4-3 私、失恋したの?・後編
その後は何も手に付かず、指定された時間よりも早めに中庭へと出てきたレアニール。中庭に植えられた広葉樹たちは尽く落葉していた。妙に見通しが良くなったせいでいつもより広く奥行があるように感じられる。待ち合わせのベンチもすぐに見えてきた。視線を足元に落としつつそこへ向かう。降り積もった落ち葉が広がった中庭、歩くと足元がふわふわとした感じがする。それが不安定な心の震えを増長するようでその場に蹲りたい衝動にかられる。すると自分とは反対側からそのベンチへと向かう人の気配を感じた。
(やっぱりそうなの・・・)
その気配は自分がよく知っている人物だった。いつも会いたいと思っていた、だけれど今この場では絶対に会いたくない人物・・・顔を上げたレアニールはその人物をしっかり視界に捉えた。竜騎士の、陸軍航空隊竜操縦士の濃紺の制服を着た長身の男性を。
「・・・ジル」
「レアじゃないか!フォースワイア島以来だな、元気にしてたか?」
「うん・・・」
ジルスはマヤに指定された待ち合わせ場所であるベンチの横に立っていた。やっぱりそうなのかという思いが、悲しみなのか何なのか解らない感情がこみ上げてくる。
「どうした?あまり元気そうじゃないけれど」
「ううん、そんなことないよ」
ゆっくり首を振って答えるレアニール。空元気を振り絞って笑みを浮かべるが、それが取って付けたものである事は明白だった。
だがジルスは彼女が否定した以上、それ以上の追求はしなかった。
「ならいいが・・・聞いたぞ、降下訓練で事故に遭ったって」
「ああ、うん。でも大丈夫だったよ」
そこでレアニールはどうやって危機を乗り切ったか説明した。ジルスは昔からレアニールの「実験」に何度か付き合っていたからそれを聞いて納得したように頷いた。
そうだった、『神の御手』の全力実験であの場にいたのは自分だけじゃなかった。ジルスもそこにいて・・・一緒に吹っ飛ばされていた。そして2人並んで身が凍る思いで養母エレナからの説教を受けたのだっけ・・・ジルスには何の責任も無いからと、帰るように言ったのに彼は帰らなかった。そして一緒に激怒する慈悲深き神像の恐ろしい説教を、まるでレアニールを庇うようにして受けてくれた。
「ははは、レアの『神の御手』の反動は凄まじいものな。確かにアレなら何とかなる・・・か。それを短い時間で思い付いて実行するなんて凄いな!でもとにかく無事で良かったよ」
ジルスも昔の「実験」を思い出したのか、何処か懐かしそうな口振りだった。それよりも彼はレアニールがこうして無事に自分の目の前に立っていることを喜んでいた。
と、そこで彼は首を傾げた。
「あれ?でも救助隊が現場に辿り着いたら木の下で失神して倒れていたと聞いたぞ」
「あー、それはね・・・自分でもなんでやっちゃったのか上手く説明できないのだけれど、「これなら空も飛べる?」って思って下に向かってドカンと・・・」
頭をポリポリと掻きつつ、苦笑交じりに説明を始めたレアニールの口調は先ほどまでの淀みがちなものから楽し気なものに変わっていた。
「ドカンと?」
「ドカンと撃っちゃった」
「撃ったんだ」
噴き出すのをこらえるようにジルスはレアニールの話に相槌を打っている。
「でも飛び上がるのには成功したんだよ!しかもかなりの勢いで。うん、確かに飛んだのだけれど・・・」
「飛んだのだけれど?」
「木の枝にゴンっとぶつかっちゃった」
「ぶつかったか・・・」
「うん、ぶつかった」
身振り手振りも入れて自分がやらかした事を楽しそうに語ったレアニール。それを聞いていたジルス、遂には堪えきれずに笑い出してしまった。それに釣られるようにレアニールも笑い出す。
「・・・ふふふ・・・はははは!やっちまったな」
「あはは、やっちゃった」
「ははは、相変わらずだ」
「うん」
相変わらず・・・か。昔から彼の中では私は面倒を見なければならない、妹みたいな存在のままで変わらないのだろうな。
そこから先へと進みたいと思っていたレアニールだったが、せめて今はこの場に留まっていたいと、どうか変わらないで欲しいとの思いが心に満ち溢れていた。
できるなら、こうして昔と同じように、それが自分のやらかした話でも構わないからジルスと楽しく、笑い合っていたかった。
そう、せめてこの時がずっと続けば良いと。
