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2-5、佐賀

 料理屋で気分転換した銀華は、数日たって出来上がった着物を身にまとう。

 今日は銀華のお披露目のお茶会である。

 灰夏が選んでくれた着物は、どれも銀華の顔立ちに似合っていて、銀華は自分が少しだけ好きになれた。

 いざ、お披露目のお茶会が開かれると、銀華は違った意味で注目を集めた。顔見せは済ませていたというのに、みながみな、銀華を特別に扱った。

「あの娘がこうも変わるとは」

 銀華は、決して派手な着物ではなく、灰夏が似合うと言った、あの青みがかった赤茶の着物姿で現れたのである。

 帯の色に水色を取り入れることで、銀華にも着物がよく似合っている。

 水色は銀華の色だ、と灰夏が選んだのだ。

 それに、化粧も今日はいちだんと華やかにしたのが、意外だったようだ。

 いつもと違う雰囲気に、周りの人間が興味を示した。

 華やかな雰囲気の彼女もまた、魅力的だ。

 灰夏は隣の銀華と腕を組み、今日のお披露目に参加している。

「似合っている、銀華」

「だって。これ、似合うって言ったの灰夏さまですよ」

「だが、言う通りにあわせるとは思わなかった」

「ええ、私も意外でした」

 銀華はてっきり、ほかの色の着物にすると思っていたのだが、灰夏が一番似合うと選んだ赤茶の着物を身にまとっているのだ。

 それほど、灰夏を信じてくれているのだと思うと、灰夏の頬が自然と緩んだ。

 銀華が灰夏に笑いかけると、会場中が銀華に注目した。

 あんな風に柔らかに笑う人間だったのだろうか。

 華族の一人が銀華に話しかける。その人物に、灰夏の顔が曇っていった。

「銀華嬢。わたしは華族の佐賀と申すもの」

「あ。佐賀さま……!」

 灰夏にとっては敵の男だった。

 銀華は佐賀に向き直り、着物を翻してあいさつした。

 佐賀は出張ったお腹をさすって、銀華を舐めるように上から下に見渡している。

「銀華です」

「噂は聞いておりましたが、お美しい」

「お世辞でもうれしゅうございます」

 銀華の周りにはいつのまにか人だかりができていて、銀華は挨拶だけでてんやわんやだった。

 しかし、灰夏は銀華から片時も離れず、不都合な声掛けがあると、灰夏が割って入って話題を変える。

 銀華にいやらしい視線をよこそうものならば、灰夏はそれらを排除し、銀華を守った。

 結局銀華が自由になったのは、食事がふるまわれる、正午のことだった。

「銀華さま、一つ飲み物を交わしませんか」

「ええ、喜んで」

 銀華は一生懸命外交に励んだのだが、何分緊張は隠せない。

 今度話しかけてきた神は、木神の当主、緑詩りょくしである。緑色の髪と瞳が、たいそう美しかった。

 柔和な顔つきで、銀華の警戒が緩むのが分かった。

「平民なのに神嫁になってどのようなご気分ですか?」

「灰夏氏とはどんなご関係で」

「妹の土子さまと銀華さまはどういうご関係で」

 どの問いも、「はい」とか「いいえ」としか答えないので、銀華は腹のうちが読めないしたたかな神嫁だと会場中が噂する。

 緑詩が、土子のことばかり聞いてくるので、銀華は気が気じゃない。この緑詩は、土子に近づくために、自分を利用したのではと思うほどだった。

「時に、灰夏さま。土神の当主にくだものを持っていきたいのだが、なにか嫌いな食べ物はありますか?」

「父は……あんず以外なら」

「ほう、あんずがお嫌い、と」

「いえ、命にかかわるので、絶対に食べさせないでください」

 それは、灰夏が息子だから知っていることだった。

 銀華も初耳らしく、灰夏を見やる。

 土神の現当主には、あんずの過剰免疫反応アレルギーがある。今日出されているくだものの中にもあんずがあったため、灰夏は緑詩に釘を刺すのだった。

 

 お披露目の会が無事に進む中、会場がわっとざわめくのがわかった。その中心にいたのは土子と土夏である。

「銀華、いいところに来たわ」

 じわ、と銀華に汗が滲んだ。

 悪意のある土子の視線が、銀華はなによりも苦手だった。

 土子は、このお茶会が気に入らなかった。

 銀華のために開かれたお茶会。

 だから、わざわざこの場を選んで、こんなことをしたに違いない。

 土子は、銀華の前に歩き、隣にいる土夏と目を合わせる。

 土夏がうん、と頷き、そのままふたりが唇を合わせた。

 会場中がざわめいて、なのに銀華は息すらできない。土子の胸元に、火花が散っているからだ。

 赤土色の、火花だった。

 唇を離し、土夏がその火花を手に掴む。そうして、土子の胸から抜き出された剣は、紛れもなく土の加護の剣だった。

「あはっ。アンタだけが特別じゃなくて、悔しい?」

「でも、その剣は」

 封じられた剣だと、前に貴美子に聞いていた。

 しかし、土子も土夏もそれを知っていたようで、土夏がその剣を高らかに掲げて、

「土神に、多大なる加護が現れた!」

 赤茶の剣が、その証拠となった。

 銀華と灰夏の加護の剣は受け入れなかったのに、周りにいた神々たちは、土夏と土子こそが、土の神の正当な後継者なのだと口々に褒め称える。

 目眩を催す銀華を、灰夏が支える。

「あちらに行こう」

「灰夏さま……」

「俺は、次期当主など望まん。オマエがいれば、それでいい」

 土夏が加護の剣を土子の中にしまい込んだのを合図に、みなが土夏と土子を取り囲んだ。

 銀華はいったん部屋の隅に避難して体を休める。灰夏は少しだけ銀華から離れて、土神の現当主の補佐に歩いていた。

 

