057 護衛のバイト
相談の結果、自衛隊の尻を追いかけることにした。
菜々さんは太原たちが連休しかいないことを知って(当然だが、平日は学校があるからな)、湿原を選択した。西の森の方がより多くの探索者が徘徊している。彼女曰く、魔物よりはマシだそうだ。
湿原とは、過湿な条件を好む草本や蘚苔類あるいは低木に覆われ湿った土地を指す。
一般的には潟や湖沼などが土砂で埋まってできるようだが、ここではただ単に地面が緩いだけという感じがする。行程もわずかに登りになっているようで歩きにくい。これも探索者たちに避けられている理由の一つだろう。
一時間も歩くと目に見えて高い木が減り、踏みしめると水が浮く場所が増えてきた。
「視界が開けているのは良いですけど、目印にできそうなものがあまりないですね」
少なくとも自分たちよりも大きな魔物に遭遇することはなさそうだ。遠目の山の形から方向も一応は把握できる。
自衛隊の痕跡であろう轍の跡もあったが、水たまりになっていて逆に歩きづらい。
「不思議ね。泥炭があるわ」
菜々さんがピッケルで地面を掘っていたと思ったら、手際よく土を円柱の小さい試料瓶に採取していく。
「おっ、ウイスキーの香りづけに使われるやつだな」
池園くん、君は未成年だよね。
地下水位の高い場所で枯死する植物が完全に分解されすに堆積したものが泥炭になるらしい。つまりは一晩で形成されたとされるこの土地に、その生成過程が当てはまるのか疑問だということだ。ふ~んと聞く。
菜々さんを間に挟むようにして、太原たちが縦列になって歩く。
菜々さんが立ち止まり、写真を撮り(Maoh印の金貨3枚くらいで売ってたタブレットで)、携帯の簡易分子検査機にかけ、時折に苔や草花を試料瓶に採取していく。簡易分子検査機は自衛隊経由だ。内緒にしてねと、片目を瞑られた。
「おりゃー」
池園が掛け声とともに鉄筋を振り上げれば、ネズミが宙を舞う。
本当にこいつらはどこにでもいるな。ただ、森にいたのとは少し外見が変わっていて、後ろ脚に水かきがあり、切歯も大きく見え、なにより背中から泡を出している。資料に合致するのは、“水ネズミ”だな。
池園によると動きは遅いので楽勝らしい。遅いのは湿った地面のせいか、後ろ脚の水かきのせいか、両方だろうな。
背中の泡が気になるが、池園は一撃で駆除するので確かめようがない。その必要がないことは頼もしい。金色の華が咲いた場所に尻尾を拾いに行って、太原に渡しに来るのをやめてくれればもっと良い。お前は犬かっ。
菜々さんも試料瓶を入れる収納箱ごと太原に渡すようになったし、完全に助手兼荷物持ちと化している。
調査の度にしゃがんで下向きで作業してとなると、周りに注意しながらというのは無理っぽい。菜々さんには同行者が必要だ。
「マジかよ。ネズミが食われてるぜ」
池園が指さす先では、“水ネズミ”が丸呑みにされかけている。
前方わずかに3m先での惨劇だ。が、“水ネズミ”は頭胴長で30cmほどある。呑んでいる相手は、見たところは“水ネズミ”と一回りくらいしか大きさは変わらない。真っ黒い身体で、口が大きく裂けている。
「呑気に見てる場合じゃないだろ」
字が合ったのはダジャレじゃない。菜々さんも“わぉ!”とか言いながら、タブレットを構えないで。
二人とも危機意識が低すぎる。あれは明らかに普通の生き物じゃない。間違いなく魔物だ。
それはネズミを完全に呑み込むと、ゲプッと噯気をした。それと同時に膨れていた身体が萎んだ。
どちらが頭かわからない頭尾に短い手足が付いている。濡れた黒い身体に腹部の赤が艶やかだ。
「可愛い……」
菜々さんの感想に応えるように、それは口を開くとツバを飛ばした。
「汚ねっ」
池園が飛び上がって避ける。
ツバは地面に落ちて、火を噴いた。
それを見た池園と菜々さんの顔色が変わる。
「……くない」
言わんこっちゃない。菜々さんは意見を訂正した。
「二人とも離れて」
太原に言われずとも、二人は距離をとっている。
遠距離攻撃を持つ相手だ。危険を考えれば、撤退も考慮しなければならない。
「俺に喧嘩を売ってくるなんて、いい度胸じゃねえか」
ツバを吐きかけられそうになった池園がヤル気になっている。
「菜々さんは下がって、周りを警戒して」
池園が攻撃をし返す。
踏み込んで鉄筋を振り下ろす。
泥が飛び散った。
「ちっ、こいつ、意外と素早いぜ」
小回りがきくと言えば良いのか、さっと移動して鉄筋を避けた。
そして、ツバを吐く。
それを避ける。
それが繰り返されて、数か所で火煙が立ち昇る。湿った土壌で何かに燃え移っている訳でもなく、ツバはそれ自体が燃える。それが可燃物であるかのようだ。
太原も戦闘に参加し、1050mmの柄のついた刃渡り210mmの中厚鎌を水平に幅広く掬うように振るう。
斜め後ろからの攻撃にも関わらず、姿勢を低くして、平べったい身体をさらに地面に這うようにしてかわす。
眼がどこにあるのか視認できないが、上部についているのか、視野が広いようだ。
「ちょこまかと、うぜぇ」
火柱が増えて、太原たちの動きが制限される。
ツバも際限なく飛んでくる。小さい身体のどこにそれだけの量をためこんでいるのか。
ここまでくると、逃げるという選択肢がすっぽりと頭から消えていた。
池園ほどの運動神経を持たない太原はツバを避けるのも必至だ。
Stop and Turn andmore Fake and Attack
動きが細かいので、行動予測が立たない。
運悪く、手をついた場所に石があり、手のひらを切った。
「くそっ」
石にあたる訳ではないが、思わず手に掴んで石を投げる。
血と痛み=怨念の込められた石は確実に的中する!
