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挿話 神父夫妻とその娘・後編

「神官様、こいつを助けてやってください!」


 乱闘の中でボロボロになったのか、戸板に乗った負傷者を運んできた男たちは殆どが申し訳程度の布切れを残して上半身は裸同然、その表面は汗と血でぬらぬらとしている。戸板に乗せられた負傷者はそれよりもボロボロに見えるが・・・


「見せて!・・・っ!?」


 地面に降ろされたその負傷者を見てレアニールは絶句する。

 彼の顔面、その左半分は乱闘の中で下敷きとなり踏み潰されたのか醜く潰れて眼球がはみ出していた。身体中いたる所の骨折など顔以外の怪我も重傷であったにも関わらずそれが付け足しにしか思えないほどレアニールは衝撃を受けた。胃から酸っぱいものが込み上げてきそうになる。だがレアニールは半ば無意識にその重傷者へと近付くと跪いて首筋に手を当てる。触れてみると首の骨も折れているようだった。


「意識は無い・・・呼吸は・・・今止まった。脈も止まっちゃった・・・」


 でもまだ間に合う!レアニールは目を閉じて心を鎮めようとする。早く助けてあげたいという想いが溢れたその時、血塗れの半壊した男の顔が脳裏に浮かぶ。それが気持ち悪いとか怖いとかではないのだが気を急かせてくる。早く、早く助けてあげないと駄目なのに・・・その時、ニコラが彼女の右肩に手を置いたのを感じた。何も言わないが暖かいその手、逸る気持ちが落ち着いていく。そうだ、いつもどおりやるだけだ。レアニールは自分が助けるべき男の顔へ、一番状態の酷い左目の上辺りに手をかざすと神聖力を行使した。


『蘇生』、『再生』、『治癒』、『回復』


 静かにウェルフトー神語の単語を4つ唱えると、その言葉は力を持ち傷付いた男を瞬く間に癒す。ゆっくり目を明けたレアニールは男の容態を確認する。血に塗れたままだが負傷部位は全て回復している。半壊していた顔面、飛び出していた眼球も復元されている。上手くいったと彼女は大きく息を吐き出した。


「レア、よくやった。これで彼は大丈夫だ」


 4つの異なる神聖力、しかもその内2つは上級に分類される術の同時行使、ロザリア大神殿の高級神官でも難しいそれをやってのけた娘をニコラは優しい笑顔で労う。レアニールはニコラへ振り返りコクリと頷く。


「お父様、お力添えありがとうございました。おかげでやり遂げられまた」


 ニコラは頷きながらレアニールへ手を差し出し彼女が立ち上がるのをほんの少しだけ助けた。立ち上がったレアニールは自信無さそうにニコラへ尋ねる。


「必要と判断し4つ行使しましたが無意味な行使ではなかったでしょうか?」

「そうだね、彼の容態を診て取ってこれが必要とレアは思ったのだろう?私はお前の判断を尊重するよ。無駄に使うのは褒められたものではないが、必要な時に必要な物を使うのは無駄ではないからね。繰り返すけれど、よくやった」


 学生の回答を評価する教授のような口調でニコラはレアニールを褒めた。神官の師であるニコラに褒められてレアニールはようやく笑顔を浮かべる。そして2人で前進を再開した。


 その直後、同様に、いやレアニールが治療した者より程度が悪かった負傷者を運ぶ者たちと行き会ったのだが、目の前で生命兆候が喪われた負傷者をニコラは『治癒』だけで助けていた・・・


*****


 リョウ川河岸の港が見えてくると運び出される負傷者の数が極端に減った。と言うより神聖力を使うほどでもない者だけになった。どういうことだろう?争いは終わったのかな?などと楽観的に思いながらテンプル水運前の広場にニコラから先行してやって来たレアニール。だけれどそれは楽観的な、希望的観測だった事にすぐ気が付いた。広場の前では両社が睨み合いの膠着状態となっているだけだった。


