柴乃宮さんもそうしてほしいなって思って】
【霞:わかった、私もなにか出来る事があったら言って】
怒りの感情はとうに振り切れていた。
楓の一言がなければ私は迷いなく恭介に真相を問い、丸山を叩き潰すために動いていたに違いない。
それができなかったのは、私が丸山に余計な行動を取れば、楓が私に連絡をしたことを恭介に知られてしまうかもしれなかったから。
楓との約束を破るわけにはいかないし、恭介の私たちへの配慮を踏みにじりたくもない。だから知らないふりをすることがとても苦しかった。
まあ、これから丸山が私を襲おうとしたって先生に連絡するつもりだけど……
そして、その日の夜——
足を痛めた事を楓に隠していた恭介を手当てしながら私は色々探りを入れてみた。
「恭介、足首湿布だけでいいの?」
「霞ありがと。だいぶいいよ」
「あんまり無理しちゃダメよ?今日は他になんか変な事なかった?」
「いや……特にないよ」
「本当に?あのあと丸山君が保険室戻ったみたいだけど、彼なんか言ってた?」
そんな鎌をかけるような質問に、彼は伏し目がちな笑みを浮かべながらこう答えた。
「丸山?あんまり気にしてなかったからよくわからんけど、何もなかったよ」
やはり彼は丸山との一件を隠した。
彼は本当に優しい。なんでもひとりで抱え込んでしまう。そんな彼の支えになれない自分に腹が立つ……
翌日——
楓は恭介にかけられた汚名を、衝動的とはいえ彼女は自ら晴らしてみせた。
私は楓の手前、どうしても動けず凄く悔しかった…
私は恭介の居場所になろうとした、でも楓は恭介の居場所を作った。
そして、その時の楓の言葉や彼に向ける視線で私は察してしまった。
結局、私が思っていた通りになってしまっていた。
私が一番恐れていた事……楓は恭介に恋をしてしまったんだと思う。
唯先輩も言っていたけど、女同士ならそれを感じ取るのは容易だった。
それから不安や嫉妬を押さえ込めなくなった私は学校で恭介の唇を奪ってしまった。
楓に彼を渡したくない、ただその一心で……
でも心の奥では自分がわからない。
楓のように正々堂々と彼に向きあわず、買われたという立場を利用した私は果たして彼の隣に居ていいのかと……
そんな複雑な気持ちを抱えて迎えた体育祭の当日。
私にも丸山に一矢報いるチャンスが私にも巡ってきた。
体育祭を終えた放課後——
丸山に呼び出された私は、生徒会の用事がないことを知っていた。
だから彼が私を無人の教室に連れて行こうとしたとき、きっとこのあと好意を告げてくると考え、あえてその誘いに乗ってやった。
そして彼が二度と私や恭介に近づけないように徹底的に容赦なくフッてやるつもりだった。恭介にした事の仕返しも兼ねて心が粉々になるほどに……でも、それがいけなかった。
丸山は女子に手を上げるようなことはしないだろうと、私はどこかでタカをくくっていた。
けれど逆上した丸山は私の手を乱暴に掴み、壁へ押しつけ、そして強引にキスをしようと顔を近づけてきた。
どうにか顔を背けて逃れたものの、過去の恐怖が蘇り私はその場で動けなくなってしまった。
恭介が繁華街で私を見たあの日、初めてウリをしよう試みた日……
私は見知らぬ人とレストランで食事中、突然キスを迫られた。
怖くなった私はその人を突き飛ばし、その場から無我夢中で逃げ出した。
丸山の行動はその記憶と重なってしまったのだ。
私は震えながら声も上げられず、心で何度も願った……怖いよ……誰か助けてって……
もうダメかもしれないと思ったその瞬間、まるで夢みたいに恭介が現れて私を助けてくれた。本当に王子様みたいだった。
「俺はこいつのご主人様だ、だから俺のモノなんだよ……」
恭介のその一言が私が胸の奥に閉じ込めていた気持ちを決壊させた。
好きが溢れてもう自分でも止められなかった。私の世界にはもう恭介しかいなかった。
溢れる怒りを丸山に叩きつけて、次の瞬間には恭介に抱きついて唇を重ねていた。
好きで、好きで、大好きでどうしようもなくて。
家に帰ってからもそれは同じで、いつもみたいに冷静ぶって振る舞うことなんてとても出来ない。
やっとの思いで心をなだめて日常へ戻ろうとしたとき。恭介は真剣に言葉を投げかけてきた。
それが凄く怖かった、またひとりぼっちになってしまうのかとも思った……でも違った。
恭介は私のことが好きだと言ってくれた。そして私と付き合いたいと……
頭も心も混乱して、「私でいいの?」と問い返してしまう。
それでも彼は揺るぎない気持ちを真っ直ぐに伝えてくれた。
その強さに背中を押されて、私もようやく本当の気持ちを彼に届けることができた。
————
そして今——
あまりの幸せに現実感がなくて、私は寝転がる彼に抱きつき冗談っぽく彼に質問をぶつける。本当は全部本気で聞きたいくせに。
「恭介、私もうあなたへの気持ち……我慢できないわよ?」
「ああ……我慢しなくていい……」
「彼女として色々言ってしまうかもしれないわよ?」
「大丈夫だよ」
「沢山嫉妬しちゃうかもしれないわよ?」
「できる限り霞が嫉妬しないように俺も頑張るよ……」
「恭介、私、性欲強いけど大丈夫?」
「お前なぁ……それこういう時に言うやつじゃなくない?……まぁ……ほどほどにな?」
そう言って目の前の恭介は私だけに笑いかけてくれる。
私は彼に1日を買われ。1年を買われ。そして彼の彼女になった。
歪な関係から始まった恋だからこそ、これからも必ず予想出来ない事が起こることは覚悟している。
そして、いつかは恋敵として楓と向きあわなきゃいけない時が来る事もわかってる……もちろん、唯先輩だって……
今も心の奥底には彼に買われた事……彼に貰った恩にすがってしまう自分がいる。
今の私はズルく幸せを手に入れたんだ……それじゃダメだと私は思う……
だからこそ、私はこの歪な関係に自分なりにケリをつける方法を考えなきゃいけない。
彼と同じ目線で胸を張って向き合えるようになるために、今日から一歩ずつ行動をしていくつもりだ。
これはまだ彼にも言ってない私だけの秘密。
そうなれたと思えるまでは、恭介は私の彼氏であり、ご主人様ってことにしておくつもり。
「ねぇ恭介……………私のこと……好き?」
そんな質問に彼は恥ずかしそうな表情をしながら答えてくれる。
「恥ずかしいからあんまり聞くなって、あんま言わないぞ?…………好きだよ……」
やっぱり聞き間違いなんかじゃない……大きな安心感が私を包み込む。
これから先はまだわからない。でも今だけは、この幸せな感覚に浸って恭介を独占してもいいよね……
そう思いながら私は彼の唇にキスをした。
「私も……大好き♡」
その日、私は恭介の彼女になった——
————序章完結。新章“始まる夏休みと新しい関係と”開幕!————
次回:ウッキウキの初デート!?
——御礼——
序章ではありますが、物語を追いかけてくださった皆さまへ──
ここまで辿り着けたのは、ひとえに皆さまの応援のおかげです。
心より感謝申し上げます。
これからも皆様の心に灯るような物語を綴ってまいります。
どうか新章からも恭介や霞、そして楓や唯たちに変わらぬ応援を賜れましたら幸いです!
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