第38話 あたし、なんかおかしい… 楓SIDE——
楓SIDE——
あたしは学校を出てみんなと一緒にファミレスで体育祭の打ち上げの真っ最中。
いつもみたいに楽しく盛り上がってるはずだった…
でも、今はみんなの声が全く耳に入ってこない。
まるであたしの周りだけ別の世界みたいにシンと静まりかえっているみたい。
目の前にあるのは飲みかけのドリンクと食べかけのパスタ。
そして、画面が真っ暗になったままのスマホ。
あたしはずっとそのスマホを見つめてる。
あたしはなんかおかしい……
————
思い返せばあたしがこんなになったのは鷹村と仲良くなってからだ。
彼とは2年生のクラス替えの時から一緒のクラスだけど、一週間前までは話した事もなかった。
それはみんなが不良とか、学校を休んで悪い事をしてるとかって噂をしていて、正直あたしも少し怖かったから。
初めての会話は教壇の上から勇気を出して自己紹介をした時。
彼は普通に返してくれてびっくりしたのを覚えてる。
あたしは負けず嫌いで勝負では負けたくないタイプ、だから翌日の放課後から彼を二人三脚の練習に誘った。
彼は少し驚いてたけど快く付き合ってくれた。
彼と話してみて面白かったのは、あたしの事を全く知らなかったこと。
それが彼に興味を持ったきっかけ。
みんなはあたしをイメージで見てくる。だからそれに応えようって頑張ってた。
でもあたしを知らなければそんなことしなくていい。
しかも普通の男子と違ってあたしを女子として扱ってくれて、身体に触らないようにしてくれたりするのもすごい新鮮だった。
陸上部の男子には意図的におっぱいとか揉まれたりして凄く嫌だったから、そんな鷹村の気遣いが嬉しくて、揉んでいいよなんて冗談言ったりして。
まあ実際揉まれちゃったけど(笑)……全然嫌じゃなかった。
そしてあの事件が起きた——
あたしは気が抜けてたんだと思う。初めて男子と間接キスをしちゃったから。
それでふたりの足を縛る紐を緩く結んでしまった。だから走ってるときに緩んであたしはコケた。全部あたしの不注意。
そんなあたしを彼は身を挺して守ってくれた。
あの時抱きしめられた感覚は今も忘れない。
それで保険室までお姫様抱っこで連れてってくれたりして。
恥ずかしかったけど、それより真剣な彼の横顔が格好良くて……
そんな鷹村の前に丸山が現れた。そして彼を酷い言葉で罵った。
全部あたしが悪いのに丸山に彼はこう言った。
「俺が気を配れなくて楓を怪我をさせた」
ドア越しにやりとりを聞いてたあたしの目の前は涙で滲んでた。
悔しくて…申し訳なくて…丸山の本性に腹が立って。
鷹村は強い、心も身体も。なのに彼はただ丸山の言葉を一方的に受けるだけだった。
そして何事もなかった顔で保険室に戻ってきた。
彼を見た瞬間、私は堪えきれなくて泣きついて謝った。
「親しい親しくないとか関係無く、女の子を守るのは男として当然だろ?……」
その言葉を聞いた時点であたしはもうおかしくなってたんだと思う。
女の子……あたしは鷹村の前では女の子でいいんだ……
委員長、スポーツ特待生、部長……なんかじゃなく、ただの女の子。守ってもらえる存在……
それから少し彼と話をして保険室を一緒に出た時、あたしは気づいた。彼が不自然に右足を庇って歩いてる事を。
「ねぇ……鷹村……」
「どした?」
「そういえば鷹村は怪我とかしてない?派手にコケたけど……?」
「俺か?大丈夫、身体だけは丈夫なんだよな。すぐに全力疾走とか出来るくらい元気だぞ?」
あたしは彼のその声と表情を見たときに察した。彼はあたしにこれ以上心配を掛けたくないんだって。
だからその先の言葉は飲み込んで、泣きそうなのを我慢して笑顔で『それならよかった』って伝えた。
その後、鷹村と別れてから——
あたしは柴乃宮さんにメッセージを入れた。内容はもちろん丸山のした事について。
鷹村には内緒にしてほしいって言われたけど、出来ないよそんなこと……
彼の事をひとりにしたくない、だからせめて彼の味方になってくれそうな柴乃宮さんには全部知っておいて欲しかった。
あたしはアイツを絶対に許さない……
翌日、丸山はサッカー部の人を使って鷹村の悪い噂を流したみたいだった。
