第145話 うさぎさんと五十嵐さん
テレビ局でのセミナーが終わった後、俺と五十嵐は飲み放題付の焼肉屋さんで夕食を楽しんだ。そして食べ終わって店を出た時に、五十嵐がふっと呟いた。
「なんか社会人っぽいことしたいなぁ」
「ん?就活して意識高くなったの?スキルや資格でも取りたいの?」
「ううん。そうじゃなくて世間のサラリーマンさんたちって夜の街で遊んでからお家に帰るでしょ。お父さんもたまにべろべろに酔って帰ってくるし」
「あ、そう言う意味ね。まあまだ終電まで時間もいっぱいあるし、ちょっと遊んでいこうか」
「わーい!」
五十嵐は嬉しそうに俺の左手にくっついてきた。
「やっぱりお互いにやったことないことしたいよね。さっきそこのビルの標識にハプニングバーっていうなんか面白そうな名前の店見つけたんだけど」
「だめ!!!!!絶対にダメ!そこは駄目!」
俺は首をブンブン振って必死に五十嵐を制止した。
「え?なんか楽しそうじゃないの?ハプニングって何だろうね?わくわくなんだけど」
「だめ!そのハプニングはマジでロクなもんじゃないから!!!ホント駄目!マジで!帰ったらネットで調べろ!絶対に行くなよ!これシャレじゃないからな!」
ハプニングバーはあのケーカイパイセンでさえも行かないマジもんのやべぇスポットである。伝え聞く話には碌なものが一つもない…。
「そうなんだ。なんか怖いところなんだね。ぼったくりみたいな?まあいいか。でもどこ行く?」
「とりあえずぶらつこうよ。繁華街は歩いてるだけでも楽しいじゃない?夏の夜は特にね」
「うん。そうだね。ふふふ」
夏の夜は好きだ。熱い空気の中でたまに吹く涼しい風。人々の明るい声。隣にいる人の暖かさ。すべてが心を満たしてくれる。
「スポーツ観戦もいいし、食べたことない料理出すバーとかもありだな。うん?マッスルバー…?」
ふっと立て看板に書かれているマッスルバーなる単語に惹かれたけど、きっと上半身裸のムキムキなセクシーな男たちがいるに違いない。でも俺以外の男の乳首を五十嵐に見せたくなんかない…。そんな嫉妬心を自覚したので、それは選択肢から除外した。その時だった。
「うわっ?!すごっ?!うそ?!」
黄色い声を上げながら五十嵐が立ち止まった。俺もそれに釣られて足を止める。五十嵐は何かを見上げていた。
「何か見つけたの?」
「見てよ常盤くん!おしり!いっぱい!」
五十嵐は頬を赤く染めて鼻息荒くそう言った。だから俺も彼女の視線の先を見る。
「はっ?…うお?!まじだ?!」
とあるビルの二階部分がガラス張りになっていて、そこから網タイツと黒いレオタードに包まれた女のお尻が並んでいた。
「しかも尻尾がついてるよ!しかも頭に耳もついてるよ!きゃー!なにあれなにあれ!?かわいい!」
五十嵐が大興奮している。俺たちの視線あるのはバニーガール姿の女たちである。前の世界も含めて付き合いが長いからわかるけど、五十嵐はわりと女体の美しさに萌えるタイプの女だ。
「ねぇねぇ!かわいいよね!常盤くん!かわいくない?!」
「うん。まあ。かわいいよね」
五十嵐がウルウルした目で俺を見詰めてくる。
「うさぎさんって不思議だよね。数えるときに匹じゃなくて羽使うよね。なんでかな?昔は空を飛んでたのかな?やっぱりうさぎさんかわいいね」
なんかすごくファンシーなこと言っとる。この子の想像の方向性が本当に良くわからない。でも今この子が考えていることはわかる。この店に入りたいんだろうな。でもここどう見てもガールズバー…。女の子のお客さんってありなのかな?
