閉じきった扉をこじ開ける
翌日、アリシアは軍本部へ赴き、ヘイゼルと相対した。
「まさかヘイゼル様がこのような情報を隠し持っていたとは……」
ヘイゼルは舌打ちをし、ペンで机をコツコツと叩く。かなり機嫌が悪い時のわかりやすい癖だ。
「それで、何が目的だ?金か、地位か?」
「そんなものは望みません。そうですね……私の部下を返してもらいましょうか」
「部下?私は君の船員を拘束している覚えは無いが?」
「何を仰ってるんですか、いるでしょう1人。ミサキ マルクスが」
ヘイゼルの頭に血が昇るのが見て取れた。怒りで顔が真っ赤だ。
「……」
「いいですよ?お断りになられても。その時は……他の幹部の方に力を貸してもらうことになりますが」
この自由軍の命運を左右する情報はヘイゼルの個人端末の中にあった。ということは恐らく他の最高幹部達にすら秘密だったのだろう。そんなことが知れれば他の幹部からの報復は免れないだろう。それを承知で『力を借りる』と言ったのだ。ヘイゼルがその意味を理解できないはずがない。
「……わかった」
その言葉をきくことができればもう十分だった。アリシアは耳元の通信機に向かって話しかける。
「ハイド、今の聞いたね?」
「はい。これよりミサキの救出に向かいます」
既にミサキの居場所の当たりはついている。予めその前にハイドを待機させていたのだ。
「それでは私はこれで」
「……貴様は本当にここへくるたびトラブルを抱えてくるな」
「それは自覚しています」
しかし反省はしていない、とアリシアは心の中で言った。
「その情報があれば我々自由軍は合衆政府と対等に渡り合うことができる。それをむざむざ消し去るなど……そこまで愚かだとは思わなかった」
アリシアはジルコニアへ帰還後、ヘイゼルが最後に言ったセリフについてコニーに聞いてみた。
「いや?あの情報を消すなんてそんな暇ありませんでしたよ。でもそれがどうしたんです?」
「いや?恐らく……いや確実に内部、それもかなり深いところまで潜られてるね」
コニーが何かいい返そうとするとその前にブリッジの扉が開き、ミサキとハイドが姿を現した。
「あの、ありがとう……ございます」
ミサキはぺこりと頭を下げた。
「何、気にしなさんな、あんたはもうあたしらの仲間だ。これから死ぬほど働いてもらうから覚悟しときな」
「捕虜を仲間呼ばわりとは、この艦ではそんな軍隊ごっこをいつもしているのですか?」
ハイドとミサキの後ろから綺麗な軍服を着た金髪の青年が入ってきた。もちろんジルコニアの船員ではないし、誰1人面識はない。
「誰だ、お前を乗船許可した覚えはない」
アリシアの言葉を聞いて素早くハイドが青年の横に付き、腕を掴もうとする。
「ふん、父上はまだ伝えていないのか、僕はニーチェ シュタイナー、本日付けでジルコニアのパイロット兼監査役に着任した」
彼は名前の通りヘイゼルの息子だ。更にヘイゼルの親衛隊の隊長をしている。そこからつけられたあだ名が……
「ナナヒカリ隊長か」
すぐ横でハイドが漏らした。別にニーチェに聞かせるつもりはなく、ただの独り言として言ったつもりだったのだがニーチェはよほど気にしているのかそれを敏感に聞き取っていた。
「僕をナナヒカリと呼ぶな!」
ニーチェは今にもハイドに掴みかかりそうだ。
「ったくあのオヤジ、姑息なマネを……」
監査役をつけたということは何かアリシアが命令違反をした場合、ジルコニアの最終決定権がニーチェへ移行するのだ。
それにもし違反をしていなくてもヘイゼルならば得意の裏工作であらぬ罪をでっち上げかねない。つまり実質の最高権力はニーチェが握っていることになるわけだ。
「いいから2人とも落ち着きな。ニーチェ、と言ったね、あんたが監査役だか何だか知らないがこの艦にいる以上、この艦のルールに従ってもらう。いいね?」
「わかりました。では僕は自分の機体の調整がありますので!」
