1+1=2、1×1=無限大
マグニジアに着艦すると真っ先にジードからブリッジへの呼び出しがかかった。
「俺はデブリ帯には近づくな、と言ったはずだな?」
「はい」
「……以後気をつけるように」
「へ?」
再三止められていたデブリ帯への突入という重大な命令違反だ。よほどの大目玉、あるいはセットでパンチの2、3発も飛んでくるものと思っていたカントとしては何ともあっけない終わり方だった。
「まだ何かあるのか?」
「い、いえ……」
「ならば早く持ち場につけ。一瞬たりとも油断はできないぞ」
ありがたくはあるが何とも腑に落ちないままカントはブリッジを後にした。
「艦長、気にしてるのよ」
ブリッジの扉のすぐ外でミライと鉢合わせした。その時にジードの態度がおかしかったことを聞いてみるとそんな答えが返ってきた。
「気にしてるって、何を?」
「戦闘中、エルシオンに艦砲射撃が当たりそうになった時があるじゃない?」
その艦砲射撃は全てが計算され尽くしていた。最初の展開の仕方から戦艦の動かし方、あの瞬間に主砲の射線を取る為にマグニジアの動きさえも操られていたと言うのだ。
「あそこでエルシオン主砲を使わせるだけの余裕を与えたのは純粋な艦長としての力量の差だ、ってね」
確かにあの射線に少しでもマグニジアがかかっていれば対物理シールドでビームを弾くことができた。それでなくとも主砲を外された時点でそのまま艦を沈めることも可能だった、と自分を責めているらしい。
「そんなの俺の命令違反とは何の関係も無いじゃないか」
「そういうのを割り切れない人なのよ」
どこか寂しげにそう言い残してミライはブリッジに戻っていった。
急いでドックへ戻るとハンガーに固定されたエルシオンの肩に何か前方後円型の装置が取り付けられていた。
「ノイン、これは?」
「ん?デブリ帯での特殊仕様だよ、ほら、ちょっと形は違うけどアルゴンにも付いてるだろ?」
確かにアルゴンの肩部にも見覚えのない装置がくっつけられていた。
「それで、どう使うんだよ」
「あそこからアンカーを射出して第二の機動力にするんだ」
そんな会話をしているとカントより遅れてドックにやってきたエイラがやってきた。手にはいつぞやと同じホットドッグが2つ握られている。
「カント、艦長の様子はどうだった?」
「どう……と言うと?」
「どこかおかしなところはなかったか?」
「そういえば説教がやたらあっさりしてたな」
「やっぱり……」
「ミライさんが言うには自分の力不足を痛感してるからだとか」
お前はどう思う?という問いの意味合いも含めて語尾を上げてみる。
「艦長も感じていたのだろう。戦いに巻き込んでしまった負い目を」
「負い目って……俺への?」
エイラは黙って頷いた。
「どうしてなんだよ、エイラだって俺とほとんど歳も変わらないのに兵士として立派にやってるじゃないか」
「……私は特別なんだ」
カントは次の言葉を待ったがエイラはそれ以上何も言わずにアルゴンの方へと行ってしまった。呆然とするカントの頭の横に握り締めた跡のついたホットドッグがふわふわと浮かんでいた。
「どうしたんだ?お前らしくないじゃないか、命令を無視してデブリ帯に飛び込むなんて」
サイゾウのアンカーリフトの取り付けを手伝いながらニーチェはハイドに問いかけるがハイドの耳にその言葉は入らなかった。
ハイドは得体の知らない怪物と戦っている気分だった。敵の能力は未知数、戦友を次々と撃墜した凄腕かと思いきや、まるで素人のような操縦を見せ、と思うとハイドとジルコニアの渾身の攻撃さえも凌いで見せた。これ以上放っておけばどう変貌するかわからない、できるだけ早く殺さなければ、という思いがハイドの頭を支配していた。
「……イド」
「ハイド!」
バシン、と後ろから両頬を叩かれた。赤く腫れる頬を抑えつつ振り返ると声の主はミサキだった。
「あ、ごめん。ちょっと強かった?」
「いや。それで、何の用だ」
「アリシアさんがハイドを連れて来いって」
「そうか」
「……どしたの?」
