067 職員室
「先週、君たちが魔王領に行ったと言うのは本当ですか」
問題を起こして困ったものだという雰囲気を全身から漂わせて、教頭が口を開く。
「その通りですが」
応対するのは太原だ。口を閉じていろと言われた池園は任せたとばかりにどこ吹く風だ。彼曰く、頭脳労働は太原の担当だ。
「真面目なお前がそのような行いをするとは、先生は悲しいぞ。
池園に何を吹き込まれたのか知れないが、お前は自分の将来を考えてだな……」
教頭と並んで座る生活指導の教員が、あの時と同じように決めつけたような言い方をし始めた。
「おっしゃている意味が分かりかねますが?
国が定めた制度を利用しただけですが、何か問題でも?主旨を明確にして頂けますか」
話を切られたのが不快なのか、指導教員が顔をしかめる。
バイト禁止の校則は廃止になっている。
高校卒業後、就職する者もいるのだ。社会を知る機会を奪うのは教育機関としては芳しくない。生徒を危険から守る?未成年には不適だとか、公序良俗に反するような職が論外なのは分かるが、学校の第一義は若人を社会に送り出すことだろう。
「お前……」
「主旨を明確にして頂けますか。授業を受ける機会を損失してまで、ここに呼ばれています」
太原は教頭に視線を向ける。
「あのな……」
「私が話します。
君たちに対する要望書が当校宛てに届いています。まずは、池園くんですが……」
教頭が大きく息を吐いて、封筒を差し出した。
『学校推薦型選抜入試について
本学では貴校にて就学中の池園 謙一を内部推薦する用意があります。本人にもその意志を確認済みです。
つきましては貴校に置かれましても、同意すると共に、その準備をしていただけると幸いです』
送り主は“防衛大学校”だ。
それは自衛隊の幹部自衛官となるべき者を養成する防衛省の付属機関である。
出願資格は、『課外活動において指定の条件を満たす者/学校推薦/1校若干名/面接シート提出』となる。
試験科目は、『専攻科目/小論文/面接』である。
池園が推薦されているのは、“人文・社会科学専攻”なので、専攻科目は“英語”だ。
その話は、“山峡”から命からがら逃げた日の夕食時に駐屯地で射場 群長からお誘いを受けている。ちなみに太原は反骨心が強すぎて、隊にはそぐわないと判断されていた。
大学への進学と聞いて、俺には関係ない話と聞き流していた姿勢が、給料とボーナスが出ると聞いて「マジで?」と声が裏返っていたのが笑えた。
「教頭、コレに手間をかけて送り出すなんて、当校が恥をかくだけですよ。
推薦とは言え、試験があるんだ。こんな奴が受かる訳ないでしょう」
仮にも生徒をコレ呼ばわりとは余りにもひどい。
指導教員が肯認されるのが当然とした態度で持論を述べる。
「Shut up. Don't talk like a scum who doesn't appear in society.(黙れ。社会に出ていないクズが偉そうに言うな)
Even if you go out into society, it won't work.(お前が社会に出ても通用しないからな)」
“鳩が豆鉄砲を食ったよう”とは、このような表情を言うのだろうか。
池園がしゃべったことが理解できないようだ。
「Please reply in English. If you can.(英語で言い返してみろよ。できるものならな)」
今現在の建築現場は外国人労働者がいなければ回らない状況になっている。
それこそ、いろいろな土地からいろいろな人がいろいろな理由で出稼ぎに来ている。ブラジルの苦学生やインドネシアの高学歴者にペルーのバイセクシュアルとか、本当に色々だ。
使う言語は日本語が優遇されるが、仕事を円滑に進めるならば、こちらから英語で話しかけるのが手っ取り早い。
そして、そんな中で働いていれば、本人の素養次第だが、始めは片言でも自然と日常会話くらいは交わせるようになる。そんな訳で池園は会社で有用な人材になっていた。
「急かして申し訳ないのですが、次の時限の授業には出席したいです。
生徒が質疑をしているのに答えない教師は恥ずかしくないのですか?」
