第140話 スーパーホスト伝説~反社のカナタ~恩賜編
ご指名いただいたお相手がまさかの鯖ちゃんで俺は少し困惑した。でも今の俺はホストである。
「よう。浴衣に会ってるね。かわいいよ」
そう言いながら俺は真柴の隣に座る。真柴は少し頬を赤く染めて。
「あんま言わないで。恥ずかしいから」
なんかしおらしくて可愛く感じる。だけどここにいる理由が全く分からない。ミランとムーちゃんは真正のアホなのでここにいても不思議ではない。でも真柴ってこういうところに来るタイプじゃないよね。だとすると理由は自ずと推定できる。
「葉桐に言われてきたの?」
「…そう。ひろから久しぶりに連絡が来たと思ったらここへ行けって」
真柴の声はひどく冷たい。ため息を吐く息の中に憤りの感情が混じっている。
「あんたがここでホストやってるって聞いて、ひろはパニッくったみたい。葉桐が持つ夜の世界の利権にあんたがとうとう手を出して来たって思ったみたいよ」
それを聞いて俺は呆れてしまった。あいつはもう俺ではなく膨らみ切った妄想と戦っているんだなって。
「あいつ大丈夫?やばくない?俺がそんな利権に手を出すと本気で考えてるの?ばか?」
「ひろはもう冷静じゃないのよ。あんたが関わることに対して。あんたのやる何気ない行動でさえ、自分への敵意だと思うように怯えている」
「ええ…。何それ…。俺ここで何やってるかってマジでバカやってるだけだよ?やばくない?」
「葉桐の人間はみんなそうよ。誇大妄想を抱えて、この世界を憂いて、おっかなびっくり暴れまわる」
「なにそれ?迷惑過ぎない?ていうか葉桐の人間?葉桐家のこと?」
「葉桐。そうね。説明がめんどくさいけど。言うならばこの国に生まれてしまったある種のイデオロギーを世襲し続ける一族とでもいえばいいのかしらね?」
真柴はどこか遠くを見ながらそう言った。
「どんなイデオロギー?」
「現世における救済を志向するエゴイスティックでロマンティストな無神論」
「意味がわからないな。迷惑そうなのはわかるけど」
「そんなのはカルトっていえばいいのよ。考えるだけ無駄。葉桐は世界宗教のような善行を積んで良き来世に生まれ変わるみたいな発想を憎んでいる。徹底的にこの現世での救いのみを追求し続ける異端の思想家たち。それが葉桐。でもたちが悪いことにそれを実現するための財力や武力なんかを12000年以上の時間をかけて集めてきた。その執念には恐るべきものがあるわ」
「12000年?どんだけ昔なんだよ…それはあれなの?マンガの設定?」
「残念ながら事実なのよね。アナトリアで人類が最初に祷際場を見つけたときに葉桐は生まれた。それ以来世界各地で活動してきた。歴史の裏に葉桐は常にいた。今はたまたま日本で葉桐を名乗っているだけ。それ以前は陰謀論で語られる様々な組織の名を名乗っていた」
ここホストクラブだよ?こんなスケールのデカい話してもいいの?もっとちっさな話題で盛り上がりたいものだ。だけど真柴は真剣な表情で俺に伝えている。
「葉桐の歴史の中で一番惜しかったのは英雄ビルガメスの冒険だったそうよ。当時の葉桐はウトゥと名乗っていた。ウトゥはビルガメスにマッチポンプで様々な試練を与えて彼を人類救済の王に仕立てようとした。ビルガメスは葉桐の理想まであと一歩のところまで届いた。だけど彼は葉桐の望むものとは道を別って旅に出てしまった。そして知恵と安らぎを得て現世の生をまっとうした。そしてこの世に救済は齎されなかった。葉桐はずっと失敗を繰り返し続けている。のちにはローマを建国したり、それも失敗したらゲルマン人やフン族なんかを呼び込んで滅ぼそうとしてみたり。近年じゃソビエト連邦の樹立にもかかわったし、EUの設立にも手を出した。その前だったらアメリカ合衆国の建国にも支援をしていた。でもどれもこれも失敗に終わった。いまだ世俗における救済はこの世界には顕れていないのだからね」
「全部失敗してんの?どんだけ不器用なの?」
