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049 アルベリック村

 幅30cm、深さ5cmの堀に掛けられた橋と言うか板切れを車両が越えていく。

「ここがアルベリックだ」

 運転席の彼女が溌剌とした声を上げて、斜路に車両を進めて門からアルベリック村に乗り入れていく。


 数値は間違いではない。居住地の周囲には内側から見て胸の高さくらいの木柵もあるが、魔物たちの村への侵入を防いでいるのは、有っても無くとも同じなのではないかと思われそうな“水の界線”だ。

 それは村の領域つまりは境を設定したものであり、結界と言い換えることもできるだろう。

 水溝を掘る際に人々は、“ここから先は自分たちの場所である”、それに反するモノが入ってこないようにとの意志を込めて築いたことだろう。それが抑止力として機能する。村を築いた者の総意=集合意志であるから、幅や深さにとらわれることはなく、少し土がかかって溝が途切れていたとしても、問題にならない。もちろん、気にされないままにその状態が続けば、それが意志の現れであるのだから、結界としての用をなさなくなるのは言うまでもない。

 読者も僅かな段差であったり、点々と配置された石灯籠だったり、素はただの(わら)である注連縄(しめなわ)にだって、禁足(タブー)を覚えたことがあるだろう。それと似たようなものだ。


「モットベイリー式と呼ぶには、少し弱いか」

 木製だが金属で補強された門扉を潜り抜ける時、太原たちとはそれまで一言も話を交わさなかった同乗者のハンマー使いが周囲を見回して呟いた。

 気持ちが高揚していたこともあってか(当然だよね)、小声でもよく聞こえた。

「それって、何ですか?」

 太原が尋ねる。知らないことはその場で聞く。クラスメイトに秀才と思われている彼だが、そういった積み重ねが彼を作り上げている。

「モットは小高い丘、ベイリーは壁や柵に囲まれた曲輪(くるわ)を指す。建設するのは比較的容易だが、軍事的な意味を持つ砦の形式の一つのことだよ」

 空中写真ではわからなかったが、村は周囲の農地よりも階段4、5段分は高い。

 進入した斜路は村で一番高い3階建ての石造りの建物の横を引き込むように、通り抜けた門扉は内側に人が乗れる足場が作られていた。建物上部は一部がさらに塔のように突き出している。いわゆる虎口(こぐち)のような造りになっていた。

 個人で侵入するのならば、門以外の外周の柵の部分をひっそりと乗り越えれば良さそうだが、集団ともなるとそうも言ってられないだろう。

 自衛隊の設営が柵の内側ではなく、農地と同じ平地部(レベル)にあるということに微妙な感情を覚えたが、それはどうでも良いか。


 アルベリックとは、別世界の人間を主宰の意である。


 車両はそのままに目抜き通りを進み、村で一番大きい規模の建物の前で止まる。

「着いたぞ。お前たちは村の外に出るなら、ここで事前登録してからにしろよ。じゃないと、認証を回収するのが面倒だからな」

 運転手の声を聴くともなしに、うーっと声を出しながら池園くんが両腕を突き上げて、血を身体に巡らせるべく、身体を伸ばす。

「やっと着いたぜ。これ、ありがとな。今、何時だ」

「9時40分だね」

 魔王領はデジタルの時計も持ち込めない。機械式の太原の懐中時計が大活躍である。

「ちっとばかし遅くなったが、充分活動できるな。おら、先がつかえてるんだ、さっさと降りねえか」

 太原が隣のお姉さんが外に出した荷物を引き上げるのを手伝っていると、背後で池園のイラついた声が響く。

 ニタニタ日本刀の男が車両の後あおりを開けられずにもたもたしている。開き止め蝶番を運転手が操作して開いた途端に、転げ落ちるように降り(にげ)て行った。

 あの時、席を詰められたことに不快を覚えた池園は一言だけ発しただけだったが心に響いたのだと思う?

