第111話 取引はたいてい割に合わない
エディレウザの攻撃はとても激しく、それでいて美しいものだった。独特の握り手で振るわれる刀の軌道は変則でとてもよけにくい。その上十手で捌いても鞘ですぐに払われて、さらに銃撃をぶち込んでくる。怪力だから無理やり押し倒すのも難しい。エディレウザと俺の立ち合いがあまりにアクロバティックすぎるもんだから見世物だと思って誰も止めに入らない。まあ警察の介入は望まないからありがたいのだが…。
「そのテープは葉桐のところから盗ンだのか?」
銃のマガジンを替えながら、スオウが俺に問いかけてきた。
「いや真柴から貰った」
「そウか…。アの孤独な女も救イヲオ前に見出したのか。カナタ。残念だよ。もっと早く会エれば良かッた。もしオ前がアの時ブラジルにイてくれれば。イややめよウ。どうせワタシは罪ヲ犯した。オ前がイてもイなくても」
「だけど俺がそばにいれば、罪を負っても寂しくはなかったはずだぞ。俺はお前を楽しませてやれるよ。この先一緒にさえいればね」
スオウは寂し気に首を振りながら、銃のスライドを引いた。そして袴に鞘を指してから刀を左手に握り替えた。俺に左半身を向けて刀を大上段に構えて、右手の銃をお腹の前に構えた。
「終わりにしよウ。オ前の顔ヲ見ると未練と『もしも』ばかりがワタシを苛むンだ」
「それは大変結構だね。未練も『もしも』も生きることに一生懸命な証だよ。それを無駄にはさせない!」
俺は真っ正面に十手を構えた。お互いの視線が交差して、俺たちは互いに向かって駆けだす。
「イやァアアアアアアアアアアア!」
「おりゃあああああああああああ!」
雄たけびを上げて俺たちの距離は近づいていく。その時だった。
「伏せなさい常盤!!」
そんな声が俺の後ろから聞こえた。よく知っている声だった。頼りになるあの女の声。だから俺はその言葉に従って、その場に伏せた。振り向くとそこには射的屋の空気銃を構える綾城がいた。
「エディレウザぁああああああああああああああああああああああ!」
「ヒメーナ?!なんでここにィ!!アアアアアアアア!!」
ぱんと乾いた音が響いた。コルクが俺に頭の上を飛んでいき、真っすぐスオウの顔に迫る。
「ちィイイイ!!はァ!!!」
スオウは迫ってくるコルクを刀で振るって切り捨てた。そのおかげでチャンスが生まれた。俺は一気にスオウの懐に踏み込む。
「しまッた?!だが!!まだアる!」
スオウはお腹の前で構えた銃で迫ってくる俺を何度も撃った。だけど真柴のくれたテープで体を守る俺に銃弾は致命傷足りえない。
「痛いけど!!すまん!!ゆるせ!!」
俺はスオウにそのまま体当たりする。スオウはそれでよろめいた。でも男の俺が全力で体当たりしてこの程度のダメージにしかならないのすごすぎだと思う。そして俺はスオウの左手を十手で思い切りはたいた。持っていた刀はそれで地面に落ちた。
「ぐゥウ!でもまだ弾は!!」
スオウは俺の腹に銃を押し付けてきた。そこはもうテープがボロボロになっているから、撃たれたらきっと致命傷になるだろう。
「だけどあたしもいるのよね!!」
銃を持つスオウの右手に綾城が何かを押し付けた。そしてばちっと音が響いてスオウがうめき声をあげて銃をその場に落としてしまった。スオウは右手を押さえて痛そうに眉を歪めている。
「信じらんない…今のスタンガン、普通だったら熊でも一発気絶レベルのはずなのに…。やっぱりエディレウザってすごい女なのね。素敵」
どことなくうっとりとしている綾城の感性は理解しがたいものだった。だけどおかげでスオウはこれで丸腰になった。
「頼むヒメーナ。頼む。邪魔をしなイでくれ」
「いやよ。どうせあなたのことだもの。なんか責任感やら義侠心やらで、全部抱えてこの世界から消えかねないでしょ。それはだめ。絶対に認めないわ。あたしはまだあなたに恩のすべて返してないし、愛をすべて与えていないもの。そんなの絶対に認めないから!!」
綾城は真剣な顔でスオウを見詰めている。そんなときだ。やたらと陽気なサンバのメロディがスオウの胸元から響いてきた。
