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第37話 体育祭と変わっていく俺

そして時は過ぎ、土曜日。迎えた体育祭当日——


その光景は、当初思い描いていたものを遥かに超える熱気と盛り上がりに包まれていた。だが、ぼっちの俺はというと騒がしく盛り上がるその光景ひとりだけ離れた場所からどこか退屈そうに見下ろしている……そうなると思っていた。


しかし現実は違った…


今、俺の隣には楓がいる。そして彼女のまわりには彼女の友人たちが肩を並べ、熱のこもった視線で競技を見守り声を張り上げて応援していた。

驚いたのは、彼女の友人たちは俺の名前くらいしか知らないはずなのに平気な顔で声をかけてきたり一緒に盛り上がろうと誘ってきたりすること。

正直少し困惑する。


それが例えイベントの空気感から来るものだったとしても、俺は今その瞬間だけは普通の高校生、普通の青春を送れていると思った。

心残りは霞があまり隣に居ないことくらいだ。彼女は生徒会実行委員として、体育祭の運営のサポートをする関係で忙しそうに雑務をこなしているみたいだ。


そして迎えた俺の出番。男女混合二人三脚。


軽くストレッチを終えた俺と楓は顔を見合わせてから仲良く列に並んだ。

出番はどうやら最後のレースらしい。


目の前でひとつ、またひとつとレースが終わっていくたびに列の長さも心の余裕も削られていく。そんな俺に気づいたのか、俺の肩をポンッと楓が叩いてきた。


「鷹村、緊張してる?」

「ちょっと…人前に出るの久々で…」

「大丈夫!あたしがついてるよ!」


そう言って満点の笑みとVサインを俺に送ってくる。そんな彼女を見ていると自然と緊張は薄れていった。


そして遂に俺たちの番だ…


俺たちはトラックに足を踏み入れると楓が俺と自分の足を手際よく縛る。

結ばれた足を確かめるようにふたりは自然と身体を引き寄せ合い、揃って前を向いた。その静かな緊張の中、ふいに彼女の声が俺の耳にそっと届いた。


「鷹村………勝とうね」


顔を見なくてもわかる。彼女の気配が空気ごと変わっていた。

無邪気な笑顔の奥に隠れた、本気のスイッチが入ったのだ。


「もちろん」


俺のその一言が合図だったかのようにスタートの音が響く。

そして俺たちはひとつの意志を胸に走り出した——



————



俺の目に映るのはただひとつ、ゴールテープだけだった——

そこを突き抜けた瞬間、まるで視界が開けたような感覚が広がる。


結果は2位との大きな差をつけた文句なしの圧勝だった。

その余韻に浸りながら俺たちは肩を並べてクラスの陣地へと戻る。

途中、楓がぐいっと俺の肩を引き寄せてにっこりと笑いかけてきた。


「鷹村!!あたしたち勝ったよ!!」

「ハァハァ……そうだな!」


俺は荒れた息を整えながら、彼女に負けじと笑顔を返す。


(ふたりともおめでとー!!)

(鷹村!めちゃくちゃ早かったじゃねえか!すげぇな)


自分たちの陣地へ戻ると俺の耳には多くの賛辞が飛び込んできた。

こんなにも清々しい気持ちになれたのはいつ以来だろう。

クラスと心が一つになったようなこの感覚。今だけはこの空気に身を委ねたい。

自然と頬が緩むのを俺は止められなかった——



————



あっという間だった——

気づけば俺の高校生活最初で最後の体育祭は終わっていた。


そして俺たち紅組は見事に勝利を掴んだ。

名前が読み上げられたその瞬間、歓声が爆発して紅組全体が歓喜に沸いた。

まさか体育祭がこんなにも熱く、楽しく、胸に残るなんて……


俺はその興奮がまだ冷めきらないまま自分の教室へ戻り、帰り支度をしていた。

そして帰ろうと席を立った途端、ただならぬほど元気な気配が近寄ってくる。


「たぁ〜かぁ〜む〜らぁ〜〜!!」

「うおっ!?お前いつの間にっ!?」



     ふにゅ…♡



突然目の前に飛び出してきた楓が、まるで衝動に駆られたかのように俺の首へ腕を回し正面からぎゅっと抱きついてきたのだ。

彼女のささやかな重みと柑橘系のいい香り、そしてぴったりと密着する洋服越しのおっぱい。


正面からはヤバいって!?ああ、今日も柔らかぁい……わかった、これスポブラってやつかもしれん……とかいってる場合か!?


