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赤毛の神官騎士レアニール ~その女、無自覚につき~  作者: ふぁるくらむ
第2章 赤毛の騎士、最果ての島へ
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挿話 勇者召喚・後編 勇者送還

 ベネル歴1413年9月45日、フィオラーム大陸東岸諸国群の1つ、スチュアート王国の首都ビンゼスにレアニール・ニューロス神官騎士団少佐は来ていた、正確に言えば現在の彼女の所属は神殿警護隊、とある任務に彼女の能力がどうしても必要だということで期限付きで転属していた。

 自慢の赤毛を黒く染め上げた彼女はまるで旅僧のような出で立ちを、簡素で頑丈な服の上に薄汚れて風化気味な白色の法衣を羽織った恰好をしている。隣国、東スチュアートとの間で緊張が高まっているスチュアート王国、国境線では小規模な戦闘も発生しているとの情報もあり、何処か慌ただしい雰囲気がある。兵員の招集もすでに始まっている為なのか街には軍服を着た人間の姿が目立つ。確かに人の姿は多いが華やいだ雰囲気ではない。街にに溢れるのが暗色の軍服を着た者たちばかり・・・というのが原因ではない。街を行く人々の表情が押し並べて暗いものばかりだったからだ。


(戦う前から厭戦気分が蔓延しているわね・・・やだやだ)


 通りを行き交う軍服を着た集団の邪魔にならないよう、レアニールは道の端を痛めている右脚を庇うように錫杖をつき、びっこを引きながら歩いていた。実際、負傷療養明けですぐにこの任務へ引っ張り出されていたのだった。

 法衣のフードを深く被ったレアニールの表情は明るいものではなかった。国民の殆どが戦争には反対しているのに、この国の指導者は常々揉めていた隣国との戦争を安易に選んだ・・・というのが現在の大まかな状況だ。彼女はそうした状況が心底気に入らなかった。

 東岸諸国は元々1つの国だった。だが多宗教国家であったにも関わらず1つの宗教に肩入れした政策を続けたために分裂した。今では6つの国に別れており、このスチュアート王国はウェルフトー旧教を国教としていた。現在緊張が高まっている相手、東スチュアートは東の大陸に多くの信徒がいるストゥーム教を国教としていた。

 歩き疲れたようにレアニールは通りに面した建物の壁に背中を預けて休む。こうして杖をついて歩いているわけだから、その動作は全く不自然なものではなかった。実際には杖が無くても歩けるくらいには回復していたのだが、こうして演技していると本当に右の足首が歩行困難なくらいに痛くなってきた気がする。思い込みって怖いよねと、思わず苦笑いが出てしまう。


(これだけ士気が下がりきった状況でよく戦争を起こす気になれるものだわ)


 深く被ったフード越しに通りを行き交う人々、その暗く沈んだ顔を見てレアニールはこの国の上層部の決断に侮蔑にも似た思いを持った。もちろん士気が上がった状態だろうと戦争という手段を安易に選択していたら同様に思っていたけれども。

 安易に戦争を選んだスチュアート王国。レアニールがこの国に来たのはその理由を探るためでもあった。スチュアート王国は西隣の大国で同様にウェルフトー旧教を国教としていたルファール王国からの軍事支援を受けていた。だがそのルファール王国はこの夏に起きた政変で支援どころではなくなっていた。それを受けてなのか、スチュアート王国の国家魔術師筆頭であるマリオ・ルスコーニ教授が何か大規模な術の行使を企てている、または既に行使した・・・という情報が入って来た。恐らくそれが開戦を決意させるに足るものだったのだろう。


(だとしてもさ・・・それに付き合わされる国民にとっては迷惑な話だよね)


 フィオラーノ連邦としてはこの戦争に直接関与する気は全く無かった。単純な損得勘定で言えばどちらの国に肩入れしても、例えその国が勝ったとしても旨味は無い。投資した分を回収できる見込みは全くなかった。だとしても情報収集だけはこうして行っていた。規格外の神聖力を持つレアニールもその要員として送り込まれたわけだ。


