051 特殊作戦群
同じ頃、アルベリック村では……
白蛇の赤い目が非難の光を帯びている。
その視線の先は山鹿䋖 由姫と倉橋 獅拿の若き掌典たち=高校生ペアにある。
掌典とは平安の世から殿上の長に仕え、陰陽術を継承する一族たちの集まりだ。
「もう年かな……」
「ばあさんや、飯はまだかい」
ユフィのため息にレオナが乗っかる。
「はぁー、今、食べたでしょ」
親友とは有り難いものだ。ため息マシマシではあるが、くだらない乗りでも返してくれる。
「魔王国の料理って、風味が独特だけど意外とイケルよね?」
村人専用の食堂から遅めの朝ご飯を済ませた二人の表情には疲れが見える。
だが、それは家業のせいじゃない。
調伏はこの後にすることになっている。“世界を終わらせる獣”とも言われる“禍獣”の出現は、“狗猧”の跳梁がその前兆とか引き金などと伝承にある。“狗猧”が特殊な技能を持たずとも祓える存在であったとしても放置するのは、災禍の備えを怠るのと同義であろう。
連休の早朝に関西空港発と聞かされ、前日の土曜日に大阪入りした態度は殊勝と親たちには思わせた。が、実はその大阪で閉園時間まで楽しみ尽くすことだった。
せっかくの連休を家業だからと潰される。若き身空には納得がいかない。だったら、せめて一日でも自由にと、考える気持ちは周りの大人が先んじて酌んでやるべきであろう。時代を経て、技を伝承する者も少なくなった。組織も大分小さくなった。魔王領出現まではそれでも問題なかった。だが今は、そんな小さな自由も許してやれないほどに状況は厳しい。
しかし、いくら若いとは言え、一日はしゃぎ通せば翌日に影響する。航空自衛隊が用意した支援機U-125Aの機上でもぐっすりと夢の中だった。以前、乗った輸送機に比べれば乗り心地は雲泥の差があるが、それでも旅客機とは違う。そこで熟睡できるのは、モノが違うと言えば言えるのかも知れないが……。
そんな寸劇を見て、十二支獣の一、巳の“秋津巳”はあからさまにため息をついてみせ、蛇を模した白銀の腕輪に潜り込んだ。彼に肩があったなら、肩をすくめて見せただろう。
高校生ペアは疲れた足取りで東の通用門に向かう。その先は自衛隊が設営している。
村には既に何回か来ていた。もう慣れたものだ。
◇
「本日分の聖櫃の輸送任務が完了しました。」
「ご苦労だった」
「戦略物資以外の日常品の輸送を民間に移管する話はどうなった?」
「はい、稲光 組合長には打診してありますが、まだ、検討中のようです」
「続けて、リストとの照合と構築作業の進捗状況についてだが……」
開拓村に併設された自衛隊の設営地は、本日は早朝からいつも以上に慌ただしい。着任後、初とも言える本格的な探索を北東の水源に予定している。
その場所は、後に“ハクム(白夢・白霧)の丘”と呼ばれることになる。魔王領で初めて発見・探索された龍穴である。
打ち合わせを終えて一息つく。
外部との連絡は日に一度の輸送の際に手渡しで行われる。通信手段が充実している現代では途絶していると表現してもよいだろう。
報告の煩わしさはないが、一時の判断の重さは増す。
「最初はどうなることかと思ったが……」
得体の知れないモノと戦えと指示しながら、身を守るための銃器は持っていくなと言う。
見つける何かが分からない上に、それを探すための電子機器は持ち込めない。
それで、人類の未来は君たちの双肩にかかっているって……。
幼き頃に経験した“ひのきの棒”と“たびびとの服”を与えて、「勇者よ、世界を救ってくれ」と竜退治に送り出すどこぞの王様を思い出した。
本当に財政危機なのですか。五公五民でも足りませんか。そんな無能な指導者たち相手には、民を守る使命のある我々は膝々ロックを謳い踊るしかないのでは?