あたしが登校すると、既に根も葉もない噂がそこかしこから聞こえていたから。
中には聞くに堪えないような下衆な内容もあった。
なのに鷹村はいつものように席について黙ったまま。彼は強すぎる。
あたしは耐えられなかった……鷹村の事を勝手に悪く言うみんなにただ腹が立った。鷹村に穏便にって言われてたけど、気づいたら身体が勝手に動いていた。
こんなに酷いことされてるのに……なのに鷹村は、やっぱりあたしの事を優先に考えてくれた……
そしてその騒動が終わった頃には、あたしはもう別人みたいになっていた。
彼を見ると心がキュッてする。ずっと彼を目で追ってるあたしがいる。少しでも近くに行きたくて無駄に彼にちょっかいを出してしまう…
だから彼をカフェに誘った。もっと一緒に居たいから。
でもふたりだと恥ずかしくて、彼と仲が良さそうな柴乃宮さんも誘った。
たまたま彼女が遅れてくるのは少し助かった。なぜなら彼にあの質問をしたかったから。
鷹村に彼女がいるのかどうか……それに彼はこう答えた。
「むしろ彼女欲しいくらい……」
あたしは舞い上がるほど嬉しかった。
彼の隣には今、誰もいない。そこにあたしが入れるかもしれない。
それだけで十分だった。
ただ、少し凹んだのは帰り道が柴乃宮さんと一緒の方向だったって事。
たまたまなのはわかってる……でも彼女が羨ましくて。
鷹村の隣にいる彼女が……
次の日の放課後——
鷹村との最後の練習の時、彼は首に大きめの湿布を貼っていた。
あたしは少し心配でそれについて少し聞いてみた。
「ねぇ、今日練習出来る?首痛くない?」
「大丈夫、たいした事はないから…それより明日本番なんだから気合い入れてやろうな!」
「う……うん!そだね!じゃあ今日もあたしに密着して!あたしのEカップに!」
「楓!?そう言われるとやりにくいだろ!?てかカップ数言うの意味ある!?」
ふざけたあたしに彼が笑いかけてくれる。
あたしは知っている。彼はあたしと密着すると少しだけ目が泳ぐ事を。
たぶん意識してくれてるんだと思う。それが嬉しくて練習を理由に彼に沢山くっついた。
みんなが知らない…あたしだけが知っている彼の笑顔、格好いい表情。
細身だけどしっかり筋肉が付いた身体。そして誰より優しい心。
————
みんなの笑い声で意識が現実に戻される。
ふと考え込んでいたみたい。ずっと彼の事が頭から離れない。
なんでもっと早く彼と話さなかったんだろう。そうしたら今頃は……
そんな時、スマホの画面がパッと明るくなった。
「……鷹村っ!?」
あたしはすぐにその画面を見た。メッセージが一件。少し震える指先でそれを開く。
【鷹村:ごめん楓、バイト先から呼び出されて合流が難しそうで。せっかく誘ってくれたのに本当にごめん。この埋め合わせは改めてするから!】
目の前が急に滲む。仕方ない、仕方ないのに……
あたしは思わず席を立ち、そのままお手洗いへと駆け込んだ。
洗面台に手をつき正面の鏡に目をやる。そこには涙を浮かべたまま立ち尽くす、もう一人の自分がいた…
やっぱりあたしはおかしい……
その理由なんて自分が一番わかってる。
たったこの数日で、あたしは鷹村が好きになっちゃったんだ……
初めての恋。人を好きになるってこんなにも辛いなんて知らなかった。
誘いを断られただけ。ただそれだけなのに、胸が張り裂けそうなほど痛い。
鷹村に会いたい……
洗面台に落ちた涙はすぐに水に溶けて消えた。でも、心の奥の痛みは拭えないまま私は袖で顔を拭う。
「こんなんじゃダメだ……頑張れ!負けちゃダメだ!」
鏡の中の私が力強く言ってくる。こんな場所で立ち尽くしてる暇なんてない。
目を閉じて息を吸い両頬を平手で2回パンパンッと叩く。そして勢いよく目を開き大きく息を吐く。いつもの気合いを入れる方法。
恋だって誰かの“いちばん”になるための真剣勝負だ。
だったらチャンスを掴むまであたしは諦めない。私は誰よりも負けず嫌いだから。
今日から鷹村の背中を全力で追いかけてみせる。
いつか、彼の隣で笑えるまで。
そう胸に誓ってあたしはお手洗いを後にして、みんなの元へと笑顔で向かった——
次回:忘れ物を取りに来たんだが?
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