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1-13 防壁

レアニール、実力の片鱗を見せる回

「アレクサンドロ・ガブリエルを失脚させるのかと思っていたが違うのか?」


 レアニールの横で彼女と同じように腹這いになったロバートが歌うような口調で尋ねてきた。いったんロベルトたちと別れたレアニールらは彼らの見張りがいた地点の近く、襲撃予定地が見える急斜面上部に腹這いになって潜んでいた。見張りの場所より見通しが良くないが仕方ない。木々がまだ芽吹ききってない早春の山、見通しがそれなりに取れるかと思っていたが思いの外悪い。もちろんそれのおかげで身を隠せるわけなのだが。


「うーん、ルファール王国が関わっているかもしれない案件だからね・・・神官騎士団ではなく神殿警護隊が預かるべき話かもでしょ?そうだとしたら失脚させるよりも生かして利用する方法を取るのではないかと思ったの。だから証拠を掴んで報告するだけというのが最良かな、って・・・そういうわけだから出来ない約束はしたくなかったのよね」


 視線を旧街道に向けたままレアニールは答える。

 ルファール王国はフィオラーノ連邦の東隣にある国でこの大陸、フィオラーム大陸においてフィオラーノ連邦と並ぶ大国だった。ウェルフトー旧教を国教としている国で伝統的にフィオラーノ連邦とは関係が良くない。もちろん国家間の仲が良くないのは宗教的な面だけが原因ではない。直接的にやり合う事は稀だが互いの同盟国たちの争いの裏側では常にやり合っていると言ってよい。


「どうやって報告を上げる気だ?ホイスやアンガレクは面白く思わないだろう」


 同様に視線を旧街道へ向けたままロバートがまるで笑い出しそうな声で聞いてきた。彼はレアニールの行動予定が自分の望んでいた物に限りなく近いこと、特に誘導したわけではないのにそうなっている事が愉快で仕方がなかった。

 思わず旧街道から視線を外したレアニールはロバートをジト目で見た。


「ん?どうした?」


 視線を旧街道からは外さず、だけれどレアニールの視線を感じたロバートは何か誤魔化しているかのような口調だった。それを聞いてレアニールはわざとらしい態度だと思ったが諦めたように溜息を吐く。


「・・・なんでもない。聞いたら聞いたでロクな事が無いような気もするから・・・あ、さっきの訂正。報告はしない、情報は勝手に拾ってもらうわ」


 投げやりとも取れる口調で答えたレアニールは再び視線を旧街道へと向ける。それを聞いてロバートはニヤリと笑う。


「ま、悪いようにはしないさ」

「本当に胡散臭いよね・・・あ、来たね」


 樹々の陰から旧街道を進むガブリエル商会の馬車が見えてきた。昨日、そして今朝も見たとおり3台だ。


「念のため防壁を張るよ」

「お好きにどうぞ」


 レアニールが下級神官であり神聖力を行使できるのを部下から聞いていたロバートは軽い調子で答えた。魔導銃の弾、もし相手が軍用の物を使っていたとしたら神聖力の行使によって得られる防壁で何処まで防げるか大して期待できるものではなかった。それにレアニールは下級神官、それも正規の神官とは言い難い神父見習いだ。


(相手が高威力の軍用魔導銃だったら気休めにもならんかもだが、そもそもそうそう弾が向かってくるわけじゃないさ)


 こうやって潜んでいれば流れ弾以外は飛んでこない、幾度も実戦を経験し達観したロバートはニヤリと笑った。


『防壁展開』


 その隣でレアニールは囁くようにウェルフトー神語を呟くと自分とロバートの前に見えない防壁を張った。この世界の神官は朝に神への祈りを奉げることによって神聖力の行使をする際には目的の力を口にするだけで済む。そしてレアニールは朝の祈りを欠かした事がなかった。



 そうしているとガブリエル商会の馬車列、その最後尾の1台から兵士たちが続々と降りてきた。その間も馬車は止まらず若干速度を落とした程度で進み続けている。兵士たちは小走りに先頭2台の周囲に散開し主に進行方向右側、ロベルトたちが潜む斜面へと警戒を向けつつ馬車と速度を合わせて進む。


「襲撃の適地だもの、警戒して当たり前か・・・」

「ああ、その通りだ。って、ガチにルファール王国陸軍だな、あれ」


 兵士たちの装備を見てロバートが苦々し気に言う。10名の兵士は全員魔導銃を、ルファール王国陸軍制式銃らしき物を所持している。そして鉄製のヘルメットと遠距離での矢程度なら防げそうな部分鎧を装備し、昨日見た姿とは異なる揃いの濃淡2色の緑色が斑状になった野戦服を着ていた。


「どうせ襲撃側は後ろ暗い所を持っているから何処にも訴えられないと踏んでいるのでしょ?あまりにも堂々とし過ぎていて、かえって清々しいくらいだわ」


 そう言ったレアニールの口調もロバートと大して変わらないものだった。

 あれを見て襲撃を諦めてくれたら良いのに・・・ともレアニールは思う。


「参考までに、現有戦力でアレを撃退する自信はある?」

「タルキーニたちも含めて?」

「そうだな、含めて」

「そうね・・・牽制射しか出来ないから彼らを含めても意味が薄いけれど無いよりはマシか・・・『防壁展開』しつつ、あまりやりたくないけれど『神の御手』を適宜行使していけばなんとかなると思う」

「へー」


 恐らく緊張しているだろうレアニールに気を使い、それを解す為にそんな話題を振ったロバート。だが彼女の思いもよらぬ返答に少々気の抜けた返答をしてしまった。彼の常識からすれば神聖力の防壁では魔弾を防ぐ事は出来ない。そしてレアニールが口にした『神の御手』の神聖力。見えない衝撃波を飛ばす神聖力だが射程はせいぜい10メートル、威力なんて相手を怯ませる程度だ。だけれどレアニールはそれが最適解とばかりに口にした。


(実戦を知らないからこんなものなのかな?)


