011 散策と昼食
あの会談の後、神妙な顔で、数日、魔王城に戻っていた魔王さまである。
ランダブバスの街の人々と触れ合っているうちに、いつもの魔王さまになったようだ。
「ふはは、はーはぁっはっはっ!」と笑いつつ、幻島に姿を見せると、城の外観はほぼ出来ていた。内装も8割方は整っている。
千歳御所で気に入った回遊式庭園も拡大して取り入れられているようだ。景観を縮尺して楽しむことが要なのに、元に戻してどうすると言う指摘はこの際は置いておこう。
後は実用に合わせて各所を修正していくという感じだろうか。エレメンタル四姉妹は植栽用の樹木選定のために各地を訪問中のようである。
「さて、今日は総理大臣とやらに会ってみるか」
「どうやら、本日の予定は午前中は都内のホテルで他国の要人の歓迎会に参加の後、午後に国会に戻って閣議とありますね」
侍従長のアルフォンスが角の生えているマウスをカチカチとクリックして、官邸のホームページから総理の予定を表示させたモニターを見ながら報告する。黒の脚衣に胴衣、白のドレスシャツの腕を捲り上げてパソコンを操作する姿が妙に様になっている。だが、光ケーブルも繋がっていない孤島であるのにどうやって、ネット回線を使用しているのだろうか。
「ですけど、世界が変われば王の在り方も変わりますのね」
画面を覗き込んだのは、お嬢さま真祖のフォル・モ。
どうやら、幻島の魔王城の完成に伴って、魔王さまのいない方に侍従長もしくは女官長のどちらかとワン・ハンズのうちの一人を残して、宮女たちも魔王さまの在所に共に移動することにしたようだ。魔王さまの寝室や、執務室ではなくてサロン(魔王さまは執務はしないので)以外は一般宮女で事足りるということであろう。
元の世界では、源人族の王たちは自らの行動を知らしめるなどと言う事はしない。逆に、寝室を毎日変えるとか、替え玉を用意するなどして、極力、その居場所を知られないように注力する。
「こちらでは、王というのはほとんどいないようですよ。民の中から指導者を選出しているようです。
なので、代わりがいくらでもいるということも理由としてはあるのかも知れませんね」
「待て。それだと、指導者が変われば、前の指導者と交わした約束事は反故になるということか。
それでは総理大臣とやらに会っても致し方ないのではないか」
「いえ。前の指導者と交わした約束は次の政権にも引き継がれるようです。稀にそうでない国もあるようですが」
魔王さまは、アルフォンスの解説に納得する。二度手間などと言う言葉は大嫌いな魔王さまである。
「では、その閣議の場に赴くこととしよう」
浚ってくるには、この城が整っていないので体裁が悪い。
「魔王さまご自身が出向くだけでも感謝するべきだね」
身体の曲線が丸分かりの革のつなぎを着たスクブスのヴァルゴ・アが不満気だ。尚、胸の口金は首元まで上げるのは断念されている。
「閣議の場には、大臣と呼ばれる者が多数出席しているようです。魔王さまがそのような者たち全員を相手にする必要はないかと思います」
「そうよね。お言葉を聞くのは、その総理って源人族一人だけも充分に贅沢だわ」「ん、じゅ~ぶん」
手軽に行動を決めた魔王さまに、アルフォンスとフォル・モ&ループス・カらが異議を唱える。
「では、その閣議とやらが終わるのを見計らって……」
「魔王さまを待たせるだなんて。別に眠らせておくとか、口が聞けないようにしておけば良くなくて」「全部、食べる?」
今度は、ヴァルゴ・ア&テケリ・リから不服の声が上がる。
魔王さまの発言を遮るのは良いのだろうか。
「パラサイトシャドウを予め潜入させておいて、閣議が終わって、源人が引けた頃を見計らって訪れるということでいかがでしょうか」
アルフォンスは魔王さまに提案する。
