圧倒的な力
『安心しろ、殺しはしない』
フィーナへ向け『刃の魔人』は決然と告げる……周囲の地面には倒れる勇者やその仲間、そして騎士がいるけれど、その全てに魔人は刃を向けないらしい。
『殺す価値もない、と言えばいいだろう。この刃には、強者の血を吸わせたいからな。とはいえ』
魔人の視線はどこまでもフィーナを射貫いている。
『貴様が逃げる可能性を考慮し、楔を撃ち込ませてもらった。まさか聖女が、大地に伏せる者達を見捨てることなどあるまい?』
人質、というわけだ。
『取り巻きは潰した。次は聖女、貴様の番だ』
言葉と共に気配を発し、それが俺達へ突き刺さると……目の前に巨大な何かが存在しているような錯覚にとらわれる。
それは『炎の魔人』と比べれば、圧倒的な気配というわけではない……が、内に秘める魔力が同じであるというのは、容易に推測できた。
『我が刃を味わえ、聖女』
さらに一歩詰める魔人……そこで俺は、フィーナの前に出た。
『ほう?』
こちらの行動に対し、魔人が興味深そうに視線を移してくる。
『先ほど、我が刃を両断した剣士か。腕に覚えがあるようだが、それでも聖女を守るように我が体躯と対峙したこと、驚嘆に値する』
「……フィーナ、倒れる人達の確保を頼む」
そこで俺は彼女へ告げた。
「フィーナなら、周囲の人を助け出せるだろ。でも俺にはできない……時間は稼ぐ」
「でも――」
「それしか、なさそうだな」
彼女が何かを言いかけた時、ゲイルが俺の提案に賛同した。
「聖女フィーナ、ここはアレス君に任せよう」
「それは――」
「わかってる。危険なことは。でも、周囲の人を助けてなお目の前の魔人を倒すなら、この手段しかない。心配するなって。彼の力は……聖女様もよく知っているだろ?」
その言葉により『刃の魔人』に反応があった。俺という存在が聖女からも一目置かれている……そうなのだとゲイルがわざと言ったのだ。
「というわけだ……聖女へ挑むなら、俺を倒してからしてもらおうか」
宣言と同時、魔人の魔力が膨らんだ。
『いいだろう……我が刃を振るに足る存在か、見せてもらおう』
くぐもった声……笑い声だろうと見当をつけつつ、俺は魔人と対峙する。
俺の魔力はまだまだ解明できていないが、少なくとも『炎の魔人』を瞬殺した実績がある。それを鑑みれば、時間稼ぎはできる……場合によっては、倒すことも可能ではないか。
問題は、今回の敵は技術を持っている。何らかの方法で剣をいなされてしまったら、勇者オルトや騎士アジェンと同じ結末を迎えるかもしれない。少なくとも倒れる人を助けるまでは、やられるわけにはいかない。
剣を強く握りしめた直後、魔人は再び悪魔を影から生み出した。大言を吐くだけの資格があるのか……それを確認するわけか。
『もし無様に倒れ伏すようなら、今度こそ容赦はせんぞ――!!』
悪魔達が俺へ迫る。それと共に俺は魔力を高めた。ゴブリンと戦った時とは異なる、全身が奮い立つような力を。
それは目の前に魔人がいるからこそ……俺は足を前に出す。恐怖はない。それどころか、どう対処すべきなのか、思考は冷静かつ鋭敏になっている。
俺はまず迫る二体の悪魔に対し、横薙ぎを放った。相手が仕掛けるよりも先に……結果、ゴブリンを倒した時と同様、一切の手応えなく悪魔をまとめて両断する!
