第24話 テニサーとかいう大学のメッチャ濃い闇
とても悔しいがテニスウェアを纏う嫁はすごく可愛らしい。後ろにいる鯖鯖真柴も世間的に見ればかわいい方じゃない?俺はそうは思わないけど。嫁はニコニコとした笑みを浮かべて俺たちのテーブルの傍までやってきた。
「意外だなぁ!二人ってお友達だったんだね!それもしかしてレポート?一緒に勉強してたの?」
嫁は俺たちのレポートをちらりと一瞥した。だけどあんまり興味はなさげ。正直助かる。
「あ、ああ。まあミランとは最近知り合ったんだ。そうだね。一緒に勉強してた。あはは!」
「う、うん!そうなんだ!はは。けっこう気が合ってね!あはは!」
俺もミランもぎこちなく笑う。この状況、絶対に近くに間男がいるに決まってる!俺とミランは周りをきょろきょろと見渡してしまった。
「あー!2人とももしかして宙翔のこと探してる?!もう!私と宙翔は幼馴染だけどいつでも一緒ってわけじゃないよ!セットだと思われるのは心外だなぁ!もう!」
ぷんすこ怒ってる。だけどいつもこいつの傍には葉桐がいた。今日だっているって考えるのが妥当だ。だけど今はマジでここにはいないようだ。逆にいない理由が気になる。いたらいたで腹立つのに、いないならいないで不安になるの超ムカつく。
「そっか葉桐くんはいないんだね。ところでその服かわいいね!テニスしてたの?」
ミランは俺と違って葉桐がいないことに安堵しているようだ。ニコニコした笑顔で嫁に話題を振った。
「そうなの!私テニサーに入ったんだ!さっきまでこうやってめっちゃ球打ちまくってたよ!知ってた!?左側で打つときは両手で持つんだよ!」
嫁は両手をぶんぶんと振り回す。ぶっちゃけテニスのスイングじゃなくて野球っぽくて間抜け。だけど美人なので遺憾ながらかわいく見える。それと短いスカートがふわりと浮かんで下に履いてるスパッツが見える。スパッツだとわかっててもそれを目で追ってしまう男の本能が憎い。医学生共も俺と同じように視線を嫁の尻に向けていた。スパッツでよかったなまじでな!
「まあ両手打ちくらいなら知ってるかな。ところで…五十嵐さん」
「えーもう!理織世でいいっていってるじゃん!あと美魁みたいなイケメン系にはチャン付けされてみたいな!あはは!」
「…理織世ちゃん。後ろの人たちは同じサークルの人たちだよね?待たせてないの?」
「うん?あっ!そうだね!そうだ!どうせなら二人もうちのテニサー入ろうよ!みんなやさしかったし仲いいの!だからシャイな常盤君でもきっと馴染めるよ!うふふ」
うわぁ、相変わらず会話がすぐに飛ぶなぁ。つーかまじで話聞いてないよね。ミランがやんわりと元のグループの人たちのところへお帰りいただこうとしてるのに、ちっとも通じてねぇ。嫁はきっと京都に行ってもぶぶ漬けを図々しくお替りできるタイプの女の子ですね!一緒に行ったことはないけどな!というか後ろの連中のいやな視線が俺の方に向いてるのマジで居心地悪い。嫁がこっちに来てんのは俺の所為じゃないんだよ。そこらへんを嫁の傍でワンチャン狙いでウロウロする連中にはわかっていただきたい。
「というかお前が入ったテニサーにミランはともかく俺は入れないんだけど」
こいつが一年の時に入っていたテニサーは知っている。間男もそこに属している。嫁は間男と別れてすぐにそこのサークルをやめたと聞いている。そして残念ながら俺はそこに入る資格を持っていない。
「…え?なんで?入ればいいじゃん!大学生って皆テニスやるもんだって宙翔も言ってたよ!それに他の大学から来た女の子もいっぱいいたよ!女の子だって勇気だして入ってるのにもしかして常盤君ビビってるの?」
「ビビってんじゃなくて、事実を言ってんだよ。お前のテニサーは医学部のサークルなの。だから他学部の俺は入れない」
皇都大学にテニサーは数多く存在する。チャラいのもあるし、飲みサーみたいなのもあるし、部活みたいのもあるし、緩くまったりテニスしてるところもある。今のところ俺と綾城と楪はまったり系のところに入ろうかと相談してる。ミランも誘うつもり。
「私も学部違うけど?」
うちの大学のテニサーには悪名高きとまでは言い過ぎかもしれないが、多くの学生たちが嫌っているというか妬んでいるサークルがある。それが嫁が属する医学部主体のテニサーである。なぜならば。
「女子はいいんだよ。つーても皇都の女子はお前んとこにはあんまり入らない、っていうかほぼ入れないんだけどな。お前んところは男子は皇都の医学部、女子は他大の女子だけで構成されてんの。規約的には医学部以外の男子生徒も入れなくはないんだろうけど、それはあり得ない。医学部の連中と一緒にいられるほど他の学部の連中はステータス高くないのよ。お解かり?皇都の女子がおまえや後ろのズットモちゃんくらいなのも、お顔がいいからなんだよ。葉桐はちゃんと説明してないんじゃねえか?どうせここなら安心してテニスできるよくらいの事しか言ってないんじゃね?あほくさ。みんな仲良くテニス?そんなサークルじゃねぇよ。くだらない」
医学部のテニサー。それ以外にも部活とか文化系サークルも医学部は独立して存在しているものが多い。医学部は時間割と在籍年数が他の学部とは違うからだ。実際他所の学部よりも遥かに長い時間勉強しないといけないから、同じようにサークル活動はできないのだが、それでもやっぱりおかしいなって思えることはある。医学部の部活の女子マネージャーは他大の美人ばかりだし、下手すると男子部員よりも数が多い。サークルもそうだ。世の男性方からすれば信じられない光景が広がっている。右も左も前も後も美人と可愛い子ばかりのサークルしかないのが皇都大学医学部である。女子は皆他大の美人でかわいい女子ばかり。みんな将来のスーパーエリート医師たる皇都の医学生と付き合いたいし、結婚を狙っているのだ。もうヤダこの世界!剥き出しのエゴしかねぇよ!獣かよ!
