挿話 勇者召喚・前編 君が勇者だ!
この世界では魔法がどういうものなのか、解説がてらに書いてみました。
「教官、勇者を召喚するって可能ですか?」
フィオラーノ連邦士官学校、陸軍士官を育てる3年制のその学校、魔法理論の講義も終わりかけた自由質問の時間だった。3年生の教室でライド・ラング士官候補生が挙手し教官に質問を投げかけた。
(あいつ、本当に質問しちゃうし)
この講義が始まる前の休み時間、教官にそれを聞いてみると息巻いていたライドを思い出しながらレアニールは教官がどのような回答をするのか興味深そうな表情を浮かべた。
そのある意味突飛も無い質問に教官のゲルハルト・ブリュスナーはニヤリと笑う。リュンスナー王国の国家魔術師でもある彼は魔法理論の講師として同盟国たるフィオラーノ連邦に派遣されていた。臨時に少佐の階級を与えられた彼は他の講師陣と同じくフィオラーノ連邦陸軍の制服を着用していて魔術師には見えない。
「この場で俺にそんな質問をする君こそが勇者だよ」
笑いながらそう答えたゲルハルトにクラスメイトたちは失笑にも似た笑い声を上げる。
前回の授業でもライドは割と無茶な質問をしていた。魔法の発動の際にエフェクトとして魔法陣を展開することは可能か?と質問していたのだ。それに対しゲルハルトは「何を読んだんだよ・・・」と呆れつつも発動中の術式とは別に、魔法陣を出現させる術式を行使すれば可能と回答し実演してみせた。
「でも可能だ。楽勝だよ」
また無茶な質問をしやがってと冷ややかにそのやり取りを見ていたクラスメイトからどよめきが上がる。それを見渡したゲルハルトは表情を変えずに続ける。
「魔法の基本は想像力と言ったのはもちろん覚えているね?勇者の召喚・・・例えば異世界からの召喚だろうと、術式行使を可能にするだけの想像力を働かせられれば可能だ。だから俺は自信を持って可能だと言ったわけだ」
教室の士官候補生たちは感心したように、とりわけ質問をした当のライドは目を輝かせて聞いていた。
(さすが、迷いのない回答だね。やっぱりブリュスナー教官は出来る自信が有るんだ・・・)
その回答を予想していたレアニールは内心ニヤリと笑う。以前から講義で彼が度々口にしていた魔法の基本、「想像力が原動力」に照らし合わせれば不可能ではないのでは?と、彼女は予想していた。
この世界の魔法、大気中の魔素を利用してその力を行使するものである。効率良く魔素を集め、それを望む形にこれまた効率良く加工する・・・簡単に言えばそういう事だ。そして基本の術式というのは存在するものの術者個々の術式組み立てに寄る所が大きい。攻撃系魔法の典型ともいえる『火球』にしても発動させる術式は術者の数だけ存在すると言われている。その中で高効率かつ強力な術式を行使できる者、それが想像力が豊かな者ということだった。それは生まれ持ったセンスと言っても良い。修行や鍛錬では達することができない天性の物で、強力な魔術師とは殆どの場合そうしたセンスを持った者たちだった。
それにしても、ライドが勇者って返しは秀逸だな・・・
皆の反応を確かめるようにして一旦話を区切ったゲルハルト、候補生たちを見渡した後に一転して険しい表情となった。
「だが絶対にやらない。まず何のために呼ぶんだ?世界が滅亡の危機に瀕しているとか?そんな事ないよな?魔王が現れたとか邪神が復活したとか、そんな事もないよな?」
魔王や邪神、そんな者がいるわけがないよと教室中の誰もが思った。いや、約1名だけはそのような者がいると信じて、いや期待している奴がいるだろう。先ほどから目を爛々と輝かせて教官の言葉を聞いているあいつだったら・・・と、皆が同時にライドを見た。
その様子を見て険しい表情から一転、笑い出すのを堪えるようにしながらゲルハルトは続けた。
「例えばだ、隣国との戦争で戦力が足りないからと召喚を企てるとしてだ、それにかまける力があるなら自分でやれるだろ?って話だ。そもそも戦争相手を1人でブッ飛ばすとか、そんなとんでも人間がそうそういるかっての」
