4-0 第4章プロローグ・空も飛べるさ
第4章、始めます。全部で20話くらいの予定です。
ベネル歴1412年9月48日ロザリア、神官騎士団本部庁舎と神殿警護隊本部庁舎に挟まれた中庭の樹々の葉の色づきも最盛期を迎えていた。赤やオレンジ、黄色に染まった樹々は白壁の建物の中でよく映えた。青空も高く澄み渡り秋本番といったところか。
「今なら賛成してあげるわよ」
にこやかに、それでいて悪意の塊のような言葉使いを用いたE・カーム・ダリル少佐にグレイヴ・ショール大佐は苦笑を浮かべるしかなかった。
ここは神殿警護隊副隊長室、次の任務についての打ち合わせが終わった後の雑談でとある人物の話題となった。数カ月前、神官騎士団から神殿警護隊へ転属させようとグレイヴが画策した人物、レアニール・ニューロスのことだった。
「今さら転属させられないだろうよ。それを分かっていて言うんだから人が悪いってもんだぜ」
「あら?私が善人だったことなんてあったかしら?」
「・・・無いといったら怒るくせに。ったく、ここまで有名になるなんて思わなかったよ」
カームの意地悪気な軽口を受け流しつつ、グレイヴは机の上に置かれた新聞を取った。それは8月19日付けのミルニア地方新聞だった。1面には大きく、ミルニアでの祭礼に臨んだレアニールの写真が掲載されていた。
「ふん、騒動の原因を作った癖に『赤髪の美しき戦巫女』だと?いい気なもんだよ」
「そうね・・・祭礼なんて出ないで帰ってくれば良かったのにね。ま、それをしないのがあの子なわけだけれど」
クレアが淹れたお茶を美味しそうに口に含んだカームはソファーの背もたれにゆったりと身を預けながら微笑む。それを見てグレイヴは怪訝な顔を向けた。
「それにしても・・・カーム、お前レアニールって名前が嫌いだとか言っていた割にはレアの事を気にかけているみたいじゃないか」
「さぁどうかしらね・・・何か目的が有るかもだよ」
意味有り気な表情を浮かべグレイヴを見据えるカーム。実際、目的が有るかどうかは彼女自身も分かっていない。ただレアニールが気になる・・・それだけだった。
一方その頃のレアニール、彼女は現在空の上にいた。
「降下用意!」
「はい!」
飛竜の背中、2席直列に並んだ鞍の上でレアニールは装具の最終確認を行う。ただし彼女が座っている鞍は後ろ向きに据え付けられているものだ。
レアニールは飛竜の操縦資格とそのおまけで降下兵の資格を取得するために9月1日からフィオラーノ連邦南方の洋上に浮かぶケーラー島の陸軍航空部隊訓練施設に派遣されていた。
戦巫女の称号を得た事によって、今後友好国などから宗教的なものも含め各種式典などへの派遣要請を受ける機会が増える事が予想された。長々と旅行期間を取ることをせず、速やかに移動するためには自分で飛竜を操れる事が望ましい・・・と、上層部が判断したために操縦訓練を受けることになった。操縦資格ともかく、猟兵資格を取ったのであれば降下兵というパラシュート降下を行える資格を・・・つまり降下猟兵への昇格を狙いたいと思っていたレアニールに取ってみれば嬉しい派遣だったのだが・・・
おかげでまたしてもジルスとはすれ違いとなった。レアニールと入れ替わるようにしてケーラー島での訓練を終えたジルスはロザリアへと戻って行ったのだ。あわよくば会える事を期待していたのに・・・と、ケーラー島へ到着した時その事実を知ってレアニールは落胆した。
決意を固めたくせに、告白の機会を後送りに出来た事に少しの安堵を覚えたのも事実だったけれど。
「準備よし!」
操縦者の肩を叩きながら準備が整った事を大声で告げる。風は進行方向左から右へと流れる西風が吹いている。斜め右下に見える降下目標でゆったりとたなびく煙を見る限り、それほど強くはないようだ。
今日は5回目の降下訓練。これを終えれば降下兵の資格を得られる。だからといって特別な事は何もない。今までの訓練と同じように空中へ飛び出したら落下傘が自動的に開く。あとは適宜コントロールしながら地表の降下目標へと降りる。降りる瞬間はしっかりと受け身を取る。適切にそれをしなければ骨折する場合もあるからだ。
「降下始め!」
「はい!」
降下始めの号令を受けてレアニールは鞍から立ち上がると飛竜の背上を尾の方へ向けてまるで走るようにして渡り、翼の付け根を過ぎた所で空中へと飛び出した。飛竜の背中に一方が固定された頑丈なロープが延び、背中に背負った収納ケースからスルスルと補助傘が引き出され、それが空気を孕んで抵抗となり主傘が引き出される。補助傘と同様に主傘も風を孕み開く・・・はずだった。
「あっ!・・・っと」
確実に開いたか確認の為に見上げれば主傘の周囲から伸びるラインの何本かが絡まって歪な形になっている。数度ラインを引っ張ってみたが容易に解ける様子はない。落下速度は通常と比べて速い。
(予備傘の速度よりも速いね)
そこでレアニールは躊躇なく、落ち着き払った動作でベルトに付いたシャックルを開放して主傘を外した。自由落下となり降下速度が一気に速くなったが慌てず予備傘を開く動作を行う。
バサッ。
問題なく予備傘が開く。少しサイズが小さいから落下速度が速いのに気を付けなければならないな・・・と、マニュアルを思い出しながら降下目標を確認するために視線を地上へ落とした時だった。
バシュッ!
