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Route Of Elsion  作者: 世界史B
不完全で不安定な世界の中は
46/53

届かぬ祈りに心重ねて

ハイドがここまで感情を剥き出しにするのはいつぶりのことだろうか。ハイドの感情にはいつも重い何かが蓋をしており、外に出ることはほとんどなかった。いや、自分で蓋をしたのだ。遠い過去に。


ハイドの出自はコロニーアインス、最初に『反乱分子一掃』の名の下に破壊されたコロニーだ。

まだ記憶も定かではないほど幼かったハイドだがその時の記憶は鮮明に覚えている。

突然降ってきたLA、破壊され、殺されていく街の風景、姉に手を引かれて脱出用の宇宙船に押し込まれ、窓から見えた故郷がただの鉄の塊へと変わっていく様。そして周りを見ても両親の姿は見えなかった。姉の姿を見たのもそれが最後かもしれない。

それ以降の記憶は非常に朧げで、それが記憶なのか、自分の頭が作り出した妄想なのかも怪しい。気づいた時にはハイドはコロニー自由軍で軍人教育を受けていた。

ある日、反乱分子一掃作戦の是非を語る、というテレビ番組を観た。そこでは軍の行いを否定するどころかあれは必要な作戦、多数出た犠牲も必要なものだった、と言っていたのだ。

それからハイドは過去の特集、新聞、ラジオに至るまであらゆるメディアを漁った。だがその中に一掃作戦を糾弾する内容のものは1つとして存在しなかった。

その頃からだったかもしれない。ハイドが他人を遠ざけ、心に蓋をしたのは。


おそらくカントは自分の生に1度も疑問を持ったことなどないだろう、生きる希望というものが全てズタズタに切り裂かれたことなど1度もないのだろう。自分が恵まれていることにも気付かず、戦いとは無縁の場所でミサキとのうのうと暮らしていた……そう考えるとハイドの心の中の醜い怪物が頭をもたげた。

「俺たちが何をした!俺たちは何もしていない!」

『じゃあ……ミサキは違うのか!ミサキを拉致したのも何もしていないって言うのか!』

ミサキ、という単語にハイドの中の怪物が再び咆哮した。おそらくハイドをこうまで揺さぶるのは目の前の男がカント キサラギだからだ。他の誰でもハイドが心に纏った鎧を引き剥がして邪悪な中身を引きずり出すことはできなかっただろう。ミサキの記憶の中に居座るハイドの知らない何者か。それはどうしようもなくハイドの感情を掻き立てた。

「お前には……お前には関係のないことだ!」

ブレードでワイヤーを切り、ヘリアムを蹴ってビームを躱したエルシオンにハイドはロケットバズーカをありったけ撃ち込んだ。



雨のように降るロケット弾を盾で受けつつ、ワイヤーを飛ばして何とか追撃を回避する。だが既にシールドは限界だ。これ以上攻撃を受ければ次のビームキャノンには耐えられない。

岩礁の間を縫うように飛んでヘリアムの攻撃を回避する。

「関係無いわけ……っ!」

カントは後ろから飛んでくるビームを機体を振って躱す。エルシオンを素通りしたビームは前方の岩礁に新たなクレーターを作った。

「……これだ」

カントは正面の岩礁にアンカーを打ち込み、その岩礁を回り込むように機体を動かした。さらにワイヤーを固定し、前方にスラスターを目一杯吹かすとワイヤーによって機体は岩礁に向かって引っ張られ、自然と円軌道を描いて高速で反転することができる。

「これで正面!」

両者はブレードを展開、速度はそのままに激しくぶつかり合った。

『お前が!お前がいるから!』

ついさっきまでの感情の無い返答からは考えられない剥き出しの心の叫び。カントはコックピットの中に実はは2人いるのではないかと疑ったほどだ。

「ミサキが何をした?ミサキの拉致に何の意味があった?」

『お前には関係無い!』

ハイドはもう自分の感情の堰を止めようともしなかった。感情のままに動く両手は力強くも粗い。カントにはその小さな違いを感じ取ることができた。

ヘリアムを蹴りつけ、少し距離を取る。

なおも向かってくるヘリアムがブレードを振り上げた瞬間、エルシオンとヘリアムの間にシールドを構え、展開させた。十字のマークからシールドがスライドし、面積が広がる。かなり歪んでいて無事開いてくれるか不安だったがフェルトの作品はそこまでやわではなかったようだ。広がったシールドがヘリアムのカメラを覆い、ハイドの視界がゼロになる。