「む?!この音は葉桐からか?!」
「ええ?葉桐にサンバのリズムは似合わねえだろ…」
スオウは俺たちを睨みながら電話に出た。
「何の用だ?!…はぁ?!襲撃は中止だと!?……アア。わかッた。イますぐにそッちに行く」
電話を切ったスオウは戸惑った顔で俺たちに告げた。
「葉桐が襲撃の中止ヲ命令してきた。その代わりなのか、渋谷でカナタと会談ヲしたイと言ッてイる」
「えらく急展開だな。あいつは俺を殺す気満々なんじゃなかったのか?」
実際さっきまでの戦いはずっとドローンに監視されてた。たぶん警察が来ないように小細工なんかもしてたんじゃないだろうか。悪役ぶって高みの見物していたやつがいきなりの心変わり。きっと何かトラブルがあったに違いない。
「まあいいよ。その会談とやらを受けよう。じゃあ渋谷に行こうか」
スオウはこくりとうなずいた。綾城も頷いたが、どことなく気まずそうな顔をして、ぼそりとつぶやいた。
「あの子たち…余計なことをしちゃったみたいね…はぁ…フォローがきつそう…」
綾城はどんよりとした雰囲気で俯いている。この感じだと何があったか心当たりがありそうだ。まあそれはすぐにわかるだろう。
「そウだ。渋谷に行く前に、証拠ヲ隠滅させてくれ。出番だ!出てこい!」
スオウはなぜか人ごみに向かって、誰かを呼びつけた。すると人ごみの中からゆったりとした足取りで黒頭巾の忍者が出てきたのだった。
「えええ?!常盤!なに?!なにあいつ?!忍者だわ!忍者よ!!どういうことなの?!てかあんな目立つ恰好してるのに人ごみの中に潜んでたの?!」
「みたいだな…というか…忍者が出てきたのに、周りの連中がまったく騒いでない…まさかあいつがここにいることに気付いているの俺たちだけ?!」
どうやら忍者は気配を極限まで消すことができるらしい。たとえるならば街中ですれ違った人の顔や服装を覚えていないようなそういう感じ。俺と綾城は突然の忍者の登場に慄いていた。
「富士興ウルトラランド以来でござるな。証拠の隠滅は任せておくでござる。警察には一切気づかれないようにしてみせるでござるから!」
「え?お前この間の忍者なの?歴史の闇に消えてろよ。てか意味わかんねーよ。忍者が忍者らしくしてると頭がバグってくんだよ…まじでさぁ!」
俺の叫びに綾城も大いに頷いていた。逆にスオウは不思議そうな顔で首を傾げていた。
「ン?オ前たちは日本人なのに、なんで忍者に驚イてイるンだ?」
「当たり前でしょ!忍者なんて非科学的な存在が実在してたまるもんじゃないわ!」
「エ?何ヲ言っている?たまに街で忍者とすれ違ッたり、レストランで相席したりするだろ?そりゃワタシも日本に来て初めて忍者を見たときには本当に驚いたが」
「たまにすれ違う?!何言ってるのエディレウザ?!えええ?!うそでしょ?!忍者は実在してたの?!NIPPON怖えええええええ!!」
まるで私幽霊見えるよ!みたいなノリで忍者見えるよって言われても困る…。このままここにいると頭がマジでバグって使い物にならなくなりそうだったので、俺たちは渋谷に向かうことにした。
****電車にて****
アヤシロ「と、常盤…あれ見て…!くのいちよ!くのいちがいるわ!!」
(アヤシロの指さす先にくのいちがいた。堂々と頭巾のマスクを脱いで、化粧をしていた)
カナタ「どっちから突っ込めばいいんだろうな?電車で化粧する迷惑行為と、くのいちという存在そのもの。どっちに突っ込むべきなんだろう?」
アヤシロ「いつもならツッコミという言葉に下ネタボケを重ねるのにぃ!てかあたしにも忍者が見えるようになっちゃったわ!」
スオウ「なア。もしかして忍者ッて見エる方がおかしイのか?」
カナタ「うん。ぶっちゃけ変だと思う」
スオウ「だから家族に話しても笑われるだけだッたのか…。そうか道理で、たまにワタシが忍者の客を接客すると他のキャストやボーイたちが怪訝そうな顔ヲしてイたのか。怪しいからではなく、存在そのものに気づイてイなかッたとイウことか。腑に落ちた」
カナタ「天然?!というかキャバクラ行くのか忍者!」
