SS 030_R 失神勇者は今2
「マコト、車輪を上げろ。変速は1速のままでいいぞ」
「はい、はぁーい」
元気に返事をした稲光 真琴は、運転していた8輪プラス1車の差動機を操作する。車体の8輪のうちの4輪を浮かせた。その車輪には突起が付いている。森の中など足元が不安定な場所では便利だが、そこを抜けてしまえば公道を傷つける害悪となる。
変速は、パワー重視の並列とスピード重視の直列だけだ。
マコトは操作する1輪の前輪を道なりに舵を切る。減速せずに……。
「うげっ!」
車台に仕留めていた魔物と一緒に乗っていた相方が、遠心力で獲物に潰された。
「ごめーん、無事?」
「だいじょばない!が、前、見ろ、前!」
低速とは言え、騎鳥の駈歩よりも速度は出ている。
「あははー。はい、はぁーい」
「一度シメるか?」
心配に振り返ったマコトだが――車には屋根もなく、後写鏡もないので無理もないが――運転中にそれはない。相方の呟きも尤もだ。
このフィアーバと言う世界に摩法という不思議の力によって召喚された彼女は、シナヘゲモニ公国の王族を主人とし、魔王暗殺の道具にされた。勇者の付箋を貼られ、隷属の首輪を嵌められた当時の彼女の瞳は絶望に曇っていた。
だが、魔王さまの一歩手前で倒れ、彼に命を救われ、魔王国の人たちに触れて、この世界で前を向いて生き始めた。
その様子を見る限り、今の彼女は元の高校2年生だった頃の明るさも取り戻したようだ。
「女将さん、たっだいまっ!」
「お帰り。アンタ、身体が弱いんだから、無理するんじゃないよ!
パインちゃんも、子守り、お疲れ様」
「むぅ~、子供じゃないよ。あたしはギルマスなんだからね」
「ハイハイ。なら、言葉遣いも社長らしくしないとね」
「仕事の報告も一人でキチンとできる?」
「二人とも、ひどいよ~」
アクア・スがマコトを預けた宿屋の滝沫亭の女将さんは未だに彼女を心配してくる。宿が忙しいのに、ちょくちょく外に出て彼女の帰りを待っていたのはモロバレなのだ。
しかし、マコトが言う事も嘘ではなく、今の彼女が帰る場所は滝沫亭の隣にある彼女が設立した“冒険者組合”と言う社名の“口入屋”だ。但し、3度の食事は宿屋で取る。女将さんのご飯は美味しいから。マコト曰く、料理は出来るらしい。卵を焼いたり、パンを焼いたり、お肉を焼いたり……だそうだ。
マコトは半官半民の会社の代表を確かに務めている。彼女の言う所のギルドマスターだ――ここにしか未だないので、組合とは名ばかりだが――。滝沫亭のお客さんの要望を聞いて、アクア・スさんに相談したら、役人が派遣されて、あれよと言う間に会社になってしまったのだ。
「マコっちゃん、お帰り」
社屋に戻れば、組合員や――マコトの言う冒険者。登録された云わば社員――、非組合員に――バイト感覚に街中の依頼をこなす一見さん――、仕事の委託をしにきていた依頼者の方々から、声が掛けられる。基本的に滝沫亭つながりの人々が多い現状なので、皆がほぼ顔見知りである。
「依頼、無事、完了しました」
アクア・スさんからもらった免許証大のカードを、窓口に提示して報告を上げる。
「じゃあ、マコトは獲物を解体場に廻してきてくれる。
問題はなかったかしら」
魔王城の総務府から出向してきたサダルスウドが、この“口入屋”の実質の経営者だ。彼女の差配で、この“何でも屋”は廻っている。
後半の言葉は、マコトの相方であり、赤目灰髪の狼人族パインにかけたものだ。革ジャンから白のドレスシャツを覗かせ、身体の至るところに鎖を巻き付けて――本人曰く、防御らしい。靴も勿論、素肌が見える革の編上げブーツだ――、焔をまとった拳で戦う狂戦士だが、脳筋ではなく狼人族らしく人の裏をかく知略も得意だ。
マコトも最初は見た目から怖い人がいると近寄らなかったが、いつの間にか姉御肌の彼女に信頼を置くようになっている。
「ぐぎゃぁぁ~」
そのマコトは彼女のペットである青銅の火蜥蜴にまとわりつかれている。