射場 群長は半眼になって思う。
作戦に従事するのは、6班と補助要員を含めた82名による“特殊作戦群”である。
与えられた任務に対して、圧倒的に少なすぎる人員だ。
日々の実務をこなすのに必要な人員に対して、自衛官の充足率は91%と計上されている。入隊の採点を甘くしても、人員割れを起こしている。つまり、装備があってもそれを廻す人がいないという現状がある。
そのような状況で特殊な任務に従事できる人員を揃えるのは難しいのは分かるが、それでも言いたい。
探索と予備、設営地防衛の3交替制で廻すと、実際の調査に使えるのは、2班20名だけだ。東京都23区と同じ面積の区域をそれだけで網羅できると本当に政治屋どもは考えているのだろうか。
「やるしかないんだが……」
「出場の準備が整ったようですよ」
長補の近野が呼びに来た。
射場はカップに一口残った冷めたコーヒーを口に含んで立ち上がる。よく見なければ分からないが、歩く時、彼の右肩がわずかに下がる。これは左右の脚の長さが違うからである。厳しい作戦をこなし続け、骨折を繰り返した結果だ。その状態でも模擬戦で若者に一歩も引かない老将に、経歴を含め隊員たちは深い尊敬を捧げている。
本日は初めて、龍脈の探索を行う。従事するのは2班、装備は輸送車両3台、うち一台が電子機器などを積み込んだ改造車両となる。
作戦目標である龍脈らしき風穴は早い段階で見つけたが、観測や通信などの統制装置を構築した車両を準備するのに時間を要したのだ。
銃器が使えない。我々が相手にする対象は進化するらしい。銃器で攻撃すれば、後々それに類した反撃を受けるという事だ。
星は人類に見切りをつけて“新たな星の支配者”を送り出そうとしている。政府が接触した熊野の盲聾の祭祀に伝えられたのはそれだけではない。
「進んだ文化や技術力を持つ集団を追いつき追い越せとする時、最も容易な方法はそれを模倣することから始まる。我が国の先人たちもそのようにしてきたのではないのですか」
“リビルド”に対して一番に警戒しなければならないのは、“進化”なのだ。それを抑えつつ、制圧しなければ、我々の未来は奪われる。そう言う争いなのである。
それだけではない。魔王国の者にも伝えられた。
「意思なき攻撃は通用しない」
魔に生きるモノは意志を持って、それをまとうのだ。
そう言って、至近距離の銃弾を自ら弾くのを見せられれば、沈黙せざるを得ない。
その証言については、殿上の長を補佐する掌典たちからも“禍獣”の事実として補遺されている。
だからと言って、先史時代でもあるまいし、鈍器などを手にして戦うだけではこちらの損耗が激しくなるばかりなのは予想できる。継戦能力の維持は、有事の際の組織的な戦闘の根幹と言って良い。
摩法の武器は魔王国に融通してもらえたが、それだけでは不足だ。
「知識と技術があってこその武器なんですよね」
「ああ、それこそが武器だと言っても良いくらいだ」
岩破 特命担当大臣(領土)の粘り強い交渉によって得たのは、“聖櫃”である。
なんとかして電子機器を魔王領に持ち込みたい。
それを叶えるために、岩破は南相馬海上防災基地を活動の足場にして交渉を始める。
「“円環の水盤”をやめれば自由に出入りできるわ。ええ、そうしましょう。それで万事解決ね」
岩破のしつこさに、レヴィアが叫ぶように言い、すぐさまに逃げ出そうとする。
“一つ目”関は文字通り目と鼻の先にある。レヴィアが魔王領の領主となったのは、そんな強面と毎日顔を突き合わせるためじゃない。
すぐに岩破の日参に音を上げた。
だが、“リビルド”や“狗猧”がいる環境を隔離している結界や“円環の水盤”をやめられては、日本にとってそれこそ本末転倒となる。
熊野の祭祀によって星の声を聞いてからは、政策に経済、その他全てにおいて政治闘争に力を注ぐことが第一義と考えていたことがバカバカしくなった。あの場に居た者で、以前と変わらぬ政治家をやっているのは、その祭祀に暴言を吐いて幹事長と派閥を合わせた射蔵 副総理兼財務大臣ぐらいだ。
岩破の請願は続けられ、死んだ魚の目になったレヴィアは頷くだけになった。
レヴィアは魔王さまに費やす時間が減ることを厭った訳ではない。それも少しは有るかも知れないが……。
“円環の水盤”は結界がすべての環境を遮断する中で特定の物・者を通す機能を有する。空間を短縮する要素は、それが目的ではなく、それを為すために省略できない現象なのだ。だが、ヒトを通すということに問題が生じた。魔王さまたちが知る生物は摩素を活用する特有の臓器なり組織なりを有しており、それを認証に使うのが常であるが、この星のヒトにはそれがない。
代わりに脳波などの生態活動、つまり電気信号を疑似的に認証として採用した。その結果として、それらを走査する際に電子機器を破壊してしまうという不具合が起きていた。ヒトを通すという課題を解決した魔王国の者たちにとっては、それは些末なことだった。
レヴィアに相談された補佐の狸族の彼は技術班に持ち帰り、出した答えが“聖櫃”である。
一辺が約1mの正八面体の頂点が“円環の水盤”に触れると、力を加えなくとも自らゆっくりと沈む。箱の表面の波紋のような模様が侵食されていく。いや、侵食しているのは箱の方かも知れない。
「正確には私も理解していないのですが、この複雑な象眼模様が走査を中和しているという解釈でよいと思います」
「ありがとう。このような結果が得られて、我が国は非常に助かる」
この箱の中に電子基板を入れて運べば良い。但し、箱の成形は特に表面加工が煩雑で、提供できる“聖櫃”は一つのみだった。しかも、再び利用するのに待機時間が必要とされ、それを約一日に縮めるために鶏卵大の魔結晶を欠くことができなかった。
射場を長とする“特殊作戦群”はそうして外箱と基盤を別々に運び込み、ルドンで再び組み立てるという作業を繰り返したのである。
魔結晶もタダではない。
そして、“転バシ”などを駆除した際に米粒大の魔結晶は入手している。鶏卵大の魔結晶を見て、それを落とす魔物の存在を認識し、これから遭遇することになる未来を呪った。
筆者注)反応を頂けたので、明日分の予約投稿の準備をしています