「じゃあここ行ってみようか」
でもよくよく考えたら今更だ。以前はストリップにも行ったわけだし。てかよくよく考えると酷いデートだな。まあらしいと言えばらしいけど。
「うん!楽しそうだね!」
五十嵐は満面の笑みで頷いた。俺たちは階段を上ってその店に入ったのであった。
こういう店がある雑居ビルの雰囲気ってちょっとエモい。
「なんか秘密基地みたいだね!」
「たしかにねぇ。隠れ家感はあるな」
こういうところには美味しいお店もあるそうだ。そのうちケーカイパイセンあたりにおすすめを聞いておこう。そしてバニーガールのガールズバーの店の暖簾をくぐって受付に入る。
「いらっしゃいませ…。…あの…用心棒代は…」
店員さんが俺をみて怯えている。
「反社じゃねぇよ。客だよ。早く案内しろコラ。早くしないと泣くよ?いいの?俺めちゃくちゃ泣いちゃうよ?」
暴対法のせいで庶民は守られても、俺は息苦しい世の中になってしまったんだな。かなちぃ。
「失礼いたしました。あのところでうちはガールズバーなのですが、よろしいのですか?」
受付のお兄さんは五十嵐を見て怪訝そうな顔をしている。
「はい!バニーガールさんかわいいです!お話したいです!」
「そ、そうですか。ではお二人様ご案内でーす!」
まあガールズバーに女性客はあんまり来ないよな。戸惑う気持ちもわかる。そしてそれは店の中に入っても同じだった。
「え?何あの子?!」「きれいすぎやばっ!」「え?客なの?!指名できないの?!」「客なら声かけてもいいよな?」「やめろ!隣にいる奴どう見てもあっち系だ!」
五十嵐の美貌に驚いている声がほとんどだが、一部お客さんが俺のことまでこそこそ喋ってんのマジぴえん。鬼おこ!ぷんぷん!
「なんか私!大人になった気がする!」
なんかきりっとした顔で席に着いた五十嵐がドヤ可愛い。
「まあ大人の社交場だからね」
「うんうん。なんかバニーガールさんたち見てるだけで楽しい!かわいい!なでなでしたい!」
「おさわり厳禁でーす」
「そっかー。ざんねん。うふふ」
そして俺たちの席にドリンクメニューを持ってきた可愛らしいバニーガールさんがやってきた。
「女性のお客さんは初めてですね。初めましてわたしはランって言います。よろしくです」
接客業特有の柔らかいけど油断のない笑みでランちゃんが俺たちにお辞儀をした。
「よろしくね!ランちゃん!」
五十嵐がすごく楽し気にワクワクしてる。俺はランちゃんよりもその笑みが見れて嬉しかった。
「ランちゃんはバニーガール好き?かわいいね!私のお友達の綽名はミランだから偶然かな?!素敵だよね!外から見た時びびってしたよ!なんかすごくびっくりしちゃった!でもぷるんぷるんってかんじでかわいいよね!お酒がすごく進むね!ごくごくごく!ぷはぁ!あ!日本酒おかわりで!ストレート!割るなんて邪道!なんていうのかな!バニーガールの網タイツすごくせくちー!やっぱりそれが理由でバニーガールになったの?ランちゃんウサギ感あっていいよくびれが綺麗!ウサギ私好きでね。小学校の時、夏休みの飼育係いっぱい引き受けたの!人参食べるのホント可愛いよね。人参注文していい?食べる?一緒に食べる?」
すごい勢いで五十嵐が捲し立てている。席に着いたランちゃんは頷くのに必死だった。
「えー、えーっと。私の名前、あのミランさんから取ったんですよ。私彼女のファンで」
「え、そうなの!実は私は美魁の親友なんだよ」
「え?ん?ミサキ…?」
「うん。ミサキ。綽名がミラン」
「そ、そうなんですか」
ランちゃんがすごく混乱してる。五十嵐がマイペース過ぎて会話が上手くできないんだな。
「うん。美魁はとってもきれいなんだよ。最近テレビ出てて頑張ってるんだよ。よくマンガ雑誌のグラビアやってる!」
「え?えーっともしかしてそのミサキさんってミランさんなんですか?」
