ちんちくりん
「店長店長。今日隣のクラスの男子に告られたんですけど、どうしたら良いですか?」
元気良く店に飛び込んで来た彼女は唐突にすっとんきょうな質問を投げ込んで来た。
告ったとか告られたとか、この年代の子供たちの世界では、よっぽどの大事件なんだろう。
「その前におはようございますでしょ?挨拶が出来ない子はダメな子だよ」
「あはは♪ごめんなさい。おはようございます!今日もよろしくお願いします。オプオプもおはよー。今日もご機嫌さんかな?」
彼女はペットのリスザルにも挨拶をした。
彼女は浅倉ユウ。この春から僕の店で働き始めた元気だけは誰にも負けない高校1年生だ。
まだまだ子供っぽいけど、お客さまからの評判は上々。きっとこの子の明るい純朴なところが良いのだろう。
初めて会ったのは3ヶ月前。ランチ営業を終えて、店内がゆるく落ち着いたアイドルタイムにいきなりドアを開けて入って来た。
「チリン」と入り口の鈴が軽やかに鳴った。
「このお店でアルバイトがしたいのですが、どうしたら良いですか?」
そう言って現れたのは、整った顔立ちが一際目立つ女の子と、あどけない笑顔で僕に視線を投げる女の子。
歳の離れた友達かな?と思ったら姉妹だった。友達同士で面接に来る大学生なんかは良くあることだけれども、姉妹で一緒に来たケースは初めてだった。
「二人とも?」
姉の方が首を振る。
「いえ、こちらの…私の妹なんですがこの子だけです」
姉の方は思わず二度見をする程の大人っぽい容姿。言葉の節々に礼儀正しい部分も見て取れる。即採用レベルだ。
一方妹の方はヒヨコみたいにちんちくりんな感じ。まぁ中学校を卒業したばかりの子供だから当然だろう。
うちはお酒も出すから、未成年の採用には当然慎重になる。人員も足りているし無理に採用する必要も無い。
だが、特に理由は無いのだけれど、気になって面接する事にした。
志望動機は近いから。
働く目的は遊ぶお金。
面接ではあまり言わない方が良い事をあっけらかんと言いきった。隣で姉が苦笑いしている。
「家はお酒もあるし、酔っぱらいの相手もするよ。親御さんの許可は貰えますか?学校の校則は大丈夫?」
「おやごさんって何ですか?」
僕は思わず笑ってしまった。
「ご両親とか、おうちの人。浅倉さんの保護者の人ね。保護者って分かるかな?」
姉が恥ずかしそうに下を向く。
「大丈夫です!ママがこのお店で働かせてもらいなさいって。あたしも、こんなに可愛くておしゃれなお店で働きたいです」
一人称『あたし』の娘はなんとなく好きだ。
母親が薦めたと言うことは馴染みのお客様の子供だろうか?元気だけはありそうだし、どうにかなるかな?と判断しその場で採用を決めた。
それから3ヶ月。ユウは初めてのアルバイトだと思えない程仕事の飲み込みも早く、あっという間に馴染んでいった。特に2つ上の先輩、まことは仲良くしている。
「トミーさんあの子採用したの正解でしたね」
まことが洗い物をしながら僕に話しかけて来た。
「同じ高校生同士仲良くしてあげなね」
まことも高校1年の時からこの店で働いてくれている、頼もしい大切なスタッフだ。高3で受験も控えているのにアルバイトばかりしている。こいつもまた人生を楽しんでいる口だ。
「オレ、あの子好きかも?です」
「あー、見てれば分かるよ」
人の色恋のベクトルはなんとなく分かる。高校生の頃クラスの女子の好きな人をズバズバ当てて引かれた事もあった。
自分の事になると、さっぱり分からなくなるのだけれど…
「んで、どうしたいの?付き合いたいの?」
「トミーさんどうなんですか?わりかし、お気に入りでしょ?付き合いたいとか思わないんですか?あの子、トミーさん優しくてカッコいいって言ってましたよ」
「一回りも年下だよ。無い無い。安心しな」
「あの子のお姉さん見たことある?凄く綺麗で大人っぽい娘だったなー。あんな娘だったら落ちちゃうかもね」
若い子たちの色恋に合わせて会話を続ける。
「一回りは無理でも10こ下はアリなんですね。てか落ちるって昭和ですか?」
「10こ下?お姉さんも高校生?まことお姉さんの事知ってるの?」
「つーか、恋はするもんじゃなくて落ちるもんだろ?真理だろ?」
どうでもいい他愛ない会話。
ユウの姉とまことは中学の同級生で、彼女は中学の頃からティーン向け雑誌でそこそこ人気のモデルをしてるらしい。
あの容姿と礼儀をわきまえた態度に納得。大人の世界観に慣れているのだろう。
「まことだったらどっちが良い?」
「自分、姉に2回振られてます」
「あーゴメン」
「全然、中学の時の話しですから。笑い話ッス」
まーあの娘ならもてるだろうな。
ユニフォームに着替えたユウが手を洗いながら聞いてきた。
「店長店長。今日の賄い何ですか?」
ユウは小首をかしげながら、期待に満ちた目で僕を見る。ユウは必ず、僕を呼ぶ時に『店長』を二回繰り返す。そういう所がいちいち可愛らしい。
「ユウは色気より食い気かー。さっき告られたとか言って無かった?どうすんの?付き合うの?ちなみに賄いはまことが作ります」
「えー、また?あたし店長の作ったご飯一回しか食べた事無いですよ。ななみさんにはいつも作ってるのに。ズルく無いですか?」
ななみというのは店の閉店作業や、事務やらを手伝ってくれているスタッフの一人だ。
「僕の賄いは女性限定だから。ゴメンね」
「あたしも女ですよ?」
「ちんちくりんにはまだ早いの」
「ちんちくりんって何語ですか?とにかくズルいです!あの時のスパゲッティ過去イチでした。また食べたいのに…」
少しむくれた顔。拗ねた顔も可愛らしい。初出勤の時に作ったパスタの話をしながら、ユウは唐突に言った。
「告られた件だけど多分断ります。あたし気になる人いるし。ねーオプオプ」
ユウがチラっとオプオプを見た。
「でも彼氏も欲しいからなー」
「焦っても良い事無いよ」
「なら断ります」
ユウはイタズラっぽく笑う。
僕とユウの他愛無いやり取りをまことが冷ややかに見ている。
「浅倉さん?オレの賄いが嫌なら今日は卵かけご飯だよ」
「だったら鶏肉のそぼろとかつおぶしと韓国海苔は絶対ね!あとゴマ油!」
「ここイタリアンカフェだよ?」
ユウが笑っている。
ディナー営業前のちょっとした一時。下らない会話で空気が弾む。
この子たちを見てると思い出す…僕が高校生だった頃、まだ純粋に恋をしていたあの頃を…
あの頃は恋愛ってもっと綺麗な物だと思いこんでいたな。自分の記憶をなぞると少しだけこそばゆくなった。