「はぁーっ・・・」


 思わず溜息が盛大に漏れる。彼らを仲裁すべきだろうけれどそれはニコラが着いてからだとレアニールは立ち止まると周囲を見渡す。すると両社の人々から離れた物陰でゴソゴソと何かをやっている者を見つけた。


「・・・ん?あの人何やってんの・・・?」


 こっそり近付いてみると、その男はどちらの会社の者か分からないが火炎瓶を何本も準備していた。


「・・・ふざけんな」


 レアニールは半ば反射的に数歩駆け込みその男の背中へ飛び蹴りを喰らわせた。


「おわっ!?」


 蹴られた男は慌てて火炎瓶を取り落とした。レアニールは彼の手から転がった火炎瓶を遠くへ蹴とばす。まだ火が付けられていなかったそれは離れた地面で砕け揮発性の液体をばら撒いた。


「この騒ぎだって我慢できないってのに、やり過ぎだっての!」


 レアニールの怒声にゴランド運送の労働者たちが数人やって来る。


「この人、あなた方の仲間?」


 残った火炎瓶を隠そうとあたふたしている男を指差して問う。


「いや、ウチの者じゃないぞ」

「ああ、見たことない顔だ」


 ゴランド運送の労働者たちはその男の襟首を掴むと顔をじっくりと観察している。


(んん?テンプル水運の人なのかな・・・でもなんか違うような?)


 ゴランド運送の人々に何かを誤魔化している様子はない。本当に知らないようだ。


「申し訳ないですが、この人を捕まえといていただけますか?」


 取り押さえられたその男、よくよく見ると他の者たちが乱闘に参加して衣服がボロボロだったり少なからず傷を負っていたりするのに綺麗な恰好というのも怪しい。何か裏がありそうな気がしてきた・・・レアニールはゴランド運送の労働者に尋ねた。


「社長さん・・・ゴランド親方は何処ですか?」




 ゴランド社長、というよりゴランドの親方と呼んだ方がしっくりくる風体のゴランドは睨み合いの最前列にいた。立派なスーツを着ていたが片袖が無くなっている。彼の眼前にはテンプル水運の社長、というよりテンプル親分と言った方が通りが良いテンプルが立っている。テンプルは品の良さそうな眼鏡を掛けていたのだが、片方のレンズにヒビが入っていた。

 両者は睨めっこしているわけではなく、話し合い・・・ではなく聞くに堪えない悪口の応酬を繰り広げていた。もちろん代表2名の選抜悪口合戦ではなくそこにいる全員での悪口合戦だった。双方とも直接な殴り合いで疲弊して今は休憩中みたいなものなのだろう。


(殴り合いよりはマシだけれど・・・幼児の喧嘩以下だね)


 時折混じる下品な言葉に辟易しながらレアニールはテンプル水運陣営とゴランド運送陣営の間にある僅かな空白地帯を場違い感もなんのそのと、何食わぬ顔で歩いて行く。いつでも殴り合いが再開できるような空気がその場には漂っていた。


「リチェロ東教会のレアニール・ニューロスと申します。両社ともそろそろ止めていただけませんか?」


 テンプル親分とゴランド親方の間に立ったレアニールは両者を交互に見渡しながら、教会での礼拝の時と同じような口調で言う。それを見てテンプル親分とゴランド親方は訝しみながらも悪口を止めたのだが周囲からレアニールへ野次が飛ぶ。


「ガキは引っ込んでろ!」

「そうだそうだ!」

「帰ってママのおっぱい吸ってろ!」

「ガキですって?満足に話し合いも出来ない方々が大人ぶります?なんですかこの体たらく!下手したら死人だって出ていたのよ・・・もうっ、いい加減にしなさいよ!」


 このザマで偉ぶってガキ呼ばわり?ふざけないでよ!と、半ば反射的に、最初に野次を飛ばした相手を振り返りながらレアニールは怒気を孕んだ声で言い返す。


(ん?)


