↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
落ちこぼれと呼ばれた俺は、燃える命を救うために無詠唱の炎を灯す――仲間と駆ける王道ファンタジー  作者: rorenji


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
40/40

英雄ではない

 目を開けると、天井が近かった。


 白い板の継ぎ目が、視界の端でゆっくり揺れている。


「動かないで」


 セラの声が右からした。


 ルカは起き上がろうとしていたらしい。背中を寝台へ戻され、遅れて全身の痛みが来た。胸には幅広い固定帯。肩から腕まで硬い添え具に包まれ、右脚にも厚い布が巻かれている。


「ここは?」


「学院の治療棟。監獄炉から戻って二日目」


「二日……」


「正確には三十七時間。途中で目を開けたけど、私の指を噛もうとした」


「覚えてない」


「でしょうね。呼吸具を外そうとしたから止めただけ」


 セラは寝台脇の椅子へ座り直した。髪の編み目は途中でほどけ、目の下が薄く黒い。


「みんなは」


「生きてる」


 迷いのない返事だった。


「施設班長は煙を吸っていたけど、今朝から食事を取ってる。フィオナは魔力切れ。ダリオは指と膝の治療中。カシアンは軽い火傷と打撲。先生たちも無事」


 ルカは息を吐いた。固定帯が胸を押し、途中で咳に変わる。


「バルグランは」


「止まった。三度確かめた。炉心の熱も戻ってない」


「そうか」


 それだけ言うと、身体の力が抜けた。


 セラは水差しから細い管へ水を通し、ルカの口元へ寄せる。


「少しずつ。肋骨は二本に亀裂。肩は関節が外れて、周りの神経も圧迫されてた。戻して治癒を掛けたけど、腕はしばらく固定。脛は七針。掌は縫い直し」


「歩ける?」


「最初に聞くことがそれ?」


「歩けない?」


 セラの声が低くなった。


「一週間は禁止。勝手に床へ足をつけたら、もう一週間増やす」


「分かった」


「今の間は信用してない」


 扉の外で何かが倒れた。


 フィオナが顔を出した。返事を待たずに入ってきたが、寝台の横まで来ると止まった。ルカの目が開いているのを見て、一度口を開き、閉じる。


 その後ろからダリオとカシアンも続いた。三人とも学院の制服へ着替えていたが、フィオナの飛行眼鏡は片方のレンズが割れたまま、ダリオの頬には細い治療布、カシアンの腰には杖がなかった。


