1-12 死亡フラグを立てる男
4月3日の朝、ガブリエル商会の馬車群よりも先にマーノを出発したレアニールたちは街道を逸れて旧街道を進む。昨日までの晴天と違って空は曇っている。だが今すぐに雨が降り出すというわけではなさそうだ。昨日、マーノを目指して北上した現街道は鉄道跡を転用したものだったが今進んでいる旧街道も同様に鉄道跡の転用だった。ただし、現街道が複線の鉄道敷だったのに対し旧街道は単線の鉄道敷、鉄道だった時代も旧線だったのだ。限りなく直線で、長いトンネルで山を穿ち長大な橋で川を越えていた現街道に対し旧街道は山間を蛇行する川に沿って幾重にも曲がりながら進んでいる。それでも元から道路だった道に比べればカーブは緩やかで坂も急ではない。冬が終わり芽吹きつつある山間を縫って進む。行き交う者の姿は見えない。路面に降り積もった枯葉や道端に折り重なるようにして倒れた枯草からして廃道のような趣きも強い。
7時にマーノを出て2時間、襲撃予想地点まで旧街道を進んできた。進行方向右側の斜面は崖ではなく急斜面の雑木林、対して左側は河原まで高低差3mほどの石積み擁壁だ。地図で読み取った地形とは多少異なっているが馬車の列を襲撃するには適している場所だというのは間違いではなさそうだ。旧街道は川沿いに緩く曲がっているがその延長線上、マーノ方向への見通しが取れる場所に気配を感じた。
「見張りがいるね」
気付いた素振りを見せず小声でロバートに告げるレアニール。
「少なくとも2箇所だな」
対してロバートも視線を動かさず何食わぬ顔で応える。
(えっ、あと1つは何処?)
自分は1箇所しか見つけられなかったのにもう1箇所も見つけるなんて。でも答え合わせは後だ、今は怪しまれる挙動を取るべきではないとレアニールは気を引き締める。
「こういうのは視力の良し悪しも重要だけれど経験だな。ま、今後おいおいとだね」
レアニールの思考を読み取ったのか周囲への監視を継続しながら軽い調子でロバートが言った。その場所を通り過ぎ数百メートル進むと右側の斜面を登る小道が、ただし草や小枝で一目では道だと解らぬよう擬装されていたものが有った。こちらには見張りがいないようだが・・・
「こっちには見張りはいない・・・よね」
小声で言ったレアニールだが答え合わせを求めるかのように最後はさらに小声になる。
「ああ、そのようだ」
ロバートは正解とばかりに笑みを浮かべながら馬を降りる。了解と短く答えレアニールも馬から降りた。
「持っててくれ」
そう言ってレアニールに手綱を渡したロバートは偽装の草を丁寧に取り払う。
「先に進んでくれ、すぐに追い付く」
コクリと頷きレアニールは2頭の馬を引き連れて小道へと分け入る。彼女が通過するとロバートは擬装の草を元に戻していく。チラリと振り返ると先ほどよりも入念に擬装を施しているように見えた。
(後学の為に見学したいものだけれど・・・それはまた機会が有ったらだね)
恐らく玄人が見なければ見破られることのない擬装を施しているのだろうと、レアニールはその作業を目にしたかった。暫く進んだ所でロバートが追い付いてきた。
「おまたせ」
レアニールから2頭分の手綱を受け取ったロバートは斜面を登っていく小道を改めて眺める。それほど雪が降る地域では無いが秋に降り積もった枯葉が一冬過ぎて圧し潰されている。
「複数人、それと馬の新しい足跡が有るね。何度も行ったり来たりしているみたい。ぬかるんでいなくて助かるな」
その視線に気付いたレアニールが見て取った情報を口にする。ロバートはそれに頷き同意を示す。小道を進むこと5分、傾斜も緩やかになり小高い丘の上に出た。前方の木々が切れ広場状になっている場所に数張りのテントと10人くらいの人影が見えてきた。彼らは無思慮にガチャガチャと音を鳴らし、簡易的な防具を付けたり剣を振ったり弓を空引きしたりしていた。
レアニールはチラリとロバートを振り返り軽く頷く。彼も同様に頷き返すのを見てそのまま進んで行く。
「こんにちは、ロベルト・タルキーニ氏はいらっしゃいますか?」
そして彼らが気付くか気付かないかの距離まで近付くとまるで隣の家を訪問したかのごとく平然とした調子で声を掛けた。彼らは突然声を掛けられ身体をビクっとさせるほど驚く。
「!?な、な、な、何者だ!?」
狼狽し何人かは剣を向けてこようとするが慌てた彼らは上手く剣を抜くことができない。
「神官騎士団のレアニール・ニューロスと申します。ロベルト・タルキーニ氏がいらっしゃればお取次ぎを」
レアニールはサッと陸軍のポンチョを脱ぎ右手を高く上げた後ゆっくりと振り下ろしてまるで舞台俳優の様な大仰なお辞儀をする。余裕をもった目立つ動きで相手の敵意を削げればと思って彼女はやったことだったが思いの外効果は有ったようだった。
