第36話 変な虫が付かないおまじない♡
「やばっ!もうこんな時間!?……そろそろ解散しないと……」
驚き混じりの声を上げたのは楓だった。
俺と霞、楓の3人で他愛のない話に花を咲かせてはや数時間。
俺にとって人生でこんなに楽しいひとときは初めてと思うほどにその時間は充実していた。
後ろ髪を引かれるような感覚を振り切りながら、楓の声に導かれるように俺は店の外へと足を踏み出す。
「今日はありがとね鷹村!柴乃宮さん!めちゃ楽しかったよぉ♪また集まろう!」
「そうね」
「楓、俺も楽しかったよ。ありがとな」
もう少しだけ話していたい衝動を抑え込み俺はくるりと踵を返した。
自宅の方へ歩き出す前に楓に別れを告げる。
「じゃあ俺たちこっちだから」
「そうね、恭介行きましょう」
霞が自然と俺の隣に肩を並べる。
そして俺が歩き出そうとしたその瞬間、背中越しに楓の声が飛んできた。
「えっ!?鷹村と柴乃宮さん一緒の方向なの!?」
……あっ、やべっ!?自然にやっちまった…
焦る気持ちを顔に出さないよう苦労している俺の横で、霞がいつもと変わらない口調で俺の代わりにしれっと答えてくれる。
「ええそうよ。楓また明日」
「むぅぅぅ、いいなぁ…………まっいいや…ふたりともじゃあね!また明日!」
楓は少し口元をもごもごした後、いつもの笑顔に戻ると俺たちに大きく手を振りながら小走りにその場を後にした。
俺と霞もいつも通りの帰り道に向かって歩き出す。
辺りに人気が少なくなってくる住宅街の近くまで来ると、霞は不意に俺の手に指を絡めてくる。いまだに慣れない温かいその感触に思わず鼓動が速まってしまう。
「恭介、今日ご飯なににしようかしら?何か食べたいものはある?」
「そうだなぁ、今日は少し帰り遅いし霞に負担がないような簡単なものがいいかな……でもそれが俺にはわからないんだよな。俺、料理苦手だから」
「そんなに気を使わなくてもいいのに……でも恭介、ありがとう」
彼女は俺の手に絡んだ指を離すと今度は俺の腕に腕を絡めてくる。余計に速まる鼓動に俺は照れながら視線を落とす。
端から見たらこれカップルなんだよなぁ……嬉しいやら悲しいやら……
今日の楽しかった時間に心が緩んだのか、それともこの空気に流されたのか。気づけばずっと言えなかった言葉が口を突いて出ていた。
「なぁ霞。今週、体育祭終わったら振替休日とかあるだろ?よかったらどっか……その、出かけないか?」
あ〜あ、言っちゃった。今更デート誘うって……というか誘っておいてあれだけど、ダメとは霞は言えないだろ。最悪だな俺…
ふつふつと湧き上がる自己嫌悪。そんな時、俺の腕を霞が強く引っ張った。
「えっ……いいの!?恭介とお出かけして!?」
「あっ、ああ……霞?」
あからさまにいつもと違い、口調が幼くなる彼女にあっけにとられてしまう。
そんな俺を気にせず彼女は目を輝かせながら俺の腕を強く抱きしめた。
「二人きりで行くのよね?」
「そりゃもちろん……」
「ふふっ♡このこと絶対に忘れないで、楽しみにしてるからね。体調とか崩したら許さないわよ」
やたらと上機嫌な彼女を見て何とも妙な気分になる。
なにが彼女をそうさせるのか、それが思い当たらないから。
まさかいつも一緒にいる俺と出かけられるのが嬉しいワケはないだろうし…
考えてもわからないものは仕方ない。俺は『ああ』とだけ返して彼女の表情に見惚れていた——
————
その日の夕飯はいつも以上に豪勢だった。
まさか料理中に霞の鼻歌まで聴けたのはちょっと意外。
そして時は経ち、寝る時間に。
俺たちは子供じゃないし同じ時間に寝なくてもいいのだが、なぜか霞か俺どちらかが寝室に向かうと、まるで引き寄せられるようにいつの間にかふたり一緒に寝るようになっている。
今日も目の前には1つの布団。
覚悟しとけ事件からはずっとこれ。いつも入るとき少し緊張する。
「寝ましょ恭介」
彼女が先に布団に入り俺を横に誘う。
俺はいつもと同じように彼女の左側に滑り込むと、彼女に当たりそうで当たらないギリギリの位置にポジションを決めて、ふたりが落ち着いたくらいに電気を消す。
しかし、この日はこのまま眠りに落ちる事は出来なかった。
「恭介……今日、3人で別れる時の楓へ対応……あれでよかった?」
小さいけどはっきりと聞き取れる彼女の声に俺も小さく答える。
「ああ……俺も考えが足りなかった所あったし、むしろ霞が答えてくれて助かった。俺たちの関係って難しいし…」
「そうね……難しいものね……」
しばしの沈黙が二人の間を支配する。
霞は何か言いたげにそわそわと小さく身を揺らした。
「そういえば、私がカフェに行くまでに楓と何話してたの?」
「えっ……何って……」
アレは言えないだろ……新たな火種になりそうだし……
何とかして無難な話題を思い出そうと必死に脳内を探る。
が、その前に彼女の方が口を開いた。
「彼女募集中……ですって?」
おい、まてまて?……えっ?なにこれヤバい感じ?