「今、入っていいって聞こえたよね」


「聞こえてない」


 セラが言う。


「起きたって聞こえた」


「扉に耳をつけてたからだろ」


 ダリオが壁際へ寄せてあった盆を立て直す。落としたのは彼らしい。


 カシアンは寝台の足元で止まった。


「自分の名前は」


「ルカ・フェルド」


「場所」


「学院の治療棟」


「最後に覚えていること」


 ルカは答えかけて、右手を見た。


 包帯の下に、拳を打った感触が残っている。


「炎が出た」


 部屋が静かになった。


「出たよ」


 フィオナが寝台の横へ来る。


 「白っぽい赤。拳から炉心へ突き刺さって、次の瞬間には腹の穴から三本も噴き上がった。縦穴が全部明るくなるくらい。それなのに、近くの鎖も服も燃えてなかった」


「どうやったか分からない」


「でしょうね」


 カシアンが即答した。


「同じものを今すぐ出せと言われても、無理だろう」


「たぶん」


「たぶんを付けるな。治療棟で試す顔をしている」


 ルカは包帯の拳を閉じようとした。指は半分も曲がらない。セラの視線が刺さり、やめた。


「俺の炎とも違った」


 カシアンは割れた杖の留め具だけを掌へ載せた。


 「詠唱は途中で止めた。魔力の動きは感じなかった。最初に炎が出たのは拳の先だけだ。現状、名前を付けられる段階にない」


「お前にも分からないのか」


「分からない。だから調べる」


 カシアンは留め具を握り、ポケットへ戻した。


「ただし、炎を出したから君を認めるつもりはない」


 ルカは顔を上げた。


「火がなくても、君は最初の施設員三人を助けた。逃げられる場所まで行って、もう一人の信号へ戻った。炉心へ届いたのも、体術と縄があったからだ」


「誉めてる?」


 フィオナが聞く。


「事実を並べた」


「それを誉めてるって言うの」


「君の定義は聞いていない」


 カシアンはルカへ向き直った。


「次は万全の状態で勝負する。あの炎を実力として数えるかは、それから決める」


「分かった。俺もそうしたい」


「まず歩けるようになってから言え」


 ダリオが布に包んだ物を寝台脇へ置いた。


 古い救助帯だった。革は深く裂け、金具が一つなくなり、泥と煤が縫い目まで入り込んでいる。


「直せる?」


「今までと同じには戻らん」


 ダリオは裂け目へ指を入れ、裏側の布を見せた。


「荷重を掛けたら切れる。使える金具だけ外して、新しい革へ移す」


「じゃあ、父さんにもらった帯は」


「革を一切捨てるとは言ってない。内側へ縫い込む。見えなくなるけど残る」


 ルカは傷だらけの帯を見た。


「頼む」


「退院までには作る。今度は縄だけ腰へ巻くな。あれを運ぶ側が迷惑する」


「誰が運んだ?」


「俺たちと施設班長。換気炉の火を落として、外の救助隊が排気塔の保守梯子から下りてきた」


 フィオナが口を挟む。


「ルカ、重かった。途中で三回落としかけた」


「二回だ」


「私の靴に乗ったのを入れたら三回」


「それはお前が足を出した」


「助けようとしたの」


「二人とも静かに」


 セラの一言で止まった。


 扉が二度叩かれる。


 ローウェンが入ってきた。後ろには学院長のエレノアがいる。四人は寝台の周りから道を空けた。


「目覚めたばかりで悪いが、先に伝えておく」


 ローウェンはルカの正面へ立った。


「監獄炉実習は全課程を中止。負傷者は全員搬出され、死亡者はいない。施設班長を含む四名の救出と、バルグランの停止には、お前たち五人の行動が直接つながった」


 そこで一度言葉を切る。


「同時に、退避命令へ違反した。教師側の救助計画を待たず、閉鎖される地下へ残った。全員、危険実習への参加資格を停止する。期間は審議後に決める」


「はい」


「返事が早い。処分が軽いと思ったか」


「いいえ。覚悟してました」


「なら、俺たちも同じです」


 ダリオが言った。


 フィオナもセラも動かない。カシアンは姿勢を正したまま、視線をそらさなかった。


 エレノアが五人を見る。


「評価は割れています。命令違反を重く見る者。退路が閉じるまで待った教師側の判断を検証すべきだという者。現場で救える命を救った生徒を、規則だけで処分できないという者」


「処分されたはずの収容個体が、なぜ施設に残っていたのかも調べています。施設が閉鎖された当時まで遡ることになります」


「学院長は、どう考えていますか」


 ルカが尋ねた。


「あなたたちを英雄として扱えば、次の生徒が同じ無謀を真似ます。違反者として切り捨てれば、学院が教えている救助の意味を失う」


 エレノアは寝台脇の壊れた救助帯へ目を落とした。


「だから両方を残します。救助は功績。命令違反には処分。あなたの未知の炎は、安全を確認できるまで教官立ち会いでのみ訓練を許可します」


「退学には」


「しません」


 ルカは枕へ頭を戻した。


 胸の固定帯が急に緩んだ気がした。


 ローウェンが腕を組む。


「ただし俺の命令を無視した件は別だ。歩けるようになったら五人で来い」


「何をするんですか」


「叱る。今は患者だからセラに譲る」


「先生、分かってますね」


 セラが初めて少しだけ笑った。


 八日後、ルカは杖をついて治療棟の廊下へ出た。


 セラが横につき、フィオナが半歩前を歩く。ダリオは修理途中の救助帯を抱え、カシアンは新しい杖の申請へ行くところだった。


 向こうから、監獄炉で救出された第一班の生徒たちが来た。足首を負傷した生徒は松葉杖を使っている。


 以前なら、話しかける前に一瞬だけ迷う顔をされた。


 魔力ゼロの生徒と実習を組んで安全なのか。助けられる側にならないか。その心配が先に見えていた。


 今回は違った。


「フェルド」


 名前で呼ばれた。


「地下で、ありがとう」


「俺だけじゃない。みんながいた」


「分かってる。全員に言った」


 生徒は松葉杖を少し持ち上げた。


「また実習で組む時は頼む。今度は落ちる前にな」


「次は俺も気をつける」


 廊下ですれ違う生徒たちも、白い包帯と杖を見た。それでも、魔力ゼロという声は聞こえなかった。


「英雄だって噂も出てるよ」


 フィオナが言う。


「英雄じゃない」


「知ってる。英雄は人の言うことをもう少し聞く」


「そこ?」


「そこ」


 ダリオが修理中の救助帯で、ルカの杖先を軽く叩いた。


「止まるな。後ろが詰まる」


 ルカはまた歩いた。


 一歩ごとに脛が痛む。


 右手の包帯の奥には、まだ少し熱が残っていた。


      ◇


 同じ夜、王都にある国際救難機構ビーコン本部へ、発信者名のない有線連絡が入った。


 文は二行だけだった。


『灰色の結晶は炉心へ到達。

 収容個体バルグランは停止。実行者は学院生徒』


 通信員は監獄炉事故の対応室へ紙片を運んだ。


 各国から届く被害状況の中央に、一人の男が立っている。救助服の胸には、七国すべてで活動を許された者だけが持つ銀の章があった。


「現地から追加です、サイラス救助官」


 サイラスは紙片を受け取った。


 結晶が届いたという一行にも、バルグラン停止の一行にも、表情は変わらない。


「学院生徒の名前は」


「複数名が関わっています。炉心を破壊したのは、ルカ・フェルドという一年生です」


 紙を持つ指が、そこで止まった。


 サイラスは被害人数も、使われた術式も尋ねなかった。


「ルカ・フェルドは生きているか」


「はい。重傷ですが、意識を回復したと」


「そうか」


 短い返事のあと、サイラスは紙片を机へ置いた。


 その名だけを、もう一度見た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。