 もしかしたら、自分はレアニールを過剰に評価していたのかもとロバート・・・グレイヴは思う。そんな彼が次の言葉を発しようとした時だった。彼らの左、20メートルほど離れた場所から矢が放たれる音がした。それは統制が取れた一斉射ではなく個の勝手で放たれたものだった。何処を狙ったか判らないくらいどうでも良い場所、馬車と馬車の間の路面に矢が当たる。その矢は地面にも刺さらず乾いた音を立てただけだ。だがその音に一番近い兵士が即座に反応した。弦の音がした方向へ銃口を向けると躊躇なく発砲した。


パパパパパ!


 乾いた甲高い連射音が山間に響く。銃口からは魔導銃特有の青白い光が見えた。それに慌てたかのように他からも矢が射かけられる。それに対し兵士たちは最初の兵士と同様に射撃を開始する。ちなみに放たれた矢は最初の物も含めて全く当たっていない。それに対し襲撃側では何か所かで悲鳴が上がった。もしかしたら何人か撃たれたかもとレアニールは顔をしかめる。


「に、逃げろー!」

「走れ走れー!」


 パニックにも似た叫びが聞こえてくる。その叫び声と銃声、喧騒が山間に渦巻いていた。


「ははは、派手に撃ってやがるな」


 何処に潜むか明確に姿を捉えていない襲撃者に対し兵士たちはそこと思しき場所へ魔導銃をそれぞれ連射する。遂には繁みに身を屈めたレアニールとロバートの方にも弾が向かってきたが頭上を鋭い音を立てて飛び過ぎていく。ロバートはニヤリと口角を上げその撃ちっぷりを笑っていた。


「まったくだね。弾代気にせず撃ちまくってみたいものだわ」


 撃たれたかもしれない者への心配を一旦心の片隅に追いやったレアニールも訓練で何度か撃った魔導銃、弾代が高価だとその都度聞かされ数発撃っただけで終わったそれを思い出しボヤくように言う。その時、レアニールの正面でシュボッと音がなった。反射的にロバートはそれを見るとレアニールの眼前で金属製の弾が空中で今にも止まりそうになっていた。彼女が張った防壁で防がれた魔導銃の弾だった。


「マジかよ・・・」


 防壁が無かったらレアニールの眉間を撃ち抜いていただろうそれは完全に動きを止めるとポトリと地面に落ちた。ロバートは無意識の内に落ちた弾に手を伸ばしそれを拾っていた。直径で5ミリ程度の弾だった。


「あはは、本当に飛んできちゃったね」


 当のレアニールは当然とばかりにその弾へ感心を示す事無く、乱射に近い発砲を繰り返すようになった兵士たちを見つめていた。全くもって落ち着き払った態度だった。


(大したもんだな)


 兵、下士官の前では士官は何があっても泰然としていなければならない、士官学校で繰り返し叩き込まれてきたであろう士官の鉄則だがそれを初任務で実践しているのを見てロバートは感心した。細かな身体の震えや声の上擦りも無い。

 いや、そんな事よりも・・・だ。貫通力に優れた軍用魔導銃の弾を完全に止められる防壁を張れる事に彼は驚いていた。彼の常識ではよくて威力を減衰させる程度のものだったはずだが・・・


 兵士の指揮官と思しき者が手を大きく振って発砲止めを指示しているのが見えた。数秒で発砲が止み木魂のように音が遠ざかって行き山の静寂が戻ってきた。兵士たちは周囲を警戒しながら、襲撃の間も進むのを止めなかった馬車に付き従いその場を離れていった。




「追撃されなくて良かったな」


 馬車列が視界から外れたのを見て、浮かんだ疑問を意識の外へと追いやったロバートが少しだけ気を抜いたような声で言う。


「そうだね・・・タルキーニたちの所へ戻りましょう」


 レアニールは頷きつつ立ち上がる。そして撃たれた者が心配とばかりに制服に着いた土や枯れ葉を払いもせず小走りにロベルトたちの所へと向かった。




最初、グレイヴ(ロバート)が「気休め程度」と言っていたとおり、普通の神官が行使する防壁では魔導銃の弾を止める事はできません。また、防壁の大きさはせいぜい行使者の前面に展開できる程度で広く展開すればするほど防御効果は薄くなるものです。2人分の大きさで魔導銃の弾、それも高威力の軍用の物を止めるのは高位の神官でも殆ど不可能な話・・・というのがこの世界の常識。

レアニールが放つ『神の御手』の威力についてはおいおいと・・・


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今回も読んで頂きありがとうございました。

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