それはそうだなと、殆どの学生たちが笑い声を上げる。ニヤリと笑いながらそれを見回したゲルハルトは静寂を求めるように軽く手を振る。そして教室が静かになると笑みを消し真顔となって続ける。
「それと、召喚するって自分らの都合だろ?召喚される相手の都合なんて考えてもいない。相手の今までの生活を全て奪うんだぜ?冗談じゃない、自分に当てはめてみろ。我慢できるか?出来ないよな。本当、あえて言うならば邪法中の邪法だ。俺は絶対にやらないね」
まるで決意を表明したかのようなゲルハルトの口振りに、候補生たちは一様に頷いた。もちろんそういった倫理的な思いも有ったが、軍人の卵である彼らにとってみれば戦争は軍人の仕事であり、他者を巻き込むのは恥であるという思いも強かった。
「ところでラング候補生。最近君が読んだのは何だい?」
ゲルハルトに尋ねられたライドは最近刊行された400年前に書かれた小説、その訳本の名を口にした。大雑把に言えば、異世界から召喚された勇者が魔王を倒すという内容だった。元は東方古語で書かれていたその本、それの翻訳をしたのは実はライド本人だった。彼は趣味が高じて東方古語を独学で身に着けていたのだ。
もちろん、訳者名はライドの名ではなく偽名だったが。
「やっぱりか、俺も読んだよ。面白かったけれど今の世界に当てはめると最初に言ったとおり、自分らで何とかできる話だ。この世界の魔術師なめるなよ、魔導機関の燃料屋とか魔弾の製造やってるだけじゃないんだぜ?」
口元に笑みを浮かべ自信に満ちた口調でそう言ったゲルハルト。候補生たちは彼のその言葉に頷くしかなかった。彼らはゲルハルトがロザリア近郊にある陸軍演習場において、魔法の実演と称して放った火球や電撃が同時に複数の標的やその後背にあった分厚い土壁を消滅させたのを目撃していた。
「ちなみにだ、その本が書かれた当時・・・消失文明期は諸君らも知っているとおり全世界で魔素の低下が見られていた時代だ。魔法なんて幻の存在だったどころか迷信扱いだったとも言われているな。だからそうした本が流行ったのかもしれないね」
ゲルハルトは他に質問は有るか?とばかりに候補生たちを見渡す。
「教官、確認なのですが、ゆ・・・失礼、召喚した対象がこちらに存在し続けているという事は術が継続して作用しているという解釈でよろしいですか?」
最前列に座っていたマヤ・ラシャス候補生が手を上げた。他の候補生たちは、常に主席をレアニールと争っている真面目な彼女が勇者と言いかけた事に思わず吹き出していた。
「良いところに気が付いたラシャス候補生。そのとおりだ、例えば異なる世界から召喚された者は元の世界との繋がりが完全に断たれるわけではない。つまり、こちらの世界に繋ぎ留める為に術者は術を継続し続けている必要があるわけだ。これが意味するところはなんだ?ニューロス候補生、解るかい?」
笑みを浮かべその問いに頷いたゲルハルトは、レアニールに回答を求めた。
「術者が継続して行使し続けている以上の力を持ってすれば無効化が可能と考えられます。また、それを実行した場合、それまで行使されていた力が氾流となって術者へ襲い掛かるのが予想されますが、この場合だと異なる時空を無理矢理繋いでいた分、途方も無い力が、それこそ命を失いかねないくらいのものではないでしょうか」
突然回答を振られるとは思ってもいなかったレアニールだったが、考えられうる回答を即座に並べて答えた。
「正解だニューロス候補生。彼女が今答えた通りだ。全く、ロクな魔法ではない事を如実に示していると思わないかい、諸君?」
レアニールの回答を受けてゲルハルトは再び候補生たちを見渡した。
「だから君たちにお願いだ。もしそんな事をやったヤツがいたら教えてくれよ。俺がブッ潰す」
力強く拳を握りポーズを取ったゲルハルトは魔術師には全く見えなかった。
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