「ここまでだぁっ!」

ヘリアムをシールドごと蹴飛ばし、体勢が崩れてがら空きになったコックピットにブレードを振り下ろす。



一瞬にしてモニターが真っ黒になる。ハイドには何が起きているのかわからなかった。そして次の瞬間、激しい揺れと共に視界が戻り、目の前には金色の刃が迫っていた。

「くそ……」

『やはりお前らしくない!』

黒とグレーの機体がエルシオンとヘリアム・カスタムの間に割って入った。

ビームミトレイズでエルシオンの刃を受け止める。

『僕を圧倒した時のお前はもっと強かっただろう!」

何度も振り下ろされるブレード、ニーチェはそれを受け続けた。

『目を覚ませ!ハイド エイルマン!本当のお前は……』

ロジェンのバックパックが爆炎を上げた。

「くそ!追いつかれたか……」

幸いエンジンへの引火は免れたもののロジェンは機動力の8割を失ってしまった。さらに追い討ちをかけるようにエルシオンは空いた腕でもビームブレードを抜き、ロジェンのコックピットを横薙ぎに斬りつけた。

『こんなところで果てるような男じゃないはずだ!』

ブレードの入りは浅く、コックピットを両断するには至らなかったがニーチェのすぐ目の前のモニターは溶断され、完全に操作を受け付けなくなった。エルシオンは続けざまにブレードを振り抜き、ロジェンの頭部、そして両脚部を分断する。切り裂かれた装甲の外にニーチェが刃の光を見たその時、ガクン、と機体が後ろに引っ張られ、エルシオンの剣戟は空振りに終わった。



「あの紅い機体……」

突然カントの目の前に現れた紅いLA、以前エイラを赤子の手をひねるように下し、カントを大気圏ギリギリまで追ってきたあの機体だった。

それはあと一歩のところで青いヘリアムと黒とグレーの機体を引き、エルシオンとアルゴンから引き剥がした。

『今度こそ……逃すか!』

エイラが2機を牽引して撤退しようとした紅い機体を追う。だがまたしてもそのLAは目にも留まらぬ速さでエイラに接近し、脚部のビームブレードでアルゴンの頭部を斬り落とした。

「こいつ!」

今度はカントがエイラに替わって立ち向かった。紅いLAは今度も両腕と両脚、四本のブレードを操ってエルシオンを追い詰める。右腕を躱し、左腕を右のブレードで受け、右脚を左のブレードで受ける。だが敵は機体を捻ってエルシオンの両のビームブレードを払い、腹部に強烈な蹴りを打ち込んだ。

「くそ!」

体勢を立て直してスラスターを吹かせようとしたその時、目の前が真っ白になる。それが敵が放った煙幕だと気づくのに少しの時間がかかった。

「逃げられた……」

カントがエイラのアルゴンを引っ張って煙幕から脱出した時には既に3機のLAは遥か彼方へ飛び去っていた。

「ハイド エイルマン……か」



「敵が撤退してくれて助かったな」

エルシオンとアルゴンを回収するとマグニジアはデブリ帯から脱出に向けて針路を取っていた。

「それにしても、今回の敵の目的は何だったのでしょうか」

「わからん。だが……」

ジードの脳裏にエルシオンを狙った敵艦が砲撃をした瞬間が浮かんだ。

「おそらく……エルシオンの破壊、だろうな」

「エルシオンの?どうしてまた……」

「単に脅威とみなしたのか、それとも何か別の理由があるのか……」

エルシオンは地球で自由軍の首都攻略戦をほぼ単機で阻止してみせた。敵に恐れられるだけの活躍をしていることは間違いないがジードはどうも腑に落ちなかった。

「ともかく、今は早くデブリ帯を抜けることを考えよう」

デブリ帯から出た途端に滞っていた本部からの通信が一気に押し寄せて来るかと思うと今から胃が痛くなるジードだった。



「よっ、と」

カントは倒したコックピットシートの後ろからエルを引っ張り出した。

「ありがとうございます」

「……なんつーか、最初に比べて大分人間っぽくなったよな」

「私がですか?」

「他に誰かいるんだよ」

エルは自分の手の平と甲をくるくる回しながら交互に見つめた。

「そうでしょうか?」

「いや、見た目の話じゃねぇよ……みたいなベタなことをする所とかな」

「そうでしょうか……そうですか」

その瞬間、カントはエルがかすかに笑った気がした。エルの表情が動いたのを見たのはこれが初めてだ。自分の目を疑って今一度見直してみるとそこにいるのはいつも通りの無表情なエルだった。