 土子がもてはやされる中、銀華は部屋の隅でしばらくお茶会を見ていたが、仮にも主賓は銀華なため、銀華はつとめて明るく振舞ったし、様々な神々たちと挨拶を交わした。

 お披露目のお茶会では、銀華はあちこちで噂され、時に顔を出し、その中でも火神の当主が、銀華の加護の剣に興味津々と言った様子だった。

 この当主は、銀華が初めて会合に顔を出した際も、銀華に馴れ馴れしかった。

 加護の剣を見せろとせがんできたのは記憶に新しい。

「銀華さまの加護の剣。あれは火だと聞いています。わたしも書物でしか呼んだことがなかったのですが」

「書物で?」

「はい。昔々、この世界には五行の剣が存在しました。それが、加護の剣。そして、加護の剣は力が強すぎるがゆえに、どこへともなく消え去った。なるほど、どこを探してもないわけですね」

「探す?」

「ああ、こちらの話です。しかし、加護の剣の封印を解くには、ふたつの加護が深く結びつく必要が――つまり、絆が必要らしいのに……」

 火の神の当主は火を象徴する神だ。その当主が、意味深に呟いた。

 火神の当主は加護の剣に興味があるようだった。

 殊更、銀華の加護の剣が火だったからかも知れない。

 火神は火を司るからだ。だが、火神といえど、火の剣を顕現させることができるわけではない。

 そこには五行の絡繰りがあって、干合という考え方が存在するのだ。

 つまり、甲己、乙庚、丙辛、丁壬、戊癸。

 この五行が合わさるとき、甲己は土に、乙庚は金に、丙辛は水に、丁壬は木に、戊癸は火に転ずるのだ。

 そして、加護の剣は、悪用されないために五行の各々に封印された。

 その封印を解く方法が、銀華と灰夏のように、異なる加護持ちの人間が、深く結ばれることらしい。

 ……深く?

 銀華は土子を見やる。

 土子と土夏ならば、深く結ばれ加護の剣が顕現されるのはわかる。なのに、銀華と灰夏は、会ったその瞬間にその剣を顕現させていた。

 いったい、どんなえにしがあるというのだろう。

「でも、火神の当主さま」

 火神――火之は、にこやかな青年である。

 年のころは三十三、灰夏に近しい年齢だった。

 若いのにしっかりしているのは、代々の火神の当主が、五行を取りまとめてきたからだろうか。

 火は五行の中で最も力が強い。火は太陽、生物は太陽なくしては生きていけない。

 ゆえに、五つの神々の中でも別格だった。

「でも、加護の剣の封印を解いたら、なにかあるんじゃないですか?」

「さあ、それはわたしにはなんとも。ソナタは、妹君も次期当主候補の神嫁と聞きました。しかも、妹君と土夏次期当主候補は甲己で土の加護の剣を持つと。先ほどの」

 うさん臭い笑みだ、銀華が一歩引くと、火之がはは、と笑いを漏らした。

 しかし、銀華は気づく。

 土子は土の加護を持っているはずで、土夏が己の次期当主候補だとしても、土子は甲の加護ではないはずだ。

 土の剣を顕現するには、甲である木の加護が必要なのだ。

 火の神の勢いはとどまるところを知らない。

 本来、火の神には水の神が干渉することで力を抑えていたのが、今はもう、水の神がなくなってしまったため、だいぶやりたい放題だというのは、平民でも知る話だった。

「ああ、そんなに警戒しないで。ただ、わたしはソナタたちと仲良くしたいだけで」

「火神の当主。銀華はそろそろ、疲れていますゆえ、屋敷に帰らせようかと」

 隣に来た灰夏が、銀華をかばうように背中に隠した。

 銀華は、ほっと息を吐き出し、吸う。

 この火之という神は、底が見えない。

 貼り付いた笑み。この笑みを、銀華は知っている気がする。

「銀華?」

「灰夏、さま」

「顔色が悪いぞ?」

「いえ、だいじょうぶ、で――」

 しかし、銀華の体が傾く。

 灰夏は銀華の体を支え起こす。

 しかし、気を失っていて立っていることができない。

 灰夏は、迷うことなく銀華を横抱きにした。

 いつも思うが、銀華の体は羽のように軽い。

 ここにきて三か月たつが、一向に体重が増えない。

 もともと太りにくい体質なのかもしれない。

「まあ、灰夏さまは銀華さまにご執心ね」

「ああ、お似合いだ」

「なにが加護の剣だ。それが顕現されたからって、なんになるというんだ」

 気を失ってなお、銀華にはその悪口が聞こえた。

 そんなもの、こちらが聞きたい。

 灰夏がなぜ自分に優しくするのか、加護の剣のことを、なぜ火神の当主が知っているのか。

 抱かれながら、銀華は薄れゆく意識で、昔の夢を見るのだった。

 


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