「何も()えのに、(ヤットウ)を抜いてんじゃねえよ。安全確認も出来ねえのか、手前(てめえ)は」

 特に鉄筋を振り上げるでもなく、安全帽の庇を指であげながら注意しただけだが、目つきがな~殺すぞって言ってるんだよね。本人にその気がなくとも、その面構えだと、言われた側はそう受け取りかねない。


「重厚だ。ふむ、ゴシック様式、オクスフォード風とでも呼べるか」

 村で一番大きいその建物は、左右対称で砂色の柱の間の赤い壁には木枠の窓がはめ込まれ、寄棟の屋根には壁面の窓に連なるように屋根窓(リュカルヌ)と頂部に棟飾り(ポワンソン)がある。丸眼鏡に中折れ帽(フェドーラ)、レザージャケットにカーキのパンツ、ワークブーツの扮装(ふんそう)は旅する考古学者を思い起こさせるが、教授(仮)がハンマー使いに問いかけながら、右手のどでかいノミ(取っ手の付いた“ハゼ起こし”です)で各部を指し示していく。

「柱の上に槍が立ってるぜ。役瓦が、あーなんて言ったか、動く石造?」

「ガーゴイルかな?」

 首を傾げる池園を、太原が補う。

「ガーゴイルは雨どいとして使われ、流れ落ちた雨水を杯で受けるなどして、宗教的な意味合いを持たせることも多いのだよ」

 サグラダ・ファミリアなどでも使われているが、知っていたかねと誰にともなく顔を中空に向けたままに教授(仮)が宣う。


 見学会に巻き込まれるつもりはない太原は、池園をせっついて建物内に入った。建築の様式には学びを感じなかったようだ。

 広間は銀行のような雰囲気だ。受付台が大きな部屋を分けるように中央部を貫き、奥で所員が働き、手前には待合用の椅子の列がある。だが、その椅子に座っているものはおらず、皆は壁際の卓台(ハイテーブル)や掲示板前に集まっている。

 そこに見覚えのある顔はない。つまり、早朝に一夜島に向かう連絡船に同乗して我先にと乗合車両に乗ったであろう人たちではなく、今、ここにいるのは昨日、仙台で資格を得たその足でここに突撃した人たちだろうという事だ。あれから夜通しで活動したのか、疲れが見られるが気力は充実していると言った雰囲気だ。

「今、到着した人たちは先に受付を済ませてくださ~い」

 声を張り上げた人の頭頂部には三角耳がのぞき、臀部には尻尾が揺れていた。

「よしっ、気合いが入るぜ!」

 う~ん、池園くんは出稼ぎが目的だと思っていたのだけど、もしかして違うのかも……。太原が首を傾げる。

 確かに、さっきの運転手といい、噂の獣人さんだが、他の見た目がまるっきり普通の人だ。これじゃ、量販店のコスプレグッズを身に着けているのと大差がないように見える。

 広間には制服に猫コスプレが氾濫している。待合にも普段見られない服装の人たちだらけなので、天井の高い大広間に相まって、なんとなく仮面舞踏会の様相を呈して違和感が逆にないのが面白い。

 二人の視線はせわしないが、足は真っすぐにに受付に移動する。

査証(カード)と認証をお預かりします」

 運転免許証に似たと言うか、就労ビザのような査証(ある意味で合ってる)を財布から取り出し、首に掛けた認証を外して渡す。

 認証は4cmくらいの長さの円柱で透明な緑色をしている。鑑札(ドッグタグ)付きだ。滞在中は首に掛けることが定められている。

 査証は仙台の説明会の終了後に交付されて、認証は“一つ目(ルドン)(ゲート)でもらった。(ゲート)、つまり、国境でパスポートのやり取りはなかった。渡された書類にも明記されていなかったので失念していたが、ここって他国なんだよ。ちなみにそれについては、魔王さまたちの世界(フィアーバ)でパスポートの制度がないので気付きにもならなかった。

