ペンダント
「フィーナ、あなたの代償ですが……色々調べたところによると、確かに代償そのものが消えているのではなく、何かしら補完的な能力が加えられたことで記憶が消えるのを防いでいるようです」
「女神リュシアの、力で?」
「はい」
首肯するエイラ王女。とはいえそんな状況になる理由がまったく思い当たらない。
いつものように魔物と戦い、感覚が消えているのに気付いたのはつい最近。例えば女神リュシアの力をさらに加えたわけでもなく、なぜそうなったのかわからない――
「新たに得た能力ですが、どうやって得たのかについても解明しました」
「えっ、それは……?」
「ジェノが持っているペンダントです」
そう言うとエイラ王女はジェノへ視線を送った。
「女神リュシアの力が宿ったペンダント……その出自についても不明ですが、おそらくアレスという人物が関わっていると見て間違いないでしょう」
「……このペンダントを得た経緯についてはぼやけているから、その通りだと思いますね」
「そしてペンダントから魔力が発露しており、その影響でフィーナは能力を得るに至ったようです」
「つまり、ペンダントを利用して介入を?」
フィーナの問い掛けにエイラ王女は頷いた――ペンダントは女神リュシアと思しき存在から得た物、であったはずなので一応理屈としては理解できる。
けれど、なぜそんなことをしたのか――ここでエイラはさらに大胆な考察を行った。
「もしかするとアレスという人物が働きかけたのかもしれません」
「それは……」
「魔王を倒した事による報酬か、あるいは……様々な可能性が存在していますが、彼によってフィーナの代償がなくなったのは間違いないでしょう」
――アレスという人物が消えているのは、代償を消すためだったのか。そんな疑問さえよぎる中、フィーナはどうしてそれをしたのか疑問を抱く。
「なぜ、彼は……」
「その点については、愚問でしょうね」
エイラ王女の言葉に、フィーナは押し黙った。
――聖女のために戦おうという人間は数多い。アレスという人物もまた、同じように聖女であるフィーナを救うために奮闘した、という解釈で正解なのかもしれない。
だが、その代償に全てを――フィーナはやるせない気持ちになった。魔王は消え去り、国は平和になった。これは紛れもなく正しいことだし、アレスという人物がやったことも人間にとってみれば正しい行いだろう。
けれど、心の中にはどこまでも引っかかるものを感じる。どれだけ彼が奮闘し、またフィーナのことを想っていても、それを実感することができない――
「……アレスという人物が代償を持っていることが原因だとは思うんだが」
と、突如ゲイルが話し始めた。
「記憶が消えているというのはどういうメカニズムなんだ?」
問い掛けに対し、
「代償により、私達はアレスという人物のことを思い出すことができない……ゼルシアにあった痕跡を踏まえれば彼は私達と共に戦っていたのは明白。そして彼は魔王へ挑んだわけですが……」
と、エイラ王女は口元に手を当てた。
「これは推測なのですが、ゼルシアが二度目の襲撃を受け、相当な被害を被った後、戦士アレスは単身で山へ乗り込んだのではないでしょうか?」
「単身で?」
「それだけの力があったと考えるのが妥当でしょう。もっとも、そこまでは私達と共に戦っていたことから、彼自身も力がどれほどのものなのか認識していなかった。結果的に彼は魔族を倒し続け……魔王については打倒したのか逃げたのかはわかりませんが、とにかく戦いには勝利した」
「たった一人でそれだけのことを成し遂げるというのは恐ろしいが……それまでは一緒に戦っていたんだよな?」
「おそらくは」
「その間は、記憶がなくならなかった?」
「彼の代償は、離れた場合に効果を発揮するということなのでしょう。たぶん戦士アレスの魔力……女神リュシアの力を受けた魔力に触れている間は記憶を失わない。彼が戦場で戦い続けたことで、影響を与え続けていたので記憶を失わずに済んだ……ですが一時、ゼルシアから離れたことで代償が発動した」
「影響がなくなった……つまり、その人物の魔力がなくなったから、か」
ゲイルは腕組みをしながら思案し始めた。もしかすると彼はどうにかしてアレスという人物のことを思い出そうと――
「戦士アレスに干渉できる可能性があるとすればペンダントでしょうか」
エイラが語る。そこでフィーナはジェノへ視線を向け、
「少し、貸してくれませんか」
ジェノンは黙ったままペンダントを差し出した。受け取ったフィーナはじっとそれを眺める。魔力は確かにある。だが、それ以上のことを感じ取ることはできない。
「……記憶を一度失っている以上、顔を合わせても思い出すことはできないでしょう」
さらにエイラ王女は語る。手段はない――そう彼女は主張しているようだったが、フィーナは何か手立てはないのかとペンダントを握りしめ――その時、変化が生じた。