英語については、将来、必要になった場合には半年ほど現地で生活すれば身に着けられると考えている。学校の試験で赤点を採らないための勉強はただの要領にすぎない。
「英語が話せても、試験とは別物だからな。お前みたいなのが受かると思うな」
指導教員がツバを飛ばす。
「池園は仕事で通用する英語が話せているのですが、それを計らない試験とはどんな目的で行われるものなのですか。
それと、それに受かるように指導するのが教員の仕事なのでは?今の発言は職務放棄としか思えませんが、僕らにも分かるように分かり易く説明していただけますか」
本当にムカつくが、バカと同じ舞台に立つのは愚か者でしかない。
「語学力は充分なようですね。
授業の出席頻度が低いようなので、池園くんの学力を把握できなかったようです。
推薦を受けるにはそれに見合うだけの品格も身に着けて欲しいものですね」
指導教員の発言も太原の質問もなかったことにした教頭がうまく切り返したつもりに見せているが、たぶん、さっきの池園の英語は悪口だからな。
それを理解できない者に教師面して欲しくないし、それに隣のバカにその品格とやらはあるのか疑問だ。
「つまり、どういうことですか?」
「現状ではその希望に沿うことは難しいですね」
その準備をして欲しいと書かれていたが、その気もないということか。指導教員の勝ち誇った面がまたムカつく。
「次に太原くんですが……」
話しは終わったというように教頭が姿勢を改める。
『田村市“鬼太郎”関行政特区、自治委員候補者名簿への記載のお知らせ
この度、探索者組合の推薦に基づいて、当自治委員候補者名簿に記載されましたので、お知らせいたします』
候補者の事情を早期に把握するためのものだと言う。
期間は暫定年度となる今年度と体制に問題がなければ来年度も継続して選任される。
会社や学校他にも休んだことにより不利益を被ることのないように周知したということだろう。
「太原くんはどうするつもりなのかな」
「はい、両親にも話しまして受諾で考えています」
「はあ?お前は未成年だろ。そこは有難いことですがって辞退するのが当たり前だろーが」
机を叩く指導教員に、太原が顔をしかめる。
「何故、当たり前なのですか?」
「だから、お前は未成年で……」
「おかしいですね。自治委員会の議長はすでに決まっていて、僕と同じで高校2年生ですが?」
行方不明扱いで留年した女子高生勇者の稲光さんは一つ年上だが、補講と飛び級で高卒資格を得る予定だと聞いている。帰還後の彼女は学習能力と記憶力が格段に増しているらしい。
「それとこれとは……」
「どう違うのですか?」
「……」
「理解できるように説明していただけますか」
指導教員が力まかせに机を叩く。明後日の方向を向いていた池園が身体を前傾姿勢に、視線を教員に向ける。
「当校としては認めかねます」
行政特区については法制化されたものだが、自治委員会の詳細についてまでは踏み込まれていない。つまりは、委員に選任されたことで会社を解雇されたなどに対する法的な罰則規定が現状ではない。故に当事者とは別に当事者が所属する組織にも通知して不利益がないように手段を巡らしているということを理解していないようだ。
「分かりました。では、僕らの現状を報告して判断を仰ぐことにします」
太原は上着の内ポケットからICレコーダーを取り出して、停止ボタンを押した。
「岩破さん、どう言う反応すっかな。楽しみだな」
「ちょっと待ちなさい。そんな物を校内に持ち込んで良い訳がない」
「没収だ」
立ち上がった二人に、教頭と指導教員が詰め寄る。
「暴力で取り上げますか?これは石破さんからの預かり物なのでお渡しできかねますが」
「岩破って……」
「国務大臣だぜ。知らねえのかよ、勉強不足じゃねえの?」
「次いでに言っておきます。お前にお前呼ばわりされるのは不快だ。以後、止めて頂けますか」
固まる教頭と指導教員に、太原が一言残す。
尤も、両名は職務に不適当な言動があったことを理由に失職したので、以降は顔を合わせることもなかった。