(でも魔法って話で確定らしいし、私の出番は無さそうだね)


 神聖力を用いたものであれば、レアニールならそれを漏れなく感知する事ができるだろう。だが魔法となると少々心許ない。魔法の感知となるとやはり魔術師に軍配が上がる・・・どころではなく、レアニールの能力では目の前で行使されない限り感知は無理だった。その魔法を無効化する事は可能だろうが、今回の任務はあくまでも感知、情報収集であって妨害行為などではない。


(さて、そろそろ時間だね。姉さんのことだから私の役目は無しならロザリアへ帰還って流れになるかな?)


 再び歩き出したレアニールはカームとの待ち合わせ場所である食堂へと向かった。カームは今回の任務に療養明けのレアニールを就けるのを反対していた。カームに呼び出されその食堂へ向かっているが、恐らくロザリアへの帰還を命じられるのだろうとレアニールは当たりを付けていた。





 陽が沈む頃、ビンゼス市街の東端にほど近い食堂へ入ったレアニール。夕食時を迎えつつある時間とあって50席ほどある店内はほぼ満席であった。丁度窓際にある2人掛けの席が空いたのでそこへ座る。


(ここも枯れた色合い・・・か)


 さり気なく店内を見渡すと軍服を着た者たちが大半を占めている。街の通りと同じく、店内の色合いは暗く枯れたものだった。これが酒場であれば話は違っただろう。ただしそれは厭戦気分からくる自暴自棄な乱痴気騒ぎだっただろうが。


「お家に帰りたい・・・お父さんとお母さんに会いたいよ・・・」


 通路を挟んだ隣の席から少女の泣き声が聞こえてきた。レアニールは窓の外を見ている体でそこに写る少女たちの席を見た。15歳にもなっていないくらいの少女と同じ年くらいの少年、それと20代半ばくらいの兵士が3人座っている。(注:この世界の15歳は地球での18歳くらいに相当します)


「泣くなよシオリ、俺が戦うから」


 そう言って泣く少女をなだめる少年。


「やだよ・・・そんなことしたらリョウタが死んじゃうよ・・・」


 少女は机に顔を伏せ泣き続ける。少女の向かい側から隣へ移動した少年が何か語り掛けているようだがそれは明瞭に聞こえない。


(見たところ2人ともストゥーム大陸東方系、名前もそんな感じだね)


 彼ら2人の格好は兵士のような服装をしていた。何処かで戦ってきたのか訓練でもしてきたのか、落としきれなかった煤けた汚れや土汚れが残っている。体格は2人とも華奢でとても戦いの場に出る者には見えない。2人と同席している兵士たち、立ち振る舞いからして正規の兵士、1人は間違いなく士官のようだが彼らはそんな2人を苦渋に満ちた表情で見ていた。嘆き悲しんでいるとも、怒りに満ちているとも取れる。


(なんとも言えない表情・・・だね。少なくともあの子たちに対して悪感情を持っているわけでは無さそうだけれど)


 それにしても、正規の兵士だろうに階級章の類は見えない。軍服も応召の兵士たちと同じ、簡略化された物を着ているが・・・

 しかしだ、このような少年少女も戦場へ送る気なのかと、レアニールはこの国の指導部に掛け値なしの怒りを持った。もちろん、分別のある軍人である彼女はその感情に任せて行動に移るなんて真似はしない。だからこそ精神衛生上、非常によろしくなかった。


 程なくして5人は席を立った。少年はようやく泣き止んだ少女を支えるようにしている。レアニールは窓から視線を外すと不自然に見えないよう彼らの方へ顔を向ける。そこで少年と少女、そして士官と思しき男と目が合った。


「あなた方に光の加護がありますように」


 レアニールは両手でウェルフトーの印を切ると形式的とも取れる祈りの言葉を口にする。士官と思しき男は懺悔室に来た信徒のような目でレアニールを見る。そして深々と頭を下げた。それは他の兵士も似たようなものだった。リョウタとシオリと呼ばれた2人はペコリと頭を下げた程度だったが、その顔には感謝の色が見て取れた。



