4-4 高度1500フィートの慟哭
「急に呼び出してごめんなさいね。ケーラー島から戻ってきたばかりで申し訳ないけれど、ニューロス大尉にはこれからメキアへ行ってもらいます。飛竜の使用許可を出します。メキアの連邦大使館へ17時までに到着するように出発して」
団長室に入ると青隊隊長のファビオもそこにいた。姿勢を正して団長の机の前に立つと至急メキアへ行くようにと告げられた。そしていつもどおり自由なタイミングで質問しても良いとも言われた。
「任務の内容は在メキア大使館駐在武官の交代要員よ」
「交代要員・・・ですか?」
世界各国にあるフィオラーノ連邦の大使館、その何か所かには神官騎士団の団員も軍組織の1つであるからと駐在武官として派遣されていた。確かメキアには9期先輩の少佐が派遣されていたと思うが・・・
「ええ、殺害されかけたの」
いつもの鈴を転がすかのような声は鳴りを潜め苦虫を嚙み潰したかのような声となるシースニア。現在、メキア帝国皇都では両国間の条約、仮称フィオラーノ連邦・メキア帝国相互協力条約の交渉が大詰めを迎えているはずだったなと、レアニールは思った。
「名目は駐在武官の交代要員だけれど実際は殺害未遂事件の捜査。我が団員が被害者ですからメキア側が捜査権を認めてくれた・・・そういうわけよ」
時期が時期だけに色々と連邦に作ってしまった「借り」の精算でも企てているのかしら?とレアニールは考える。実際1人でメキアへ行ってどれだけの仕事ができるか分からないけれど今はロザリアから離れたいから好都合だ・・・と、そこまで考えて両の拳を握り締める。
(バカ!任務に私情を持ち込むな!)
任務にしがみつく事で今にも崩れ落ちてしまいそうな所で踏み止まっていたのに余計な事を考えた自分を叱咤する。実際、団長を前にした緊張もあってなんとか耐えている状態のレアニール。少しでも気を抜けば、途端に無様な姿を見せてしまうのは彼女自身もよく解っていた。
「詳細はメキアで聞いて。あちらには外交団の随行員としてヴァンデガル副団長が行っているから」
「承りました。これから急ぎ準備をして15分後には航空隊ロザリア基地へ向かおうと考えています」
「よろしい、寮の前に馬車をつけておきます。使いなさい」
「ありがとうございます」
団長室を辞して急ぎ寮に戻ったレアニールは第2種制服に着替えながらメキア行の準備を行う。必要と思えるものを大型の革製トランクケースへと急いで詰め込む。その動作は機械的でもあった。これからの任務の事だけを考えるようにし、それ以外の感情を全て追い出し準備作業を急いだ。そしてきっかり15分で準備を整え団長が手配してくれた馬車に乗り込みロザリア基地へと移動した。
馬車の中では航空地図を広げて航路の確認を行う。大陸西岸をまっすぐ北上するだけだが目標となる地形を何か所か頭に叩き込む。割とすぐに終わる作業だったが基地に到着するまでレアニールはその作業を繰り返し続けた。とにかく他の思考が割り込む余地がないように、と。
基地へ着くと既に飛竜の準備は整っていた。ベルタという名の雄の飛竜が厩舎から引き出され広い草原のような基地の一角でレアニールを待っていた。
そのベルタの前で第2種制服の上に防寒着を重ねてから最新の天候情報を航空隊員から貰う。航路は概ね曇りの予報、雲低は低くもなく高くもなく、高度は概ね500メートルで飛ぶようにとのアドバイスだった。それに沿った飛行計画書も予め用意されており、後はサインをするだけの状態だった。その間にレアニールの荷物は航空隊の兵士の手によりベルタの背に括りつけられ、いつでも出発できるようになっていた。最後の準備としてヘルメットとゴーグルを受け取り装備した。