「それでもいくつかの成果はあったわ。人類史のターニングポイントに現れる偉人たちの遺伝子データを現代まで残したり、地球の各地に発生した文化や文明や宗教をリアルタイムで観測し続けたデータを葉桐は保有している。その集大成が学環府と葉桐翔斗教授。でも彼もまた失敗した。と言ってもうちの葉桐教授絡みのごたごたは詳しくは聞いていないからよくわからないの。知っているのは葉桐教授は絶望したこと。そしてその孫のひろがその絶望を継いで人類文明の救済を行おうとしているということだけ。はぁ…なんでうちはこんな壮大なおままごとに熱中してしまったのかしら。全部が全部もう無意味なのに…ひろはもう選定から洩れてしまった。女神の選定はもう終わっている。ねぇ,そうでしょう?Your Majesty?」
真柴は何か縋るような寂しい目をしている。とてつもなく大きな歯車に真柴はひき潰されてしまった。今もまだその歯車に挟まれたまま身動きは取れない。でもいずれはそこから引っ張り出す。それはもう決めたことだ。俺は真柴の手を握り、やさしくひっぱりあげて、二人で立つ。
「どこへいくの?」
「尊い世俗の世界かな」
俺は真柴と手を繋いで、クラブの端に設けられた夏祭りコーナーへやってきた。ホストたちがお客の女の子を連れてデートしてる。ちょっと薄汚いけど夏祭りには見える。
「お祭り…?」
「そうお祭り。さあ楽しもうよ」
まずは射的屋に行く。並べられてる商品がなんかブラバとかシャンパンの瓶とかなのが実にホストクラブっぽい。
「なにこれ!変なの!でも面白そうね」
射的屋さんから真柴は空気銃を受け取り、狙いを定める。コルクは見事にシャンパンの瓶に当たった。だけど倒れない。
「なに?重りでも入ってるの?」
真柴は不満そうな顔をしている。
「卓に戻れば同じものを注文できますよ」
射的屋の黒服のお兄さんが実にいい笑顔でそう言った。
「呆れた。がめついのね。ふふ。でもそれも人の営みなのね」
真柴はシャンパンをゲットできなかったけど少し機嫌が良さそうだ。さっきまではダーティーな雰囲気だったのに今はとても普通の可愛らしい女の子に見える。
「真柴。俺はこれがやりたくってさ」
「あら金魚すくい?本格的ね」
ちいさいけど金魚すくいコーナーがあった。紙の掬いでみんなが金魚掬いにチャレンジしている。
「うちはこれ小さいころからできないのよね。何本も掬いを無駄にしておまけで金魚を貰うので精一杯だった」
「そうなん?意外な不器用さだね。ででは代わりに俺が捕って進ぜよう」
俺は紙の掬いを万札払って何本も買って、それを重ねるそしてそれで金魚を一匹掬った。
「あ!ずる!なにそれ!」
真柴が笑ながら俺の肩を叩く。
「これが大人の掬い方ですよ。ほれほれ!」
そして次々と金魚を掬う。そしてビニール袋に6匹入れて、真柴に渡す。
「ああ、可愛いわね。うちは家で金魚のアクアリウムを造ってるの。光の中を泳ぐこの子たちほどかわいい生き物はいないわ」
アクアリウムと聞いて俺はちょっと閃いた。近くの黒服にごにょごにょ言ってバックに行ってもらう。そして黒服さんはとあるものを持ってすぐに帰ってきた。
「真柴。その金魚の袋貸して」
「ん?はい。どうぞ」
俺は真柴から金魚の袋を借り受けて、黒服が持ってきた。蒼いガラスの空いた飾りボトルに水と金魚たちを入れた。
「あ…うそ…きれい…」
俺はそのボトルを真柴に両手で手渡す。
「即席のアクアリウム。まあ金魚たちが大きくなっちゃったらできなくなっちゃうけど、今だけでも楽しんでくれたら嬉しい」
「…うん!うん!これすごくいいよ!すごく綺麗!とってもとっても楽しいの!」
真柴は満面の笑みを浮かべながら、飾りボトルの中を泳ぐ金魚を見詰めている。そして俺に手を引かれながら卓に戻った。
「こういう時って何かお返しにボトルとかいれたらいいんだっけ?」
真柴はボトルを優し気な目で見詰めながらそう言った。
「いや別にいいよ。いつも世話になってるし。むしろ俺が自腹でシャンパンとか入れ手もいいくらい。ミランやムーちゃんなら毟るけど、一学生のお前から金を巻き上げる気はないよ」
「そう?でも今日ここに来る前にひろからクレカ送られたの。支払いはそれでするつもりだから。うちの懐はいたまないわ。好きなの頼んでもいいよ」
葉桐のクレジットカード?!そんなの!使うに決まってるでしょ!!