「お前聞いてたのか!?あれは楓が話を振ってきて……」
「へぇ……それで?募集中って言ったの?」
追求が激化する。動揺して気づかなかったが、既に彼女の顔はすぐに触れられる距離にあり俺の顔を覗いていた。
「いやっ、そこまで言ってないぞ!?」
「そう……まあいいわ。じゃあまた聞くけど、楓のこと恭介はどう思ってるの?」
「どうって……よくしてくれる友達?いい奴だよなぁって感じ?」
「それだけ?」
「ああ、それだけだけど……?」
「そう………」
また彼女が黙り込む。それに釣られるようにして俺も言葉を飲み込んだ。
薄暗がりに浮かぶ霞の顔はどこか呆れたような表情を浮かべている。次の瞬間、大きなため息がこぼれた。
「はぁぁ……恭介やっぱりあなた………………」
「なんだよ、そのため息……」
「なんでもないわ………安心した気もするし、なんか複雑な気分よ」
全くもって彼女の気持ちがわからない。一体俺の何に安心して、どこに複雑な気分にさせる要素が?
「複雑って……っておい!?霞!?いきなり何をっ!?」
俺の戸惑いなんて全く意に介さず、彼女は布団を被ったまま急に勢いよく俺の上に馬乗りになってきた。密着する足のスベスベした感触や彼女の香りが俺を強く刺激する。
「なにって……おまじないよ♡」
はっ??おまじない?何の?急に俺の胸にナイフ刺したりしないよね?霞、最近怖いから…
なんて思っている俺の顔に霞の髪が覆い被さったかと思うと、首筋に熱を帯びた柔らかくねっとりとした感触が走る。
ちうぅぅぅぅ〜〜♡
全身がゾクッとしてしまうような気持ちの良いその感触。
急いでその感覚の元を辿ろうと目線で追うと、俺の首筋にキスをするように強く吸い付く霞がいる。
「かかかっ!?霞!?ちょっ…」
ガン無視。俺はその官能的な感覚にあそこが反応しないよう気持ちを抑え込みながら、タダひたすらに首筋を吸い続ける彼女をただ見続ける他なかった。
クチュッという濡れた音を残して、彼女が色っぽく舌で口元を撫でながらゆっくりと顔を上げる。
「ふふふっ♡……虫除けのおまじないよ」
「虫除け!?何したの!?」
「さあ、何をしたのかしらね?あなたの胸に聞いてみて」
そう言うなり彼女は俺の上から軽やかに降りていつもの位置に戻ると、クスッといたずらっぽく笑った。
彼女の突拍子もない行動にあっけにとられた俺は何も言えず、目をきつく閉じて『とりま寝よう』と心に念じ、全力で現実逃避することにした…
————
迎えた翌日の朝——
案の定、俺は鏡の前で絶句したのは言うまでもない。
俺の首筋にはくっきりと霞との“偽り”の愛の証が紅く輝いていたのだから。そしてその話はまた別の機会に——
次回:体育祭と変わっていく俺
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