ニーチェはそう吐きすてると肩をいからせてブリッジから出て行ってしまった。
「……はぁ」
アリシアはどかっと艦長席に体を預けた。コロニーツヴェルフへの潜入に度重なる戦闘、ゼクスに帰ってからもヘイゼルからの呼び出しを受けたりミサキの為に奔走したりと忙しくロクな睡眠を取っていない。
「今日はもう休んだらどうですか?」
見かねてコニーが言った。
「そうだね……じゃああたしはもう寝るよ。何かあったら連絡してくれ」
流石のアリシアもフラフラになりながらブリッジを後にした。
ジルコニアの通路に3人分の足音が響く。1番先頭はニーチェ、それから少し遅れてハイド、ミサキと続く。
「……」
「……」
お互いに会話は無い。だがついに耐えきれなくなったニーチェが言った。
「君たち、僕の後ろをついてくるのはやめてくれないか?」
「別について行っているつもりはない。俺の進む先にお前がいるだけだ」
ハイドも即座に言い返す。事実そうなのだ。ハイドも自機の調整、ミサキはサイゾウへ無事を知らせに行く、という目的があり、ドック、つまりニーチェと同じ場所へ向かっているのだから。同じ道を通るのは仕方がない。
「じゃあ君たちが先を歩いてくれ!」
「そうさせてもらう」
ハイドとミサキはニーチェを追い越し、一足先にドックへ入る。ドックにはやはり鎖でがんじがらめにされたアリシアのリシアム、機体のあちこちに武装の付いたハイドのヘリアム、そしてあと1機、見慣れない機体がその隣に佇んでいた。
「どうだ見たか!これが僕の機体、ロジェンだ!」
ロジェンと呼ばれた機体は騎士のようなフォルムに円形のシールド、そしてヘリアムのビームランチャーものより細長いビームミトレイズを装備していた。
「この機体こそ自由軍の次期主力機になる機体だ、もうヘリアムなどという化石のような機体は時代遅れなんだよ!」
さっきの仕返しとばかりにニーチェはまくし立てる。
「それに何だこのゴテゴテした武装は、よくこんな鉄くずに乗っていられるなぁ」
今まで黙って聞いていたハイドだったがさすがにこれには頭にきたようでニーチェを睨みつけた。
「どっちが鉄くずか、試してみるか?」
「う……い、いいだろう!」
ハイドの眼力に一瞬気圧されたニーチェだったがもう後戻りはできぬと無理に胸を張って答えた。それを聞いていたサイゾウによって手早くシミュレータの準備が整えられ、それぞれの機体に2人は乗り込む。
「始めるぞい!」
サイゾウの一声でシミュレータが起動した。
「先手必勝だ!」
開始早々ロジェンの機動力をフルに使ってヘリアムに急速接近し、ビームを撃つ。ロジェンの武装、ビームミトレイズはランチャーとブレードが1つになったもので両方とも出力に改良が加えられている。ハイドも最小限の動きで回避しつつビームキャノンを撃つがやはりシールドに弾かれる。豪語するだけの機体性能はあるようだ。
「もらった!」
素早くブレードを展開し、ヘリアムに向かって薙ぎはらう。しかしハイドは機体を前転させて悠々と躱す。そしてロジェンのがら空きになった背後にロケットバズーカを撃ち込んだ。
「んなっ!この!」
ニーチェは慌ててシールドを構えるがもう手遅れだった。小型の盾では至近距離からの攻撃をカバーしきれない。盾にロケットバズーカを、機体にビームキャノンを喰らい、ロジェンは大破、即ちニーチェの負けだ。
「……ニーチェの奴、まだコックピットから出てこないのかい?」
時刻は既に深夜を回り、いよいよ日付が変わる、という時だ。ハイドにコテンパンにやられてからニーチェは食事も摂らずコックピットに引きこもっていた。
「ハイド……もうちっと手加減できんかったのか?」
一同はニーチェを何とか引っ張り出そうとあの手この手を使ったのだが一向に効果を見せない。
「すみません。つい」
