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嫁に浮気されたら、大学時代に戻ってきました!  作者: 万和彁了
シーズン・4  After 『誰よりも輝ける夏』

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第163話 主観される世界

 伊角家に帰ってきて、俺たちはミランの部屋に自然と集った。だけど雰囲気は良くない。ミランの出生に葉桐が関わっていた。その事実が俺たちをどうようさせているのだ。


「ボクももう子供じゃないし、実の子じゃないことくらい気づいていた。でもパパもママも一族のみんなもボクを大事に育てて愛してくれた。だから泣きわめいたりなんてしない。だけど……」


 ミランの顔色は優れない。綾城がミランを後ろから優しく抱きしめている。


「まさか葉桐が関わってくるなんて思わなかったよ。ボクは産まれる前から運命が決まってたんだね。なんだよそれ……」


「それは違う。お前の運命は決まってない。決まってないんだ。行きたいところに行ける。約束しただろう。俺がいくらでも切り拓く」


 俺はミランの顔に手を添えてそう言った。ミランは泣きそうな顔で頷く。俺の手を握ってボロボロと涙を流した。


「そうだよね。うん。そうだった。カナタ君。ありがとう。本当にありがとうぅ。出会ってくれてありがとうねぇ」


 俺の胸に頭を預けてミランは泣く。楪もムーちゃんもミランの肩に身を寄せる。やっと線が繋がってきた。俺の直感が囁いている。前の世界でミランは葉桐の計画の道具として使い潰されてしまった。あの祷際場なる何か不可思議なものによって。ミランが泣き止んだころを見計らってムーちゃんが話を切り出してきた。


「祷際宇宙論。葉桐教授が学環府で唱えた理論なんだけど聞いてくれる?」


 俺らは頷く。そしてムーちゃんは語りだす。


「シュレーディンガーの猫は知ってるよね。ミクロの世界は波動関数の収束で確率的にしか定まらない。だからそれをマクロと関連させると筋の通らない結果が産まれる。そこから様々な解釈が産まれたの。この中で一般人でもわかりやすいのは多世界解釈よね。世界は常に分岐し続けているっていうアイディア。文学者たちはこれをSF小説なんかに用いていたわけなんだけね、一つとてもメジャーな世界観を生み出したの」


 ムーちゃんの顔は険しい。どこか自分の言っていることを信じていないような雰囲気を感じる。


「例えばAという人物がタイムスリップしたとして元の世界線をAとする。その後Aという自分が行動の結果世界を変えると新たなる世界線Bに世界は変動する。でも世界線はA、Bともに並存し続ける。Aがいなくなった後の世界も続く。そうやってタイムリープ物につきまとうタイムパラドックスを解消したの。だけど葉桐教授はその解釈を否定した。祷際宇宙論におけるレックス・サクロルムの世界観測。女神に選定された王の主観が世界の主幹となり世界線のすべてはそこに収束すると彼は提唱した」


 ずきっと胸が痛んだ。なにか核心に近いところに俺たちは踏み込みつつある。俺はタイムリーパーだ。そこに疑問を持ったことはない。時間が巻き戻ったのは奇跡なんだと納得していた。だけどその前提が崩れ始めている。


「この宇宙は一つの世界線しか許容しない。分岐はあり得ない。葉桐教授は予言したの。『かつての王にして未来の王』。その王様の主観が世界の在り方を決定する。その王様は未来から来たにも関わらず彼の主観においてはかつての王。我々人民から見れば未来の王。未来の記憶という過去を持ったかつての王。そしてその未来の知恵を持って人民を導く未来の王。王の主観が世界を統べる。故に並行世界はその存在を否定される。その世界において人類文明は救済されると葉桐教授は主張した」


 真柴が言っていた言葉を思い出した。かつての王にして、未来の王。彼女は俺をそう呼んだ。女神と呼ばれる五十嵐と結婚した俺はかつての王だった?だからタイムリープ出来たというのか?俺は両手で口を押える。


「ただ葉桐教授の論文でもかつての王にして、未来の王の発生確率は極めて低いと結論づけてた。だから別のアプローチで王を選定して祷際場を用いて世界を救済すると彼は「祭犠王考究」では論じていた。もっとも当の論文は黒塗りが多すぎて具体的手法は私にはわからなかったけどね」


 ありえない。認めたくない。なんなんだこれは。この言いようのない不快感は。だってそうだろう。世界線が一つしかないとするならば、この世界線を観測して固定したのはこの俺以外に存在し得ないのだから……。


「人類文明の救済ってどのようなかたちになるんですか?そこらへんは書いてありましたか?」


 楪が真剣な目でムーちゃんを見詰めている。ムーちゃんは首を振った。


「黒塗りでわからなかった。だけど「全人類が幸せになる」とだけ書かれていたのは確認している」


 名伏し難い表情で綾城が言う。


「誰かの幸福は誰かの不幸の裏返しでしょう。そんなことできるわけないわ」


「私もそう思う。でも出来ると信じてしまった力あるお馬鹿さんがいる。葉桐という名の怪物が。それは現実じゃないかな?」


 ムーちゃんはもうあきれ果てたような顔で目を伏せた。俺たちの間の空気が澱む。葉桐という怪物の暴走を俺たちは常に見てきた。彼の異常性がこの骨董無形な救済論に真実味を持たせている。


「ボクはそんなものを実現させるための駒として生まれたのか……そんなものなら、運命なんて大嫌いだ!」


 ミランの憤りは深い。彼女は人類救済のための道具だ。あるかどうかもわからない夢想のためにうまれてきた。


「とりあえずこの話はここまでにしましょう。美魁。お風呂に行きましょう。背中流してあげる」


「あ!わたしも行きます!このおっぱいでへっどすぱしてあげますよ!!」


 綾城はミランと楪を連れてお風呂へ向かった。俺とムーちゃんが部屋に残された。


「カナタ君。顔色悪いね」


 ムーちゃんの手が俺の頬に触れる。


「やっぱり隠せてない?」


「うん。他の子たちはまだ気づいてないと思う。私は葉桐論文を読んだから直感できた。カナタ君。あなたはかつての王にして、未来の王なのね」


 俺は目を瞑る。だけどもう目を背けない。俺は葉桐のやることをぶっ壊してやるだけのつもりだった。そこにあったのは幼稚な復讐心だけであり、何かを深く考えることもないただの闘争に過ぎなかった。


「カナタ君は世界の中心にいる。この世界はカナタ君の主観によっていずれその形を決定される。その責任がどれほどの物かは私には見当もつかない。だけどね」


 ムーちゃんは俺にむぎゅっと抱き着く。


「私はもう沼ってるから抜け出せないの。カナタ君。私は一緒だよ」


 その一言で俺の目から涙が溢れた。そうだ。俺は一人じゃないんだ。誰かがいつも俺の隣にいてくれた。そうだよ。何も怖いものなんてない。俺は俺のなすべきことをするだけ。このキラキラして輝く世界を守るだけ。それだけでいいんだ。


「ありがとう。ムーちゃん」


 そしてムーちゃんは綺麗な笑顔で頷いてくれた。


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