(マルヨン)ですね。滞在予定はいつまでですか」

「明日の昼すぎくらいです」

 普通に会話を交わしたが、受付の耳が彼女の視線とは関係なしに左右別々にちょくちょく動くので気が散らされる。まるで周囲を警戒する猫だな。この時に手を出すと、シャーとやられる。

 祭日である明日いっぱいと言いたいところだが、学生である彼らは仙台21:31発の新幹線で帰る予定だ。せっかく、4日間の滞在資格を得たのに半分もいられない。朝夜1本ずつしか乗れる便がないのだから、それに合わせて行動するしかない。

「余儀なく変更した場合でも、滞在限界の6時間前にはこちらに戻るようにしてください。では、良い一日を」

 こちらから画面は見えないが、操作盤に差し込んでいた認証を抜いて返してきた。USB(フラッシュ)メモリみたいだ。


「いっちょ、やってやるか。獲物のデータも習得済みだし、早速、外に行ってみようぜ。いや、その前に宿の確保だな」

 気合を入れた池園は猪突猛進な見た目にも関わらず、行動予定には意外と繊細なところを見せる。

「いや、その前に掲示板を見てみよう」

 が、太原はその意気を折る。余計な体力の消耗は抑えてもらいたい。その無駄な気合は勝負(いざ)の時まで温存してくれ。


「未探索エリアのほうにしようぜ」

「いや、ここに慣れるまでそれはやめとこう」

「ばっか、それじゃ赤字だろーが」

「まあ、そう言うな。本当に未知なのは知り得ただろう?」

 掲示板前の声に耳を傾ける。ここで現況を少しでも把握できたら良いが、どうだろうか。

 本当は村の住人一人一人に話しかけて、情報収集と行きたいところだが、流石にゲームじゃないので迷惑がられると思う。

 掲示板の横には、環状山地に囲まれた地図が貼られている。その大半は白黒だが、縦に細く、そして中央から北東に向けての一部が彩色されている。

 本当に地形が完全に変わってしまったようだ。Web上の地図が現在は白抜きになっていて閲覧できないので、中学で使ってた地図帳を引っ張り出して、複写(コピー)して持ってきているが全く役に立たなそうだ。

「マジで真ん丸かよ」

「大昔に出来たカルデラ湖が干上がりましたとか、隕石が落ちた跡ですとか、言われれば納得するかな」

「だな」

 池園がそうかもなと頷く。適当感が半端ない。

「新入りか」

「一日ばかりで、先輩面すんなや」

「色が付いてるのは、自衛隊の調査が先行してる場所だよ」

 茶々も入るが、周りから説明も入る。

「その自衛隊さんから依頼も出てるぜ」

 昨日今日に入場が一般に開放されたばかりなので、探索者もパーティとまではいかないようだ。ほとんどが一人(ソロ)二人(コンビ)での活動のようだ。


『ドローンを使った周辺地図の作成、

 操作1名、補助1名、警備2名、

 穴金1枚/人×日+成果報酬』

『アルベリック⇔ルドン間の物資輸送、

 運転手1名、補助1名、

 一往復四分銀5枚と銅貨5枚/人×往復、車両貸与』


 悲報!

 求人票は2枚だけだ。不況とか、そういう事を言いたい訳じゃない。

「これに国の補助が付くんだろ。それなりなんじゃねえの」

 表情をなくした太原の肩を叩いて、池園が言う。

 いや、雰囲気と言うか。空気感と言うか。あるよね、やる気を出させる手段と言うか。台無しだよ、まったく。

 魔物討伐とか森の探索とか、村のちょっとした困り事の解決とか、創作物にありがちなクエスト、ミッション?呼び方はどうでもいいが、探求心をくすぐる依頼がない。

「うーん、一日二日で期待するほうが間違ってるのかな」


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