 その野次を飛ばした者を見てレアニールは違和感を覚えた。先ほどの火炎瓶男と同様、この騒ぎの中で恰好が綺麗過ぎる、と。だが今は顔を覚えておくことに留めておくことにした。その時、テンプルとゴランドがそれぞれ野太い声を張り上げた。


「お前ら黙らんか!こんな場所までやって来てくれた神官様に失礼だろうが!」

「この不信心の罰当たりどもめ!静かにしろ!」


 途端に辺りはシンと静かになる。その事で自分に注目が集まるのを感じる。神官じゃなくて神父見習いなのだけれどな・・・と、何故かそこに恥ずかしさが込み上げてくる。レアニールは場を鎮めたテンプルとゴランドそれぞれへ頭を下げた。


「大した度胸だな、さすがニューロスさんの所の娘さんだ」


 感心したような口ぶりのテンプルにレアニールは曖昧な笑顔を返す。彼が言うニューロスさんというのは養父ではなく養母を指しているような気がした。


「ありがとうございます、テンプルさん。それで、桟橋が減るということですが、取り合いをしていないで共同で使う方法を話し合うべきではないでしょうか?」


 それを聞いてテンプルは憮然とした表情を浮かべる。


「話し合いはした。だがゴランドが譲らんのだ」

「黙れ、お前の方だろうが!」

「止めてくださいな!譲る、譲らないって何時までもやっているから話がまとまらないのではないですか?それが不要になる方法を考えるとかしなかったのですか?」


 再び言い争いを始めようとした2人を制するレアニールだったが周りから、と言うか先ほどと同じ者から野次が飛んでくる。


「そんなものねェよ!」

(後で覚えときなさいよ・・・)


 その野次を無視してテンプルとゴランドへ語り掛けるかのように言うレアニール。


「両社、合併してしまうってどうですか?」

「何言ってんだ馬鹿野郎!」


 その提案にテンプルとゴランドは揃って驚き目を剥く。そして相も変わらず野次が飛んでくる。本当、後できっちり仕返ししてやるから覚悟してなさいよと、それを聞き流しながらレアニールは思う。


「同業で桟橋を取り合うくらいなら一緒になってしまえば良いのでは?その方が桟橋も効率的に回せるでしょうし。でも、今まで色々と有ったわけですから難しいですよね・・・」


 それは無理だという顔をしている両名を交互に見やってレアニールは思案した。そして学校の図書室で見た消失文明期の資料を思い出した。


「うーん・・・あ!テンプルさんゴランドさん、(はしけ)って用意できます?」

「出来るが・・・それがどうした?」


 それがどうかしたかといった案配でゴランドが答える。それを聞いて嬉しそうに頷くレアニール。


「今、街道が使えないから貨物が増えているのですよね?それを河川貨物船の船倉にバラ積みして積み降ろしをしている・・・合ってますよね?」

「ああ、そのとおりだ」

「艀の上って平らでしたよね?そこに馬車をそのまま載せて運ぶってどうです?消失文明期にあったカーフェリーとか鉄道連絡船みたいなやつ」

「「!」」


 レアニールの言葉を聞いて両名は無言で驚く。その表情はその提案を否定しているものではなかった。


「いきなり合併なんて出来ないと言うなら、その艀での船便を扱う会社を合同で立ち上げてみるとか・・・まずはそこから始めてみたらいかがです?荷役の時間の短縮も期待できますし、そうすれば桟橋が減っても問題無いのではないでしょうか?」

「なるほど・・・」

「悪くねぇな・・・」


 レアニールの提案にその手が有ったかと、心底感心したように顔を見合わす両名。そこに相も変わらず野次が飛んでくる。さて、そろそろ相手をしてさしあげましょうかと、レアニールはそちらへ振り返った。


「ところで、先ほどから野次を飛ばしているあなた!そう、そこのあなた!」


 テンプル水運側の人混みの中から野次を飛ばしていた男を指差したレアニールはニンマリ笑うとこちらに来いとばかりに手招きする。


「言いたいことがあるのでしょう?こちらでお話しませんか?」


 指を差された周辺にいたテンプル水運の労働者たちは自分じゃないとばかりに一歩引く。小綺麗な恰好のまま紛れていた男は周囲から浮き上がってしまった。男は途端に挙動不審となる。慌てたように辺りをキョロキョロと見回す。