「もしそうなら……うれしいです」

「そうか?」

「そうです」

カントとエルがエルシオンの前で話し込んでいるとフェルトとエイラがそれぞれを呼ぶ声が聞こえた。

「では私はフェルトのところへ行ってきます」


「カント、お前戦闘中敵と何を話してたんだ?」

「あ、聞こえてた?」

「いや、はっきりと、というわけではないんだが、通信に声のようなノイズが入っていたのでな」

カントはエルシオンにヘリアムの通信回線を解析させてハイドと話した内容をそのままエイラに伝えた。

「結局何も聞けずじまいだったな」

そう言ってカントは笑った。カントはエイラも笑ってくれると思ったのだが予想に反してエイラは厳しい顔をして自分の手を見つめた。

「どうした?」

「カント、人間っていう生き物は悪にはなれない」

カントはエイラが言っている意味がわからずに首を傾げた。

「人は悪のため、じゃ動けないんだよ、それぞれに守りたいものがあって、だからそれぞれに自分なりの正義がある。だから戦争は終わらないんだ」

カントはやっぱりエイラの言っている意味がわからなかった。カントの目にはコロニー連合やコロニー自由軍はとても正義には見えない。

コロニー落としや一発で都市を廃墟に変える爆弾、ミサキの拉致、これらを正義だと思うことは到底できそうもない。カントはその時、エイラが敵の肩を持っているような気さえした。

「じゃああいつらも正義だっていうのか?」

エイラは迷うことなく首を縦に振った。

「カント、お前が殺したパイロットも故郷へ帰れば家族が居て、それらを守るために戦っていたんだ。お前と同じようにな」

カントは宙空を見据えて考え込んだ。カントの父親は戦争で死んだ。顔形もおぼろげだし、何をしていた人なのかも今となっては知りようもない。そして後を追うように母親を亡くした。その時は悲しくて、何もできなかった自分が悔しくて、涙が出尽くすまで泣いた。もし今、カントと同じ境遇の子供が居て、カントも同じように泣いていたら……