「まあ、それでいいだろう」
余計なことをすれば、余計な手間が増えることになる可能性がある。そのために時間を合わせることは特に何とも思わない魔王さまである。
その考えは、配下の間で共有される。
如何にも相手に配慮した感じでまとまったが、先方の予定や、先触れを出すなど、相手の都合は考えられてもいない。
また、この議論がなかったら、次の場面でヴァルゴ・アが放ったのは、殺虫剤的なものになったかも知れない。
そして、それまでの間は日本の街を体験しながら過ごすことになった。
◆
先ずは、魔王さまがこの地の“城”を見たいということで訪れた千葉ネズミィーランドである。
日本人が外国人の友人に城を見てみたいと言われたら、姫路城や松本城、熊本城、ちょっと趣向をかえて、京都二条城といったあたりを案内するのではないだろうか。間違っても、アミューズメント施設内の城に連れ出すことはないと思う。
ふわふわの摩物の毛皮のついた外套をまとった左肩に、火蜥蜴の女王を乗せた魔王さま。
その後ろを、執事服で渦巻き状の角の生えた羊頭のアルフォンスと、メイド服に身を包んだ見た目が中学生のテケリ・リが続く。それぞれの指や手首などに摩宝珠を加工したアクセサリーを身に着けている。
彼らを見た来場客が各々呟く。
「今日、何かの催し物がある日だったんだ」
「新しいキャラクターか」
「メェ~さんなのっ」
「あの肩のチビドラゴン、よくできてるなぁ」
読者の方々だったら容易に想像できるであろう事態になっていた。
来場者は、彼らが本物であるとは露にも思わない。当然、コスプレか何かだと思っている。もしかしたら、新たな、もしくは、ゲリラ的なイベントに遭遇してラッキー的な感じまであった。
指を指され、携帯のカメラを向けられ、幼女に至っては、アルフォンスの執事服を掴んで左右に振る始末である。
この地に現れて、数瞬と言った間の状況の変化に戸惑いを隠せないでいた。
ビザ、パスポート?はどうした!不法入国ではないのかなどと無粋を言うのは止めて頂きたい。
そんなものは必要ない。世の全ての決まり事は魔王さまの下にあるのだ。
「あ、アルフォンス、これは一体どういうことだ!」
徐々にその包囲網が狭まっていく。
「あの~、一緒に写真を撮っても良いですか」
女子大生の二人組に直接声を掛けられるに至って、何か不味い事態が現在進行形で起きていると把握する。
「ぐぎゃぁぁ~」
火蜥蜴が人波に驚いて一鳴きし、目をぐるぐるさせて興奮を示している。
見知らぬ者どもが、小さい板を持った手を軽く前に突き出し、微妙な笑顔を浮かべ、こちらを見ずにその板を見つつ、包囲網を狭めてくる。
魔王さまは今まで感じたことのない感覚を背筋に覚えた。
「な、なにが……」
「魔王さま、こちらです」
ヴァルゴ・アが建物の陰から魔王さま一行を呼ぶ。そちらに走り寄る魔王さまたちを追尾しかける集団に向けて、ヴァルゴ・アが摩法を放つ。
「“スリーピングミスト/眠りの霧”」
突如として生まれた白く濃い霧に群衆は包まれた。
魔王さまたちがこの場に現れてから、わずか5分の間の出来事であった。
◆
「はぁ、何かどっと疲れたような気がする」
一度、幻島に戻ったが、着替えて再度日本観光に乗り出した魔王さまである。
このまま幻島で、国会に侵入しているパラサイトシャドウからの連絡を待っていても良かったのだが、あの場から逃げ出した感があり、「なんか負けた気がする……」思いが払拭できず、日本のとある通りを散歩中である。
但し、顔ぶれは変わって、アルフォンスの代わりにヴァルゴ・アがお供に入り、火蜥蜴は興奮が収まらずにお留守番となっている。アルフォンスは国会に行く前に今少しの情報収集をしたいとのことである。