「それで、あの方はどちらの会社の方なのですか?」

「知らんな」

「うちの者じゃないな」


 レアニールはテンプルたちに振り返り尋ねた。2人とも即座に自分の会社の者ではないと断言する。それを聞いて男はテンプル側とゴランド側の間、空白地帯となっていた通路状の場所に飛び出て一目散に逃げ出した。


「逃がすものですか!」


 レアニールは男を追って駆け出した。通路には男を止めようと両陣営から何人か飛び出してきた。


「邪魔だ、どけ!」


 男は彼らを押し退けながら逃げた。何人かが押し倒された形になって通路に転がる。レアニールは倒れた彼らを避けたり飛び越えたりしながら男を追ったのだが・・・


「わわっ、ごめん!」


 通路を塞ぐように倒れた労働者を飛び越えようとしたその瞬間、彼が立ち上がってしまった。今からでは彼を避けれない、だがその延長線上に進路を労働者たちに塞がれていた男の背中が見えていた。


「うげぇっ!?」


 結果、彼の後頭部を踏み台にしたレアニールは高く飛び上がり逃げる男の背中へ向けて渾身のドロップキックを見舞った。それが当たる直前、男は背後の気配を感じたのかガバっと振り返った。


「なーっっ!?」


 レアニールのドロップキックは振り返った男の胸元へ綺麗に入った。それを受けて男は壁になっていた労働者たちへと吹っ飛ばされた。


「その人を捕まえておいてください!」


 軽々と着地したレアニールは即座に自分が踏み台にしてしまった労働者の方へと取って返す。


「のぉぉぉっっっ・・・」


 彼は地面に突っ伏したまま後頭部を押さえ呻き声を上げている。レアニールは彼の前に、まるでスライディングするかのようにして五体投地でお詫びをした。


「本当にごめんなさい!!」


*****


 騒動を扇動していたのはテンプル水運とゴランド運送に取って代わろうとしていた会社の者だった。翌日、あれだけの騒ぎが嘘のように両社の間では早々に手打ちが行われた。



 それから3年後、テンプルゴランド水上運送会社からの寄進でリチェロ東教会の建て替えが行われた。

 レアニールの提案を受けて合同会社を設立した両社だったが艀を用いた馬車の輸送は大成功を収めた。直接の合併には首を縦に振り辛かった両社も、その合同会社との合併という名目であればと昨年新たにテンプルゴランド水上運送会社として再スタートを切った。会社の規模は3年前の両社を合わせたものよりも大きくなっていた。



 そして8月8日に新教会の竣工を迎えたわけだが、図らずもその日はウェルフトー神生誕祭の日であり、併せて盛大な祭礼が執り行われた。

 ロザリアの士官学校に通うレアニールは残念ながら出席できなかった。


「私もだったけれど、いつもボロの法衣を着ていたお父様とお母様がどんな恰好をしたか見てみたかったな」


 などと、家族だからこその失礼な事を考えていたのたが。彼女はニコラがウェルフトー新教大司教であることを、そしてエレナが無期休職扱いとなっている神官騎士団少佐であることを、両親から一切教えてもらっていなかった事もあり知らなかった。2人がそれぞれの正装で祭礼を執り行った事を知ったのはかなり後になってから、神官騎士団に入団してあの日エレナから借りた服が第2種制服だと気付いてからだった。







レアニールがドロップキックかましていたその頃、ニコラは「あー、娘は元気にやっているな」などとそれを横目に救護活動してましたとさ。


なお、ニコラとエレナはレアニールに自分たちの事を黙っていたのではなく、「あれ?言ってなかったっけ?」程度だった・・・


この後は第2章の投稿を始めます。最果ての島へと渡ったレアニールが泥沼へ飛び込んだりする話です。


*************************


今回も読んで頂きありがとうございました。

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