「……そう…なんだ…」
やっと嫁の察しの悪い能天気な頭でも事情を察したらしい。ちょっと顔色が良くない。きっと間男にできるだけ一緒に過ごすためにこっちのテニサーに入ってくれ、とだけ説明されたのだろう。嫁にはどこかフワフワとした浮世離れしたところがある。前の世界で付き合い始めたころはどこか冷たいし擦れたところがあったが、根本はお人好しだし、天然系能天気だ。
「ねぇ。さっきから聞いてけど、あんた何様?なんでそんな萎えるようなこと言うの?もしかしてあれ?冷めた自分カッコいいとか思ってるの?」
自称サバサバ系女子である真柴が嫁の傍に寄ってきて、俺を睨み始めた。だから俺も憮然とした顔になってしまった。隣に座るミランもどことなく不機嫌そうに真柴を睨んだ。だが不思議なことにすぐに睨むのをやめて、目を丸くして真柴の顔を見ながら首を傾げていた。ミランはなにか怪訝そうな顔をしている。気になるけど今は目の前の真柴の方がウザかった。俺は出来る限り冷たい声で言う。
「なに?俺はお前んところのサークルに入れない理由を説明しただけなんだけど?」
「そういうところがダサいんだけど?」
「抽象的な言葉を使うのはやめてくんない?理系ならちゃんとロジカルに俺の問題点を指摘しろよ。それならいくらでも聞くよ。そう、いくらでもね」
ちっと真柴は俺に舌打ちをした。露骨に機嫌を損ねてみせて俺を威嚇してくる。こいつマジで理系のくせにロジカルさがないんだよな。多分だけどお友達の葉桐と嫁が理系に進んだから、一緒にいるために理系になっただけっぽい。それで勉強についていけてるのは凄いけど、はっきり言って愚か極まりない。
「ともえ。舌打ちはやめて」
嫁はちょっと冷たい声でそう呟いた。
「でもこいつ、みんなのこと馬鹿にしてるんだよ!?ムカつくじゃん!文句あるなら医学部に入りなおせばいいんだよ!どうせ医学部に嫉妬してるんだよ!医学部のひろにはどうあがいても勝てないんだから!」
医学部の偏差値ステータス自体はまあ羨ましいっちゃ羨ましい。だけど美大志望だったんで、別に医者になりたいとかそんなんどうでもいい。
「ともえ。大きな声出さないで。私。そういうのいやなの」
「え?りり、ウチはそのね…」
「私はそれが嫌なの」
「うっ…!」
まるで能面のような冷たい顔で真柴と目を合わせる嫁の姿にどことなく痛々しさを覚えた。真柴はその嫁の様子に少し怖がっているように見えた。たまにこの顔は見た事がある。本気で嫌な時、嫁は何の表情も浮かべずただただ冷たい顔になる。それを見るのが俺は心底いやだった。
「なあ。真柴。俺も行き過ぎたところがあった。だから言い争いはやめよう」
「…わかった。りりが困ってるし、あんたの暴言は許してあげる」
無駄な上から目線に苛立つが、ここらで終いにしたい。これ以上イライラしたくない。
「もう行こうよ、りり」
「…先に行ってて。少し常盤君たちとお話したいの」
「でも…」
「ともえは行って。すぐに済むから」
嫁は真柴と目も合わせずにそう吐き捨てる。そこにあるのは明確な拒絶。真柴はショックを受けたような顔で頷いて、医学生たちと遠くのテーブルに向かっていった。
「ごめんね。常盤くん。美魁もごめん」
気まずそうに嫁は俺たちに謝った。根っこはこういう子だ。優しいところがちゃんとある。いやあったのだ。俺を裏切るまでは…。
「いいよ別に。気にしてない」
「ボクも構わないよ。理織世ちゃんの所為じゃなから、気にしないでくれ」
嫁は俺たちの言葉に弱弱しげに肯いた。
「ありがとう2人とも。…あのね。迷惑かけちゃったけど…二人と一緒にテニスがしたかったのはほんとだから…」
少し潤んだ瞳で嫁は微笑んだ。そしてすぐに俺たちの傍から離れていって真柴たちのところへ戻ってしまった。