彼は体長以上もある長い尻尾をマコトの首に巻きつけようとし、激しく頭を上下させる。頭の動きはボビングと呼ばれ、本来は求愛や威嚇を意味する仕草なのだが、羽根をばたつかせ、目もぐるぐるとさせている様子も加えると、自分の興奮にただただ混乱しているように見える。
「ちょっと、落ち着いて、フォート」
「誰に似たんだか?」
「あんまり、あげちゃダメですよ」
青銅の火蜥蜴フォートは、飼い主に放っておかれたことへの非難と、獲物の解体時に出る肉の切れ端への期待で、気持ちが高ぶっているようだ。
この火蜥蜴もマコトの精神面や肉体面の健康向上と癒し効果のために活用された面が強い。だが、それにかまけ過ぎて、サダルスウドが割り振った役割分担に逆ではないかと反発しないのは自称ギルマスとして如何なものか。
解体場に向かうマコトの背中を見送って、パインは仕事の報告をあげる。
「山脈から魔物が下りてきている気配はないね。勿論、ソッジョルノの森の黒霧の魔物たちもこちらに越えて来てはいないかな」
ここらで山脈と言えば、大陸の西方を縦断するスピーネ・ドルサーレ山脈を指し、魔王国はその西側に位置し魔王城は山脈に出来たカルデラ湖(フォッセッタ湖)の東岸にある。その東側には源人どもが魔の森と呼ぶソッジョルノの森が拡がっている。
「北はコウテの森なら未だしも、その奥のヨトゥン森林や南方のムスペル森林などに住まう魔物は近隣の村には脅威なのよ」
それは名付けからも分かるだろう。松ぼっくりの森に、人喰いの森、破滅の森だ。森は命を育み、そして、奪う場所でもあるのだ。
「村も点々とあちこちに出来たからな」
「総務府では、そのために民間委託の冒険者を育てる方針よ」
国も要所には砦を築いて、周囲の警戒をしているが、全ての面倒を見切れる訳もないだろう。
一つ一つの事案に、民が城の将軍を頼るのも如何なものか。
魔王さまの勇者を育てると言う着目はあったにせよ、マコトの発想を受けてからの行政の仕事が早い。
「良く笑うようになったし、もう大丈夫かな?ただ、なぁー」
「元気になった分、分を超えたお節介が心配になるわよね」
これも報告である。
元々、マコトは他人のために何かをしたいという欲求が強い。自己犠牲の精神は美しく表現されることも多いが、伊語や仏語などでは供犠と同じ単語が用いられることの意味も考える必要があるだろう。シナヘゲモニ公国の召喚に利用されたのも、その精神が一因と見て良い。
そんな話を交わしている間に、戻ってきたマコトが依頼を貼りつけた掲示板を見ている。
「次っ、つっぎは~」
意欲的なマコトと裏腹に、彼女の首に尻尾を巻き付けた青銅の火蜥蜴は落ち着いたのか、腹がきつくなったのか、頭をコクリコクリと落としている。
「頑張りすぎるとひんむかれるぞ」
「マコトは、中の仕事も覚えなくちゃダメですよ」
掛けられる言葉が聞こえていないかのように、一枚の依頼書を注視していたマコトの目から涙が流れる。
「お父さん……お母さん……」
まだ、気持ちが安定していなかったかと、保護者たちが慌てた。
マコトが見ていたのは、総務府からの依頼だ。
『開拓村の住人募集
場所:異世界の元日本国領の割譲地
業務:異世界人の補助及び異世界種(家畜及び作物)の品種改良その他
給与:現地取り(無税)の他、補助として月に穴金3枚支給
期間:定めなし。長く務められる方を希望。年1回の帰省休暇有り。
退職:見込み6日で本国に帰還
・住居は現在建設中、築後貸与
・異世界語は“情報の断片”を支給
・生活物資は国内産もしくは現地産を支給
・詳細は窓口まで
村長よりの一言
地獄門の守護者から異世界村の村長に志願したサブナックだ。
俺らの主な仕事は、現地人の魔物狩りの補助になる。
と言っても、加勢などの手助けは許されていねえ。指導や後方支援までだってよ。
要は新兵に狩りのやり方を教えるだけのお仕事だ。簡単だろ!』