頭を捻るミサキを尻目にハイドはブリッジへ向かった。
「率直な感想を聞かせてもらいたい。エルシオンをどう思う?」
あまりにもあやふやな質問だ。だがアリシアは心を見透かすかのような目でハイドを見つめる。ハイドの口から言葉が突いて出た。
「危険です。やはり鹵獲は不可能、破壊もかなりの難易度を要するでしょう」
アリシアは満足気に頷いた。
「どうだい?少しは周りの声が聞こえるようになったかい?」
「は、はい……」
「何か思うところがあるなら全部ぶちまけな、言葉にするだけで少しは軽くなるもんだよ」
思えば質問の答えなどとうに決まっていた。アリシアは最初から鹵獲する気などさらさらなかったのだ。ジルコニアの艦砲射撃で塵にしようとしている時点で鹵獲もへったくれもない。
「お、何の話だったんだ?」
ニーチェは元が何だったのかよくわからないパーツが散乱してあちこちに漂っているドックに戻ってきたハイドにレーションの入ったチューブを投げてよこした。
「まあ、色々な、それより何だこれは?」
ハイドは目の前を漂うケーブルを掴み取った。
「いや、ちょっとミスしちまってさ」
そう苦笑いしながらニーチェはロジェンを顎で指した。ロジェンの腰部にあるはずのアンカーリフトの大きさは本来の半分ほどしかない。
「まさかお前……」
「しょうがないだろ、こんな作業するのは初めてなんだ」
親衛隊時代は人員的にも物質的にもジルコニアより遥かに恵まれていただろう。当然LAの整備、換装など全てメカニックに一任していただろうがジルコニアではそうはいかない。
「お前はあっちへ行ってろ、ってさ」
既に整備の終わったヘリアム・カスタムの隣でサイゾウが宙を漂うパーツを網で掻き集めながらばらばらになったアンカーリフトを組み直していた。側でミサキも手伝っている。
と、入り口の脇で話し込んでいる男2人に気づいたミサキは眉根を寄せて網を振って見せた。お前らも手伝え、と言っているようだ。
「ミサキも災難だよな、心臓にとんでもない爆弾を抱えてるなんてな」
ニーチェは片目でミサキを見やった。
「僕が言うのも何だけどもうツヴェルフに帰してもいいんじゃないか?向こうには幼馴染もいるんだろ?それにここよりは安全だと思うけどな」
そう言って足で床をトントンと叩いた。ツヴェルフに戻せば合衆政府軍の保護も受けられる。戦艦にいるよりは確かにずっと安全だろう。
「違う」
だがハイドは即答した。
「もしミサキの情報が向こうへ渡っていたらどうする?チップ分離が不可能だと分かれば奴らはきっとミサキを殺す」
「そうかねぇ」
なぜハイドは自分がこうも必死になるのかわからなかった。曲がりなりにもコロニー議長の娘だ。合衆政府もそう簡単に手は出せないだろう。それミサキも言葉にこそ出さないが故郷に帰りたいに違いない。
「お前がそんなに他人に拘るのは珍しいな」
「お前こそ初めて会った時と比べたらまるで別人だ」
ニーチェは笑った。確かに以前から考えてみても大した心境の変化だと思う。肩に乗っていた変な重みが取り払われた、そんな感じだった。
「ミサキのおかげかな」
「私がどうだって?」
ニーチェがビクッと体を震わせて後ろを振り返るとそこには網を三本抱えたミサキが腰に手を当てて訝しげに2人を見上げていた。
「い、いやちょっとした世間話をね」
「それにしても珍しい組み合わせね、少し前から見ると想像もつかない」
「そうか?」
ハイドはニーチェに目を向けた。最初は何とも気にくわない奴だったがいつの間にか背中を任せられるまでになっていた。人間の心とは何とも不思議なものだ。
「そんなことより、お2人、そのちょっとした世間話を一時中断してちょっとこっちを手伝ってくれる?」
特にニーチェ、とミサキは網をニーチェに押し付けた。ニーチェはわかりました、と素直に網を駆ってパーツ回収を始め、ハイドも溜息を吐きつつそれを手伝った。
『敵艦及びルミナスアートを捕捉した。エイラ、カント、マグニジアからあまり離れるな!』
敵艦の姿はカントの位置からも見えていた。そしてやはり青いヘリアムも。