『ほう?』
威力に興味を持ったか、魔人は呟く。
『剣を容易く破壊したことは偶然ではない――』
俺は次々と迫る悪魔を一撃で葬っていく。それは『刃の魔人』が勇者や騎士を圧倒したように、攻防を成していない。剣を振れば振るほど数が減っていく。悪魔が攻撃しようとしても剣ごと両断し、俺は魔人へと迫る。
敵を問答無用で倒し続ける高揚感が俺を支配する。魔人へ確実へ迫り、相手が剣で受ければ……それで勝負がつく可能性も――
『なるほど、そうか。であれば――』
何かを理解したような『刃の魔人』の声。しかし俺は構わず剣を振った……魔人を斬れる保証はないが、相手は守勢に回っている。隙さえ見せなければ、押し通せるのではないか――
剣同士が触れ合おうとして……直前、ヒュゴッと風の舞う音が聞こえた。
何が――直後、俺は気付く。
俺と『刃の魔人』の剣は激突……しなかった。ぶつかる直前で、俺の剣が止まっている……!?
「何……!?」
『原理は不明だが、我が体さえも一撃で葬る力が備わっているな』
魔人は言う。どうやら俺が得た剣と魔力は目前の相手にとっても規格外。しかし、今はそれが止まっている。
相手が剣に風をまとわせたことで、物理的に押し留められている……!
『だが、触れなければ効果はないようだ。人を持ちうる武器としてはあまりに異様だが、それならそれで戦い方はある』
俺は後退を選択した。それに対し『刃の魔人』は前に出る。一撃でやられるかもしれないというリスクを抱えながら、なおも突撃する。それはまさしく、歴戦の戦士を想起させる。
「――はあっ!」
俺はそれに対抗し、剣を素早く構え直して一撃を放った。これまで学んできた剣術を最大限に活用し、振り抜いた。だがそれを魔人は風をまとわせた剣で受け……流した。腕にはするりと抜けるような感覚が生じる。
とはいえ、こちらも反撃される隙は作らない。それは相手もわかっているらしく、攻撃は来なかった。
『剣術は勇者や騎士と比べれば荒いな。正直、我が剣を受けるだけの段階には達していない』
魔人はそう評価しながら一歩後退した。もし突撃してきたら強引に……とも考えたが、相手はそれを読んでいる。
ここで俺は、もし魔人の剣を受けたらどうなるか考える。ヒントとなるのは『炎の魔人』との戦いだ。騎士の話によれば、俺は魔人の炎をまともに食らっても無傷だった。それを踏まえると、仮に剣を受けたとしても――いや、わからないことが多すぎる。とにかく攻撃を食らわないようにした方がいい。
思案する間に、再び『刃の魔人』が迫った。凄まじい速度で迫る刃に対し俺は剣をかざしながら身をひねり……どうにか避けることに成功する。
すかさず反撃に転じるが、相手はそれを技術でいなす……こちらは深追いしなかった。というより、現段階ではどれだけ強引に攻めようとも魔人の技量で防がれると考えた方がいい。
ただ、当てることができれば――
『……クハ、ハハハハハハ!』
次の瞬間、魔人の哄笑が周囲に響いた。
『面白い、面白いぞ人間! よもや、技術ではなく力で圧倒されるとは、想像すらできなかった!』
「……何がおかしい?」
『これが笑わずにいられるか! ようやく……ようやく、見つけたのだから!』
魔人の魔力がさらに膨らんだ。筋肉が膨張したような錯覚さえ抱くほどで、視界が歪むほど空気が変わる。それは『炎の魔人』が発していた圧倒的な気配よりは耐えられるが、それでも異質なほどの魔力量だった。
『陛下の刃として、力を得て幾星霜。とうとう我が存在を滅ぼせる者が現れた! 女神リュシアの再来と呼ばれた聖女であれば、我が渇きを癒やせる存在になると期待していたが、それよりも前にこれほどの強者が現れるとは! 血が沸き立つではないか!』
……完全に俺だけを標的とみなしたらしい。周囲では勇者とその仲間、さらに騎士を助けているフィーナの姿がある。事態を察知し町から援軍も来始めたが、その全てを魔人は無視している。
俺としては好都合だし、ここで意識を俺だけに集中させることができれば……呼吸を整える。次にどう応じるか……考えている間に、魔人が俺へ視線を向けた。




