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小箱-kobako-  作者: 枇榔
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いとしのバケモノ

 「ねぇママ?」

 「なぁに?」

 「いたいのって、とんでいくの?」

 「うーん、どうかなぁ。」

 「ようちえんでせんせいがね、ぼくがころんだりしたらよくいうんだよ、"いたいのいたいのとんでいけ"って。」

 「魔法の言葉だね。」

 「まほう?」

 「先生がそう言ったら、シュウヤの痛いのってどうなった?」

 「どっかにいっちゃったの!」

 「先生は魔法使いなのかもね。」

 「へぇ〜!しらなかったぁ!」



/



 三歳の時の僕。ママと無邪気に笑い合っていたことを、なぜかふと、思い出した。


 僕は五歳になっていた。病気や怪我もしない、健康で元気が過ぎる、いたってフツーの男の子。

 幼稚園にも園庭はあるけど、たまに近くの公園に遊びに行くことがあって、今日もボール遊びで賑わっていた。

 ボールを追いかけることに夢中で、公園の出入り口から飛び出していた僕。

 ボールを捕まえることができた。よし、戻ろう、と立ち上がった瞬間、暴走車が突っ込んできた。

 スローモーションの世界で、車の運転手のおじいさんと、目が合っていた。

 でも僕は、その目をじっと見つめてしまって、"逃げる"とか"よける"とかいう思考を忘れたかのように、その場から動かずにいた。


 「シュウヤくん……!!!!」


 ドン、という、鈍い音と共に、僕の体は宙に舞い上がった。持っていたボールは、僕よりも空高く飛んだ。そしてどこかに転がっていった。

 宙を舞っている時、先生が必死の形相で僕の方に走ってくるのが見えた。

 その顔、なんだか…ぞわぞわする。いや、ぞくぞく、するなぁ。

 呑気にそんなことを思っていると、グシャ、と、体から聞いたことのない音がした。今までに経験したことのない激痛が走った。

 あ、死んだ、と、思った。


 「いたいのいたいの、とんでいけっっ…!」


 先生の声が響いた後、意識が飛んだ。


 意識が飛んでいたのは、ほんの数分の出来事で、目を開けて横を向くと、ギョッとした。大好きな先生が、血だらけになって倒れていたから。

 幼稚園の友達は、泣き叫んだりパニックになったりしていて、他の先生達は、電話をかけたり友達を落ち着かせようとしていた。車から降りてきたおじいさんは、おろおろしていた。


 体を起こすと、不思議と痛みがない。てゆーか、傷一つ、ない。…なんで?


 「せん…せい…?」

 「大丈夫…大丈夫、だよ…。」


 まさか。


 涙腺と汗腺がイカれて、涙と汗が一気に溢れ出した。


 「泣かないで、シュウヤくん…。」


 そう言われても、止まらないんだ。

 

 「せっ、先生っ…は、魔法使い…なんだよね?」

 「…え?」

 「だって…だってママがっ!言ってたもんっ…!先生は魔法使いなんだって!!痛いのをどっかに…どっかにとばしてくれるっ、魔法使いなんだって……!!」

 「そっかぁ…。本当の、本物の魔法使いだったら…よかったのに…ね…。」


 そんなことない、と、頭と心の中でこんなに叫んでいるのに、声にならない。涙がとめどなく流れて、震えも止まらない。


 「シュウヤくん、もう、泣かないで…もう、大丈夫、だよ。」


 大丈夫じゃないよ、全然大丈夫じゃない。だって先生は、先生が…。


 「あたしね…魔法使いじゃない…。だけど、大丈夫だから…。」


 何を言ってるの?そんな傷だらけの血だらけで、もうそんなに浅い呼吸で、死にかけてるって言うのに…。


 「……っ、大丈夫なのぉっ!!」


 突然の絶叫に、この辺の時間が止まったかのように見えた。周りにいた人達全員の視線が、先生に集まった。

 すると、先生の姿はみるみるうちに元の状態に戻った。服はずたずたで、血まみれなのに、先生の体のどこにも、傷はなかった。

 友達も先生達も、到着した救急隊も、車を運転してたおじいさんも、僕も、あいた口が塞がらないくらい、唖然としていた。

 そんなことはお構いなしに、先生は、まっすぐ僕に近づいてきた。

 僕と同じ目線になるようにしゃがんで、僕の頬に触れた。その手はとても冷たくて、僕の体は、ビクリ、と、硬直してしまった。

 先生は、悲しげな顔で手を引っ込めた。そして、顔の前で両手をひらひらさせた。


 「ほら見て、大丈夫だったでしょう?」


 そう言って、弱く微笑んだ後、静かに、立ち去っていった。


 その場にいた全員が、先生の後ろ姿を、ただただ見送ることしかできなかった。


 その後、先生の姿を見た者は、誰もいない。


 みんな、あの時のことが、夢だったのではないかと、思い始めていた。


 それでも、僕は、僕だけは、先生のことをずっとずっと探してた。


 みんなが忘れ去っていこうとも、僕には忘れ去ることのできない、あの出来事。


 ずっと、ずっと、探していた。


 大好きな、先生。



/



 僕は、高校生になっていた。小学生の時も、中学生の時も、もちろん高校生になった今も、その辺にいるフツーの男子。

 周りと違うのは、幼稚園の時に大好きだった先生のことを、今でも探し続けていること。

 どうしたって会いたくて、あの時伝えられなかったことを伝えたくて、ずっとずっと、探している。

 

 ねぇ、先生。

 

 どこにいるの。


 先生は、魔法使いじゃ、ないんだよね。痛みを自分に移すことができるの?しかも、それを自己治癒することができる?それは病気にも効くの?死んだ人間にも使えるの?そうした場合、先生が死ぬの?不老不死なの?わからないことがたくさんあるよ。聞きたいことがたくさんあるよ。ねぇ、先生。


 そういえば、あの時車を運転していたおじいさん、気が狂ってしまったみたいで、おでこが擦り切れるくらい土下座して空中に謝り続けて、数日後に亡くなったんだって。

 先生のことをかろうじて覚えてる人達みんなが、口を揃えてこう言うんだ。


 「あれはバケモノだったんだ。」って。


 そうじゃないって、言い返したいけど、本当のことを知らないから、何も言えない。それがこんなに悔しいって思うのは、なぜなんだろう。


 先生、あなたがバケモノでも、僕はもう、先生のことで頭がいっぱいです。


 だから、会いたい。


 ねぇ先生、今、どこにいるの。

僕の、いとしの、××××。

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