『カント、行ってこい』
「え……」
『マグニジアの直援は私に任せろ、お前にはやりたいことがあるんだろう?』
「そりゃそうだけど……」
確かにあの青いヘリアムと戦いたい気持ちははち切れんばかりにある。だがそうなればエイラが1人でマグニジアを守らなければならない。
『私のことなら心配するな、もう大分慣れたよ』
「……わかった」
エイラの言葉に甘えてカントは前方へ大きく飛び出した。
[アンカーの射出感覚はどうでしょうか]
「どう……と言うと?」
[今回が初投入ですので]
「大丈夫。もう慣れたよ」
岩礁にアンカーを打ち込み、スラスターを吹かせながらアンカーに付いたワイヤーを巻き取ることでより少ない動きで漂う岩礁を回避することができるようになった。初めはその特殊な感覚に慣れることができなかったが何度か使ううちにだんだんコツが掴めてきた。
「来たな」
やはり敵もアンカーリフトを装備している。条件は同じのようだ。
[敵機との距離224メートル]
「よし、エルシオン、準備はできてるな?」
[肯定。残り30秒で解析が完了します]
「頼んだぞ!」
カントは機体を反転、逆方向にアンカーを放った。
今度は先ほどの逆、エルシオンが逃げる側に回り、ヘリアムがそれを追いかけている。
カントはエルシオンの向きを変え、後ろ向きにブラスターを放つ。そう簡単に当たりはしないが敵の足を弱める効果は十分だった。一瞬速度が弱まった瞬間を狙ってカントはわざと機体の脚部を狙ってブラスターを撃った。
優秀なパイロットほど『当たる』敵の攻撃には敏感だ。特に機体の芯を狙うものは特に。だがそれ以外、つまり急所を外した攻撃には脆いのだ。
ハイドもその例に漏れずコックピットやエンジンを狙った攻撃は悉く回避してきた。だが今回の攻撃には反応が一瞬遅れ、脚部をビームが掠る。反撃に移ろうとロケットバズーカを向けた瞬間、エルシオンはガクンと急降下、ハイドの目の前には巨大な岩礁が迫っていた。カントは攻撃する前、予めアンカーを打っていたのだ。
[解析完了。敵機との回線、開きます]
カントは短く深呼吸すると、叫んだ。
「おい!そこのヘリアムのパイロット!聞こえるか?」
カントは前回の戦闘からエルシオンにヘリアムの通信回線を解析させていたのだ。カントにはどうしても聞きたいことがあった。
『……何の用だ』
相手の声から感情を計り知ることはできなかったがあまり歳をとっている感じはしなかった。カントと同じか、少し上くらいだろう。
「俺はカント キサラギ。このエルシオンのパイロットだ」
カントは大きく息を吸い、そして吐いた。
「お前たちはどうしてそうやって戦争を起こそうとするんだ?」
これがカントが聞きたかったまず1つ目だった。地球を巡って感じた理不尽、そしてそれにも負けずに生きている人達、戦争を止めようと奔走する人達を間近で見てきたカントが感じた最大の疑問だ。
「……」
敵のパイロットからは返事の代わりにビームが返ってきた。カントはエルシオン急旋回させて岩礁を盾にする。
「地球には戦争の爪痕の中で必死に生きている人達がいる!宇宙には戦争を止めるために命だって懸ける人がいる!そんな中でどうしてお前たちは平和を望めないんだ!」
返事が返ってこないだろうと思うと自然と語気が荒くなった。
「お前たちのせいで関係のないコロニー市民が謂れのない侮辱を受けたんだよ!お前たちは……コロニー自由軍はただ宇宙と地球を引っ掻き回してるだけだってことになぜ気付かない!」
ここまでを一息で言い切り、カントは大きく肩で息を吐いた。すると今まで激しく浴びせられていた攻撃がピタリと止んだ。
「……お前に何がわかる」
そして次の瞬間、敵のアンカーがエルシオンを捉えた。そしてワイヤーを巻き取るのと同時にスラスターを噴射させ、急速にエルシオンに肉薄する。
『お前のような温室育ちに俺たちの一体何がわかる!』
カントが撃ったブラスターを躱し、超至近距離でビームキャノンを発射した。