「え?何!?」
頭上で何かの音がしたかと思うとガクンと落下速度が一気に速まった。その時、何かが視界を上から下へと横切る。
「う、嘘でしょ!?」
それは先ほど切り離した主傘だった。自由落下となったレアニールよりは落下速度が遅かったものの、予備傘を開いた彼女よりは落下速度が速かった。偶然にも、と言うよりレアニールの運の悪さが本領発揮した結果、彼女の頭上で開いていた予備傘に掠めてシルクで作られたそれを切り裂いて行ったのだ。
「えっ!?ええっ!?」
孕んでいた空気が全て抜け、落下傘は気持ち程度の抵抗しか発揮していない。現在のレアニールはほぼ自由落下の速度で地面へと落ちて行っている。このままでは地面へ激突、高さからして墜落死は間違いない。降下目標地点は風に流される事を考慮した草原の中だったが今は真っ直ぐほぼ真下、針葉樹林の森へと向かって落ちている。
「何か方法は・・・減速する方法は・・・」
持っている装備品を確認するが使えるものは何も無い。何か無いかと、迫りくる地面を凝視しながらレアニールは必死に考えた。下に向かって何か噴射するとか・・・そんな物は無いってば!・・・いや、ある!!
レアニールは全力で神聖力を下方、地面の方へと向けて行使した。
『神の御手』
子供の頃、全力で『神の御手』を放ったらどれくらいの力が出るだろうと実験したのを思い出した。こっそり集めてきた木箱を教会の裏に積んでそれを狙って放った瞬間、反動で後ろへと吹き飛ばされ背後にあった裏口の扉へと突っ込み完全にそれを破壊した。
もちろん養母エレナに滅茶苦茶怒られた。それがトラウマ・・・というほどでもないけれど、レアニールが『神の御手』をあまり使いたがらない理由であった。放てば反動が来る、それで手がしびれるかのように痛かったのだ。
普通の神官が放つ『神の御手』の威力では反動なんて殆ど感じないのだが・・・
だが今はそれを使わねば・・・最後の手段と躊躇なく使う。
既に高度は50メートルを切り、高い木の頂が間近に迫っていたところだった。肩が脱臼したかと思うような反動を受けつつ、急激に落下速度が低下した事をレアニールは感じ取った。衝撃を受けた木の頂、その周辺の枝々がバサリと轟音を立てて揺れる。そこへ身体が触れるか触れないかの所で落下が止まった。
「よしっ!」
企みは成功した。あとは力を加減しつつ、繰り返し『神の御手』を放ち地上へと降りるだけだ。
『神の御手・・・神の御手』
木の枝を避け最後はフワリと、羽毛が落ちるかのような軽やかさで地面へと着地した。
「はーっ、はーっ、はーっ・・・あはは、やってやったわよ!」
アドレナリンが身体中を駆け巡りある種の興奮状態だったレアニール、思わず両手を天に突きあげて笑い、そして叫ぶ。そこで無意識の内にまだ背中に装備したままの落下傘の残骸、木の枝に引っ掛かっていたそれに引かれて5歩下がる。
「ふっふっふっ、今なら空も飛べる気分ね」
シャックルから落下傘を外すのに、これまた無意識の内に3歩下がる。ゴーグルを跳ね上げ、ヘルメットを脱ごうと顎紐に手を駆けた時だった。今しがた自分が口にした事が引っ掛かった。
え、空を飛べる?・・・これ、行けるんじゃない?
行けると思ったレアニールは半ば反射的に、何の思慮も無く真下へ向かって『神の御手』を、全力で放った。
「たあっ!」
少し腰を落とし右の掌を真下、地面へと向け気合の掛け声だけで神聖力を行使するという、彼女自身も気付いていなかったが常識では考えられない真似をレアニールはしていた。
そして、レアニールが行使した神聖力は勢いよく彼女を空中へと飛び上がらせ・・・
ゴンッ!!バキッ!!
「ぐえっ!」
着地点から都合8歩下がっていたレアニールは大きく張り出した木の枝の真下へと来ていた。そこへ勢いよく飛び上がり渾身の頭突きをしてしまった。
ドスン。バサッ。
ドサリと地面に落ちたレアニールの横に折れた枝が落ちてくる。南洋の秋空に、満天の星を見たと同時にレアニールは呆気なく失神した・・・
地面に倒れ転がるレアニールを救助隊が発見したのはそれから5分後だった。現場の状況を見て、彼らは奇跡的に木の枝が落下の勢いを削いだおかげで彼女が助かったと思った。
普通、あんな方法で落下速度を減速させて着地したなんて思う者はいない。
救助後、意識を取り戻したレアニールはこう言ったという。
「ヘルメットが無かったら即死だった・・・」
今回のレアニール恰好、本文中に描写はありませんでしたが上下一体型の厚手素材のつなぎ、足元は編み上げのジャンプブーツでヘルメットを被っていました。
パラシュート降下は「スタティック・ライン降下」と呼ばれる方法で、機体側と繋がったラインで背負ったパラシュートを自動で引き出すといったものです。
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お読みいただきありがとうございました!
第4章は今のところ9月15日から奇数日の正午更新予定です。
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