「あーっ!分かんねぇ!」

何が正しくて何が間違っているのか、これまでカントが迷うことなく信じてきた常識が揺らぎ始めていた。




「お帰りなさい」

いつもより2割ほど不機嫌度増しなアリシアがジルコニアのブリッジへ戻ってきた。コニーはそれをいつもと同じ調子で迎える。

「一時退却だ。このクソみたいな岩石の山からさっさと出るよ」

「ですが命令は……」

「ダメ、ダメ。ロジェンはボロボロだし、ハイドは使い物にならない。こんなんじゃ追撃どころかこっちが返り討ちに遭いかねない」

アリシアは大袈裟にため息を吐いて艦長席にどっかと座った。

「ハイドが使えなくなるって珍しいですね」

「機体じゃなくて中身の方がオシャカになりやがった、全く、どうしてこんな肝心な時に……」

アリシアは延々と愚痴を垂れ流し続ける。また始まった、とコニーは笑いながら艦長の愚痴を聞いていた。



「ニーチェ、ハイドはどう?」

ニーチェは肩を竦めて首を振った。

「ありゃダメだ。僕から何を言っても出てきそうにないね」

ハイドは帰投するなり自室へ閉じこもってしまった。皆んなが入れ替わり立ち替わり話かけるのだが返事ば全く無い。生きているのか死んでいるのかわからない、という状態だ。

「これは僕の手には負えそうにない。後は頼んだ、ミサキ先生」

ニーチェはポン、とミサキの肩を叩き、ドックの方へ行ってしまった。

「え……私?」

ジルコニアの通路の真ん中にはミサキがただ1人、ぽつんと残されていた。


ミサキがハイドを何とか部屋から引っ張り出そうと四苦八苦していた頃、ジルコニアはデブリ帯から出るや否や匿名の通信を受けた。

「どうします?」

コニーは不安げな面持ちでアリシアの方を振り返る。アリシアは少しの間顎に手を当てて考え込んでいたがやがて

「出な」

そう結論を出した。

コニーが回線を開くとメインのモニターに眼鏡をかけた中肉中背の男が映し出された。身にはパリッととしたスーツを纏っている。

「この度はコンタクトを受けていただき恐悦至極に……」

「前置きはいい、あんたらの正体と目的を端的に言いな」

アリシアは足を組んで頬杖をつき、厳しい表情でモニターに映る男を睨みつけた。

「いやいや、これは失礼いたしました。私はエリック デューイ。ゼネラルエレクトロニクスの者です」

「ゼネラルエレクトロニクス?最大手の電器メーカーがあたしらに何の用だ?」

「私達はあなた方に1つの商談を持ち込みたいと思った次第です」

「断る。そんなことあたしの一存で決められるとでも……」

「上層部の方には既に了承を取ってあります。それに、決してあなた方にとっても悪い話ではないと思いますが」

アリシアは舌打ちをし、わかったよ、と吐き捨てた。

ゼネラルエレクトロニクスの交渉人がすぐに向かう、ということでジルコニアは足を止めた。近くに合衆軍の反応が無かったのが幸いだった。

「ゼネラルエレクトロニクスが一体どんな商談を持ってくるんでしょうか」

「さあね、あたしらの戦艦の回線を解析した上に上層部への介入、場所の特定、あまりに手が込み過ぎだ。一体どんなものを押し付けられるのやら」

上層部が了承済み、ということは実質アリシアの側に拒否権は無い。物腰こそ柔らかかったがここまでの周到な根回し、食えない男だ、とアリシアは漏らした。



「ご飯持って来たよ」

ミサキはレーションの入ったチューブを2つ握ってハイドの部屋のドアを叩いた。何を言っても聞く耳は持たれず、そもそも聞いているのかどうかすら怪しい。なぜなら返事が皆無なのだから。

「ほら、何か食べないと」

そこでミサキはハイドを部屋から出すのではなくミサキが部屋に入って話を聞く、という作戦に変更した。だがハイドは一向に沈黙を破ろうとしない。まるでそこに置いておけ、と言わんばかりだ。

「私の分も一緒にあるのよ」

再びだんまりか、と思っていると不意にドアが横に開いた。

「お、お邪魔しまーす」

そろそろとミサキはハイドの部屋に足を踏み入れた。ハイドは真っ暗な部屋の隅でふわふわと考え事でもするように浮かんでいる。

「はいこれ」

ミサキはレーションを1つのハイドに渡し、ライトのスイッチを入れた。たちまち部屋が光に満たされる。

ハイドは受け取ったレーションを口にしようとはせず、指先でパッケージをいじるばかりだ。

ミサキも本当は何か別のものはないか探したのだがジルコニアに積んである食料でレーション以上のものは何も無かったのだ。

「どうしたの?何かあったの?」

そのミサキの言葉で今まで眠っていたハイドの中の怪物が目を覚ました。そしてとてつもなく邪悪な衝動に駆られる。

「敵の……白い機体のパイロット」

ぽつり、とハイドは言った。

「名前を聞いたんだ」

「名前?」

「俺の仲間達を、カイルを殺した奴の名前を書いたんだよ」

「うん……」

いつもとは違うハイドの雰囲気にミサキは思わず後ずさりした。

「何て奴だったと思う?」

一度暴走を始めたハイドの中の怪物はもうハイド自身にも止めようがなかった。

「カント キサラギ」

ハイドがその名を口にした瞬間、時間が凍りついた。ミサキが楽しげに、また懐かしげに、そして愛しげに語るハイドの知らない誰か。ミサキは口をパクパク動かすがどれも乾ききった口では言葉にならず、かすれた音が漏れ出るだけだった。

「嘘……嘘よ」

どれくらいの時間が経っただろうか、ミサキからやっとその一言だけが言葉になった。

「嘘じゃない。あいつがそう言ったんだ」

その必死の叫びさえもハイドは一言で握りつぶす。ミサキの絶望に染まる顔を見てハイドの中の怪物は嬉しげな咆哮を上げた。

「皆んなを、カイルを殺したのはカント キサラギなんだよ!」

ハイドはそう叫んで壁を蹴り、ミサキを壁に押し付けた。

「お前が戻ればあいつはお前を殺すぞ、心臓に戦争の火種を抱えたお前を!」

既にハイドには目の前が何も見えていなかった。止められない感情の奔流にただ流されるままに口と体が動く。

「そんなことない!カントは……」

「あいつは戦争を憎んでいた。カント キサラギは戦争を起こすものを全て消し去る!」

部屋の壁とハイドの腕の間でミサキが小さな嗚咽を漏らした。

「だから……」

「もうやめて!」

ミサキはハイドの腕を払いのけ、部屋から飛び出した。


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