「すみませーん!タワー!一番豪華なタワー建ててくださーい!!」
『出たー!!!!タワー来ましたー!!全ホスト集合!祭りじゃ祭りじゃ!盛り上げろ!』
「「「「「ほいさー!えいさー!よいよいよい!!」」」」」
黒服さんたちが手際よくグラスでタワーを建てていく。そして俺は真柴の肩を抱いてタワーの前に立って二人でシャンパンのボトルを持つ。そして俺はマイクを持って渾身の痛台詞を用意する。
『諸君。我らが王から勅語を賜るぞ。3・2・1!!』
『葉桐くぅうんん!見てるぅ!君の大事な鯖ちゃんがお前のカードでタワー建ててくれましたー!うぇーーい!これからいっぱいシャンパンタワーに注いじゃうね!』
『姫様からのお言葉戴きます。3・2・1』
『ひろが悪いんだよ。大事な時に傍にいないから…だからうちはこの人とタワー建てちゃったの…。見てて…うちがこの人と一緒にシャンパン注ぐところ見てて…』
そして俺たちは一緒にタワーにシャンパンをじゃんじゃん注ぐ。
「おらおら!皆飲め飲め!葉桐くぅうんから搾ったシャンパン飲みまくってぇ!ひゃっはー!!」
葉桐のクレカから搾ったシャンパンは美味いか?はい!滅茶苦茶うまいです!
「カナタ君!この葉桐クレカの絞り汁!めっちゃ美味しいよ!」
ミランが葉桐汁をガバガバ飲んでる。ぜひ楽しんで欲しい。葉桐クレカの絞り立てのシャンパン。
「あなたやるわね。他人のカードでシャンパンタワーなんて最高にサバサバしてる」
ムーちゃんは真柴の肩を抱いて、葉桐クレカ汁のグラスをガバガバ飲み干していく。ムーちゃんも葉桐の犠牲者の一人だしな。このシャンパンの味は格別だろう。
「素敵ね。みんなが王様から賜った酒で宴を楽しんでる。これがきっと…ああ…人類の正しい営みなのね」
俺は真柴の腰に手を回して抱き寄せながら葉桐クレカ汁を真柴と共に楽しみ、同時に俺が与えた酒で楽しむ皆を眺めて愉しんだ。これが王様の愉悦である。他者に喜びを与えること。それがきっと文明の齎す快楽なのだ。
タワー祭りが終わって俺は真柴の太もも枕で横になっていた。真柴は俺を見詰めながら頬を優しく撫でてくれる。天国かな?だけどどんなときにも邪魔は来るものだ。
「スメラギさん。ご指名です」
「いやだね。もう売り上げでラスソン確定してるんだ。今更ご指名客なんて必要ない。俺は閉店までここでまったりと過ごすんだ」
あとはミランとムーちゃんを構ってやればもう十分だろう。
「いいえ。残念ですが来てもらいます。あのノスフェラトゥはあなたにしかあいてができないのだから。この店の存亡がかかっています。有無は言わせない!」
俺は黒服にがっちりと両脇を掴まれて、真柴と引き離される。
「ましばー!!!」
「いってらっしゃい。がんばってね」
「ちがうー!ひきとめてー!お願いだからぁ!」
そして俺は新たなる卓に連れていかれる。その途中、酔いつぶれたホストたちが通路に横たわっていた。
「え?なに?!どういうこと?!」
「か、カナタ君?」
「ツカサ?!どうしたんだいったい?!」
ツカサもまた通路に倒れていた。
「欲に負けたね。そして怪物に食われた…あの美しい怪物に…きゅぅ」
「ツカサーーーーーーーーーー!」
そしてツカサは眠りこける。
「カナタか…ああ…お前なら…俺らの仇取ってくれるよな…?」
「ケーカイパイセン?!」
ケーカイパイセンはお客の女の子の胸に顔をうずめながら酔いつぶれていた。この人はこんな時でも平常運転だ。
「気をつけろ。あいつは夜の女王だ…美しい顔に騙されるな…きゅぅ」
「パイせーん!」
ケイカイパイセンもまた眠りに落ちた。この二人はけっこうな酒豪のはずなのに…?!いったい何が起きているんだ?!そして俺は問題の卓へとたどり着く。
「カナタ。アフターはブラジルに行こウ。もちろン枕営業はsim!」(simはポルトガル語で「はい、YES」の意)(アフターは閉店後にホストとお客さんが遊びに行くこと)
「アフターで地球の裏側になんか行けるかボケー!!!」
その卓にいたのは最近ブイブイ言わせているIT系女社長。なんだろう。今までで一番ホストクラブにいるのが似合ってるぞ。谷間の除く白いシャツに黒の短めのタイトスカート。それに濃いめのパンスト。セクシーなOLルック。それでいて黒髪ロングな清楚系の出で立ち。鋭いのに同時に温かみを覚える緑色の瞳。とても美しい顔のクールビューティー。その名はエディレウザ・ハケウ・フォンセカ・レイチ!またの名を!スオウ!
「Eu te quero♡」
恐ろしいフレーズと共に俺はスオウの卓に着かされたのであった。




