Act.10 どうか二度と離さないで・4
「──どこまでも小賢しい馬の骨が・・・ッ!」
その怒声にシャヴィが顔を上げる。
血糊でどす黒く汚れた頑迷な面持ちのトラニオウが、下目遣いにシャヴィを睥み据えて来ていた。その振り上げた右手には、ブレード(剣身)が半分に折れ残った剣を握り締めている。
フォノンメーザー・ソード(電磁剣)は、フォイブル(剣先)こそ刺突断裁が可能な鍛造による古典的な刃形状になっているが、ブレード(剣身)の主要な斬撃効果はエッジ(刃縁)部分組み込まれた、コヒーレント振動メカニズム(機構)に因るものだ。ただブレード(剣身)自体が破砕してしまうと、フォイブル(剣先)は勿論、フォノンメーザー自体も発振不能になる。それでも折れ残ったブレード(剣身)は、堅い棍棒ほどには役に立つ。
「好い様に暴れ回ってくれたな・・・ッ!」
追い詰めるように大股を繰り出したトラニオウが、折れ残った半分の剣でシャヴィ目掛けて斬り掛かる。ちぃ、と舌打ちし、バランスを崩しながらも腰を上げたシャヴィが、反射的に半身を捻って左腕を翳し上げた。半ばトラニオウの懐に飛び込む格好になったシャヴィが、折れた剣を握って振り下ろして来るトラニオウの右腕に、伸び上がる勢いに乗せた左腕を直接当て込んで、下から弾き防ぐ。
庇い上げたシャヴィの左前腕が、トラニオウの右肘辺りを打つ。
肘打ちを叩き込む格好で斬撃を防いだものの、打たれたトラニオウの右腕が少し返って、その手に握る折れたブレード(剣身)のささくれた先が、シャヴィの左上腕内側の筋肉を抉るように掠める。
削ぎ斬られる苦痛に顔を歪ませ、小さな悲鳴を上げながらもシャヴィは、トラニオウの左腹目掛けて、右手に掴む折れ残った剣を突き出していた。
矢庭トラニオウから、ぐへっと醜い呻きが上がる。だがトラニオウは、その巨躯を僅かにくの字に折っただけで、半歩跳び退きながら、怒りに任せて直ぐさま切り返しを薙ぎって来た。
残念ながらフォイブル(剣先)を失ったフォノンメーザー・ソード(電磁剣)では、刺突による殺傷効果は望めない。しかも生地も上等な、トラニオウが着込む将官軍服の上からでは、精々が打撲による挫滅創程度で、反撃能力を奪うには非力すぎた。
刺突をものともしないトラニオウからの薙ぎが、シャヴィの右手目掛けて襲い掛かる。
咄嗟に手首を返して、残った3分の1ほどのブレード(剣身)で刃筋を受ける。トラニオウの刃筋がガード(鍔)に掛かって、薙ぎの勢いそのままに剣を弾き飛ばされた。
しかも無防備に躰を開いてしまったシャヴィの背に、咄嗟にトラニオウが踏み込んだ右足を軸にした回し蹴りが叩き込まれる。
不意を突かれた後ろからの蹴撃に、シャヴィが無様に吹っ飛ばされた。
「目障りだッ! 貧賎オッド・パーン(半端な宇宙船乗り)!」
胸から床に叩き付けられたシャヴィに、大股を繰ったトラニオウが重戦車のように襲い掛かる。トラニオウがシャヴィ目掛けて、押し潰さんばかりに、折れた剣を袈裟懸けに振り下ろす。
咄嗟に跳ね起きたシャヴィが、半身を翻す。あわやにトラニオウの殴撃を躱したシャヴィが、間髪入れず後退って逃げようと、足を繰った矢庭。
床に転がっていた、バーニアン(操重機艇)の砕け飛んだ部品に、左足を取られた。
しまった、とシャヴィが焦り慌てたが、どうしようも無かった。
床の上で寝転がるように、大の字に無防備な姿を曝してしまったシャヴィを、トラニオウは逃さなかった。
躱し逃れようと、上半身を起こすシャヴィ目掛けて、トラニオウの殴撃が襲い掛かる。フォノンメーザーによる斬撃では無かったが、棍棒のような折れ残りの剣による、トラニオウからの強烈な殴打だった。
左脇腹に疾る苦痛に、思わずシャヴィが顔を歪める。鋭くささくれ立った剣の折れた先が、辛子色の作業服を引き裂き、シャヴィの脇腹の薄い肉を抉った。
床をごろごろと転がったシャヴィが、折れ残った剣を握る右手で、血塗れの脇腹を抱え込む。何とか四つん這いに身を起こしたものの、肋骨が2本か3本折れたような感触に、シャヴィが痛みを堪えて蹲る。