「はぁ、もういい。死にたいのなら勝手にコックピットの中で死なせとけばいいさ」
最初にしびれを切らしたアリシアがドックから出たのを皮切りに次々とジルコニアから出て行き、結局最後に残ったのはミサキ1人だった。
「ねぇ、もう機嫌なおしたら?いつまでもいじけてるの、みっともないよ」
リフトでコックピットの正面まで昇って言う。
「うるさい。君に何がわかるというんだ。そうですよ、僕はどこまでもみっともないナナヒカリ隊長ですよ」
しかしやはり返ってきたのはそんな不貞腐れた返事だった。ミサキはロジェンに背を向けてリフトに座り込む。
「ほら、ご飯だけでも食べなよ、体もたないって」
ミサキは手に持ったおにぎりが数個乗っているお盆を突き出す。
「君も帰ればいいじゃないか、もう僕のことはほっといてくれ」
「やだ、ニーチェが食べるまで私は帰らない」
ミサキはおにぎりを脇に置き、膝を抱えた。その時、一筋の記憶が脳裏に浮かんだ。思えばミサキも似たような経験をしたことがあったのだ。
「私、さ、小さい頃からよくお父さんと比べられてたんだ。あのマルクスさんの所の?って」
今度はニーチェは何も答えない。聞かぬふりをしているのか、それとも耳を傾けてくれているのか、ミサキにはわからなかったが後者であることを祈って続けた。
「だからね、スクールの入学試験はすごく頑張ったんだ。頑張って頑張って……そして全科目トップで入学できた」
スクールには大きく分けて2つの種類がある。7歳から12歳までのジュニアスクール、13歳から18歳までのハイスクール、ミサキはジュニアスクールには普通の学校に通っていたがハイスクールはツヴェルフ最難関の学校を受けたのだ。しかしトップで入学したミサキにクラスメイト達は冷たかった。
「『ナナヒカリ』、それが私のあだ名だった。すごくショックだったよ。まるで私がいないみたいだった」
結局ミサキは不登校になってしまった。両親とも凄く心配していたがそれが逆にミサキの重荷になり、最後には部屋に篭りっきりになってしまった。
「みんな私を見てって、そう言いたかっただけなのにね、じゃあ私はいてもいなくても同じなんじゃないか、って思った時もあったよ」
「じゃあどうして君は立ち直れたんだ?」
初めてニーチェが口を開いた。その声はまるで暗闇の中で『自分』を探しながら彷徨うあの時の自分そっくりで、ミサキは自然と過去の自分とニーチェを重ね合わせていた。
「立ち直れた、というか立ち直らせてくれた、のかな?私が部屋に篭ってるといつもあいつはドアの向こう側に座ってるんだ、時々話しかけてくるんだけど基本無言で。変でしょ?」
昔を思い出してミサキの顔から自然と笑みがこぼれた。
「それでね、ある時私は言ったんだ、『私じゃお父さんみたいになれない』って。そしたらあいつ何て言ったと思う?」
ニーチェは無言で首を横に振った。それを知ってか知らずかミサキは続ける。
「『お前なんかがおじさんになれるかよ』、ひどいと思わない?私つい部屋から出て殴ってやろうかと思ったよ。でも次にあいつ、『でもおじさんもお前にはなれない』とも言ったんだ」
それからミサキは学校に行くようになった。始めは色々言われもしたが気にしなければそれ以上ひどくなることはなかった。
「……」
「以上、私の過去紹介でした」
ミサキがそう締めくくると一瞬の間を置き、ロジェンのコックピットハッチが開いてニーチェが這い出てきた。そしておもむろに目の前にあったおにぎりを頬張る。
「ふぉ、ふぉくは……」
おにぎりを食べながらミサキが横で見ているのに気付き、顔を赤くしながら慌てて何か捲したてるが口の中のものが邪魔になって言葉にならない。
「僕は決して君に説得されたとかそういうんじゃないからな!これは……そう、次の戦いへの備えだ。だから変な想像をするんじゃないぞ!」
そう言い終わると再びおにぎりをがっつき始めた。