しかし、着替えたと言っても、まだ少し目立つ。
魔王さまは、金属で補強された短い丈の革のコートを羽織っている。幅広の皮ベルトに帯剣されていれば、フィアーバの源人族の冒険者のような身なりである。これでも源人族に寄せたつもりだ。元の世界のだが……。
ヴァルゴ・アは、黒のライダースーツである。胸元のジッパーがへその辺りまで下げられていて、かなりの目の毒になっている。彼女の種族がスクブスであることもあるのか、道行く男性陣の視線を集めている。
テケリ・リが最も無難で灰色のギンガムチェックのワンピースである。背中はギャザーでふんわりと両サイドにはスリットが入って動きやすい。何故か大きめの伊達メガネをかけている。
散歩をしていると甘い匂いがそこかしこから漂ってくる。周りの人々に倣い、甘酒を立ち飲みする。行列の出来ている鯛焼き屋では、ヴァルゴ・アが目を妖しく輝かせると、何故か最優先で買うことが出来た。
「この世界の魚の内臓は甘いのか」
それが魚を模しているのは分かっていても、外見だけを真似た別物とは思わない。模倣の認識が違った。
魔王さまが驚きの眼を拡げる横で、テケリ・リが一尾を一口で完食していく。鯛焼きは飲み物ですと言った様子で消えていく。
少し?食べて食欲が刺激されたのか、テケリ・リの「お腹が空いた……」の一言に早めの昼食を摂ることにした。
向かった場所は、魚の粕漬けの店である。
魔王さまは、会席料理を。ヴァルゴ・アは、しゃぶしゃぶを。テケリ・リは、それらとさらに寿司と粕漬定食を。
ヴァルゴ・アの料理の選択の理由は、料理名が気に入ったから……らしい。
ちなみに、この地域は支獣の“阿と吽”のお薦めである。近くのお宮の子宝いぬである“福”(戌)つながりとなっている。そこに彼らの狛犬像もあるので、ちょくちょく遊びに行っているのだとか。これは、いつの間にか仲良くなっていた人狼族のループス・カからの情報である。
会席料理が運ばれてくるとその美しさに目を見張る。
「ほう、これが食べ物だというのか」
姫さざえに箸をのばす。箸の使い方は“情報の断片”から学習済みである。問題なく使いこなす。
「ん?」
続いて、桜マス柚庵焼きを口にする。
「んうん?旨いとは思うのだが、何かもの足りぬ……」
「魔王さま、これを」
胸の谷間――この谷間からは何でも出てくる。夢の隙間である――から、封をされた小瓶を差し出して、中のキラキラと光る青い粉を焼き物に振りかける。
印象としては、岩塩をおろし金で削って、パラパラと振りかける感じとでも言えば良いだろうか。
「おお、美味い!素晴らしい味わいとなったぞ」
何かもの足りぬ……という言葉が聞こえたのか。客席を注視していた板前がそれを見てがっくりと肩を落としている。
それはある意味しょうがないことなのだ。かけた青い粉は、フィアーバの濃い摩素が漂う洞窟内で生成される摩結晶を砕いて粉末にしたものである。摩結晶は吸湿性のため密閉容器内で保持される。摩素は、彼らにとっての必須栄養素なのである。我々も普段食べている食事から塩味が抜け落ちていたら、肉から脂質を完全に抜いていたら、美味しく味わえないであろう。それと同じ理屈である。
しかし、それが補われるとランダブバスでは食べたことのない味わいとなった。
食事を堪能していると、アルフォンスから連絡が入る。
「そろそろの時間のようだ」
◇
その板前は、完食された皿に残った青い粉を小指の先に取り、味を見た。塩のようにざらりとした舌触りの後、口の中でしゅっと消える。そして、後に残るえぐ味。よくわからずに首を傾げた。
その数分後、額から発汗し、筋肉の痛みと心臓の圧迫感を訴えて、病院に緊急搬送された。命に問題はなかったが、血中カリウム濃度に異常値を示していたと言う。