「えへへっ♡紅組勝ったぞぉ!」

「おい!勝ったのは嬉しいけど!?くっつきすぎ!!その…当たってるって!」

「え?別に減るもんじゃないしOKOK!」


いや、俺はOKではないっす……むしろNGです。


全く俺の声なんて聞いていない様子の楓。

いつの間にか頬をほんのり染めた彼女の顔がすぐ目の前にあった。

彼女の匂いと絡みつくような視線、そして綺麗なやんちゃ顔に狼狽えて俺は思わず視線を逸らした。


「楓!俺がドキドキしちゃうから!一旦落ち着こう!?」


これちょっとよくないぞ……ってか霞居たらマズくないこれ?


「へぇ〜鷹村あたしに抱きつかれてドキドキしちゃうんだ〜、へぇ〜♪」

「そうそう!そうだから!離してくれ!な?」


ニヤニヤとした視線を向けてくる楓を必死に説得して、どうにか彼女は俺の首から腕を放してくれた。

俺は不安を覚えて辺りを視線で探るが霞の姿は見当たらない。

ぎりセーフ……あっちのほうもぎりセーフ…


あたふたする俺に今までと違った聞き慣れないクラスメイトの会話が追い打ちを掛けてくる。


(委員長と仲いいよな鷹村、あのふたり意外にお似合いじゃない?)

(楓、また鷹村くんに抱きついて…仲いいねぇ〜)


えっ?これは………あらぬ誤解がっ!?


俺は霞が怖くてそれどころじゃない。ぶっ殺されます……

うっすらと冷や汗をかいている俺のことなんてお構いなしに、楓はいつも通りのテンションで言葉を続けた。


「鷹村!今日帰りみんなで打ち上げ行くから一緒に行こっ!」

「打ち上げ?」


聞き慣れない言葉につい聞き返してしまう。

えーと、うん、なんだろう、打ち上げとは陽キャの為のイベントですよね?


「そう、打ち上げ!近くのファミレスでご飯食べるだけだけどね!」

「あっ……ああ……」


グイグイくる彼女の押しに無理とは言えない……どうしよう、俺馴染めるかな……


「じゃあ決まり!!……あっ柴乃宮さんも誘いたいんだけど見なかった?」


彼女がそう言い終えるかどうかという絶妙なタイミングで、疲れた顔をした霞が教室に入ってくる。楓はそれに気づくとぱっと駆け寄り何か話しかけている。

さながらしっぽ振ってる犬みたい。可愛い。


そんな彼女を目で追っていると、またしても嫌な顔が俺の視界に入ってきた。


霞を追って来たかのように教室に入ってくる丸山。彼は霞に声を掛けたあと、ふたりで出て行く。仕事なら仕方ないのだが、そんな姿を見るとどうしても心が痛む。

今後もこれが続くと思うと気が重い。


救いなのは楓が丸山に『柴乃宮さんに触らないでっ!』とけん制してくれていた事だろう。

つい虚無感に襲われて、ぼんやりとその様子を眺めていた俺の横にまた楓が戻ってくると、今度は俺の腕にそっと腕を絡めてそのまま教室の外へと連れ出してくれた。


「ほらっ!行こっ鷹村!」


なにもかも彼女のおかげで今この瞬間はある。そう思うと自然と彼女に伝えたい言葉が口からこぼれ出る。


「楓……なんか……色々ありがとな」


俺の口から不意に出てしまった言葉。

楓は驚いたように立ち止まると、いつもとは違う照れたような優しい笑顔を見せてきた。

その一瞬に俺の心が不意に揺れる。


「鷹村からそう言われると……嬉しいな♡」


伏し目がちになった彼女は無言で俺をグイグイと引っ張ってゆく。

廊下に出て、階段を下り、靴箱前まで彼女は俺を離してくれなかった。


俺は靴を履き替えようとしたその時にある違和感に気づく。

いつもはポケットにある重みがない。急いで鞄を漁るがやはりない。


スマホを忘れた……流石に取りに帰らないといけない……


俺は楓にその旨を伝えて急いで教室に取りに向かうのだった——



次回:あたし、なんかおかしい… 楓SIDE——


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