そして団長室でメキア行の命令を受け取ってから約1時間の13時30分、レアニールが操る飛竜ベルタはロザリア基地を離陸する。滑走路、というよりも広い草原のそこは方向を限定せず飛び立つ事が出来た。レアニールは風向きが合致していたのも相まって真っ直ぐ北向きに、メキアの方角へとベルタを離陸させていた。
基地近辺は他の飛竜が飛んでいたりするから周辺監視を怠らずに高度を上げて行く。メキアまでは無着陸の予定だ。到着予定時刻とベルタへの負担を天秤に掛け、最適な速度へと調整するのも忘れない。
勧められた高度500メートルまで上昇を終えたのは離陸してから3分後だった。空へ上がってみると雲の底がすぐ上に、まるで覆いかぶさるようだ。地面へとゴーグル越しに視線を向ける。地形を確認しコンパスと照合しながら進路を真北から2度ほど西へ寄せた方角に固定した。このまま2時間は直進を続ける。地図を取り出し変針地点の地形を確認しようとして・・・と、離陸したてでは意味の無い行動に思わず手が止まり・・・無理矢理張っていた緊張の糸が切れた。
その瞬間、レアニールは女の叫び声を聞いた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!」
自分が無意識の内に発していたものだとすぐに気が付いたが叫びは止まらない。
もう限界だった。抑え込んでいた感情が次から次へと、まるで堰き止められた水が破堤したかのように一気に溢れ出す。
「うっ・・・ううっ・・・うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ジルスとの記憶が止めどなく蘇っては脳裏を過る。リチェロでの彼との思い出、物心ついた時からいつでも一緒だった・・・自分がニューロス神父夫妻の実の子供じゃないと知って落ち込んでいた時、自分も養子だから一緒だねと励ましてくれたのもジルスだった。神官の修行を始めた時も応援してくれた。そして神聖力の実験の数々、失敗したりやり過ぎて失神したりした時、いつも助けてくれたのはジルスだった。
あの丘の上、あの木の前、「私がジルのお嫁さんになってあげる」と、無邪気に口にしていた甘く、今はただ切なくなった思い出が繰り返し再生される。
「ジルぅ・・・ううっ・・・」
涙が溢れゴーグル越しの視界が霞んで行く。半ば無意識に、まるで引き千切るようにしてゴーグルを外す。途端、風が直接当たるようになり目を開けるのも辛くなる。反射的に鞍上で蹲る姿勢となる。だが下を向いた途端に辛さが増してきた。
「ぐすっ・・・えっぐっ・・・あぁぁぁっっっっっ!!」
堪えたものの再び叫ぶ。叫んだところで、泣いたところでどうにもならないのに・・・解っているのにその衝動は止められない。
「クエッ?」
その時、操縦者の異常を感じたのかベルタが少しだけ首を曲げ引き返そうかと伺ってくる。ハッと顔を上げたレアニールは手綱状の操縦具を操作しそのまま北へ向かわせるようにした。
「利口な子・・・ゴメンね・・・」
ベルタの首を撫でつつ詫びの言葉を口にしたレアニール。時々チラリと振り返るようにしてくるベルタだったが針路は真っ直ぐ北を維持している。
ゴーグルを付け直しレアニールは視線を前へと向けた。
「えぐっ・・・ううっ・・・」
溢れる涙は止まりそうもなく、レアニールは口元を押さえ声を殺し泣き続けた。
悲しみや怒り、そして憎しみ、様々な感情が渦巻く。悲しみを感じるのは解る。だが怒りや憎しみを感じた自分の存在を消したくなる。そんな感情を2人に抱いてしまった自分が本当に情けなかった。
副題では1500フィートと書いてますが、この世界ではメートル法(約千年前に転生者が持ち込んだもの)が一般的で、ヤードポンド法などはありません。単純に字面が良かっただけでフィートという表現を使っただけです(コラ)。
今回も読んで頂きありがとうございました。
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