「──これで地獄を見ろッ! 蚊虻賊徒!」
斬り下ろして半身に捩った中腰の体勢から、トラニオウが更に踏み込み、右足を軸に巨躯ごと身を回しながら、折れた剣を薙ぎる。
それでも諦めず、反撃しようと身を起こたシャヴィの右頚元目掛けて、トラニオウの刃筋が襲い掛かる。顔を上げたシャヴィの視界の端に、折れて裂けたブレード(剣身)の鋭い残り先が、直ぐ其所に迫っていた。
少しでも逃れようと、シャヴィが反射的に身を捩るが、とても間に合わなかった。
庇いようのない頚元を掻かれる──後ろで一つ纏めにしている鴬色の髪を振り乱すシャヴィが、観念して思わず歯を食い縛った刹那。
シャヴィ、と叫ぶコンスタンツェの声が聞こえた気がして、ウオォォォン、と腹に響く遠吠えが耳朶を打った。咄嗟にトラニオウが、横目を走らせた矢庭。
真横から、黒い大きな塊が飛び掛かって来ていた。
裂けんばかりに大きく開いたクーガの口蓋が、トラニオウの太い右上腕肩口にがっちちと喰い付く。トラニオウから、うおっ、と声にならない叫びが上がって、風を巻いて薙ぎられる刃筋に、躱すシャヴィの鴬色の毛束先が煽られて、ざわっと踊った。
尻餅舂くように崩れるシャヴィの上を、クーガに齧られ押し出されるようにして、トラニオウの分厚い躰が弾き飛ばされる。200キロ近いクーガに飛び掛かって来られ、巨躯を誇るトラニオウも体勢を崩されざるを得なかった。
トラニオウが、左肩口から床に叩き付けられる。その直ぐ脇に、咬牙を太い上腕に食い込ませたクーガが、体を捻りながら着地した。攻撃用歯牙が筋肉深くに突き立っている筈だが、歯も剥き出しに食い縛ったトラニオウは、怯むことも無く黒い人造獣を睨み上げる。
「──畜生の癖に、人様に楯突くなッ!」
クーガに噛み付かれている右手に握っていた、フォノンメーザー・ソード(電磁剣)の折れ残りを、トラニオウが左の逆手に持ち替える。トラニオウはそのまま剣先をクーガの口へ突っ込むと、力を込めた右腕を引き抜くのではなく更にクーガの咽喉奥へと押し込む。そこから左手に握った剣先を押し下げ、梃子の要領でクーガの口蓋を無理やり開く。
クーガの下顎の牙が筋肉から抜けると、トラニオウは右腕を無理矢理引き抜く。まだ食い込んでいる上顎の牙が、筋組織を引き裂きながら腕から外れる。それでもトラニオウは手を緩めず、抜けた右手でクーガの顎元を攫み上げる。床に倒れ込んでいるトラニオウが、間髪入れずくの字に折った体のばねを使い、両足でクーガを蹴り飛ばした。
「──これ以上・・・スタンツィに・・・手を・・・出す・・・なッ!」
全身傷だらけのシャヴィが、手にしている折れ残った剣を、青息吐息に構え上げる。
だがトラニオウの方も、クーガを蹴り飛ばしたとは言え、床にへたり込んだまま容易に身を起こせないでいた。何しろ噛み付きを無理矢理引き剥がした太い右腕は、一部筋肉が削がれて血塗れで、痺れ上がって腕を動かす事も難しいのか、だらりと力なく下がったままだった。
「何を、ウイッパー・スナッパー(生意気な若造)が・・・ッ!」
それでも屈する事を知らないトラニオウは、ぎりっと音が立つほど歯噛みしながらシャヴィを睨み上げ、折れ残った半長の剣を左手に持ち替える。だが、反撃に転じるシャヴィの方が早かった。
「──まだ戦るつもりか、トラニオウ・・・ッ!」
威勢良く怒鳴り上げたシャヴィが力を振り絞り、右足で床を蹴る。覚束ない足取りながらも、ぐいっと突き出すトラニオウの太い首を目掛け駆け出す。トラニオウとの彼我の距離は5メートル。
咄嗟に身を翻し、起き上がろうとするトラニオウに、シャヴィが剣を振り翳した矢庭。
いきなり飛び込んで来たのは、山鳩色の束ねた長い髪を踊らせた、背の高いペロリンガ人の男性だった。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