動きを止めた魔物に池園が鉄筋を振り下ろす。
“ツバ黒”の背中の真ん中を捉える!
二度三度と振り下ろす。
完全にやりすぎだ。
「みたか、この野郎が」
池園も膝に手をついて息も切れ切れに捨て台詞を吐く。
時間にすれば、たったの1、2分でも全力で動き回れば、へばる。人はそんなに粘れない。
金色の華が咲いた。
「やっぱり魔物かよ」
そりゃそうでしょ。燃えるツバを吐く生物なんていたら、世の中に知られていない訳がない。
米粒大の赤い石が二つに、ごつごつした黒い石ころが4つ残った。
「労働の対価が石ころって」
初めて見る“紅い石”は特別感があるが、他が何故に石ころなのか。主催者がいるならば問い詰めたい。
「しけてんな。それ持って帰るのかよ」
しけてるは湿気てるじゃなくて、けち臭いの意味だろう。
「まあ、一応?」
投げた石も拾う。表面に光沢があり、端部が鋭利だ。持ち出せないかも知れないけど、これも記念品として収納する。
「“紅い石”は、きっと“魔結晶”ね。魔物の写真もとったし、黒い石も証拠として持ち帰ったほうがいいわ」
“紅い石”を収めた試料瓶を渡たしてくる。でも、米粒大だから、ポッケにインしたならば、失くしそうだ。
写真か。新発見ならば、良い事があったりするだろうか。報酬が付けばうれしい。
黒い石も菜々さんの観察の後にビニル袋に入れて渡された。ぶれない。
動画だったら“I CAN D”(動画共有サービス)に上げて収益にするのに、石ころじゃ値が付かないよな。
休憩のために渇いた場所を探す。
疲れた。
今はただただ座りたい。ケツが濡れずにすむ場所で。
休む場所がないのは盲点だった。人気(“ひとけ”でも“にんき”でも)がないのも頷ける。
自衛隊の跡をたどりながら、小高い場所を探す。
人がいたので手を挙げたら、手を振り返された。
休憩に良さげな場所だ。
「私たちもご一緒して良いかしら?」
「どうぞ~」
この場に場違いな学生服姿だ。さすがに足元はごつい靴を履いてるけど。てか足首、細っ。
「あっ、エッチぃ目、してる~」
「真面目くんはムッツリって相場が決まってるんだ」
池園が話すきっかけに太原を売った。
まあ、いいや。今は抗議する体力も惜しい。
それよりも、もう回復したのか、体力バカかよ。
「俺らは“水ネズミ”と“火を吐く黒いの”を狩ったけど、そっちはどうよ」
「黒いの?」
エッチぃが首を傾げる姿があざとい。
「おうよ。吐くツバが燃えるんだ。まあ、余裕だったけどな」
お前も息絶え絶えだったよな。
「へえ、“火飲半裂”を倒したんだ?やるね、あんたら」
見るからに運動系の方が指抜手袋をつけた拳を手のひらで受けて鳴らす。
新発見じゃなかったのか、残念。
彼女たちはメーター越えを駆除したらしい。
新事実、僕らのは小物だった。
“水ネズミ”も毒持ちだったようだ。だが、大量に浴びなければ大丈夫らしい。性質はクモ毒に近いそうで、筋肉の収縮異常→痙攣→血圧の上昇→虚脱の順に至るって。
“火飲半裂”が触れた水も毒性を帯びるとかで注意が必要とか。しかも、半分に千切れたら別々に再生するらしい。過剰攻撃は正解だったようだ。すごいな、池園の“野生の勘”!
て言うか、この娘ら、滅茶苦茶に詳しいじゃん。
タケノコの里を食べながら、太原は聞き耳を立てる。
会話が途切れたので視線を向けたら、皆がこちらを向いていた。
指抜手袋に、ちょいちょいと指を立てられる。
仕方なく箱を差し向ければ、箱ごと奪われた……何故?
「おいしいよね、コレ」
太原も食べようと手を伸ばしたら、白蛇にシャーとやられた。
それ、僕のなんだけど。てか、蛇?なんで?
筆者注)感想なども頂ければ幸いです
次回は、ハクムの丘攻略に戻ります