「お、お待ちを!」
そう言って1人の男が広場の奥へと走り向かって行く。すると騒ぎを聞きつけて奥からやって来た一団と鉢合わせになった。そこで何事かやり取りをしていたようだが奥から来た一団の先頭にいた40歳前後の男、恐らくロベルト・タルキーニ本人がレアニールへ視線を巡らす。レアニールはその視線を、ポンチョを抱えた左手を腰に当て悠然と受け止める。それを見た彼は警戒した表情を浮かべながら泰然とした風を装いながらゆっくりと歩いてきてレアニールの眼前に立った。
「私がロベルト・タルキーニですが神官騎士が何用ですか?」
丁寧な物言いに近かったが彼が口にした神官騎士の発音は「今更何の用だ?」と言っているかのようだった。元より歓迎されるとは思っていなかったレアニールはそれをどこ吹く風とばかりに、聞きようによっては楽しそうな声音で言う。
「改めまして神官騎士団のレアニール・ニューロス少尉です。社交辞令は省略させていただきますがご容赦を。単刀直入に申しますがガブリエル商会の馬車を襲撃するのは止めてください。止めないとあなた方全員死にますよ?」
「!?」
レアニールの言葉を聞いてロベルトや周囲の男たちは顔色を変えて言葉を失う。その中で一早く立ち直ったロベルトが震える声で聞いてきた。
「い、一体どういうことだ?」
レアニールは口元だけに微笑を浮かべつつ答える。
「ガブリエル商会はあなた方の襲撃を予想して護衛を増強させました。魔導銃で武装した一団です。あなた方に勝ち目は有りません。一方的な殺戮となるでしょう」
それを聞いて先ほど以上に顔面蒼白となり言葉を失うロベルトたち。
「・・・やってみなければ、やってみなければ分からないじゃないか!」
1人の男が声を震わせながら叫ぶ。それに何人かがそうだそうだと続く。
「無駄です。あなた方の武器は?弓と剣だけですよね?初手で余程運が良ければ馬車3台の御者を落とせるかもしれませんがそこまでです」
自分の腰からぶら下げたサーベルを役にも立たないものだという素振りで軽く叩きながらレアニールはより一層表情を消し冷淡とも取れる口調で続けた。
「この人数で射かけられる矢の数なんてたかがしれています。魔導銃で武装した兵士10人がいる相手を制圧するには全く足りていません。射程距離も精度も相手が格段に上、繰り返しますが無駄です」
再び沈黙するロベルトたち。下を向いていたロベルトが顔を上げるとレアニールを睨みつけ声を絞り出す。
「今更・・・今更なんだってんだ!選挙の不正も見抜けなかったくせに、今頃しゃしゃり出てきて!」
「正直それについては弁明のしようがないです。私ごときが頭を下げても何も変わりませんが・・・本当に申し訳ありませんでした!」
その件について、昨日の晩にロバートから口頭で不正の内容を教えられていた。それを信ずるに足り得る物だと判断したレアニール。だから不正を見逃した件は本当に申し訳ない・・・と、嘆きの色が濃い表情を浮かべ深々と頭を下げた。
「いや、少尉さんは初めて見る顔だが・・・その時ムーサにいなかったのでは?」
言い訳することもなく頭を下げたレアニールの態度にロベルトは面食らっていた。慌てるように言う。
「少尉さんの責任ではないし貴女が頭を下げる必要なんてないのでは?」
「いえ、若輩とはいえ神官騎士団という組織に属している以上、我らに不手際が有ったのならば謝らなければなりません」
レアニールは一度姿勢を正し再び深々と頭を下げた。それを見てロベルトは感嘆したように低い唸り声のような声を漏らす。
「少尉さん、頭を上げてくれ」
それに従い頭を上げるレアニール。
「それで、この後どうするつもりなのだね?」
先ほどまでと違い柔らかい、商人らしい口調でロベルトは尋ねる。
「ガブリエル氏を失脚させる約束は出来ないかもしれません。ですが、罪に見合った代償を支払わせる事を約束します」
正面からロベルトの目を見つめレアニールは静かな、だけれど力強い口調で言った。それを聞いてロベルトはしばし考え、やがて小さく頷く。
「わかった、私たちは手を引くよ。でもせめて一矢報いさせてくれ。何も無かったよりは少尉さんにとっても今後やり易いのだろう?」
それを聞いて一瞬笑顔になりかけたレアニールだったがすぐに困ったような表情に変わる。確かに襲撃が有った方がカタチ上は良いのに違いないが・・・
「ええ、まぁその通りかもですが・・・絶対に無理はしないですぐに引いてくださいね」
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