スオウ「さっきのあの忍者もワタシの御贔屓さんの一人だ。そのよしみで裏の仕事ヲよく依頼している。カナタがドンペリタワーを一棟建てるぶんくらいの金で働イてくれるンで助かッてイる」
カナタ「そんな方向にオチをつけるなぁ!!」
俺たちは葉桐のいるホテルのレストランにやってきた。広い店舗内には大きな円卓が一つだけぽつんと置かれていた。その円卓に窓を背にして葉桐がついていた。その後ろには真柴が立っている。
「やあカナタ君。みんな無事でよかったよ」
「ミラン?それに楪?どうしてここに?」
ミランと楪が円卓の傍に立っていた。彼女たちは俺の傍に寄ってきた。さっき綾城の様子がおかしかったが、これが原因のようだな。
「理由は…。この会談をセッティングしたのはボクと楪ちゃん。実は葉桐と取引した」
「はぁ?!取引?」
「そう。取引だよ。伊角さんと紅葉さんは僕と取引した」
円卓の方から葉桐の冷たい声が響いてくる。いつもは余裕ぶった陽キャっぽい声を出す癖に、どうやらご機嫌斜めらしい。何かあったようだな。
「まずは座ってくれ。早くこんな取引は終わらせたいんだよ。不愉快なんでね」
この男はある意味素直な奴だ。自分の感情を押し殺したりしないで表面に駄々洩れにさせる。酷く幼稚だ。こんな奴が途方もない暴力と権力を握っている状態はひどく危険だと再認識してしまう。
「内容はなんだ。お前が不機嫌ってことは俺には有利ってことだよな?」
「エディレウザ・レイチの債権を君に売却する。価格は額面通りだ」
葉桐はポルトガル語で書かれた債権の証書をこちらに見せてきた。スオウが俺をみてこくこくと頷いていたのを見るとどうやら本物らしい。
「それはありがたい話だが、スオウを借金のネタ以外の弱みで脅してるんだろう?それじゃスオウは解放されない」
「今後エディレウザ・レイチの弱みで彼女を脅すことはしないと誓う」
「誓う?それに強制力なんてないんじゃないのか?」
俺は疑ってかかっている。この席さえも何かの罠だとしか思えない。
「僕は王だ」
「はぁ?なんだって?」
「僕はこの世界の王になる男だ。誓ったことを保護にしたりなんていない!」
葉桐は苛立ちを隠そうとするかのように円卓を叩いた。ビクッと後ろにいた真柴が震えていた。
「あのね。その。たしかにあんたから見れば、ひろの言ってることは信じられないと思うの。だけどひろがこういったら絶対に約束は守るよ。お願い。うちを信じて」
真柴がまるで許しを乞うように俺に小さくだが頭を下げた。真柴は俺を助けてくれた。その彼女の言葉なら信じてもいいように思える。ここでこれ以上水掛け論染みたことをやっても仕方がないだろう。
「わかったその誓いは信じよう。だが心配はお前だけじゃない。他にスオウの弱みを知っている人間は?他のルートで漏れる可能性はあるか?」
「ブラジルにいるミリシャの王がそれを知っている。僕はその男からその弱みのネタを聞いた。だけど彼はレイチさんには脅迫はしないんじゃないかな?だよね?レイチさん?」
スオウは葉桐に問いかけられて、深く頷いた。その顔には憂いはないように見えた。
「あの男はワタシの父に借りがある。あいつがワタシの弱みを知っていたことには驚いているが、それを他に漏らしていないことには納得できる。ミリシャだが、筋は通す男だ。漏洩の問題はないはずだ。脅迫の心配もしなくていい」
「スオウがそういうならかまわない」
むしろそのスオウの弱みがなんなのかを把握はしておきたいのだが、女の秘密に近づくことに俺は恐れを抱いている。今は放っておこう。
「だけどスオウの解放をただでやるほどお前は甘い人間じゃないよな葉桐。取引といったな?スオウの解放と何を引き換えにするんだ?」
「伊角美魁さんと紅葉楪さんに僕の計画に一定期間協力してもらうこと。それが条件だ」
それを聞いたとき、俺の頭の中がショックで真っ白になった。ミランと楪が葉桐に協力する?俺が憎んでいる男に、彼女たちが協力する。それは嫌でも前の世界の五十嵐理織世の裏切りを俺に想起させたのだった。