「ねぇ常盤くん。一つ聞いてもいいかな?」
ミランはどこか重々しく口を開いた。
「なに?」
「葉桐と五十嵐さん。どっちが主でどっちが従なのかな?」
その質問には幾重もの意味が重なっているように思えた。
「ボクは思うんだ。五十嵐さんは稀代の悪女なんじゃないかなって?他人の人生をその魅力でもって歪め壊していく。まるでファムファタールが擬人化したような化物。ボクには彼女がそう思えてならない。葉桐がやっていることだって、もしかしたら彼女がすべて操っているんじゃないかとさえ思う時があるんだ。彼女が微笑むだけで、多くの権力者たちがみんなみんな魅了されていったのを横で見たよ。だからかな?葉桐は五十嵐さんを持て余しているように見えるときがあったんだ。頭がおかしくなりそうだよ。わけがわからない。本当に気持ち悪いよあの二人は…!」
ミランが顔を歪めている。何かを堪えるような、耐えるようなそんな表情。そんなに嫁が怖いのか。まあ俺だって彼女に人生をぶっ壊された身だ。果たしてどっちが不倫を持ち掛けたんだろう。どっちが主で、どっちが従だったのか。
「ミラン。なにか抱えてるなら言ってくれ。俺はお前に味方するって決めてるよ」
俺はミランの背中を撫でる。怖がっている人にはこれが一番いいって俺は思うのだ。ミランは柔らかに顔の表情を緩めた。
「ありがとう。君になら話せそうだね。…さっき気がついたんだ。あの五十嵐さんの傍にいた女の子。あいつが葉桐とラブホに入った女だ!」
「はぁ?おいおいおい。え?マジかよ…!」
「うん。あの真柴って子は生徒会には顔を出してなかったから今日までわからなかったよ。あの様子を見ると五十嵐さんや葉桐とはずいぶんと仲がいいようだね。気取らせないために葉桐は生徒会には真柴を入れなかったんだ。なかなか健気な女じゃないか!自分を抱いた男の本命の女と親友気取りとはね!!悍ましい!どいつもこいつも!あの男の傍にはロクな奴がいない!!」
ミランは本気で葉桐たちを嫌悪している。俺だって今の話を聞いて一層真柴が嫌いになった。嫁のあの様子だと真柴と葉桐に肉体関係があることには気づいていないだろう。もしかするとそれが前の世界での嫁と葉桐の別れの理由だったりとかか?どうにも嫁の周りが不穏過ぎる。俺は結婚してたのに、結局嫁の事が最後の最後まで分からず、そして新たなるスタートを切った今でさえもわからない。
「ミラン。君が逃げたのは正解だったよ。それだけはわかる。俺のところに来てくれてありがとうな」
自然とミランにありがとうと言っていた。よくわからないことばかり。だけどミランが俺のところに来たのは楽しいことだとはっきりしているから。曖昧で姿かたちのわからない闇のような霧の中にいる葉桐や嫁とは違うのだ。そんな人が今、俺の傍にいることがとても幸せだと思えた。
「くく、あはは。君の方がボクに礼を言うの?くくく」
「ああ、言うさ。ミランが俺のところに来てから毎日がもっと楽しくなった。綾城も楪もきっと楽しんでる。だから来てくれてありがとう」
人と人とが正しく繋がれるのだと、綾城と楪とミランが教えてくれた。憎み合い傷つけ合うのではなく、慈しみ合い笑い合えるのだと。この時代に返ってこれてよかった。
「そっか!あはは!そうかそうか!もう!ふふふ」
ミランは優し気に微笑む。そしてすぐにご飯を平らげて、トレーを持って席を立った。
「ちょっと恥ずかしすぎて人に見せられない顔になりそうだ。ボクは先に失礼させてもらうね」
「おうまたな。また日曜日に」
「うん。日曜日、楽しみにしてるよ」
俺に背を向けて軽い足取りで彼女は歩いていく。ミランの耳が少し赤くなっているのが見えた。彼女と日曜日に再会するのが、とても楽しみだった。