 5人が出て行ったのと入れ替わるようにして変装したカームが店内へ入って来た。彼女はレアニールの向かい側へと座る。


「どうしたの?」


 憂いの色を目に浮かべていたレアニールにカームは静かな口調で尋ねる。


「うん、若い子たちが故郷に帰りたいって、女の子が泣いていた・・・男の子は自分が戦うんだって強がっていたけれどね・・・」


 出稼ぎなのだろうか、それとももっと複雑な事情があるのだろうか。どうしてあの2人が異国で戦うことになったか計り知れないがレアニールは彼らの無事な帰郷を願わずにはいられなかった。先ほどは形式的な祈りしか出来なかったけれどもう一度祈ろう。自分にはそれくらいしか出来ないけれど・・・


「姉さん、ちょっと待ってね」

「うん、いいわよ」


『ウェルフトー様、どうか若い2人が無事に、そして早く故郷へ戻れますようにお力添えを願います。若き2人の航路に、希望に満ちた優しき光りが降り注ぎますように』


 短い祈りの言葉だったが、目を閉じレアニールは心を込め強く祈った。


ズンッ!


 その時、窓の外に青白い閃光が走り空気を震わす轟音が聞こえた。


「ん?何?雷?」

「・・・雷とは違うみたいね」




 それからしばらく経って10月41日、レアニールはロザリアへの帰路の途中、別任務を受けて同盟国のリュンスナー王国の王都に滞在していた。任務と言っても臨時の駐在武官、仕事らしい仕事もなく傷に効くというリュンスナー王都にある温泉で療養しているようなものだった。

 あの若い2人はあの後どうなったのだろう?どうか無事でいてね・・・と、時々彼らの事を思い出しながら過ごしていた。そこへスチュアート王国での任務を終えたカームがやって来た。


「レア、分析が出たわよ。スチュアート王国は異世界から勇者を召喚していた。その数は8人。その内の2人の名前はリョウタとシオリ」


 カームの口振りはまるで悪戯を咎める教師のようなものだった。笑顔ではあるものの目は全く笑っていない。


「え?もしかしてあの2人が?」


 食堂で会った2人の名前が出てきてレアニールは驚きの声を上げる。


「やっぱりね。どうやらあなたは無自覚の内にスチュアート王国の企みを潰したのよ」


 予想していたけれど、やっぱり無自覚の内にやっていたのかと、カームは呆れたように言う。


「あー・・・私があの2人が無事に帰れるように祈ったから・・・か」


 レアニールはどうしてそうなったか、自分では祈っただけのつもりだったが、どうやらそれは勇者を召喚していた術者の力を上回ってしまっていたのだと理解した。あれ?ということは・・・


「ちょっと待って、残りの6人は?」

「同じタイミングで姿を消したみたい。ルスコーニ教授は突然強烈な光に打たれてバタンと倒れ、その後意識を取り戻したものの発狂状態だってさ」

「うへぇ・・・」


 思いもよらぬ形でスチュアート王国の企みを潰してしまったレアニールだったが、以前士官学校の授業で聞いたとおりの結果が術者たるルスコーニ教授に降り掛かったと聞き、辟易したような声を漏らしてしまった。


「うん、事故よ事故。ルスコーニ教授にとっては偶々巡り合わせが悪かっただけの話よ」


 カームは偶然の結果だと割り切ったようにポンポンと手を叩き、この問題に自分の中で蹴りを付けた。関与するなと言われていたけれど偶然そうなったのならば仕方ない。あの場所でリョウタとシオリとかいう2人がレアニールに会ったのは偶然、そしてレアニールの祈りによって元の世界へと帰ったのも偶然だ。上から何を言われても知ったことか、文句があるならあそこへ()()()を送り込んだ者に言えっての・・・と。でもね・・・


「でも、その子たちにとっては思いもよらぬ幸運が巡ってきた・・・ってことだね」


 そう言ってカームは自分の事のように嬉しそうに笑った。

今回も読んで頂きありがとうございました。

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