だがその時はすぐに終わりを迎えた。そこへ誰かが小走りにやってくる気配がした。ジルス共々そちらを見るとシースニア・ベルガー騎士団長付の事務官がこちらへと向かって来た。そしてレアニールの眼前に立った彼は少し息が上がった声で用件を伝えてきた。
「ニューロス大尉、探しましたよ。ベルガー団長がお呼びです。至急団長室へお越しください」
「お疲れ様です。承知しました」
姿勢を正し軽く礼をして答えると彼は先に戻りますと、再び小走りに去って行った。至急・・・という事は何か事案が発生したのかもしれない。すぐに行かなければとジルスの方に向き直る。
「ごめんねジル・・・じゃあ行くね」
「ああ、また会おうな」
いつもと変わらない笑顔でジルスは応える。それに微笑み返して数歩踏み出した後、立ち止まったレアニールは振り返ると言葉を絞り出した。それは自分でも何故口にしたか分からない言葉だった。
「・・・ジル、マヤの事よろしくね」
「なんだ、知っているのか。ああ、もちろんだ」
「!!」
その瞬間、もしかしたら違うかも、いや違っていて欲しいと思っていた一縷の望みが打ち砕かれた気がした。
「ジル・・・マヤとはその・・・いつから?」
「ん?ああ、1年くらい前かな・・・驚いたよ、運命を感じたな」
「う、うん・・・」
運命か・・・それを言われてしまうと何を、どんな言葉を口に出せば良いのか分からない。1年前、ジルはマヤと巡り合った。あの頃は・・・そうだ、マヤはロザリアの陸軍第2師団に勤務していた。ジルは第2師団と隣接した陸軍航空隊ロザリア基地に勤務していたはずだ。幾度となく顔を合わせる機会が有ったのだろう。そして関係を発展させていったのだろうか。
自分はどうだ?彼が士官学校入学の為に故郷を離れた後、会えた回数なんて今を入れても片手で数えられる。
ジルと会いたかった。
でも何度もすれ違った。
会えなかった。
それが運命だったというのか。いや、会えていたとしてもこの運命は覆せなかったのだろう。私はジルと幼馴染だから・・・馬鹿なの?そんなの何の役にも立たない。そんな物にしがみついていたなんて本当に私は馬鹿だ。ジルとマヤ、どう見てもお似合いだ。否定のしようもない、私の出る幕なんて最初から無かったんだ・・・
その2人にどんな言葉を掛ければ良いのだろう?お幸せに?駄目だ、ジルとマヤをきちんと祝福しなければならないのに今は心から祝福できない。こんな状態でその言葉なんて言えない。言ったら2人に失礼だ・・・
「・・・またね」
結局それしか言葉が出てこなかった。レアニールは無理矢理笑うと小さく手を振って、まるで逃げ出すようにそこから走った。全力で走った。泣き出したい、叫び出したい・・・ここが騎士団本部でなかったら彼女は間違いなくそうしていただろう。だがレアニールは神官騎士としての自分の立場にしがみつくことでその衝動に耐えていた。
レアニールが走り去ったのを見送ったジルスだったが彼女が最後に見せた笑顔が気になっていた。あんなに寂しそうなレアニールの笑顔を見たのは初めてだった。一体どうしたのだろう、と。
本部庁舎の中にレアニールが消えたのと入れ替わるように、それとは違う出入口からマヤが中庭へとやって来た。
「ジルお待たせ・・・あれ?レア・・・えっと赤毛の子ってこなかった?」
「レアか?さっきまでいたけれどベルガー団長に呼び出されて行ったよ」
それを聞いてマヤは思わず団長室がある方向を向いて手を合わせる。
「あーっ、ライドが戻って来ないから・・・レア、ごめん」
その様子を見ていたジルスは楽しそうに笑った。
「ははは、仲が良いのだな」
「ふふっ、そうよ。私たち同期で親友だもの。あれ?ジルはレアを知ってたの?」
それを聞いてジルスは満足げに笑みを大きくして答える。
「ああ。レアは俺の妹みたいなものだから。マヤの親友だって聞くと嬉しくなるな」
「プッ・・・ジルお兄ちゃん、あなたは世界中の女の子のお兄さんにでもなるつもり?」
その言葉に噴き出したマヤだったが咎めるようにジルスの分厚い胸板を拳で小突いた。
「ははは、それじゃあ駄目だと解っているのだけれどな・・・」
小突かれた胸をさすりながら乾いた笑い声を上げたジルスは神官騎士団本部庁舎を、レアニールが消えていった出入口の方を見つめた。
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