「綽名がミランだけど私は名前の美魁って呼ぶのが好きだよ。美魁は銀髪で赤い瞳が綺麗なの。きっとバニーガール似合うんだろうな…」
「そ、そうなんですか…」
ぽやぽやと楽し気に話す五十嵐と対照的に困っているランちゃんは俺の方に視線を向けてきた。助け船が欲しいんだろうな。
「うん。この子言ってる美魁は君の言ってるミランのことね。俺たちはミランと知り合い。ほらこれ」
五十嵐とミランが映っている写真の中で可能な限り無難なやつを選んでスマホに表示させてランちゃんに見せてやった。
「わー!すごい!いいなぁ!わたし本当にミランさんのファンで!あの凛とした感じほんとカッコイイなって!ほんと推しですよ!ミランさんの出る二次元舞台ほんと素敵でした!推しキャラを推し役者のミランさんが演じてるのマジで推しの推しでぎゅうぎゅうでした!」
なんだろう。この安心感。困っていた女の子が楽し気に話してくれるのって男冥利に尽きる。しかしミラン。世間じゃ凛としたかっこいい役者で通ってるんだね…。俺はどことなく居心地の悪さを感じてしまった。
「普段のミランさんってどんな感じなんですか?!」
「美魁はね…」
その後はミランのことで話が盛り上がった。時たまおねだりされるドリンクも入れてあげた。五十嵐は好きなミランのことが話題になって会話を楽しんでくれたようだった。意外とちゃんとガールズバーを楽しんでいる。なんか微笑ましい気持ちになれた。だけど。だけどそれでオチがつくほど簡単な女じゃないのだ。五十嵐というやつは…。
「はぁ…私もバニーガールしてみたいなぁ」
どことなくアンニュイな雰囲気で五十嵐がそう呟いた。
「うちで働きます?お姉さんならすぐナンバーワンになれますよ!」
「うーん。私はバイト禁止だから。どんなバイトをやりたいって言っても幼馴染が駄目って言うんだよねぇ。私は危なっかしいから働いちゃダメなんだって」
「それはひどいですねぇ」
「だよねー」
俺は瞬間的に頭に血が上った。まあ俺だってこういう水商売系のバイトは五十嵐にはさせたくないけれども、バイト全般を葉桐が禁止しているのには不愉快さを覚えた。
「いいね。バニーガール。やろうよ。きっと楽しいぞ」
「え?常盤くんどうしたの?目が血走ってて反社みたいだよ?」
「俺は反社じゃないよ。女の子の夢を叶える素敵な足長お兄さんだよ」
俺は席から立ち上がる。
「ちょっとトイレ行ってくる。楽しんでてね」
そして俺は席から離れて受付に行き、懐から札束を取り出して店員の頬っぺたを張った。
「今すぐにオーナー呼んでこいやー!」
「か、かしこまりました!!」
店員は懐に札束をしまってバックヤードに駆け込んだ。俺は五十嵐の願いを叶えたい。そこに喜びを見出している。それの何が悪い?仕方ないだろう。だって俺は男の子なんだから。女の子の笑顔が何よりも大好きなんだからな。
****作者のひとり言****
世間のミランさんの評価と、身内からのミランちゃんさんの評価のズレが深刻ですね!
ちなみにどうでもいい裏設定ですが、五十嵐さんの一番の得意科目は古文漢文です。
なんでお前理系にいるの?(;´・ω・)
小ネタ『特技』
綾城「射撃と裁縫と料理が得意よ。あと動画編集」
ミラン「英語なら古語や方言もなんでも喋れるよ!」
リリセ「古語で会話ができます!作文もできます!漢文も白文で読めます!」
カナタ「一人で設計から施工までやって、お家を建てることが出来ます」
鯖ちゃん「森やジャングルで食べられるものと食べられないものの区別ができるけど。あと免許はないけど■■と同じことはたいてい出来るわ」
スオウ「ブラジリアン柔術とカポエラ両方ともマスターしてるぞ」
ムーちゃん、楪「ラノベは死狂い…」
ヨッメーの特技の現代では何の役にも立たない感じがスコ(*´Д`)




